第4話 旅立ちと寄り道
戦域の天秤と呼ばれた魔女がいた。
神々に届くと称された強大な力。数多の戦場でいともたやすく皿を傾けてきた。絶望と死の象徴。
その夜
ヴェルナは瞳を閉じて聴いていた。草を撫でる風の音。月明かりが照らす丘の斜面。灰牙犬が駆ける音は遠い。ハルモニアの夜は平和に満ちている。
静寂に、ふたつの命が転がり込んできた。ふとテーブルの上に目をやると、小さな蜘蛛が跳ね回っていた。何故かおかしくなり、シマを突いてみた。
動きを止めこちらを見つめる大きな目。笑いそうになりながら、さらに突くと飛び付いてきた。
腕に止まったシマが、よじ登ってくる。ひとっ飛びの距離をゆっくり登るシマ。肩まで登ると、またこちらを見つめる。
優しく撫でてみた。ただ撫でられるシマ。騒がしい毎日が終わりを迎える。あの子はここでどんな生き方をするのかしら。それが楽しみな自分に気がついた。
月の明かりを眺めながら、ずっとシマを撫で続けていた。
翌朝、目が覚めた。
シマどこ行った?いつも布団の上で跳ね回るシマの姿がない。リビングに降りるとシマがヴェルナの頭を跳ね回っている。
ヴェルナがキッチンで朝食の支度をしている。
「降りなさーい。食べちゃうわよ」
「きょうこそたおす」
何を馬鹿なことを。ヴェルナを倒すより、あの馬鹿でかい惑星を撃ち落とす方が楽だ。
無茶な事言うシマと、キャッキャと笑うヴェルナ。2人を見ていた。
「おはよう、食事にしましょう。座って」
「おはようございます」
テーブルにつくと、ヴェルナは食事を運んでくる。視線をテーブルにやると、見覚えのある小さな鉢植えが現れた。
悪戯っぽく笑いながら俺を見る。
「わかった?」
「わかります。創造したんですよね」
いつだったか、ヴェルナが拗ねていたのを思い出した。今ならこの魔法の凄さが理解できる。死を司る神様の眷属。この人は本当にその領域にいる。
食事中、ヴェルナは、ずっとハルモニアの事を喋っていた。いつもなら日本の話をせがまれるのに今日は違う。
「神様がいる?神罰がある?マジですか…それって教義とか知らないと不味くないですかね」
「んー大丈夫と思うわよ。みんな仲良く、助け合って。みたいな緩い教えだったはず」
ヴェルナの話を聞きながら、いくつか質問をする。
「魔獣と出会った時に躊躇とかないからね。敵は倒す。忘れちゃだめよ」
「人族はマサトくんの世界とは異なるわ。多種多様な姿で、多くの種族が共存してるわ。見た目で判断とか厳禁よ」
ヴェルナは楽しそうに話す。この人と出会えたのは、チートなんかよりずっと価値がある。
ひとしきり話し終えた頃に、ヴェルナはマサトに質問してきた。
「マサトくんは、小さな頃、何になりたかった?」
「動物園の飼育員さんでした」
不思議と子供の頃の夢がするりと出てきた。
「なぜならなかったの?」
「わかりません……」
俯き答えた。大人になるにつれ周りに合わせ、進学し就職した。子供の頃の夢なんて忘れていた。
「そう。なら今度はなりなさい」
顔を上げて見る。ヴェルナは優しく微笑んでいる。
「忘れてはダメよ?何を憶えた?」
「イメージした未来は現実になる」
「そう。理想の自分になりなさい」
別れを告げる言葉は、聞いた事ないほど優しかった。
母親か!
出発の準備をするヴェルナに思わず言いそうになった。放っておくと、ハンカチとちり紙など言い出しかねない。
それにさっきの別れの言葉はなんだったのか。
「いや、もう本当に大丈夫ですから」
「そお?わたし心配だわ」
「生きる力は渡してくれたんでしょ」
呆れながら言う。
「それはそうだけど……まぁシマちゃんもいるし大丈夫ね」
シマが保護者なのかよ。普通逆じゃね?
「最後にとっておきがあるわ」
もうこれ以上もらうわけには、そう思ってヴェルナを見ると、一振りの刀を持っている。
「一晩かけて作ったわたしの傑作よ。月白と名付けたわ」
渡された刀は白炎と同じく装飾がない。なのに目が離せなかった。
「抜いてみなさい」
言われるがまま刀を抜く。月の光を集めたらきっとこんな風なのだろう。青白く輝きを放つ。
「その刀は神にも届くわ」
「どう使うかは貴方が決めなさい」
言葉を失いヴェルナを見た。微笑みはいつもと変わらない。
「そうだ!これも持っていきなさい」
そう言ってピアスを外して渡してくる。
「いや、ホントもう……」
断ろうと思ったが、言葉が止まる。
小さな丸い宝石の中に銀河が入っていた。
「な、なんですかコレ」
黒い石は宇宙が凝縮されゆっくり動いていた。
「わたしのお気に入りの宝石かしら。この世界にはない石よ」
「いや、こんなもの貰えませんよ」
「いいから持っていきなさい。それが役に立つ時がくるから」
「と言うか役に立てなかったら、マサトくんが住む街を火だるまにしてあげる」
死を司る神様の眷属は恐ろしい事を言う。
小さな皮の袋を手渡されたのでそこに入れた。
「またお邪魔しても良いですか?」
ヴェルナが微笑む。
「ええ、いつでもいらっしゃい。けど貴方がココに来なくて済むような生活が出来る事を祈っておくわね」
「どういう意味ですか?」
答えることなく、ヴェルナが言う
「さぁもうお行きなさい。貴方はこの世界で生きていける。それだけは忘れないでね」
別れの言葉はお互いなかった。それが何故か。
「日本に帰る手段が見つかったら、観光旅行に誘いにきますよ!」
虚をつかれたヴェルナが破顔する。
「ええ、楽しみに待ってるわ」
南に向かい森の中を歩く。シマに話しかけた。
「また来ような」
「ぜったいくる」
「かならず」
シマは真っ直ぐ前を向いて言う。その姿を見た俺も前を向き歩き始めた。
異世界の森はさほど日本と変わりなかった。
見た事ない高い木や、壁かと見間違う程の太さの幹はある。でもSFチックな食人植物や、近づくと動き回る木も見当たらない。
シマの修行の成果を確認していた。これから2人で異世界を旅するのだ。お互いの戦力は知っておかないと。
「さいきょう」
最強なのかーいいなぁ。
「かまきりにもかてる」
シマがカマキリに勝てるのはすごい事だ。
「そっかー強いんだなぁシマは」
かわせたのは偶然。空気が裂ける音が聞こえた。頬に赤い線を刻む。
思わず飛びすさると、巨大なカマキリがコチラを狙う。人ほどの大きさのカマキリだ。たしか刃鎌蟷螂と言ったか。
「シ、シマ、カマキリ出た。やれるよな?」
震えながら口にする。
「むり」
無理ってお前いけるって言ったじゃないか。叫びそうだったが、カマキリの圧で叫べない。鎌は人の腕ほどの大きさだ。一撃でも喰らったらダメだろう。
「でかいむりにげて」
全力で駆けだした。
幸い刃鎌蟷螂は走るのは苦手だったらしくなんとか撒けた。
全力で森を駆け抜けた。息を整える。
「シマぁおまえカマキリに勝てるってたよな」
「むりでかすぎ」
「どれくらいなら勝てるのよ」
シマがイメージを送ってきた。
「ちっさ!コカマキリかよ」
シマのイメージするカマキリなら俺でも勝てる。というか文字通り敵じゃない。
「たたかわないと」
シマが言う。
「いや、わかってるよ。なんて言うか、心構えがなってなかったんだよ。次はちゃんと立ち向かうよ」
シマに言い訳をしていた。でも逃げて言ったのお前だろ。
しばらく森の中を彷徨う。南、南に向かう。一週間くらいで白峰という集落があるらしい。そこに向かえとヴェルナは言っていた。
南に正しく進むと美しい泉があるから、立ち寄っておけとも言ってた。長い年月を生きた彼女ですらあまり見たことない美しさだと。
これがその泉か……美しさに息を呑む。
森の中に突然現れた青白く光る水。直径20m程か。絶え間なく溢れる湧水は、そこら中で真っ白な砂を小さく舞い上げている。ところどころに生える水草が青白い水を受け、エメラルドグリーンに輝かせている。
シマと2人で言葉を失い眺めていた。
「おたから!」
シマが突然叫ぶ。何かあるらしい。
「なによ、突然。なんかあるの?」
「おたからある!」
「ひろって!」
「もってかえる!」
頭をペシペシと叩き騒ぐシマ。泉の中央に何かあると騒がしい。
「んー何があるのよ?」
目を凝らして見ると、大きく湧水が砂を巻き上げる中央に何かある。
「何あれ、なんか丸い物あるね」
「おたから」
お宝ってなによ。お前泥棒か何かよ。
「ひろってきて」
「えぇーマジでか。そんな良い物なの?」
とにかく拾えとうるさいシマに、やれ水が冷たそうとか、深くて危ないと抗議したが、シマは一歩も引かない。
「わかったよ、拾ってくれば良いんだろ」
仕方なく装備と荷物をシマに任せて泉に入る。気休めにツナギを膝上まで捲って足を入れた。
「シマ!むり!超冷たい!」
「まけるな」
「せかいをとれる!」
なんだよ世界を獲れるって……負けそうだよ。
嫌々、中央部までくると腰程の水深がある。幸い水は砂を巻き上げてるにも関わらず、驚くべき透明度で白い砂底がしっかり見える。
「あったぞー。でもこれどうしよう」
とても手だけ入れて届く深さではない。なんだかわからんけど、見失わないよう浅瀬まで蹴り転がしていこう。
浅瀬に着いて拾い上げてみた。
何コレ?卵かな?鶏卵より少し大きめの卵形の何か。
「シマこれなに?」
拾ってきた卵らしき物を見せる。
「おたから!」
「すごいれあ」
「ふーん。そうなんだレアなのね」
なんかの卵らしきそれをシマに渡してやる。
「ほらよ」
シマに渡すと、不思議そうにこちらを見てくる。
「なんだよ。お前が取ってこい言うから取ってきたんだぞ」
不満全開でシマに抗議する。
「いらない」
「あげる」
「ししょうの」
なんだそれ。お前が欲しい言ったから……
シマから貰った卵をよく見る。鶏の卵みたいに尖った方と丸い方がある。鳥類の卵なのかな。あんな冷たい水に浸かってたなら、死んでしまってるかもな。
しかし、綺麗な卵だ。泉の美しさを凝縮したような姿。まぁ確かにお宝かもなと腰袋に入れた。
泉があまりに美しいのでそこで一晩過ごした。シマが夜番をかって出てくれたお陰でぐっすり眠れた。シマは昼間寝るから良いらしい。
森の中を何日も進む。時折、左手にあるアズール・ホエムを確認。何度見ても飽きない美しい日蝕と、クソみたいな嵐を毎朝ありがとな。
ちゃんと方向あってるのか不安にもなったが、シマがわかるらしい。流石は毎日放り投げられていただけのことはある。
一度、灰牙犬の群れが現れたけど、こちらを一瞥して去っていった。雪辱を晴らす気構えだったけど、拍子抜けだ。
森を抜けた所に街道らしきものを見つけた。
この街道を半日も行けば白峰だ。初めての異世界の街、どんな場所なのか。否が応にも期待が高まる。
そんな事をシマと話しながら歩くと、畑が見えてくる。その先にあるのは人家だ。
ようやく白峰の街についた。




