第44話 偏向干渉
「シロ、お散歩にいこうか」
声をかけるとお気に入りの腰袋を持って、跳ねるようにこちらに。犬がリードを咥えてくるみたいだ。
腰袋を装着すると、足元に座り込んでこちらを見ている。よじ登ったりジャンプしたりと、いくらでも腰袋に入る手段を持つシロ。しかし、動かない。
放っておくとズボンを引っ張る。それでも知らん顔すると足をバンバン叩き、両手を挙げて抱っこをねだる。ものすごく可愛いのだけど、そこまでやると拗ねてしまう。散歩が楽しめない。
ましてや、今日はティーナにシロをお披露目する。機嫌が良くてもヤバいシロなのに、不機嫌だったら目も当てられない。
すぐに両手でシロを抱き上げ、優しく腰袋に入れた。
なお、この時、片手で雑に扱うとめっちゃ噛んでくる。何が気に入らんのかわからん。気難しいやつだ。
「お、ほらシロ見てみ。蒼の刻だ」
寮を出て少し、空に青い光が走り始める。
「綺麗だろ〜。中央公園で見るとすごいんだぞ。今度、連れてってやるからな」
さしたる感動もないようだが、黒い大きな瞳には青い輝きが映っていた。
監査庁のレストランに着くと、二人は窓際の良い席を確保していた。サリアがこちらに気がついて手を挙げてくれた。
「すいませんっ!お待たせして!」
頭を下げて二人の向かいに座る。
「大丈夫よ、呼び出し内容が大した話でなくて暇してたの。それよりタクナくんは?」
それはそう来るよな。ちゃんと言い訳は用意しておいた。
「すいません。タクナは試験内容が酷すぎて落ち込んでます。代わりにこいつ持ってきましたよ」
タクナを連れて来れなかった代わりにとばかりに腰袋を外し、机の上で逆さにする。
ボトッ。シロが落ちてきた。
「ッ!」
サリアが何故か息を呑み、ティーナを見た。なんだ?トカゲ駄目だったかな。いや、会いたい言ってたのはティーナの方だったはず。
「サリア、大丈夫だから」
ティーナはゆっくりそう口にして、シロを見つめる。シロもティーナを見つめる。少しの間があった。大丈夫ですよ。シロは凶暴だけど、飼い主以外に牙を剥いたことはありません。そう口にしようとした。
「シロさん、初めまして蒼穹探査のティーナと申します。お会いできて嬉しいです。よろしくね」
微笑みながらそう言った。大丈夫みたい。なんだったんだろう。
三人と一匹で食事をとっている。
シロはいつものように、机の上に座り両手で俺が与えた肉を持って食べている。サクサクとパンを噛みちぎるように、肉も同じように食べる。鋭い歯だな。あれで毎回噛んでくるんだからたまらん。
「それで、今年のKTSさんの試験はどんな内容でしたか?」
説明するとサリアの表情が歪む。ティーナは苦笑いだ。
「ガレルさんを討伐するですって?酷い試験ね」
嫌そうにサラダにフォークを刺して、サリアが言う。
「ガレルさんのことよくご存知なんですか?」
知ってて当然だろうけど、興味が湧いた。
「そりゃ知ってるわよ。アルカディアで一番の前衛よ。私が受験生なら逃げの一手ね」
呆れ顔で言われた。逃げの一手。脱兎の如く……。いや、いかんタクナに叱られる。
「そんなにですか。でも試験でしたからね、手加減してくれたんだと。最後は首を斬り落としてやれたと思ったんですけどね……逆に皮一枚切られて終わりでした」
サリアとティーナが目を丸くしていた。
「タクナのやつは最後一騎討ちに持ち込んでました。頭から真っ二つにしてやったはずなのに。とかボヤいてました。なんすかね、あの人」
言葉を失うサリアと、笑っているティーナ。
「ほら言ったでしょ。KTSに向いているって。二人とも大したものね。その状況でサリアならどうするの?ガレルさんと一騎討ちよ。興奮しない?」
「やめてよ。言ったでしょ。逃げの一手だって。それも背後から二つにされる恐怖に怯えながらよ」
マジかよ。サリアでさえ、そんなになのか。俺らってものを知らなすぎるんだな。勝てるって思ったのは無知のなせる技か。アルカディア一の前衛か……
机の上の端末が鳴る。ポップアップを見て、眉を寄せるサリア。
「ちょっとごめんなさいね」
嫌そうにタグを叩く。
「サリアです。若い男の子と、食事中なんですけど、なんの用ですか?」
サリアの声だけが聴こえる。これが秘匿通話か、すげぇな。
「はい。はい。えぇ〜!?嫌です〜。はい……。わかりましたよ。すぐ戻ります」
通話を終えるサリア。
「支社長なんですって?」
「あー。例の件が進みそうだから、戻ってきて欲しいって。私は戻るわ。ティーナはゆっくりしてて」
あれが支社長相手の通話か……お偉いさんと、タクナが言ってたのがわかる。
「マサトくん。ごめんね。仕事が入ったわ。私は戻るけど、ティーナと仲良くしてあげてね」
「ちょっと!サリアっ!」
抗議するティーナに手を振り、立ち去ろうとするサリア。こちらも立ち上がる。
「サリアさん!本当に俺らを気にしてくださってありがとうございました!タクナからもよくお礼を言ってくれと言われてます」
深く頭を下げた。
「そういうのは良いって言ったでしょ。私たちはこれから長い付き合いになるわ。それにKTSが嫌になったら、ウチに来ても良いのよ?これからよろしくねKTSの新人さん」
「あ、そうそう。あまりKTSに染まらないでね。お姉さん心配になるわ」
思い出したかのように、そう付け加える。
笑いながら後ろ手に手を振り、立ち去ってしまった。格好いいな。
細めの長剣を差した華奢な後ろ姿。しばらくそれを見送っていた。
「なぁに、マサトくんはやっぱりサリアが良いのかしら?私が支社長の話を聴いてもいいのよ。代わってあげましょうか?」
悪戯めいた声でそう言われた。
「いや、違いますって!サリアさんは素敵ですけど、それより命の恩人ですし、格好いいなって」
慌てて言い訳してしまったが、なんの言い訳をしているのだろう。タクナが来ないのもわかる。この二人には勝てる気がしない。
「冗談です。それに、命の恩人って白峰の夜爪豹のことよね。サリアってば、後から最高のタイミングで登場できたわ!って自慢してたわよ」
クスクスとおかしそうに笑う。
「マジですか……」
「サリアにばかり熱い視線を送るのでバラしてあげました」
シマの言う通りだった。この二人、激ヤバの強すぎだ。
人気レストランという割には静かなお昼時。窓の外からは公園が一望できる。落ち着いた雰囲気で食後のお茶していた。
KTSとソラとの関係。都市の探査会社の主な業務内容、ティーナは嫌な顔せず、全てに答えてくれた。KTSとの関係に関しては、苦笑いも浮かべていたけど。
時間は大丈夫なのか、訊ねるとティーナは割と暇らしい。
「こう見えて私はELC契約探査員なのよ。みんな気を使ってくれるの。好きにしてなさいってね。そんな大変じゃないんだけどね」
そう言って少し誇らしげに胸の徽章を指し示す。アルカディアで二人しか付けてない徽章。いい機会だELC契約、偏向干渉能力者との契約について聞いてみよう。
「ティーナさん、ELC契約について質問しても良いですか?」
「知らないの?それはダメよ。異世界人のマサトくんの事情はわかるけど、ハルモニアでは常識よ。子供でも知ってるわ」
「どうしようかしら?」
そういって、左手を頬に当て思案顔のティーナ。
「百聞は一見にしかず、見てもらおうかなっ」
そう言うと、頬に当てた左手の指を二本立て耳の後ろに持っていく。
「オルフィア、偏向干渉は開いてる?」
「嘘ばっかり、絶対に開いてたでしょ〜。マサトくんにELC契約を見せてあげたいの。うん。うん。そう。」
なにやら独り言を始めるティーナ。しばらくやり取りをしたあと、俺に向き直る。
「マサトくん。私のELC契約主であるオルフィア監査官があなたにご挨拶したいと言ってるわ。オルフィアの言葉をそのまま伝えるわね」
「オルフィア、ゆっくりお願い」
そう言ってゆっくりと話し始めた。
「はじめましてマサトさん。右手のテーブルの上、白くて可愛らしいトカゲさんが、シロさんですね?シロさんもはじめまして。監査庁斎女課オルフィアと申します。お目にかかれないのが心苦しいですが、どうぞ宜しくお願いします」
ティーナが挨拶の言葉を口にしている。
「は、はじめまして監査官。ま、マサトです。あの、なんで、右手にシロが居るってわかったんですか」
ティーナはそんなことひと言も口にしていない。
「ティーナの目を通して、あなたたちを見ています。カップの中身はまだ温かそうですね。それは監査庁食堂自慢のブレンド茶ですね。私も好きでよく飲んでます」
「い、いや、その、な、なんで会話できるんですか?」
「ティーナの聴覚から音声を拾っています。マサトさんは素敵な声ですね。シロさんはおとなしいですね。お喋りはしない子ですかね」
ティーナの声。しかし、話しているのがオルフィアだと言うことがわかった。
「マサトさん中央公園でティーナと見た蒼の刻はどうでし」
「ちょっとオルフィア!なに言い出すのよ!」
ティーナは左手をテーブルに戻し、慌てた様子。
「もう、オルフィアったら、あぶなく恥ずかしいこと言うところだったわ」
少し耳を赤くしたティーナ。偏向干渉は終わりだろうか。
「あ、あの今のはオルフィアさんが?」
「ええ、そうよ。オルフィアの言葉をそのまま伝えたわ。変なこと言い出すまではね」
いや、オルフィアさんの言葉というのはわかったけど……
「視覚と聴覚を使った……それって……」
「もしかすると私自身が気がついてない気持ちとかも知ってるかもね」
首を傾げ、挑戦的な瞳をこちらへ向けるティーナ。
「私はオルフィアがなにを考えてるのかまったくわからないのにね」
不満そうに口を尖らせている。なにも口にできずティーナを見ていた。
「どう?これが偏向干渉能力者と契約するってこと。面白いでしょ」
にっこり、という擬音がぴったり。ティーナの表情はそうだった。
「つまり、俺がティーナさんと会話しているこの内容もすべてオルフィア監査官は知ることができる?」
「そういうことになるわね。だから、私と話すときは気を付けてね」
ティーナは笑いながら簡単に口にする。
「いまアルカディアにはうちと、ARC組合の二か所にしかELC契約探査員はいないわ」
ティーナが言葉を続ける。
「でも、未契約の斎女がアルカディア支局にはいるわよ。名前はフレイアさんって言ったかな。KTSさんで一人どうかしら?」
終始笑顔のティーナの言葉も、見たものの衝撃が凄くて通り過ぎてしまった。
その後もいろいろと尋ねた。ティーナはその全てに答えてくれた。
「どう思う?私との付き合い方を考え直しちゃったかしら?」
二人の会話は二人だけのものではない。それを見せてもらった。軽く口にするティーナの背負ったものの重さも。だから口にしておく。
「会う予定もない監査官より、お世話になっているティーナさんを選びますよ」
割と素直にそう思った。
「そう?なら良かったわ」
ティーナは軽くそう口にした。不安な気持ちがあったのかなかったのか。KTSの新人なんかに測れるものではない。
長いこと話し込んだ。窓の外は少し陽が傾きかけていた。
「けっこうお話しちゃったわね。謎はすべて解けたかしら?」
一度だけシロに視線を向けたあと、ティーナが言う。
そろそろティーナを開放する時かな。
その時、我関せずと机の上にいるだけだったシロが動く。
ティーナのほうへペタペタと歩いていくと、ティーナに飛びついた。
二人して驚く。驚く内容は違ったけど。シロはそのままティーナをよじ登り肩の上で立ち上がる。左手でティーナの耳を掴み、思い切り背伸びをすると右手でティーナの頭を撫でようとする。
初めて見た。シロが初対面の人に近づくのを。いや、初対面というだけでなく、シロが触る人はこれまで俺を除いて三人しか居ない。
足をぷるぷると震わせ、ティーナの頭を撫でようとするシロ。なんでシロが……驚いてその姿を見つめた。
掴まれた耳が少し痛い。意外と力持ちさんなのねシロさん。
許されたのかな。
みんなが口にしていた。とっても可愛らしい白いトカゲさんが居るって。今日会えて良かった。私もそう思う。可愛らしいシロさん。それで良いと思えた。




