第41話 ガレル
ガレルを襲う学生たちの戦いを見ていた。お手並み拝見といこう、なんて斜に構えたわけではない。高見の見物を気取ったつもりもない。
見事な波状攻撃を仕掛ける受験生たちに、ただ見惚れたからだ。
打ち合わせなどなかった。示し合わせる時間のないまま試験は開始された。
言葉もなく、見事な剣技を打ち込み、次の瞬間に引く。遠間から弓を主武器にした奴がガレルを追い込む。追い込まれた先にはクレイモアを上段に、待ち構える受験生の姿が。
洗練され計算され尽くした美しい動きだ。ガレルは防戦一方で受験生たちの思い通りに動かされている。
しかし、ずっと口元を微かに歪め笑っている。
14人の絶え間ない攻撃、必死にガレルが捌く。そんな中、ガレルがこちらを見た。おまえは加わらないのか?挑戦的な視線。
視線を切った次の瞬間、ガレルは大きく後ろへ下がった。受験生たちの攻撃から逃げるバックステップにしか見えない。
背筋が逆立った。
追撃の好機とみた前衛四名が、それぞれの方角からガレルに襲い掛かる。
「やめろ!」
叫んだのが先か、動いたのが先だったか。
飛び込んだ瞬間に、一名を押し飛ばした。ハルバートを一閃したガレルから守れたのは一人だけだった。
三人の受験生が足を切りつけられ、血飛沫をあげ倒れた。
「遅いじゃないか。待ちくたびれて連中の両足を切り離すとこだったぞ」
振るわれたハルバートを白炎で受けとめていた。押し込まれる。なんとか受け流し、距離を取る。
「退避させろ」
倒れた三人は放っておける傷ではない。俺の声に、目を覚ましたかのように三人を戦闘圏外に運ぶ受験生たち。
「さて、残り12名だ。全滅する前に俺を討伐してみせろよ。紹介状持ち。お前なんだろ?」
口元に浮かぶ笑みを隠すのはやめたらしい。白峰でみた豹頭の戦士が重なってみえた。
攻撃に転じたガレルの振るうハルバートは暴風そのもの。受験生たちは受けきれない。俺だって無理だ。ひ弱担当のタクナならやれるのか。
受け止めず、受け流す。受験生が隙を見つけて攻撃を仕掛ける。学生が振るう大剣の重量が乗った一撃。ガレルはそれを受け止めた。
ナイスだ!大剣と切り結んだ腕を切り落としてやる。ガレルの右手に白炎を走らせる。しかし、空を切った。
嘘だろ。右手をハルバートから離して躱しやがった。しかも、腰の短刀を抜いて、大剣使いに投擲している。また一人脱落だ。
受験生たちを、確実に削っていく。甲殻熊のパワーを夜爪豹のスピードで振るってきやがる。
「飛び込みすぎるな!」
「間合いから外れてもいい。攻めろ、そこに追い込む!」
必死に指示する。優秀な連中だ。指示は速やかに実行される。それでも、また一人やられた。
「悪くない作戦だ。でも殺意がない学生さんの攻撃で俺を獲れるかな?」
切り結んだ時、図星をつかれた。
わかっている。彼らは本物だ。ただ、死線を潜り抜けた経験がどうしても足りない。
「彼らは優秀だ!すぐ足りないものに気がつく。ガレルさんの首。落としてみせますよっ!」
後ろに下がるタイミングで言ってやる。
「ほう。そんな口を叩いた受験者は初めてだ」
楽しそうだ。
残った受験生たちが、ガレルを囲む。何人残っている?たしか五人だ。俺が最初に飛び込むから、合わせろ。ガレルから視線を逸らすことさえできない。しかし、伝わったはずだ。
首をもらいますよガレル先輩。イメージして白炎を閃らせた。しかし届かない。
どうすればガレル討伐は果たせるのだろうか。あれから三人やられた。三人とも最後らへんは、殺意のこもった良い攻撃を放っていた。
「なあ、俺の指示ってダメだったかな?」
息を荒くしながら、隣の受験生に話しかけた。
「いいえ、完璧だったと思います。自分たちだけなら、ここまで戦えませんでした」
「卒業記念受験のつもりでしたけど、得難い経験を積めたと思ってます」
肩で息をしながら、残った二人はそう答えてくれた。
ガレルはハルバートで肩を叩いてやがる。化け物め。
「俺ら二人で、死んでも武器を抑え込みます」
「なんとか一矢報いてください」
いいなこいつら。一緒に働きたいね。
二人に合わせ、俺も飛び込んだ。
腹を切られながら二人が払い除けられるのが見えた。だが、無駄じゃない。これなら届く。
ガレルの巨大なハルバートの刃が首を狙って放たれている。夜爪豹の一撃を思い出す。あの時とは違う。身体は動いている。
俺の方が速い。勝ったぞ。
首筋から温かいものが流れ落ちている。皮一枚を切られたようだ。
「残念だったな、俺の首を落とすチャンスはこれが最初で最後だったのにな」
笑いながらそう告げられた。
KTSの14等級は、俺のちゃちなイメージなんて簡単に上書きした。
手にした紹介状に目を落としている。
短い文面だ。余計なことはなにも書かれていない。
「基礎は叩き込んでおいた。仕上げはお前ら若い奴らで頼む。お前たちの助けになれると思う」
いや、俺はそんなに若くないんだが……まぁあの人から見たら俺は今でも若造扱いか。
若造だった頃に見た、豹頭の戦士の姿を思い起こす。圧倒された。噂は当然知っていた。いや、はっきり言えば憧れてKTSを選んだ。
伝聞でしか知らなかった伝説の探査員は、浮ついた噂話なんかで語れるようなものではなかった。甲種相手に舞うように戦う姿を実際に見た。畏れすら感じた。
「どうしたアルダ?そんな顔して、美人が台無しだぞ」
僅かな時間で戦闘を終えた。擦り傷ひとつなく倒したガルバンさんが言う。
初めての甲種との遭遇。ビビって腰を抜かし、何も出来なかった。甲種Ⅱ類二種、強力な幻獣と評されるグリフォンを単独で撃破した。
「す、すみません。ビビってしまいました」
きっと落ち着かせたかったのだろう、頭を叩かれた。
「それで良い、お前は強くなるぞ。ビビらない奴は早死にするからな」
笑いながらそう言ってくれた。
今でもはっきりと思い出せる。憧れた人の戦いの一幕だ。
「俺は強くなれましたかね……」
呟いてから、もう一度文面に目を落とす。
オニゾウさんの名前まで書いてある。自分たちの世代なら知らない奴なんか居ない、蒼穹探査の英雄だ。
入社試験はガレルとエイナルに任せたっけ。紹介状を引き出しにしまうと、試験会場に行くため席を立った。
「ねーねー。ラナちん。今年の受験生どう?いい子いた?」
試験担当のラナに声をかける。ガレルもエイナルも忙しそうだったからだ。
「部長、それ本当やめてもらえますか?気持ち悪いです」
可愛い俺になんてこと言いやがる。それともラナちん呼びのことかな?
「えぇ〜。なにが〜?アルダそんなこと言われても困っちゃうよぉ」
「アルダ部長……。」
おお、すごい圧だ。ラナは割と可愛らしい容姿だが、それだけに軽蔑の眼差しは刺さるものがある。よし、引き際だ。探査員たるもの、これを間違えるといろいろヤバい。
「あのな、ラナ。俺はFMタイプのハイヒューマンなんだ。特性は理解しているだろ?」
「いえ、アルダ部長。私の知るFMタイプは美しい女性の身体に、男性の精神を持つ。それだけです。気持ち悪く可愛い女の子を装うのは含まれてません」
気持ち悪いを連発するな。少し傷つくんだ。自覚があるだけに。
「ましてや部長はKTSアルカディア支社探査部のトップです。ごついくらい骨太なおっさんが、ねーねーとか鳥肌立ちます」
実際に鳥肌が立っているらしく、肌をさすっている。
「そういうのは初々しい新入社員だけにやって楽しんで下さい。私はこうみえて入社五年目9等級の準ベテランです」
「悪かったな気持ち悪い上司で。それで、今年の受験者はどうだ?端的に報告しろ」
「ほぼ例年通りです。前衛希望者は97名です。ほぼと言ったのは、今年は見たこともない馬鹿が二人居ます。どうしてこんな馬鹿がうちを受けにきているか理解に苦しみます」
ふむ。今年も不作ということか、五年前は良かった。なんせラナが壮絶にやらかして楽しかった。しかし、ここでそれを言わない分別がなければ探査部のトップには立てない。
「部長?何か言いたいことでもありますか?」
顔に出てしまったようだな。
「いいから寄越せ」
誤魔化すように学科試験結果を奪い取る。ふむこれは酷い。とくにこのマサトとかいうやつ、よくこいつこれまで生きていられたな。探査員以前に、生活できてたのか?というか、この馬鹿二人がガルバンさん秘蔵っ子か……
「ラナ、この馬鹿ども見たか?」
「ええ、もちろんです。酷すぎて気になりましたから」
「どう見た?」
珍しく即答せずに、少し考え込む。言葉を選ぶなんてラナとは思えん。
「そうですね……」
「支社の名声も悪名も高めてくれるのではないかと」
悪名はもう高めるな。これ以上はテルク支局長の胃がもたん。
「採用する方向なのか?」
「私はその立場にありません」
そんな顔をするな。次の次くらいには立場にしてやる。
「採用担当だったとしたら何を理由にするんだ」
今度も考えるかと思ったが即答された。
「一緒に働いたら楽しそうです」
ガルバンさん、あなたたちの教え子に紹介状はいらなかったようです。少なくとも私の部下の目にはそう映ってます。
ガレルと一騎打ちに持ち込んだ、大剣使いのリザードマン。傾く陽光の中、ゆっくりと膝をつき崩れ落ちる光景が見えた。




