第42話 白峰人
受験生を全員集めた。一糸乱れぬ美しい列をつくる若者たち。壇上から見下ろすのが毎回キツい。なんどやっても慣れない。ガレルに押し付けようとしたが、それが不合格にした受験生へのわが社の態度ですか?と真顔で言われてしまった。
生意気なこと言う。おまえだって、そろそろ、そういう立場なんだと言ってやりたかったが、まぁガレルが正しい。受験生を肉体的に痛めつけるキツさはおまえにやらせた。なら精神的に殺すのは俺の仕事だ。
司会役の副官ディアナの落ち着いた声が開始の合図となる。
「これより境界トータルサービスアルカディア支社探査部長アルダ・カナリスから合否発表および、受験者の皆様へご挨拶をさせてもらいます」
「全員、礼!」
ディアナの声が講堂に響く。
俺の左右に並ぶ試験官、壇下にならぶ職員全員が受験生へ一斉に頭を下げる。
毎年のことだが、受験生の何人かは頭を下げかけている。教えられていても、やってしまうんだろう。でも、今から慣れておいてくれ。この先、おまえたちに、俺らは何度も頭を下げることになる。お馬鹿集団と呼ばれるKTSだからな。
「なおれ!」
頭を上げると、受験生の視線が集まっている。よし、始めよう。
「受験者諸君、まずは我々KTSへの入社を希望してくれたこと、心から感謝する。よく我々の仲間になろうと思ってくれた」
衣擦れさえ響きそうな講堂。
「これから五名の受験番号を伝える。呼ばれた五名は残れ。それ以外の受験者は解散の言葉を聞いたのち、好きに振る舞ってくれて構わない。ムカついた試験官に斬りかかるのもよし。落ちた腹いせに、事務方を蹴り飛ばして帰るのもよい行いだと思う。正当な権利だ」
一呼吸おいて受験生たちを見る。全員まっすぐこちらを見ている。
「君らの積み重ねた研鑽は見せてもらった。素晴らしい成績だった。誰一人として心折れて脱落することはなかった。全員を迎え入れたい気持ちだ。だが、我々は諸君らも知っての通りの会社だ。選んでくれた諸君らの前、さらには部下を悪くいうのは心苦しいが、まぁ有り体に言う。我々は少しばかり頭がおかしい集団だ」
軽く笑いが起こる。そうだ、悪い結果は笑い飛ばせ。
「つまり、これから呼ぶ五名には馬鹿の素養が見られたというだけの話だ。諸君らは他の探査会社、一般企業、職人、なんでもいい。選んだ道で採用担当者に自信をもって伝えて欲しい。自分はKTSから馬鹿ではないとお墨付きをもらっていますと。万が一、自分が馬鹿な失敗をやらかした時は、KTSに怒鳴り込めますよ。今回の結果を売りにしてくれ」
全員が笑い声をあげた。
会場が落ち着くのを少し待つ。
「では、番号を発表する」
解散を告げた講堂内は笑いに包まれていた。隣り合う受験者同士が肩を叩いている。一人の受験者が声をあげた。
「探査部長!来年も受験しにきても良いでしょうか!」
いい根性だ。悪くないぞ。
「おう、良いぞ!自分が馬鹿だと諦め切れないなら何度でも来い。けど、自分を磨くのは忘れるなよ。でなきゃ、来年も同じ話を聞かせて叩き返してやるだけだ」
声をあげた受験生は周りから盛大に冷やかされていた。優秀で度胸もある、頑張れよ。
堅苦しい礼服をディアナに投げ、講堂を後にした。青く輝く夜は静かで肌寒かった。
「ねー、わたしこれ持っていっていい?」
アルマがキッチンを片付けている。大きな鍋は、アルカディアに着いた直後にクロさんが買ってきたものだ。
「んー。良いんじゃね。マサト良いよな」
タクナが聞いてきた。鍋などいらん。しかし、気になったので訊いてみる。
「全然良いけど、そんなデカい鍋なんに使うの?若者同士で大騒ぎとかして、退寮になるなよ」
「しないわよ!二人にたまにはご飯食べさせてあげるのに必要でしょ。どうせ携帯糧食ばっか食べるんでしょ」
アルマが善人すぎる。おまえもしかすると天使か?
「おぉ、アルマさん頼もしいぞ。でも、それなら俺かマサトんとこ置いとけば?邪魔だろ」
「絶対にいや。二人が綺麗に暮らしてるなんて想像できない。そんなとこでご飯食べたら病気になる」
前言撤回、糞アルマだ。否定できないからムカつく。
「なら食器類とかは全部アルマ持ってけよ。まとめて運ぼう」
生活態度を改める気にもなれないので、アルマに全て渡しておこう。
「え?良いの?クロさんこだわるから、結構いいやつだよ。二人もお金出してるのに」
ホテルを引き払うために三人でお片付けだ。俺とタクナがKTSの寮に入るので、ホテル暮らしは終わりを迎えた。
シロも腰袋に何かを詰め込んでは出してを繰り返している。ホテルの備品が入ってないか確認しないとだ。
「それにしても、アルマは住むとこ二日目には決まってたんだから、とっととそっちに住んでりゃ良かったのに」
まぁ、そういうなタクナ。俺も同じこと思ってたけど。
「なに言ってるの?二人がまともにやれるわけないから、わたしが付き合ってあげたんでしょ!寮に入ってからも定期的に見にいくからね。クロさんから監査するよう言われてるんだから」
今後は仕事だけでなくプライベートにまで監査官がつくらしい。
「アルマ、クロさんに似てきてるぞ……」
そーだ。そーだ。もっと言え。
「なにか問題ある?それより、二人の寮見に行っていい。どこに住むのか知っておかないと」
「いいけど。俺、アルマがどこに住むのか知らんぞ」
タクナは知ってる。荷物の搬入作業をしていたからだ。俺はティーナと圧迫面接みたいなデートしてた。
「マサトくん、もう少しわたしに関心もってよ!同じ白峰人でしょ」
白峰人ってなんだ。初めて聞いたワードだ。でも、悪くない言葉だな。
「いや、悪い。都市にきてから色々ありすぎてな。それにこれあるから、大丈夫だと思ってた」
ポケットからスマホ。ではなく個人用携帯端末を出して見せる。
こいつの使い方を勉強したが、もう地球とは考え方が違いすぎてスマホ呼べなくなってきた。都市内ではこれひとつあれば何でも出来る。そこはスマホと変わらないのだけど、大きく異なるのが個人情報の取り扱いだ。
悪用する人間がいないのでだだ漏れ。ブロックは可能だが、しない限り調べたら今どこにいるのか簡単にわかってしまう。
アルマがどこに居るかなど丸わかりだ。ついでに言うと、シロミネの極小版とも言える精霊がそれぞれの端末に入っており、なにか不測の事態が起きた際は、勝手に連絡してくれる。
俺たちは既に互いに登録してある。
「そういうシステマチックな考え好きじゃないなー。人との繋がりって言うのはね」
いかん、アルマの説教が始まる。タクナに目配せする。それにシステマチックってなんだ。もっとわかりやすい言葉を選べ。相変わらずお子様だ。
「アルマ!早く荷造りすませろ。エルとフィルの放牧地も変える必要がある。近くにいたほうが安心だろ」
「そうだった!せっかく外縁部近くの寮にしたのに、エルとフィルも引っ越しさせないと。急ぐね!」
アルマが簡単すぎる。こりゃタクナと二人で目を光らせておかないとだな。悪い虫がついてアルマがグレたら白峰に顔向けできない。
ホテルを引き払った。2週間以上滞在し、スタッフさんともすっかり仲良くなった。アルマなんかフロントの女の子とご飯の約束とかしている。
俺とタクナは警備のかたやフロントマネージャーと別れの挨拶をしていた。KTSですか……と瞳をキラキラさせている。どちらもおっさんだ。
お世話になった。再会を願う言葉を口にして仮住まいを後にした。
「納得いかないっ!なによ、あれ!私もKTSの寮に住むっ!」
そして今、エルガディアとフィルを連れて北西放牧地から南西放牧地へ移動中。
「なに言ってんだよ。無理に決まってるだろ。それにアルマのとこも綺麗で可愛らしい寮でいいじゃないか。可愛いアルマにピッタリだと思うぞ」
エルの背中に揺られながらアルマがプンスカ中。それを必死になだめていた。
アルマの学生寮にホテルからの荷物をおろした。そのままKTSの独身寮について来て、寮の部屋および施設を見てからずっとこれである。
「綺麗が抜けてる。褒めて誤魔化すならちゃんとして!」
雑だったらしい。面倒臭ぇー!
「ねー、私もあんな寮に住みたいっ!」
まぁギャーギャーと騒ぐ気持ちはわかる。俺も正直ドン引きした。あれが単身者向けの寮?案内してくれた先輩事務員の方曰く、福利厚生も手厚いのが、うちの売りでもあるからね。誇らしげに言っていたが、正直やり過ぎだ。一生独身でいようと思った。
「ならアルマも卒業したらKTSに入れよ。他にも寮あるみたいだけど、そっちも凄いらしいぞ」
フィルと遊びながら歩いていたタクナが口をはさむ。
「えーむりー。わたし撤退試験とか怖くて一歩も動けなくなると思う」
アレは確かに怖かった。ヤバいのはガレルさんだけじゃなかった。いや、正直ガレルさんの担当試験が一番楽だった。撤退試験もギリ許容範囲。エイナルさんの追撃試験は、死んだあとどう振る舞うか見る試験かと思った。
それはさておき、アルマのアホ発言だ。
「いや、なんで探査員なんだよ。絶対無理だわ。普通は事務方だろ。まぁそっちは馬鹿を募集してないけど」
キャンキャンと仔犬のように騒ぎ立てるアルマ。
ふかふかの牧草の上を、三人と二頭と一匹と一羽で歩く。いやシロとリディは歩いてはいない。リディはエルの頭に留まり、シロはフィルに咥えられている。新スキル死んだ真似発動中だ。
陽が傾き、肌寒い。夕焼けが綺麗だ。地球とあまり変わらない。俺らの住む場所に近い放牧地まで白峰組全員で散歩した。シマが居ねぇか。
街道に出たところで、エルとフィルにまたなと声をかけ住宅地へと帰る。
「明日からあまり会わなくなるね」
俯いたアルマがそんなことを口にした。言われてみたらそうなのか。白峰にいたときもほぼ毎日顔を合わせていた。
「まぁ、ご近所もいいとこだ。いつでも会える」
珍しくタクナが静かに答える。
「KTSのお仕事って危ないことも多いよね」
それはそう。なんて答えたらいいかな。言葉を探した。タクナも黙っていた。嘘つくのも気休めもアルマにはできない。少し考えた。
「アルマ。俺がハルモニアに来たときにお世話になった人のこと話したろ」
「うん。ヴェルナさんだったよね。凄く強い人なんだよね」
アルマの控え目な表現がちょっとおもしろい。
「そう。そのヴェルナに教わった魔法の呪文がある。特別に教えてやろう」
「うん。教えて」
「イメージした未来は現実になる!だ」
「アルマ、俺とタクナはこれから先、ずっとお前に迷惑をかけるぞ。覚悟しておけ」
ジィーと音がするほど俺を見るアルマ。
「じゃあ私はこれからもずっと、二人を困らせることにするねっ!」
「最悪だな」
タクナが笑う。
アルカディアでの新生活が笑いに包まれたものである未来。それを想像して生きよう。




