第47話 精神的にくる
アルカディア北部。カナンの防御結界から10km離れた第一浄水場。水路沿いにアルカディア方向に同期のカインと二人で歩いている。
河川敷に中年の男女グループが見えたので近づいてみた。集まって何かを話し合っているようだ。
「こんにちは〜トレッキングですか?」
驚かせないように遠間から声をかける。
「ああ、こんにちは!ちょうど良かったです。いま監査庁に通報するか話し合っていたところです」
代表者らしき兎人の男性が応えてくれた。
「おっ、通報案件ですか、なら適任者ですね。わたしはKTS探査部三課のマサトと申します。どのようなものをご覧になったのか教えて下さるとありがたいです」
任務中、笑顔を絶やすなよ。都市民が自分たちの目になってくれている。感謝の気持ちで対応するように。ラルクさんから厳命されている。
「いや、河川敷を北上してきたんです。少し前に通過したところにあった大岩。彼女が言うに、あんな岩は以前なかった気がすると」
なるほど。ラルクさんの言うのはこのことだな。
男性が視線で示す先には、ヒューマンの美しい中年女性。不安そうにこちらを窺っている。美人ばかりでハルモニア最高だな。
俺もいつか綺麗な彼女でも。ティーナの顔が浮かぶが振り払う。怖い子ダメ絶対。シマに言われてる。
「心配なさらないで下さい。誤報なら危険がなくて良かったです。もし岩穿ヤドカリだとしたら、事故を未然に防げるだけです。どこで何を見たのか教えて頂けますか?」
大袈裟に見えるかもだけど笑顔を作り、不安そうな女性に話しかけた。
トレッキング中の人たちは案内してくれた。500mほど進んだ川の際だ。2mほどの大きな岩が浅瀬にある。
なるほど。こいつはデカい。タクナなら問答無用でいけるだろうが、あの脳筋は別のエリアに配置されている。
「ありがとうございます。後はこちらで対処しますよ」
笑顔、笑顔。呪文のように心で呟き、お礼を告げた。
「あの、見ていてもいいですか?」
別な女性が瞳をキラキラさせ、カインに言ってるのが聞こえた。
困り顔でこちらを見てくる。アホか、なんだその面は!お前はラルクさんの教えをなんと心得る!
「もちろんですよ。岩穿ヤドカリの対処方法はご存知ですよね?見本になればと思います。ただし、この大きさは手を出したらダメですよ。走って逃げることは可能ですが、万が一のことがあれば大変危険なことになります」
カインに視線を送る。見学は大いに結構、ただし少し下がってもらおう。
慣れない作り笑顔で、グループを離れた場所に誘導するカイン。
「では少し下がって下さい。万が一の時は、我々のどちらかが逃げてと言います。そうしたら街道方向に逃げて下さいね。慌てないで大丈夫ですから落ち着いてですよ」
万が一なんかねぇけどな。丙種ごときの対応にミスったりしたら、ラグナ課長が喋るかもしれん。いや、黙って訓練所に連行されて死ぬほど扱かれるパターンか?
白炎を背中から外して構える。
「カイン頼む」
ひと言告げると、カインは足元のデカい石を拾って大岩に投擲。ゴンッと響く音と共に大岩が立ち上がる。
ビンゴだね。巨大岩穿ヤドカリだ。
怒って大きな爪を振り上げて向かってくる。まずは危険な爪から処理だ。白炎を左右に走らせ切り落とす。そのまま、距離を詰める。頭から身体へ向かい切っ先を突き刺した。
後は大岩に潰されないように、蹴り飛ばしてヤドカリをひっくり返しておく。
丙種II類三種:岩穿ヤドカリは青い魔素を散乱させて消えていった。
黄色い歓声があがっていた。女子というものはいくつになっても、いや白峰の婆さんたちと比べたら少女みたいな年頃か。元気で騒がしかった白峰のオールドガールたちを思い出した。
「いやー、お見事ですね。初めて見ましたよ。ありがとうございました。家族へ良い土産話ができました」
兎人男性が頭を下げてきた。他の人たちも興奮冷めやらぬ様子で、口々にお礼の言葉をくれた。
「いやいや、お礼を言うのは僕らのほうですよ。魔獣の発見と通報。皆さんの違和感のおかげで、大きな事故を未然に防げました。ありがとうございます」
カインと揃って頭を下げる。
「探査員さんは、おひとりなのかしら?良かったらうちの娘とお茶でもしてくれないかしら」
なんだと!最初に不安そうだった美人さんがとんでもない話を振ってきた。岩穿ヤドカリの通報など瑣末な話だ!
その件について詳しく。特に娘さんの年齢や性格などについて。美人なのは貴女でわかります。思わず、そう詰め寄ろうとした。
「マサトさん……」
カインの呆れた声に正気に戻らされる。
「き、機会があればぜひ。娘さんはとても素敵な方でしょう。機会に巡り会えるよう祈ってます。切実に」
なんとか柔らかく辞退した。辞退できてるよね?
正直、カインを真っ二つにして今の話を詰めたいが、さすがにそれはダメだ。同僚を二つにした探査員に娘を紹介してくれる母親など想像できない。
クソ、こういう時のためのツーマンセルなのか。よく出来ている。さすがは都市の探査会社だ。
その後、一行の行程を聞き、道中の注意点など軽く話した。何かあれば同僚たちが近辺にいます。気軽に声をかけてくれると助かります。お礼と共に伝え別れた。
次は娘さん同伴でトレッキングしてくれ。
ひと仕事して河川敷を南下中。
「マサトさんさー、あれは酷かったよ。みんな笑ってたぞ」
「うるさい。おまえこそなんだあの引き攣った笑顔は。ガレルさんに、一騎討ちしろ言われたみたいだったぞ」
こいつは生意気にもアルカディア支社にくる時、彼女同伴で引っ越してきやがった。立派な社宅に住んでやがる。ラグナ課長に、同期にけしからん奴がいます!と報告したら、たまたま聞いていたラナさんが激昂していた。
いつか討伐されてしまえ。
「いや、それは確かに。慣れてなくてさ。でも、そんな引き攣ってたかな。自分じゃ、そこそこ出来てたと思った。マサトさんみたくはとても無理だけど」
「おまえ、彼女が不安そうにしてる時もあんな態度なの?違うだろ。彼女とは言わなくても、仲の良い友達相手だと思えよ」
僻み根性も織り交ぜ、アドバイスしておく。
「なるほど!そういう風に考えるのか。わかったやってみる。次は俺にやらせて!チェックしてダメなところあったら指摘して下さい」
チキショウ。なんだ、この素直さ。おまえら育成校卒は化け物か?もっとエリート風吹かせた嫌なキャラじゃないのか。役目だろ。
川の流れる静かな音に鳥の囀りが重なる。光羽鳥だろうか、時折姿が見える。
隣を歩く若い同期に、完敗した気分で足を運んでいると若者二人組が目に入る。人気の少ない川岸で釣りをしている。
カインは、行ってきて良いか視線で尋ねてきた。頷くとさっそく足を運んでいった。
「こんにちはー。どうですか釣れてますか?」
遠間から邪魔にならない程度の、声量で話しかけた。こちらを振り返った釣り人は、軽く手をあげてカインに言葉を返す。
釣れているらしく、ご機嫌でカインに釣果を自慢している。
最高の天気だ。都市民も思い思いにレジャーを楽しんでいる。このエリアの危険排除が俺ら新人の初任務の定番化するのもわかる。
というか、カインの奴すげぇな。おまえらって本当にエリートなんだな。言われて即実行。ちゃんと出来るとかなんなんだよ。振られてしまえ。そして単身者向けの俺らの寮に引っ越してこい。
僻み根性丸出しでカインを見ていた。
「どうでしたか?同世代だったから、そこそこ上手くいった気がします。あ、特に変わったことはないみたいです。たくさん釣れて良い日だって自慢されましたよ。獲物を分けてくれるのはちゃんと断りました」
白い目で見つめてやった。
「え?ダメでしたか。友人を重ねつつ、丁寧に交流してきたつもりでしたけど」
「完璧だったよ」
足元の小石を蹴り飛ばして答えてやった。クソがっ!
「マジすか!いや、ありがとうございます。今日は、俺この係やっても良いですか。他のケースも対処出来るようになりたい」
うん。良いよ。
日本でおまえが同期だとしても、シマに師匠呼ばれることはないんだろうな。優秀すぎ。てか、あいついつ帰ってくるんだろ。
カインと雑談しつつ南下した。当然、周囲に異変がないかを探る。カインもそこいらへんは叩き込まれているらしく、なにか見つけると俺に声をかけてくる。
なにもないままだいぶ進んできた。広い河川敷はバーベキューを楽しむ家族連れや、若者グループ。人気のない場所では恋人同士がお弁当を広げたりしている。
それを見てカインが楽しげに俺に話しかけてくる。広大な都市外のレジャーエリア。その治安を守れる仕事が誇らしいと話す。
俺はもしかすると、この仕事向いてないんじゃないかと思い始めてるよ。
近くのカップル。こちらに気がつくと、彼氏は頭を下げてくれ、彼女のほうは手を小さく振ってくれる。
カインがそれに頭を下げてる。俺も当然、同じようにする。
タクナよ、おまえの担当エリアはどうだ。俺はおまえと一緒に森の中で浮遊クラゲに囲まれていたのが懐かしいよ。鋼糸蜘蛛と甲殻熊の組み合わせも悪くないね。
バーベキューを楽しむ家族連れ。お父さんがカインへ何かを渡そうとしている。必死に断るカインを見ながらそんなことを考えていた。
エリアを三回ほど往復して一日が過ぎた。
夕方近くに全員で第一浄水場へ集まる。不測の事態で都市へ帰れなくなっている都市民がいないか。それを確認しながら、俺たちもアルカディアへ帰還する。
丘陵地でグラススキーを楽しんでいた家族連れ。タクナは足を挫いたお父さんを背負って戻ったらしい。
本日の反省会会場のミーティングルーム。
ぐったりと机に突っ伏していた。扉の開閉する風切り音。隣のカインに突かれる。顔を上げると入室してきたラルクさんが見ていた。もうちっと早く教えてよカイン。
「なんだよマサト。疲れてるな。初日からそんなことでやってけるのか?」
なにを言うんですか。こちとら毎朝50kmのジョギングを欠かさずやってます。もう一度、今日の行動をトレースしてこい言われてもへっちゃらです。体力的には。
「いや、なんか精神的にくるものがありました」
「なに言ってんだおまえ。なんだタクナも同じ顔してるな。何があったんだ?」
不思議そうに俺らを眺めているラルクさん。
「ラルク、二人は都市外育ちだからよ。少しは気にしてあげなさいよ」
今回の仕事のもう一人のまとめ役。四課のミルディさんだ。魔術士なのに頭がおかしくない珍しい人だ。可愛らしいヒューマン。あと胸が大きい。怖くて見れないけど。
「んー?ああ、そういうことか。若者たちがキャッキャッウフフしてるのを見せつけられてダメージ負ってるのか。情けねぇーな」
「都市って半端ないと思い知らされました。都市外育ちには目の毒です」
タクナも食らったらしいな。
「んだよー。ガレルさんと一騎討ちしたおまえまでそんなかよ……。いや、待てよ?おまえらうだうだ言ってないで、一階の事務方から適当なの見繕ってだな。綺麗な子を取り揃えているぞ。なにより性格が良い。俺のカミさんもうちの事務で」
「ラルク。奥さん自慢は今度ゆっくり聞いてあげるから。今はお仕事よ。みんな疲れてるのに可哀想でしょ」
ミルディさんまじ天使。結婚してるんだよな〜。残念。売れ残りはヤバいやつばっかだ。
「というわけで、お疲れさまだったな。みんな、よくやってくれた。明日も頑張ってくれ」
ひとしきり報告し質問し尽くして、ラルクさんがまとめに入った。
明日もか〜。リア充たちのリア充ぶりを横目にお仕事つらい……
「なんだ、マサト。なんか言いたいことあるなら聞くぞ」
顔に出ていたらしい。
「えっとぉ〜俺、向いてないかもです。なんかこう、魔獣の群れを討伐する。周り全部敵みたいな分かりやすい仕事に……」
「おまえ、聞いてはいたけど、ホントうち向きだな。長生きするよ」
ため息混じりで言われてしまう。
「でも、却下だ。新人はアレをやるのがうちの伝統。もう少しだけ頑張れ。本当にキツいなら別な……いや、一階から誰か紹介」
「ラルクっ。はいみんな解散していいわよ。マサトくんも、初日で弱音吐かないの。そんな弱音いう人、初めてみたけど」
みんな帰る中、ミルディさんに愚痴を聞いてもらった。超優しい。既婚がまじ残念すぎる。
会社を出たら。もう日は傾き、すぐに青い夜が訪れそう。
その時、少し離れた格納庫から重低音が響いてきた。目をやると操縦士の方々が何名か魔素駆動二輪車を囲んでいる。
そうだ!魔素駆動二輪車だ。そのために免許取ってきたんだった。思い出して二輪車を見つめた。
武骨そのもの。剥き出しの駆動機、離れていても響く駆動音。怪しく紫に光る制御器。なにより大きさだ。白峰で見たソラの魔素駆動二輪車が猫科の猛獣だとしたら、こちらはサイだ。しなやかさの欠片もないが、ただではすまない凶悪さがある。
すげぇな……そう思ってみていると、見たことある人が近くにいる。俺らと違う群青の戦闘服は操縦士が着るもの。小柄な女性だ。周りの操縦士たちと比べると子供のように見える。
あれ同期の操縦士、名前は確かフロラとかいったっけ。小さな彼女が凶悪な魔素駆動二輪車になんとかまたがる。周りの操縦士たちは離れていく。
いや、そりゃ無理だろ。どうやって起こすんだよ。そんな心配をした。
フロラはスタンドと逆方向に、思い切り体重を預ける。少しだけスタンドが浮いたタイミングで素早くそれを払う。
倒れる!そう思ったが、駆動機が馬鹿でかい音を立てた。傾いた車体は後輪を派手に滑らせ方向を変えた。
そのまま、アクセルを開けグラウンドに向かい走り出す。途中、大きくアクセルを開けたのか、フロントを高く持ち上げる。
紫の制御器を光らせ青い夜の中。自由自在に駆ける武骨な二輪車をずっと見ていた。




