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第43話 ニンジンを封印する

アズール・ホエムのサファイアブルーの輝きが都市を照らす。日蝕が作る美しい天体ショーは何度見ても飽きない。防御結界の中でなら。


外で見るのは御免被るが。


軽くストレッチをしていると声がした。


「おはよーさん。眠ぃな」


「おはよー。まあな、慣れるしかない」


タクナもストレッチをしている。俺は終わりだ。先に出発してアドバンテージを稼がせてもらおう。


「先にいくぞ。初日は大差で勝ってやる」


「汚ねえぞ。そもそもの話、お前のほうが速いのに先に」


「早起きするのも訓練だよ」


タクナの苦情を無視して走り出した。目指すのは住宅地と農耕地の境の周回路だ。そこから俺は時計回り、タクナは逆に走る。都市を一周、約50km。狂気の長距離ジョギング勝負だ。出会った場所を競ってやろうとしている。


入社日まで少し時間があった。寮でタクナと実技試験の反省会と対策会議をしていた。白峰で教わった、仕事後のいつものやつだ。


「で、何から手をつける?」


「なにってお前、全部としか……」


俺の言葉に、嫌そうな顔で答えるタクナ。合格して入社を果たしたが、正直言って何が認められたのかさっぱりだった。ガレルさん相手の討伐試験はまだマシだった。俺もタクナも最後の一人にはなれた。結局はガレルさんに遊ばれただけだけど。


しかし、その後に受けた撤退試験は酷かった。住宅地を会場にした試験内容は、30分間試験官の狼人のラグナさん率いる試験官チームから逃げるというもの。反撃は禁止。武器も取り上げられた。住民の協力はとりつけているので、私有地へ逃げ込むのも大丈夫。ただし物や人に傷をつけたら即失格だと。


あと、試験官は住民を襲うから、それを防がなかったら失格だとも。


俺は最初、公園で隠れていた。すると、女の子に見つかった。あーKTSの受験生の人だー頑張ってー、とニコニコしながら俺に手を振る女の子。母親は、こらダメよーと笑っていた。そこに母娘を襲うラグナさん。


頑張ったよ?超頑張ったと思う。けど簡単にやられた。だって俺は素手だったんだよ……。ラグナさんは母娘に頭を下げて、次の受験生を探しに行った。ひと言も発しなかった。開始から5分経ってなかったと思う。


タクナは民家の物陰に隠れていたらしい。首筋にデカいナイフが当てられて試験官の存在に気がついたと。試験官はタクナをナイフでペタペタと叩き、お疲れさん会社に戻って良いぞ。だってさ。


タクナは、俺は8分は生きてたと言って、5分でアウトの俺を馬鹿にしたが、その後、虚しくなって二人で膝を抱えて試験終了時刻を待った。


待ち時間は5分くらいだった。20分足らずで全員制圧されたらしい。


最後のエイナルさんの担当した追撃試験に関しては思い出したくもない。ここで死ぬんだと思った。ガレルさんなんてエイナルさんと比べたら、休日に子供と遊ぶ優しいお父さんだった。弓使いって恐ろしい。


「そういえば、撤退試験のときサイル見なかったな。あいつどうだったんだ?」


「あ、俺聞いたよ。最後の一人になったってさ」


エイナルさんの恐怖体験アトラクション前の小休憩。トイレでサイルに会って教えてもらった。


「おぉ、すげぇなあいつ!やるなぁ」


「男の子を抱えて逃げ回ったらしい。試験官が続々と集まってきて地獄みたいだったって」


「…………。」


「俺は5分でやられて良かったと思ったよ」



サファイアブルーの輝きが陽光に打ち消されていく。


ハルモニアにきて変わったことは、何よりこれだ。50kmという馬鹿げた距離を毎朝のジョギングに選ぶ。ついでだからと、それを競う。タクナとすれ違う場所を想定して少し速度を上げた。


KTSの馬鹿げた先輩方と一緒に働くため。出来ることの第一歩だ。



息を整えながら周回路から寮への道を走る。着く頃には息が整う。携帯端末を出してログを確認する。2時間切ってる。恐ろしい記録だけど、まだ余裕がある。1時間半までは行けそう。そこから先はどこまでイメージ出来るかだな。


すれ違った場所から考えると、タクナはまだ帰って来れないだろう。先に風呂でも入るか。


エントランスへ入るとロビーラウンジが広がる。座り心地の良さそうなソファとローテーブルが何セットもある。朝なので、利用者はいない。適度に置かれた観葉植物がそれとなくパーテーションとなっている。


開放的なロビーを抜け、割り当てられた新人用の区画に進む。広い廊下を進み、自分のネームプレートが付いた扉の前に立つ。プレートが一瞬赤く発光。すぐに緑へと光り扉が開く。


「おかえりなさいませ、マサトさま。入社日までは自由行動が許可されています。何かご質問があればお声がけ下さい」


寮を管理している精霊が迎えてくれる。


「風呂に行きたいけど、混み具合はどうかな?」


「現在、利用者はいません。寮生は、ほぼ全員出社したか準備中なので、当分貸し切り状態になります」


「ありがとう」


大きな窓から差し込む陽光が、リビングを明るくしていた。見回すけど、目的のものがない。あれ?どこやったかな。リビングだと思ったけどない。ダイニングとキッチンを一瞥して部屋を確認しに行く。


まだ何も置いてないほうの部屋を覗く。扉を開けると、ゆっくりと照明が光る。何もないことを確認して、ベッドのあるほうの部屋に。


部屋を開けると明かりがついている。部屋の隅っこに積まれた干し草からガサゴソ音がしている。あったあった。


「シロ、お風呂行くけど一緒に来るか?今なら貸し切りらしいから泳いで良いぞ」


音が止まる。一拍置いて白いトカゲが干し草から這い出てくる。でっかい黒目でこちらを見つめてくる。あれ?嫌なのかな。


「それとも部屋の風呂のほうがいいか?」


干し草から這い出して、身体を振るわせ付いた草を払い落とす。ぴょんぴょんと跳ねるように近づいてきて、最後はジャンプして飛び付いてくる。ボールのように丸まったシロをキャッチして大浴場へ向かった。



風呂上がり、そのまま食堂へ向かった。途中でタクナの部屋の前を通る。ネームプレートが光っているので、戻ってはいるようだ。


区画の二面がガラス張りの食堂。


いや、食堂は無理がある。どうみてもレストランだ。しかも高級な部類。窓の外は美しい洋風庭園になっている。テーブルも椅子も、高級レストランにありそうなそれだ。しかも、給仕のスタッフさんまでいる。KTSと契約して出店している都市有数の高級店らしい。


「お食事後のお茶をお持ちしましょうか?」


「お、お願いします」


シロはモソモソとまだ食事しているが、俺はもう食べ終わった。一流店のスタッフらしく、何も言わずとも快適に過ごせるようにと気遣いが半端ない。


シロは我関せずと、テーブルの上に座って両手でパンを食べている。おまえ、よくそんなに堂々としていられるな。俺は少し緊張しているというのに。


相変わらずどういう身体の構造になっているのか謎トカゲだ。両足を前に投げ出して尻尾を後ろに座っている。それにしても可愛いなぁ。ジィッと観察していたら目が合った。


シロはしばらくこちらを見て、両手に持ったパンに視線を落とす。頷くと、おもむろにパンを千切ってこちらへ渡してきた。いや、そうではない。


「シロ、別に寄越せなんて思ってないよ。好きなだけお食べ。お金がかかってるわけじゃないし」


笑いながら言うけど、シロは千切ったパンを渡そうと必死だ。諦めて受け取って口にした。


クスクスと笑い声がした。


「可愛いトカゲさんですね。シロちゃんって言うんですか?」


お茶を持ってきてくれたスタッフの女性に、一部始終見られていたようだ。微笑みながら話しかけられた。持ってきたティーポットからカップへお茶を注ぎこちらへ。


「はい。これからお世話になります。もし、ひとりでここにきたら、なんか与えてもらえますか?なんでも食べますから」


「ええ、もちろんです。触っても良いですか?」


遠慮がちに言ってきたが、シロはパンを持って俺に飛び込んでくる。膝の上に逃げ込んでしまった。相変わらずだな。苦笑してしまう。


「ご覧の通り人見知りが激しい子なんです。触ろうとさえしなければ、割と堂々としてます。暇があったら話し相手になってやって下さい」


「わかりました。シロちゃんよろしくね」


逃げられても気を悪くせず、笑いながらシロに話しかけてくれた。


シロを掴み、引っ張り出す。


「ほらシロ!よろしくお願いしますだ」


スタッフさんに向けて頭を下げさせておく。


遠くから小さく声が上がった。遠目に見ていた他のスタッフさんだ。これで、シロの食事問題は解決だな。ちっとも懐かないくせに、人たらしな奴だ。



ゆっくりとお茶を飲んで今日の行動について考えていた。


「もう食い終わったのか?」


タクナが俺の前に座る。


「鈍臭いおまえと違うからな」


「チッ、抜かせ。飯食い終わったらトレーニングルーム付き合えよ。ウェイト勝負しようぜ」


こいつ、馬鹿なのかな?あんな鉄板みたいな大剣を片手で振り回すやつ相手に、ウェイト勝負だと。


「おぉ……。それは後日にして、とりあえず今日はサリアさんたちに挨拶しとかね?」


心配して蒼穹探査に誘ってくれた人たち。彼女たちが胸につけていた13等級の実力を、試験官たちに思い知らされた。よくもまぁ俺たちみたいな下っ端を気に掛けてくれたものだ。KTSに潜り込めたいま、一日でも早く挨拶はしておかないと。


「あ〜。俺はパス。俺の分までよくお礼言っといてくれ。頼んだ!」


珍しく両手を合わせ、頭を下げるタクナ。


「え、なんでよ?サリアさんたち、良い人じゃん。苦手なの?」


「いや、おまえがおかしいんだよ。よくもあんな圧倒的強者相手に、ニンジン食べさせたいとか考えたよな。今は呆れ通り越して感心してるわ」


いや、普通考えるだろ。サリアさん超可愛いじゃん。


「とにかくお偉いさんの相手はおまえの役目だ。くれぐれも、馬鹿なことをするなよ。あと、俺も感謝してるのは本当だ。頼んだぞ」


タクナはそういうと、運ばれてきた飯に手をつけ始めてしまった。


「まぁ、良いけど。どうしよう?」


「おまえのそれは探査員証にしか使えんのか?」


机の上の携帯端末を箸で指して言う。確かに、100万人の連絡先にアクセスできるこれがあった。


試しに、蒼穹探査13等級探査員サリアと頭に描いて端末に触れてみる。


ポップアップが即座に上がる。


対象:サリア・フライト

所属:蒼穹探査[13等級探査員]

現在地:蒼穹探査株式会社内

相対位置:北東方向約8.4km

ステータス:正常


もう会社にいるらしい。考えるのは苦手だ、とりあえず連絡してみるか。


あっさりと12:30頃、監査庁レストランでの食事の約束を取り付けられた。ティーナと一緒に監査庁に行く予定があるらしい。


監査庁に仕事で行くとか、やっぱ二人とも偉い人なんだな。ニンジンは封印しよう。

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