第39話 別れ
「マサトくーん。シマちゃんがなに言ってるかわかんなーい」
ふっ、馬鹿め。うかつに、どこで何してたのっ!?ちゃんと説明なさい!とか言うからだ。
恒星の南中高度と、アルカディア標準時との誤差を、絶対座標の精度を高めるためにアズール・ホエムの仰角と視差が〜説明されたろ。訳わからんよな。俺もわからんかった。
いったい誰がこいつに知恵の実を食わせたんだ?カナン様か?とにかく、そいつはスーパー蜘蛛さんだ。心配なんか一ミリも必要ない。
あと、コミュ能力もバカ高い。なんで任務中の探査員の魔素駆動二輪車をヒッチハイクできたのか意味がわからん。
「な、俺らの言った通りだろ。シマのことは本人に任せておけば間違いないのよ」
「えぇー。そんなの嫌ー。構いたいんですけど」
そんなの知るか。シマ離れしろ。というか、シロと違って、シマは最初から大人だ。そして、お前がヤバい系女子だってのを初見で見抜いてる。
「くろといっしょ!」
「しろみねいく」
「ごえい!」
とまぁ、今や探査員の仕事まで。もしかすると実績だけみたら俺らより上かも……
いや、待て!いまこいつなんて言った?
「ん、クロさんの護衛で白峰に行ってくるだと?」
ありかもしれん。クロさんに護衛が必要とは思えないが、長い旅路だ。話し相手はいたほうが良いだろう。
「いどうかんぺき」
「みすらない」
いや、ミスったから今回みたいなことになっているのだが……しかし悪い案ではないな。
「ひとりでかえれた」
「みすだめぜったい」
シマは必死にアピールしている。
言うに、蒼霧から自力での帰還は可能であった。しかし、万が一帰還に失敗したらクロさんが白峰に帰るのに間に合わない。なので、確実な手段を取った。
そして、いま自分はここにいる、と。
格好いいなお前……
「よし!良いだろう。お前をクロさんの護衛に任命する。ただし、帰還は自力でだ。どれだけかかってもいい。自分の力で帰ってこい。できるか?」
「さーいぇっさー!」
どこで、覚えてくるの?そういうの。あと気になることがもうひとつ。
「おまえって寒さ大丈夫?帰りは結界も魔法建材もなしの生身になるよ。蜘蛛って南方系の生き物だよな。気温氷点下二十度とかになるけど、凍えたりしない?」
「へっちゃら」
「こはるびより」
へっちゃらなのか。いいなぁ〜。小春日和ってなんだっけ。秋に使う言葉だよ。ほんと強虫だなおまえ。
「よし、そうと決まれば、あとは探査員登録だな。シマの登録ができるか監査庁に行って確認してくる。お前らあとは任せたぞ。シマ行くぞ!」
シマを摘み、外出の準備をする。
「ねぇ、タクナくん。監査庁ってシマちゃんみたいな子にも探査員証発行してくれるの?」
「いや、知らねぇけど無理なんじゃね?」
ふ、ものを知らないとはお前らのことよ。ノルディさんがシマは人と言ってた。探査員登録証など束で発行してくれるはずよ。
「んじゃ、行ってくるわ」
「いってくるー!」
探査員登録証は滞りなく発行された。
頭にはてなマークを山ほど出していた監査庁の職員たち。シマは、白峰での実務経験、つまりモグラとネズミ退治をアピール。自慢の医療用レーザーを披露したりしていた。
必要なら履行能力証明と実績要件証明も白峰探査から取り寄せるが?と言ったのが決め手になったようだ。惜しかった。そんなもの頼まれた社長とオニゾウさんの顔が見たかった。
あと、証明写真が撮影できないとか騒いでいたが、それは写真撮影が趣味な職員をどっかから連れてきて対応してた。なんかマクロレンズの代わりに焦点距離を誤認させる魔術を利用して〜、とか騒いでいたが気にしない。
ちなみに全てシマがカウンターの上に乗り、監査庁職員たち相手に一人で手続きした。正直、俺らより手慣れていた。俺は後ろで見てただけ。
とにかく、ちょっとの混乱はあったようだがシマの探査員登録証ができた。等級は0でなく1だ。なんでだよっ!
あと、登録証の証明写真が超カッコよかった。
「帰ったぞー」
「ただいまー」
ホテルに戻ると、タクナとアルマは完成したクロさんへの、つまらない贈り物。つまり、ただのフォトスタンドを見ていた。録画データを再生するシンプルなモニターだ。
飾り付けはタクナがやったとは思えない出来映え。どんぐりをモチーフにしたアクセサリーを上辺中央に据えて、フレームは白峰周辺で採れる野草をイメージした装飾。
根拠はないが、クロさん気に入ってくれそうな気がする。
「おまえ、なかなかやるなぁー。正直見くびってたわ」
「だろ?俺も驚いてるわ。やりゃー出来るもんだ」
「ねーねー!私が撮影した中身も見てよ!」
アルマが起動させる。どんぐりを触ると起動するようにタクナが設定した。中身は俺らが都市で騒いでるだけの動画だ。最後の方に、俺らから白峰の人へのメッセージも入っている。正直、子供が作るビデオレターのようで小っ恥ずかしい。
「これやっぱ、恥ずかしくね?」
タクナも同じ感想だ。アルマもちょっと調子に乗りすぎたと思っているのか、赤くなっている。
「いいよ。俺らの恥ずかしい姿を見て、みんな笑ってくれたら俺らの勝ちだろ」
「それもそうだな。みんなに黒歴史を笑ってもらおう」
「よし、黒歴史は封印だ!クロさんに渡したら、見られるかもだけど、少なくともそれまでは俺らの目に触れないようにしよう」
「そ、そうだね!私ラッピングするよ!」
「あとシマを護衛につけることにした。まぁ旅の話し相手だな」
シマは探査員証の上で誇らしげだ。タクナもアルマも微妙な顔をしている。そんなもの本当に出たのかって顔だ。失礼だぞ、シマをなめてんのか?間違いなく俺らより上だ。1等級だし。
クロさんが戻ったのはその日の夜だった。
「私がいまどれくらい嬉しいか、あなたたちに伝わらないのが悔しいわね」
渡したフォトスタンドを撫でているけど、一瞥してからはこちらを見ている。さすがに、ありきたり過ぎたかな。
「なにそれー。嬉しいの?それとも怒ってるの?」
微笑みながらアルマの頭に手をやるクロさん。俺たちひとりひとりを見つめたあと。
「そうね、100年後くらいかな。あなたたちが私と同じ歳になった頃。今の言葉を思い出してね。どんな気持ちでいるか、わかるわ」
歳を重ねればわかるのかな。
「えぇ〜憶えてられるかなぁ。自信ないよー」
「憶えてなきゃ駄目よ〜。言葉でも態度でも、伝えられない気持ちもあるってことを言ってるの!」
クロさんは楽しそうにアルマの頭を撫でる。迷惑顔のアルマ。でも、払い除けたりはしない。
「ああ、それと思い出したときに、私の偉大さを思い知るわね」
悪い笑顔で俺たちを見る。
「なんすかそれ。もう散々クロさんには酷い目に遭わされてるんですけど……」
タクナは嫌な予感しかしてないのか。俺も同じだ。きっとクロさんには一生敵わない。
「馬鹿ね、そんなんじゃないわよ……」
いつもの小馬鹿にする口調とは違う。
「あの糞ババア、よく泣き崩れなかったな。きっとそう思うわよ」
少し声が震えていたように感じる。細めた目尻が、少し光ったように見えた。
たぶん見間違いだとは思う。
翌朝早く、年寄りクロさんに叩き起こされた。
「あんたたち!いつまで寝てるの!クローディア様がお帰りになる朝よ!さっさと起きなさいっ」
いつもの朝食。めちゃくちゃ美味い。
珍しくシロはクロさんによじ登っていた。何かを持って登っている。なに持っているんだろう、クロさんを含め全員で見ていた。
胸元までくると、クロさんがいつもの身に付けているペンダント。雫をモチーフにした金属のトップを引っ張りだすシロ。
苦労してなんとか手繰り寄せたトップに、手にした白い小さなものをあてがう。すると、一瞬光を放ち、手にしたものが消える。
クロさんのペンダントトップは、光を浴び色を変える宝石になっていた。複雑な輝きをもつオパールのよう。
「なに?シロちゃん。プレゼントしてくれたの?」
驚いて固まる俺らとは違い、クロさんはシロの行動がわかったよう。シロはクロさんを見つめ、ゆっくり頷いた。
「えーシロちゃんなにそれー!私も欲しい」
空気を読まないアルマが騒いでいた。
「だめよ〜。これは別れのプレゼントなの。あなたはこれからシロちゃんと一緒にいるんでしょ」
「そうなの?シロちゃん?私と一緒にいてくれるの」
アルマは期待を込めてシロを見つめる。興味なさそうにクロさんの胸で丸くなるシロ。
「シロちゃんひどい!やっぱ私にもなんかちょうだい!」
騒ぐアルマに大笑いしながら、クロさんは丸まったシロをアルマに渡した。シロは珍しくアルマの胸で丸まったままだった。
西の入出都管理所。白峰号はティオが繋がれている。
「二人とも、試験頑張りなさい。まぁKTSなんて馬鹿しかいないから、ちょうど良いとは思うけど」
あなたも確かその一人でしたよね。しかも14等級。トップオブバカ。
「タクナくんは甲殻熊憶えてるわよね。一刀両断したの見事だったわよ。年寄りの私でも、あんな綺麗な断ち切り方は見たことないわ。目を奪われた。自信を持って行ってきなさい」
驚いてクロさんを見た。タクナを見る表情がいつもと違う。続いてこちらを見る。
「マサトくんは夜爪豹が現れた時のこと憶えてる?ガルバンの奴は、普段からあんな風に、悠々と歩いていたわ。私はその態度にいつもイライラさせられてた。後ろから魔術投げつけたこともある」
思い出し苦笑いとか、難しいことできるんだなクロさん。
「でもね、戦場であれほど頼りになる背中は見たことない。あの豹頭がいる限り、絶対に負けはない。そう思ったわ。あなたはそうなりなさい。なれるから」
そう言うクロさん。声も表情も笑っていたけど、瞳だけ笑ってなかった。
ティオに進むように声をかける前、思い出したかのように。
「あ、そうそう。いくらKTSだからといっても、二人とも馬鹿は早めに治すのよ?あんまり馬鹿が酷いとアルマが苦労するわ」
抱きついて泣き続けるアルマを、笑いながら引き剥がしてそう言った。
わかりましたよ。社長やクロさんみたいな年寄りになるのも悪くないけど、少しは考えてみますよ。
真っ白な景色の中、遠ざかる白峰号が消えるまで三人で見送った。
さて、KTSの馬鹿とやらになれるか試すのはもうすぐだ。




