第37話 良い虫と悪い虫あと蚊取り線香
クロさんが白峰へ帰る前、ここらで散々お世話になっている恩返しを。そう三人で話した。しかし、相変わらずクロさんが喜ぶものがわからない。
とりあえずクロさんと一緒に買い物に行って様子を見ようと。
で、今はショッピングモールにいる。
日本のそれとは異なり、大手メーカーのテナントが並ぶエリアは小さい。ほとんどがクラフトワーカーと呼ばれる職人やクリエイターが、小さなお店を構え自作の小物などを売っている。
アクセサリーひとつ取っても宝石を使用したもの。彫金が見事な品、木と革を利用したものや、その複合作品。それぞれ個人が作り、店を構えている。価格は日本人感覚からすると激安である。この人たちはこれを生業としているらしいが、よく成り立つものだ。
その中に、何軒か絵画を扱う人たちがいた。示し合わせた訳ではないが、タクナとアルマを見ると頷いている。四人で絵画店に入る。
「私これが良い!可愛くて素敵、飾りたい!」
そういって20cmほどのものを指差す。描いてあるのは光羽鳥が数羽、木に留まっている風景画だ。
「俺ならこれだな。どーんと飾ると上がりそうだ」
90cmほどの大型のキャンバスに見事な大剣と盾が描かれている。なんと言うか、そのまんまだと思う。少し呆れ顔したのがバレたのか。
「んだよ、マサトはどんなのが良いんだよ」
問われて店内をもう一度見回す。
50cmくらいの作品が目にとまった。青空と山脈を背景にアズール・ホエムが浮かぶものだ。どこの風景なんだろうか。地平線へ隠されることなく、丸く群青の惑星が描かれている。
値段を見て驚いた。5万円くらいだ。版画ではない、原画だ。これが5万円だと?
「ねーねー!クロさんはどんなのが飾りたいの?」
「わたし?私は絵には興味ないかな~。食べられないし」
なるほど、なかなか手強い人だ。この人は何が好きなんだろうか。タクナの奴は、絵に魅入ってやがる。目的忘れてんのか?タクナの絵を覗き込み驚いた。15万円とある。嘘だろ。このデカい見事な大作が15万とか金銭感覚バグる。
アルマの小さな奴は幾らなんだ。そちらへ向かい値札確認すると1万円しない。なんだこれで生きていけるのか?
「売れ残りばかりでごめんね。もし良かったらどんなモチーフが好きなのか聞かせてよ。これからの作画のヒントになるからさ」
中年なリザードマンが声をかけてきた。この作品たちを描いた人なんだろう。
「可愛いのが好きです!荷運び蜥蜴とか!」
「荷運び蜥蜴は三点ほどあったけど、売れちゃったんだよね。毎回人気ですぐ売れるよ」
笑いながら言う店主さん。
話を聞くと、1年のうち2ヶ月だけここで絵を販売し、お店のない期間はずっと絵を描いているらしい。
「僕は不人気な作家だから売れ残りがあるけど、人気のある作家さんなら1週間くらいで完売するよ。他の都市でも売れるから、画商さんが買うんだよね」
聞くのもはばかられたけど、店主さんの人柄に甘え、つい聞いてしまった。彼は売れない作家さんだが、生きていくには十分だと言う。
ただ、作品が売れ残るのが少し辛い、と笑いながら言った。
「どうだい?少し安くするから買っていかない?見たところ都市で新たに生活を始めるでしょ。絵を飾ると心が豊かになるよ〜」
絵は不人気でも、商売は上手いようだ。
「あなたたち、さっき言っていたの買ってあげるわよ」
クロさんが簡単に言うが、さすがに俺とタクナは断った。広い部屋に住めるようになったら自分で買います!そう言ったら、また無謀なことを……と笑いながら馬鹿にされた。アルマは大人しく買ってもらっていた。たぶん、これが一番いい選択。
買ってもらった絵を抱きしめて歩くアルマ。大型店のエリアに入ると卵屋を発見した。
「卵屋さん!寄って行っていい!?」
さすがは都市の魔獣商だ。ショーケースに入った魔獣の卵が美しく飾り立てられている。展示数も半端ない。人気店なのかお客さんも多い。家族もいるのが都市らしいのか。
というかアルマ、お前まで卵屋言うのかよ。
「魔獣商な」
タクナの突っ込みも諦めが漂う。
「好きなだけ見てらっしゃい。私たちはあそこでお茶してるわ」
広い通路を挟んだ反対側はオープンテラス風の喫茶店になっている。魔獣大好きアルマだ。きっと長くなる。アルマに手を振り喫茶店に向かった。
空になったカップと皿が乗るテーブル。周りはカップル、ファミリー、若者グループ。婆さんと成人男性二名、異色な客だったが話は弾んでいた。
「こうも剣を振らないとなんか不安になってこないか?」
「それはそうだな、都市近郊の魔獣とかってどうなっているんだ」
「クロさん、そこいらへんも教えて下さい」
白峰とは比較にならない規模の都市。街道の魔獣討伐もさぞかしとクロさんに声をかける。しかし、さっきまで都市の探査会社の話を聞かせてくれていた、クロさんの反応がない。
「クロさん?」
「あなたたち、あれ見てみなさいよ」
クロさんの視線を追うと、向かいの魔獣商だ。ショーウインドウにアルマが貼り付いている。見ていると、若い男がアルマに近付き声をかけた。
立ち上がったのはタクナと同時だったか。向かおうとすると、クロさんに呼び止められた。
「待ちなさい、少し観察よ」
座り直す。どうなるか見守っていると、少しのやり取りのあと大袈裟に手を振っている。男の子は申し訳なさそうに謝り去っていった。
ナンパされてるじゃん。断れて偉いぞアルマ。
「大丈夫そうですね、田舎育ちで心配でしたけど、ちゃんとやれてます」
「うんうん。隙を見せず、きっぱり断る。大したものだ」
タクナと二人で頷いているとクロさんが言う。
「そんなんで一人前の探査員になれるわけ?もっと観察眼を磨くのよ。見なさい」
呆れた口調のクロさんの視線をまた追う。すると別な男がアルマに近寄るところだった。また二人揃って腰を上げかけた。
「いいから座ってなさい」
二人揃って着席。
見ていると、またもアルマは手を振って拒否していた。男退場。
「凄いですねぇ、ナンパって都市じゃ頻繁に起こるもんなんですね〜」
「そんなわけないでしょ。見なさい」
すると、三度男が現れて〜。いや、さすがにおかしい。どうなってるんだ?
「おい、マサト……見てみろ」
タクナに言われるままに周囲を見回す。すると周囲にはアルマを窺う男たちがそこいら中に待機している。これはいけない。
「クロさん、これは不味いです。都市のナンパ文化を悪く言うつもりはありません。しかし、守ってばかりでは物量に押し込まれかねません。先制防衛の許可を。タクナと二人で制圧します」
タクナも同意見らしく、立ち上がる。
「タクナくん、座ってなさい!それから都市にナンパ文化などありません」
「えぇ〜。じゃあアレはなんですか。悪い虫が大量発生してるじゃないですかー」
「そのとおり、積極的に退治しないとだ」
タクナも深くうなずく。
確か、俺らが白峰を首になった理由はアルマに悪い虫をつかせないためと。
「ふたりの任務に対する理解の浅さがわかったわ。悪い虫がつくのを阻止する。これはそう。でもその裏側はどうなっているかまで考えなさい」
「どういう意味ですか?」
なに言ってんだこのババア。と言わなかったのはこれまで散々痛い目にあったから。
「良い虫ならついてもいいの。というより、良い虫ならつかせないと駄目よ」
良い虫?良い虫ってなんだ?アルマに近付く男どもなど全員悪い虫だろ。汚物は消毒だ。
「いや、クロさん。良い虫ってなんですか?そんな虫見たことありません」
そうだ。タクナいいぞ。
「なに言ってるのよ。良い虫はつけないとアルマが可哀想でしょ」
「いや、そもそも良い虫ってなんですか?全員ブチのめして、生きてたら良い虫ってことにすればいいんじゃないですかね」
今日のお前は冴えてるぞタクナ。俺も完全に同意見だ。
「なんであなたたちは、入社前からKTSのバカどもみたいな考え方してるのよ。やめなさい、そんな脳筋」
「じゃあ聞きますけど、良い虫と悪い虫の区別はどうやってつけるんですか?」
タクナに続き俺も言ってやる。
「あなたたち、それでも探査員なの?大きな群体との戦闘時、二種三種に混ざって一種がいました。勢いで倒しちゃいました。そんな言い訳通ると思っているの?」
ぐぅ。うまいこと言いやがって。てかそんなケース聞いたことないです。アルマに集った虫の質の悪さが酷いな。
「アルマにつく虫退治は任せて下さい。しかし、その中にいる良い虫は判別がつきません。魔獣の種別ならいざ知らず、良い虫かと思ったら悪虫だった。アルマが傷ついた。なんて目も当てられません。万全の体制で事に挑め。そう教わってきました」
タクナ!素晴らしい。まったくその通り。
「ん〜。虫の良し悪しの判別が付けば解決なのよね」
右手で目を覆うクロさん。珍しく考え込んでいる。社長曰く、クロなんて俺より考え事に向いてない。脊髄反射で即ぶっ放して生きてきた探査員だ。って言ってた。大丈夫なのか?
「わかりました。こうしましょう。あなたたち二人が見て、気が合いそうなら悪い虫よ。なんか付き合い辛いと思ったら良い虫。これでどうかしら?」
この狼人の婆さんの罵倒スキルを羨ましく思った。悪口言ってるつもりがないのに、この罵り具合だ。勝てる気がしない。
タクナもさすがに効いてるのか、反論出来ないでいる。
「あのー。関係ない話ですけど、クロさんって探査員の頃の等級ってなんでしたか?」
「え?14等級だけどそれがどうしたの?」
「いや、なんでもないです」
まぁそうだろうな。この人がサリアたちより下のわけない。14等級半端ねぇな。
「それより、そろそろアルマちゃんのとこに行きなさい。虫除けしないと」
タクナと二人黙って立ち上がり、アルマの元へ。
「ねぇ、なんで二人ともそんな風に立ってるの?」
護衛対象を背に、腕を後ろで組み胸を張り周囲を警戒する。
「凄く買い物しにくいよ?」
サングラスも小道具に欲しい。
「ねぇってば〜、なんか喋ってよー」
ごめんねアルマ。さっきまでは普通にやる気に満ちてたんだよ。けど、どっかのババアに蚊取り線香扱いされてさ。
せめて護衛だと思いたいんだよ。
悪虫どもは顔を青くして撤退。効果絶大。テラスを見ると婆さんがカップを掲げ頷いている。
あとでアルマに叱られろ。




