第51話 おかえり
「ふっふ〜ん、ふーんふん」
ご機嫌で鼻歌しているリザードマンが目の前にいる。真新しい大剣を油の付いた布で擦っている。60kgはあろうその鉄の塊を片手でひょいひょいとひっくり返したり、光にかざしてみたりと信じられないことをする。
「いやー。在庫あって良かったわ」
ひとしきり磨きあげた大剣を、壁際の武器置き場に戻して帰ってくる。
「長剣の方は磨かないの?」
「む。確かにそうだな。磨こう」
そう言って武器置き場に取って返す。タクナにとって予備武器だが、黒牙狼討伐の際は役立ってくれた長剣だ。
ソファに座り、抜いた剣を磨くタクナ。会社の倉庫に山ほどあった量産型の長剣。武器屋にも大量に置かれていた。KTS印の長剣、今年度指定育成校一覧とか貼り紙があった。
「そういえば、あの子ら可愛らしかったよな。お前が大剣預けたのは意外だった」
「んあ?ああ、白炎持ち上げられなくてショック受けたままじゃ可哀想だろ。自信取り戻させてやらんと」
武器屋の倉庫から台車に乗せて運ばれてきた大剣。埃が積もっていたが、タクナは喜んで購入した。試し振りしたいと言って、店の一画に案内された。慣れてる俺でさえ、改めて見ると恐ろしく感じる風切り音。当たり前のように付いてきた育成校生たちは、目を丸くしていた。
その中のリザードマンの子にタクナが、振ってみるか?と声をかけたのだ。
「いいんですか?」
おずおずと尋ねる学生くん。
「いいぞ。お前が扱ってどうにかなるようなら不良品だ。返品しに来る手間が省ける」
そう言って大剣を手渡してやっていた。店員さんは苦笑いを浮かべていた。
若いとは言えさすがリザードマン。軽々とは言えないが、しっかり扱えていた。俺には絶対に無理。
タクナは、真剣な表情で大剣を振っているその子に、もうちっと重心をだな、なんてアドバイスまでしていた。
「随分と優しかったじゃん」
思い出してタクナの顔を見る。
「そうだな、柄じゃなかったかもな」
苦笑いを浮かべている。
「いや、良かったと思うよ。少なくとも学校でクラスメイトとの小話提供にはなったと思う」
「だと、良いけどな。というか、おまえ育成校行かなくて良いのか?遊んでる場合じゃないだろ。ずっと一等級でいいなら別にいいけど」
いいわけないだろ。おのれKTSめ、異世界人差別しやがって。
「いや、行くよ。挨拶はしてきたんだよ。あと六課のラド課長から、操縦士科の授業も受けなさい言われてる」
「じゃあ、こんなとこで油売ってないで行ってこいよ」
確かにそうだ。今からでも行ってくるか。午後の授業は丸っと受けられる。
「そだな、今から」
端末が鳴り、着信タグが浮かぶ。
発信元:公奉庁警察局 西部入出都管理所
対応者:ベルタ・ランセン[入出都管理課]
案件区分:取次
見たことないタグだ。オフィシャルタグと書いてある。警察局のマークがクルクルと回っている。おそるおそるタグに触れた。
「マサト・シロミネさんで間違いないですか。こちらは西部入出都管理所ベルタと申します。現在、こちらに一等級探査員シマさんがおられまして、あなたに連絡をとりたいと」
あ、シマだ。帰ってきたのか。西管理所に着いたら連絡しろって言ってあったんだ。忘れていた。
「ベルタさん、連絡ありがとうございます。そちらへ出来るだけ早く人を向かわせます。それまでそこで待っているよう伝えてもらえますか?」
通話の向こうで声がする。シマの声は流石に届かないが。
「了解だそうです。小さな探査員の件は引き継ぎされてましたが驚きました」
声が笑っているベルタさん。すいません、手間かけてしまって。
「ありがとうございます。では、のちほど」
通信を終わらせた。さてどうしよう。タクナを見る。
「アルマが暇そうだ。行かせよう。そのためにバイク買ってやったんだ。文句は言わせるな」
すでにアルマの位置と状況を確認済みのようだ。さすがだな。頼りになる。
「その通りだ。そうしよう。俺は勉強で忙しいんだ」
そう言ってアルマへ連絡をした。
中央公園近くのカフェで友達とお茶をしていた。都市で出来た初めての同世代のお友達との会話は、本当に楽しくて時間を忘れてしまう。
端末が鳴ってタグが浮かんだ。
発信者:マサト・シロミネ
所属:KTS[1等級探査員]
発信地:KTS会社社内
相対位置:南西方向約8.5km
ステータス:正常
嫌な予感しかしない。けど出ないと後が大変だ。
「アルマ、連絡が入った。ちょっとシマ迎えにいってこい。西管理所にいるから。シマの探査員登録証を預けてあるから、シマと一緒に回収しろ。回収後は自由にしていいぞ」
あ、シマちゃん帰ってきたんだ。あんなに小さいのに、よく白峰から一人で帰ってこれるな。マサトくんたちがいつも言ってるけど、心配なんか必要ないというのは本当なのかも。少なくとも私は白峰に一人で行けない。考えつつ、一応抗議してみる。
「えぇー!私いま友達と勉強してるんだよー。無理ぃ〜」
「嘘はやめろ。お前の場所は把握している。呑気にカフェでお茶してるんだろ。必要なら会社のシステムを利用して、お前がどの席に座っているかも特定してやれるぞ?」
都市の端末って本当に便利で素敵。そう思っていたけど、こんなデメリットがあるのか。
「わたしの所から西部入出都管理所まで15km以上あるんだよ〜。バイクで30分はかかる。シマちゃん待ちくたびれちゃう」
言い訳するため、距離を調べた。
「黙れ。これは命令だ、お前に拒否権などない。俺がその距離を走ると36分かかる。お前の方が6分速い。良いから行ってこい。友達には俺が謝っていると伝えろ。以上通信終了」
本当に切った。通信終了のタグが出る。
「もー会社にいるなら15kmもないでしょ!いつも屁理屈ばっかなんだからっ!」
タグに向かって毒づく。
「アルマ、今の例のKTSのお兄さん!?探査員っぽくて、超格好いいんだけど!」
「今のどっちの人?ヒューマン?それともリザードマンの人。どっちでも良いから紹介してよ〜」
「アルマ興味ないって言ってたでしょ!私たちは興味しかないのっ!」
これである。探査員は女子から人気がある。ましてKTSや蒼穹探査の社員と言えば一流の証らしい。すべて都市にきてから知った。
「ん〜。考えとくね。とりあえずごめん。シマちゃん迎えに行かなきゃだから、わたし今日は帰るね。明日、学校でね!」
そう言って席を立つ。
「もーアルマって!考えとくばっか言って全然考えてくれないじゃない。お兄ちゃん取られるみたいで嫌なの?子供みたいなこと考えないの!」
なにを馬鹿なことを言ってるのかしら。わたしが心配しているのは、都市で出来たあなたたち、大切な友人だ。マサトくんたちはあなたたちの夢を粉々に砕くわよ。
「そんなんじゃないってば、とにかく、また明日!」
文句をブーブーと言う友人を置いて駐輪場のバイクへ向かう。お兄ちゃん取られそうで嫌?そんなわけない。むしろ、あのダメな二人の将来を心配しているくらいだ。
「シマちゃん久しぶりだな〜。白峰のお土産話たくさん聴かせてもらお!」
独り言にハッとする。わたしも相当だな。シマちゃんに会うのが楽しみらしい。はやる心を抑えて西へ向かってバイクを走らせた。
初めて都市に来たとき防御結界の外は真っ白だった。今は緑に彩られている。西入出都管理所。シロちゃんの検疫で引っかかったことを思い出した。
「あるまっ」
「シマちゃんおかえりなさーい!わたしに会えなくて寂しかったでしょー」
「ぜんぜん」
シマちゃんをマサトくんたちから、引き離すべきだと思う。あの二人そっくりだ。
「出迎えご苦労様です。小さな蜘蛛さんに話しかけられた時は驚きましたよ」
笑いながら迎えてくれた警察官の方はとても優しそうな男性だった。なんでマサトくんはこの人たちに怯えるのか理解できない。
「連絡ありがとうございます。マサトくんの代理で迎えにきました。アルマと申します」
挨拶をして学生証を提示する。
「はい。ありがとうございますアルマ・シロミネさん。SWUの学生さんですか、KTSのマサトさんはお兄さんですか?」
「はい。ダメな兄とおかしな兄と三人で白峰から都市に来ました。この春、ここから入都したんですよ」
なんて答えるか一瞬迷ったけど、三人ともシロミネだ。端末購入時にわたしが、みんなシロミネにするの!と主張したからだけど、二人は別に反対しなかった。たぶんどうでも良かったんだと思う。
「優秀な家系なんですね、アルマさんはSWU。お兄さんはKTSですか。シマさんも一等級探査員登録証を持ってらっしゃる」
笑いながらシマちゃんの探査員登録証を渡してくれた。
「あるま」
「ししょうとたくなは?」
「お仕事みたいだよ〜。本当に働いてるか怪しいけどね」
「くろたち」
「でんごんある」
「なになに聞かせてっ。あ、それよりエルたちにも会ってから帰る?リディもたぶん一緒だと思う」
「そうする」
対応してくださった警察官の方々に挨拶をしてバイクへと進む。シマちゃんは肩に乗っている。
今日の夕飯はKTSの独身寮のレストランで取ろう。あの二人があんな素敵な場所で毎晩食事しているとか許せない。
シマちゃんと二人で放牧地へと向かった。




