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第3話 ヴェルナのイメージする世界

「ひどい!」


「たいへんだった!」


シマがプンスカしている。歩脚を振り回して猛抗議だ。


笑い声に起こされリビングへ降りると、シマが激おこであった。


なんでも昨夜放り投げられた後、大冒険だったらしい。大袈裟なとは思ったが、ヴェルナが言うに、けっこうな目に遭ったようだ。


「朝起きたらシマちゃんが、あけてーって」


目尻に涙が溜まっている。


「ひとばんかかった!」


戻るのにそれだけ掛かったようだ。せいぜい10mくらいの冒険だろ。


「わるかったなシマ、修行だよ」


ひと声かけておく。


「しゅぎょう……」


納得したらしい。


「おはようございます」


「はい、おはようございます」


まだ、笑いを抑えられないのか。それとも修行の一言で納得するシマに、新たな笑いを誘ったのか少し苦しそう。


「とにかく、食事にしましょ」


食事などできるのであろうか、その感じで。


食事の支度をするヴェルナを眺めていた。昨夜はテーブルクロスに手をかざすだけで用意していたのに、今日は普通だな。


「昨日と違いますね」


「あら、気づいた?」


振り返らずに答える。


「昨日は魔法で?」


「そうよ。今日は面倒だからやめたの」


「魔法……僕も使えるようになりますか」


「なるわよ。使えない人なんかいないわ」


ヴェルナがこちらへ向き直る。

真っ直ぐ目を見て言った。


「憶える呪文はひとつだけよ」


【イメージした未来は現実になる】


そう言って微笑む。

目の前に美しい花を咲かせる鉢植えが現れた。


「昨夜もマサトくんを驚かせたくてわざとやったのに。シマちゃんの事ばかり訊くから、少しがっかりしたわ」


口を尖らせ抗議するヴェルナはとても愛らしい。しかし、またも心ここにあらず、になる。ここに来てから色々あった。しかし、いつまでも耐性がつかない。


「イメージした未来は現実になる?」


ヴェルナは調理に戻ったようだ。


「うん」


「想像が現実になる?」


「そうね」


そんな事ってあるのか?


テーブルを見る。抱えるほどの鉢植えがある。そして見たことない美しい花が色とりどりと咲き誇っている。


「わかりやすいでしょ」


悪戯っぽい表情でこちらへ食事を運ぶヴェルナが、テーブルを一瞥しただけで花は消えた。


「ね、簡単でしょ。さ、食事にしましょう」


食事などできるのであろうか、この感じで。


食事中はヴェルナに求められるまま、日本の事を話した。家族や友人の事、恋人はいた?子供の頃何して遊んだ?ころころと笑いながら、目を輝かせていた。


「いい天気ね。庭でお茶しましょう」


ヴェルナが外の美しい庭に目をやる。

そんなものさっきまでなかった。


膝丈の低木を垣根にした洋風の小さな庭。落着いた色のガゼボまである。魔法ってすごい。


「では実戦魔法からいきましょうか。呪文は憶えてる?」


「イメージした未来は現実になる」


まったく理解できないが答える。シマはうんうんと頷いている。お前わかるのかよ。


「お手本をみせるわね」


人差し指を一本立てて、目の前に突き出してくる。


「指先に注目してね」


ヴェルナの指先に何か集まるのがわかる。


「こうやって、指先に集中して」


「はい……」


ビー玉サイズの丸いモノが生まれた。シャボン玉のような見た目。中は炎が凝縮されているかのように紅く渦巻いている。


「みててね、えいっ!」


視線の先には、丘の斜面があった。ヴェルナが丘を指差す。同時に稜線が光り弾け飛ぶ。

2秒くらいか、空が割れたような破裂音が届く。空気が庭を震わせている。


稜線は形を大きく変えて、向こう側が見えていた。


「さ、やってみて」


「むり」


シマのような返事をした。


「いや、いや、なんですかアレ。絶対無理なやつですよね」


「マサトくん、魔法の呪文忘れちゃった?」


「いや、忘れてません。忘れてませんけど……全然イメージできません」


正直に言った。

ビー玉ひとつで丘が形を変えるイメージできる日本人いないだろ。



「できた!」


シマは出来た。

鉢植えに乗り、歩脚から真っ赤な光を照射し花を切り落としている。凄いなおまえ。


「はっぽんいける」


「つよすぎ」


調子にのって鉢植えを丸裸にし、ヴェルナに怒られている。ざまあみろ。


ひと通り試した。しかし、魔法は使えない。言ってる事はわかるが、どうしてもイメージが出来ない。素早く手を切り風を飛ばす。それすら出来なかった。


「俺、魔法無理ですかね……」


「マサトくん、キッチンからナイフ取ってきてもらえる。少し休憩しましょう」


笑いながら、そう言うヴェルナの手には果物がある。不思議だなとしか思えなかった。


「どうぞ」


「それは持っていて」


ナイフを渡そうとすると言われた。ヴェルナの手に別のナイフがある。


「どうやったかわかった?」


問い掛けながら、ナイフで果物を剥いている。


「わかりません。でも言いたい事は少しわかります」


「少しわかった事を教えて」


「省略したんですよね。僕がナイフを持ってくる動作を」


「そうね、でもその前があるわよね」


「ナイフを取ってきてくれと」


綺麗に剥かれた果物を差し出しながら、ヴェルナがにっこりと笑う。


「そうね。それが今使った魔法の詠唱?その結果、ここにニ本のナイフがあるわ。一本は詠唱してマサトくんが持ってきた。もう一本は無詠唱でここにある」


果物を剥いていたナイフを軽く振って見せる。目を細め講釈するヴェルナは、年老いた師が弟子に諭すようにもみえるし。幼子が新しく覚えた事を、親に自慢げに話すようでもある。


いずれにせよ、実に様になっていた。


「私達が夫婦だとするわね。美しくも恐ろしい妻が、果実を持って貴方を見つめる」


「どうする?」


愉快な企み。そんな表情のヴェルナ。美しいって自分で言うんだ。美しくも恐ろしい、か。どちらも否定できない。苦笑しながら答える。


「言われる前にダッシュで取りに行きますね」


「ほら、詠唱を省略できたわ!」


「もっともっと省略した結果がこれ」


手には別の果実があった。


「でも、貴方は外に干渉する魔法は苦手そう」


ヴェルナはガゼボに入り込んだ一本の花を摘む。

長い花柄のそれを持ってこちらへ差し出す。


「そのナイフで切って」


言われるがまま、斜めにナイフを振り、斬り落とす。花は床へ。


次いでガゼボに伸びていた枝を折ってマサトへ。


「今度はこれ」


ヴェルナの持つ枝はとても切れると思えない。でも違う。イメージした未来は現実になる。もう一度思い出し刻みつけ、ナイフを振るう。


なんの抵抗も感じずに、枝はポトリと落ちた。


「出来たわね」


ヴェルナが微笑む。


「そのナイフはあげるわ。この庭はあなた達の為に作ったの。色々と遊んでみなさい」


そう言うとヴェルナはガゼボを出て行った。


これが魔法か……落ちた枝を見ながら、ナイフを強く握りしめた。使えそうな気がしてきた。


テーブルの上から視線を感じた。鉢植えに乗ったシマがこちらを見つめている。


「よわよわ」


シマを掴む。思い切り放り投げてやった。


「あぁーーーーー」


シマの叫びが遠ざかる、知ったものか。

感動を返せ。




シマが帰還したのは翌朝だった。


「ひどい!」


またもプンスカしている。今回も冒険だったらしい。歩脚を振りかざし、難敵相手にいかに立ち回ったか語っている。つまるところ、今回も大変な目にあったらしい。


「修行だシマ。全てはお前を強くする為よ」


「しゅぎょう……」


また納得したようだ。こいつ良いやつだな。


庭でナイフを振るって自分の常識を書き換える日々。そんな中、シマが言ってきた。


「ししょうけいこ」


「さいきんない」


「稽古?そんな事言われてもPCないし無理だよ」


マウスカーソル追い掛けるの好きなのか。


「ちがう!しゅぎょう」


放り投げた話か。異世界生活満喫してるなー。


「おう!行ってこい。油断するなよ」


もっともらしく付け加える。


「ちがう!なげて!」


……本当に修行になってしまったか。


シマが言うに、稽古は実戦の段階に入ったらしい。あらゆる危機に即断即決、経験を重ねる事が大切だそうだ。もうお前が師匠で良いと思う。


昨日とは違う方角へ放り投げてやる。


「がんばるー」


声が遠くに飛んで行った。

おぅ頑張れよ。何してるのか知らんけど。


ガゼボから笑い声がする。お茶を飲みながら俺たちを見ていたヴェルナが手招きする。


「お呼びでしょうか先生」


シマが自分を師匠と呼ぶなら、ヴェルナは確実に師匠だ。


「弟子よ。だいぶ成長したな。今こそお前にコレを授けようぞ」


ヴェルナも乗ってくる。そして、天へ腕を伸ばす。眩しくて目を瞑ってしまった。


目を開けると、そこには一本の長剣が。


「コレは太陽の光を神が鍛えし剣、その名は……何がいいかしら?」


出来ないならやめれば良いのに。


「そこは最後までお願いしますよ……」


白銀の長剣は鈍い光を放っていた。刀身は1m程。両手持ちか、柄は30cmほどある。


「白炎よ。これは、私が貴方の為に創った剣。マサトくんはこの剣が使える。いいわね」


そう言って刀身を下にし、こちらへ差し出す。いつも微笑んでいる彼女の目は真剣だ。


「貴方はこの剣を使える。忘れないで」


剣を受け取る。重っ!引っ張られるように腕が落ちたが、ヴェルナの言葉を思い出す。意識すると、落ちた腕が剣をあるべき場所に引き戻した。まるで嘘のように軽くなる。


ペン回しをするかのよう、片手を軸に回し持つ。


「あら、上手ね。歴戦の戦士みたいよ」


お礼を口にしようとした。

しかし、ヴェルナは庭の隅を見やる。次の瞬間、柱のようなモノが立ち並んでいた。


「左から順に挑戦しなさい。1番最後の柱が終わったら、貴方はハルモニアで切れないモノはないわ」


自分の喉が鳴る音がした。


左端の柱まで歩いて行く。

単なる丸太だ。ゴツゴツした手触りの樹皮。太さは30cmくらいか。コレを斬る?右を見ると同じ様な柱が続いていた。右隣の柱は石材のようだ。その先は金属に見える。後はもう何で出来ているのかわからない。


「よし、やってやる」


イメージした未来は現実になる、だ。


白炎を構え、頭にイメージを作る。右上から左へ、斜めに切り落とす。振り下ろした。


「痛ってーー!」


痛みで白炎を手放した。樹皮に食い込んだ白炎が少し遅れて落ちた。


「アハハ、ひっどいわね〜。もっとちゃんとなさい」


ヴェルナが後ろで笑っていた。恨めしげに見る。つい口にしてしまった。


「先生は出来るんですか?」


「あら、師匠を疑うの。悪い弟子ね」


そう言って、ナイフを片手に立ち上がる。


「いや!すいません!忘れて下さい」


刃渡り15cm。果物ナイフのようなそれで、簡単に2つにするヴェルナがイメージ出来てしまったからだ。


「頑張りなさい。その剣はそこそこ大したものよ。切れないのは貴方のせい」


ヴェルナは面白そうにお腹を抱え立ち去った。

白炎が傷つけたはずの樹皮は、自然と元に戻っていた。


一刀両断しなきゃダメなのか……。これは大変な修行になるな。シマを笑ってる場合じゃない。


「ただいまー」


陽が落ちる頃、シマは帰ってきた。

今日の大冒険を語ろうとするシマは、俺の持つ長剣に気がつく。


「すごい……」


「お、シマお帰り。凄いだろ?ヴェルナに貰ったんだぜ」


白炎を見せてやる。


「すごい……」


庭木に止まり、刀身に見惚れている。大きな主眼と側眼に白銀の刀身が映る。


「だろ?これで俺もお前には負けないぞ」


挑発する気で笑いかける。


「うん」


「ししょうもてもて」


いや、そこはつよつよで良くね?



ある日、もっと遠くに投げて!と主張するシマをヴェルナが呼ぶ。


「シマちゃん、私が投げてあげようか?」


笑いながら言うヴェルナ。シマは主眼を輝かせる。


「ししょうせんせい!」


「おねがい!」


放り投げられたシマは3日帰って来なかった。

もう2度とヴェルナには頼まないと凹んでいた。



ある日の朝、いや未明か。

珍しくヴェルナに起こされる。


「さ、起きてこれに着替えなさい!」


そう言ってベッドに作業着?ツナギを投げた。


「な、なんですか。まだ暗いですよ」


外はまだ青黒い夜だ。寒さも相当だろう。


「それ戦闘服。再現するのに少し手間取ったわ。今日から毎朝、それ着て日蝕見に行きなさい」


そう言ってグローブやら靴やら次々と投げてきた。



ヴェルナ言うところの戦闘服。いや装備に身を包み今は青い庭に立っている。


「あそこの丘の頂上から見るアズール・ホエムの日蝕は絶景よ〜。マサトくんも見ないとね」


そう言って、襟元や袖口を点検するヴェルナ。


「いや、先生。無理は良くないかと……」


初日に経験したあの朝をもう一度。そう考えると自然と口にしていた。


「なに言ってるの、マサトくん。丸太をペチペチ叩いてるだけで、強くなれるわけないでしょ?」


叩いてない。斬ってる。そんな効果音なのか……


「それに情操面も鍛えないと。この世界の美しさを堪能してこなきゃダメよ。さ、行ってらっしゃい!」


そう言って白炎を押し付けられた。


「いや、ヴェルナ。普通に死ぬと思いますけど」


「大袈裟ね。初日はあんな格好で生き残ったでしょ。その服があれば少しはマシよ。それに何度も言ったでしょ、魔法の呪文はなんでしたか?」


どうやら、丘で日蝕を観るのは決まっているようだ。


「最後まで立ってられたら、もう行かなくて良いから。ほらさっさと行く!」


「死ななければ、助けてあげるわよ。だから死なないようにね」


最後は笑いながら叩き出された。

初日は迎えに来てもらった。


日が昇る前にシマを持って丘に向かう。適当な場所でシマをリリース。シマは夜には帰ってくる。


俺は地獄のような気象変動に耐えながら、サファイアブルーの輝きを見つめる。その後は、よろめきながら家に戻り丸太を叩く。いや、斬る。


そんな日々を過ごした。


そして遂に最後の柱を斬り落とした。


「凄いわね。もう少し掛かると思っていたのよ」


いつものようにガゼボでお茶をしていたヴェルナが拍手していた。シマも歩脚を上げ、凄い凄いとはしゃいでいた。


「さて、最終試験よ」


ヴェルナがこちらへ来て言った。マサトを見つめる瞳に笑みはない。


「これを斬り落としなさい」


そう言って腕を上げた。


今、何を言われた?

ヴェルナの細い腕が、初めて魔法で切った枝を思い出させる。


「いや、そんな事出来ません」


咄嗟にそう言うが、ヴェルナの瞳は俺を捉えたままだ。


「臆するの?貴方はこれから多くの魔獣と戦う事になるわ。もしかすると人とも」


「そんな時に怖いから切れませんと言うつもり?」


覚悟を決めろ。そうヴェルナが言葉を重ねる。


「私は言ったわよね、あなた達がハルモニアで生きていく力を授けるって。忘れた?」


唾を飲み込む。

目を閉じて、握りしめた白炎を軽く振る。


最後まで切れなかった柱を思い出す。ハルモニアで神竜と呼ばれる最強の存在。その鱗をあしらった柱だ。


細く深く息を吐く。白炎の光る軌道を頭に描く。

目を開け、描いたイメージを現実に。


彼女の腕に白い炎を振り下ろした。


「及第点かしら」


微笑んで腕を見せる、そこは微かに赤みを帯びていた。


嘘だろ……完璧に斬り落とすイメージだったのに。

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