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第50話 新人歓迎会とは

見渡すかぎり緑の丘。緩やかなカーブを描き、空の青さと大地の緑が鮮やかなコントラストを作る。ヴェルナの元で過ごした日々を思い出す。あの時、遠く稜線に見た獣の群れは灰牙犬だったろうか。


アルカディアから南へ進んだ丘陵地は、俺の心に郷愁をもたらす。


いや、もたらさない。


灰牙犬の群れが恋しいだけだ。現在、黒牙狼の群れに追われている。乙種Ⅰ類二種の魔獣たちだ。体長3メートル近い大型の狼は、灰牙犬と異なり一撃で倒せる魔獣ではない。


夜爪豹ほど速くない、でも強い。甲殻熊ほどに強くない、しかし速い。


なにより、それが7頭。戦えるわけない。


統率された群れに追い込まれないよう走る。目的地まで、あと少し。斜面を跳ぶように、駆け降りる。


左手の丘の頂に視線だけ飛ばす。


大剣を突き立て仁王立ちしているタクナ。その少し後ろに、ラナさんとルナさんが居る。頼みますよ。


平野部の中程にたどり着き、身体ごと振り返る。背中から白炎を外し、地面を削り取るようにスピードを殺し、黒牙狼を迎える。


中段を駆けていた個体が、一斉に飛び掛かろうとする群を抑える。確実に獲物を狩るため、群れの形を整える。


落ち着いているね。気に入らない。三頭までにしてくれよ、それ以上は凌げない。しかし、残念ながら四頭が同時に飛びかかってきた。


凌げない、一頭に狙いをしぼり白炎を振る。同時に周囲を包む、大きな白い結界が発動する。ルナさんの作ったものだ。結界の外へと、大きく飛び退く。


ドーム状の結界外へ逃げ延びた。20メートル程の大きさの半透明の結界内に、7頭の黒牙狼は取り残されている。次の瞬間、中で小さな炎が発生し、渦巻きながら次第に大きくなる。


結界で遮断されている。外に熱は伝わらない。それでも視界を埋める炎の奔流は、高熱を感じさせるほどだ。


丘の頂を見る。ラナさんが右腕を伸ばし、手のひらを下に。胸からゆっくりとお腹に向けて何かを抑えつけているよう。腕を急に跳ね上げた。結界内の炎は青白く輝く。


しばらくすると結界が解かれた。焦げ跡もない草の上に残されていたのは拳ほどの真核が7個。ラナさんマジでおっかねぇ……。


乙種だぞ。真核以外の全てを燃やし尽くすとか怖すぎる。絶対に逆らってはダメな人だ。


それに、そんな異常な魔術と乙種をまとめて封じ込める結界を張るルナさん。


本当に神官なのか?これがカナン様の奇跡を借りた魔法なのか、疑問しかない。


カナン様や精霊の結界は確かに、魔獣を防ぐ。防御結界と呼ばれるそれは何度も見た。しかし、これは……。


いや、それは良い。事前にルナさんから教えてもらっていた。何度見ても異常さに信じられないだけだ。


それより次だ。課長が丘の向こうで群れを分断している。俺は、それをここまで引っ張ってきてラナさんたちに任せる役だ。


すぐに課長の戦場へと戻った。



黒い絨毯とまでは行かなかったが、それでも100頭は超えていた。乙種が100頭だ。本格的な都市の戦闘は、白峰での経験を嘲笑う規模だった。


今は巨大な黒牙狼を前にしている。隣でタクナが大剣を上段に構えている。


「黒牙狼の一種だ。お前ら二人で始末しろ」


ここまでコイツを引っ張ってきた課長。静かな声で言う。見上げるほどの大きさだ。怖くて膝が笑いそうだ。


「課長はなにするんですか?見学とか狡くないですか?」


無理して口を開く。


「そうですよ、新人だけ働かせると酷いです」


タクナも同じみたいだ。だよな、あいつ俺らを見て嗤っている。


「お前らの歓迎会だ。俺たちばかり楽しんだら悪いだろ。遠慮するな。許可は出ている」


「だってさ、タクナ」


「ありがたい上司と先輩たちだな」


よし、やるぞ。


タクナと二人で巨大な黒牙狼に飛び込んだ。



戦いは30分ほど続いたらしい。タクナの大剣は途中で噛み砕かれた。予備にとKTS印の長剣を持ってなかったらやばかったかもしれない。


黒い光を散乱させて消えていく。乙種Ⅰ類一種:黒牙狼を見ていた。


「お疲れさまー。二人ともすごかったよーラナさん感激しちゃいました!」


「タクナくん、大剣砕かれた時、見事でしたね。よくあの瞬間に長剣に切り替えられましたね。わかっていたみたいにスムーズでした」


「マサトも良かった。よくあのタイミングで腹の下に飛び込めた。大した度胸だ」


課長、ちゃんと喋れるじゃん。作戦行動中しか喋れないとか、ほんとこの人は。


「マサトくん、怪我してるわね。すぐに治療するわ。こっちきて」


裂かれた腹の傷を見て、心配そうにルナさんが言う。しかし、躊躇した。


「なんですか?そんな不安そうな顔して」


笑顔で言うが、結界殲滅作戦時に見た光景が脳裏に焼き付いていた。


結界に閉じ込め損なった一頭。始末するために戦っていた。切り裂いてやった傷から吹き出した血に足を取られた。あ、これはまずいと思った。


しかし、黒牙狼は動きを止めていた。次の瞬間、傷口から裏返るかのように、肉が湧き上がった。弾けたのが先か魔素散乱が先だったか。ルナさん得意の攻撃魔法。治癒の加速を利用したビジュアル最悪な攻撃魔法だった。


「私にしか使えないんですよー。すごいでしょ」


ミーティングの際に教えてくれた。実際に目にした光景は、カナン様の奇跡を借りて人を癒す神官の所業とは思えない恐ろしさだった。


「マサトくん、酷いですよー。失敗なんか、過去数回しかありません。安心して任せて下さいな」


数回あるのかよ!


「た、頼みますよ本当に。あんな死に方するくらいなら、魔獣の腹に収まるほうがマシって考えも……」


「私の機嫌を損ねると、失敗の可能性が高まりますよ?」


配属先の先輩が酷いです。サリアさんに連絡取ろうかと一瞬思った。


とにかく、歓迎会という名の殲滅は、タクナの大剣という犠牲があったものの無事終わった。



会社への帰路、近づくにつれ口数が減って、ついには黙り込んだ課長。会社嫌いなのかな?幼稚園では保育士さんが心配するほど大人しい子が、お家では暴れん坊。よく聞く話だが、逆もあるのか……。


戦闘時のラグナ課長は、煽りと悪口と戦闘狂をなくしたガルバン社長。理想の上司っているものなんだなと思った。


反省会は当然のようにラナさんが仕切っている。


「ではこれにて反省会終了〜。各員、自由にしてよいですよ。解散!」


シャワールームで汚れを落とし、クリーニング済みの戦闘服に着替えた。休憩室で休んでいると同じく着替えを済ませたタクナが現れた。


「なあ、マサト。剣ダメになったから武器屋つき合ってくれよ。場所聞いておいた」


「ん?良いけど、あれKTS製なんだろ。会社にないの?」


「ないって言われた。あれ不人気モデルなんだってさ。ガレルさんも、あれ使ってるやつ初めて見たって言ってた」


そういえば大剣使いは入社試験の時もいたけど、タクナのものほど馬鹿げてなかった。


「そっかぁ〜。いやいいね、行こうぜ。会社で金払ってくれるんだろ。なんかすげぇヤツ買おうぜ!」


流石に白峰のように金物屋兼武器屋はないだろう。ワクワクが止まらない。しかも、会社持ちだ。


「上限があるんだよー。俺の場合は同等品ってことで150万円って言われた。あと、年に何回も壊す馬鹿は実費になるって釘も刺された」


「マジか……。俺の場合どうなんの?一点ものなんだけど」


「あ、特殊な素材使ってたり、すげぇ魔法加工とかされてる特殊な武器防具は対象にならんってさ。完全自己負担になるって」


なんだと!?なんでそんなケチ臭いこと言うんだ。唖然としていると。


「いやお前そらそうよ。白炎に値段つけたら大変なことになるぞ?月白なんかヤバすぎて鑑定断られるだろうし」


毎回言われるけど俺にはわからん。腰に差した刀に手をやる。


「月白そんなにダメなの?これヴェルナが最高傑作って言ってくれた刀だよ」


「なんて言って渡された?」


「神に届く言ってた。黒牙狼にも届いてないけど」


「今のお前だからだろ。いつか届くんだろうなって俺も思うぜ。それより行くぞ。店しまっちまう」


休憩室の壁に並んだ武器たち。白炎を手にして、タクナのあとを追った。とりあえず武器屋楽しそうだ。新しい街に着いたら先ずは武器防具屋に行く。大切なことだ、気持ちが弾む。



都市の武器屋すげぇ。住宅街を抜けて商用エリアに入ってすぐにある武器防具屋は三階建ての大きな建物。フロア毎に武器、防具、その他装備品と分かれていた。若い子たちは育成校の生徒だろうか。口々に、アレが良いだとかいつか買いたいとか、目をキラキラさせている。


そして俺もキラキラしていると思う。ショーケースに入って壁に掛けられている長剣。カッコ良すぎる。


「おい、マサト。これ見てみろよ」


タクナに声をかけられて近づく。先ほど見ていた壁の長剣と同じようにお値打ち品感がものすごい長剣。見覚えがある。


「これ、ラグナ課長の長剣じゃね?」


「値段見てみろよ」


タクナに言われて視線を値札へ。応談とある。他には蒼鋼極型-甲殻粉付与とある。素材かな?


しかし、応談とはな。いったい幾らくらいするのだろうか。


「すいませーん。ちょっと良いですか」


店員さんを呼んだ。


「はい。なんでしょうか」


「これ、応談ってなってますけど、お幾らくらいからの話になるんですか?見当もつかないから聞いてます」


「こちらですと、1500万になっています」


うげっ。課長そんな剣使ってるのかよ。タクナと二人で顔を引き攣らせていると、店員さんが続ける。


「お二人はKTSの方ですよね。なら少し勉強させてもらいますよ。最近、甲殻熊の素材が入ったらしいので、鋼材が少し出回ると思います。仕入れの目処もありますから、こちらは1200万でどうですか」


甲殻熊の素材……あれかな。一種の素材は高価だと聞いた。


「いや、ありがとうございます。でも、とても買えませんよ。知り合いが使っているので、どれくらいするのか気になっただけで。すいません」


タクナが頭を下げている。いつの間にか後に集まっていた学生さんたちが、ヒソヒソと1200万だって。マジかすげぇな。やっぱKTSだな。とか話している。いや、俺らも同じ感じだよ。


「ああ、こちらと同型を使ってらっしゃる方というと、ラグナ様ですか?あの方の剣はこれとは違います。蒼鋼一型を元に翠嵐竜鱗粉を加えた鋼材からのフルオーダーです。ラグナ様の要望で作りましたが、とてもピーキーな剣になりました。お値段は……まぁ、言わないでおきます。ご本人から直接、聞いて下さい」


笑いながら教えてくれた。


マジかよ。これより高いのか。帰ったら聞いてみよ。後ろの学生さんたちは、もう隠す気もないのか。歓声をあげている。俺も同じ気持ちだよ。


「他に良い長剣なら、SG-Ⅱに黒牙を合わせたものが比較的お手頃で。ただメンテナンス費用は少々かさみますが」


「あ、いや。大剣探しにきたんです。長剣は間に合ってます」


そう言って、背中越しに予備武器を見せるタクナ。


「ああ、KTS印の長剣ですね。そちらはコストパフォーマンスが大変優れている良い長剣です。鋼材は黄鋼二型のみで手が加わっていませんが、初心者からベテランまでとても愛されていますね。私も探査員時代にずっと使っていました。今も育成校の学生さんに人気です」


「探査員をされていたのですか?」


なんとなく想像がついたけど、聞いてみた。この感じは……。


「ははは、お気づきみたいですね。武器防具に夢中になってしまいました。今はこちらで勉強しながら将来はお店を持とうと思ってます」


うん。なんかそんな気がした。


「ところで、お客様の背中にある長剣。ものすごい物ですね。後学のために拝見させてもらえませんか?」


思わぬ話にタクナを見る。苦笑を浮かべ、カウンターを顎で指し示す。それもそうか。鞘ごと白炎を外してカウンターの上に。


「どうぞ。好きなだけ見て下さい」


そう告げる。学生さんたちは、もはや俺らより前に出てくる。高学年かな?それともまだ中学年かもしれない。


「拝見します」


そう言って白炎を手にする店員さん。しかし、当然ながら、持ち上がらない。額に浮かんだ汗は、重いからではないだろう。


「これはすごいものですね。抜いて見せていただくことは出来ますか」


白炎を鞘から抜き放つ。鞘ばしる音が静かな店内に響く。学生さんたちは、おぉーと歓声を上げる。この子たち可愛いな。思わず笑ってしまう。


薄く白銀に発光しているかのような刀身。毎日丁寧に拭き上げてはいるけど、メンテナンスとかしたほうがいいのかな。


店員さんと学生さんたちは、声もなく白炎を見つめている。カウンターに静かに置いた。


「どうぞ」


ゆっくり見られるよう、俺らは店内の散策をした。


タクナの新しい大剣を探してみたけど、どれもしっくりこないらしい。


「ダメだなぁ〜。どれも軽すぎて腕が抜けそうになる」


「いや、今お前が振ったやつ、俺持ち上げるのがやっとなんだけど」


「ひ弱なんじゃね?やっぱ寮のトレーニングルームで俺とウェイト勝負をだな」


やってるわ。お前の居ない時を狙ってだけどな。お前、評判悪いぞ。ちゃんとウェイトを軽く戻してるらしいけど、それが既にアホみたいな重さなんだよ。


「すいません。すっかり見入ってしまいました。すごいものを見せてもらいました。ありがとうございます」


店員さんが復活したようだ。店員さんと一緒に、白炎を取りに戻る。するとまだ見惚れていた学生さんたちが俺に気がついた。


「あ、あの。自分たち南西育成校の生徒です。えっと、こいつウチの学校で一番の怪力なんです。し、失礼だとは思いますけど、た、試させてもらえませんか?」


一人のリザードマンを前に押し出してきた。店員さんが止めに入ろうとするのを、タクナがさえぎる。


「いいよ。試してごらん」


タクナが面白がっていたので、やらせてみることにした。


「あ、ありがとうございます。失礼します」


そう言って、白炎の柄を両手で持つ。しっかりと握り、ゆっくり力を込めている。白炎は少しだけ刀身を浮かべた。全身の筋肉が盛り上がってなお、持ち上げられないリザードマンの子。他の子たちは、信じられないものを見たかのような表情だった。


「良い大剣ありませんでしたか。具体的にどの程度の重量があれば」


余計なイベントがあったが、タクナの大剣探しに戻った。学生さんたちは、おとなしく俺らの後にいる。いや、帰りなさいよ。この先は別に面白くないよ。もう可笑しくてしょうがない。


「もと使ってたやつ持ってきてないの?見てもらえば少しは参考になるんじゃね」


「一応持ってきてるけど、ほぼ柄だけになってるぞ。粉々にされたからな」


そう言って背負い袋から柄だけになった大剣を取り出して店員さんへ。


「ああ、KTS印の大剣ですね。白鋼二型が主鋼材です。恐ろしい切れ味の名剣ですが、重量がありすぎて使う人が居ないんですよね」


「不人気だって会社で言われました。俺は気に入ってるんですが……」


少ししょんぼりとタクナが言う。


「不人気ですか〜とても良い大剣なんですけどね。確かに人は選びます。普通は扱えませんから。というか、これどうしたんですか?こんなの初めて見ました」


「魔獣に噛み砕かれてしまいました」


正直に告げる。


「いったい何と戦うとこうなるんですか?」


店員さんは少し引き気味。


「黒牙狼の一種にやられました。ずっと使ってきた相棒だったんですけどねぇ」


タクナ、学生さんたちがお前をガン見してるぞ。リザードマンの子とか、口が開きっぱなしだ。お前、今めっちゃ格好いいぞ。しょんぼりするタクナと学生さんたちのコントラストが面白すぎて、笑いをかみ殺した。

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