第35話 蒼の刻
「クロさんおはようございます。アルマは?」
リビングにはクロさんの姿しかない。朝食が整えられている。本当にいつもありがとうございます。
「ん、もう起きてくるんじゃないかしら」
「おはよー、クロさん、マサトくん」
目を擦りながらパジャマのままだらしない格好で起きてきた。
「おい、アルマ。そのカッコなんだよ。しっかりせい」
「んー。一人暮らし始めたら頑張るー。今は白峰モードでいさせてー」
さっさとテーブルにつくとスープをよそっている。ダメダメな感じの女子になっとる。クロさんも甘やかしているようで、髪をとかしたりしてる。
「おはようございます」
タクナはちゃんとしている。
静かな朝だけど、騒がしく四人で朝食をとった。
朝食後にアルマが全員分のお茶を用意してくれた。いまさらまともそうに振る舞っても、挽回は無理だぞ。パジャマの裾が丸出しだ。というか、さっさと着替えてこい。
「それでですね、クロさん。KTSに行ってはみたんですが、もう圧倒されました。受付け嬢には、田舎者と言われてる気がするしで散々です。元KTS的にどう思いますか?」
タクナはクロさんに昨日の報告をしている。俺もそこのところは気になるので、クロさんに向き直る。
「う〜ん。私に聞かれても、私は事務方じゃなかったからね。でも、うちの事務方は現場優先主義でとても融通が効いたわよ。もう昔の話だけど」
そういって俺らを眺める。上から下までじっくりと。そうして口を開いた。
「まぁ、しょうがない面もあるわよ。二人ともなんか粗末で卑屈だし。それに貧乏臭いわ。ひとことで言うと貧相なのよ。育成校で浪人しまくって、ついに放校された探査員志望者に見えたんじゃないかしら?」
くそ。言いたい放題だ。なにがひと言だ。機関銃のように悪口が飛び出している。カナン様、ここに酷い婆さんいます。
「思い出受験かしら、この落ちこぼれたちは。それとも生きる道に迷っていて、引導を希望しているのかしら?丸こげと真っ二つのどちらがいいのかしら。本当にダメな人たちね。お帰りはあちらですよ」
「きっとそんな感じ。事務方も忙しいんだから、あまり悪く思っちゃダメよ?次、行った時に謝っておきなさい」
クソ婆ぁ。そこまで酷い対応じゃなかったわ。タクナ抑えろ、尻尾が震えてるぞ。尻尾ビンタはやめろ。多分かわされて丸こげにされる。我慢だ我慢。
「そうなんだよねー。二人って探査員という華々しい職業感が全然ないの。なんかモッサリしてる。なんで?」
よし、タクナ。生意気なアルマはバルコニーから放り投げて良いぞ。二度とそんな口を利けないようにしろ。
言わなくても伝わる。タクナは黙ってアルマを担ぎバルコニーへ。
「うそうそ!ごめんなさい!調子に乗りました!クロさんみたいにやりたかっただけです。反省してます!」
肩に担がれバンバンとタクナを叩いているが、甲殻熊相手に相撲とるタクナだ。そよ風ほども効いてないぞ。そのまま捨てられてしまえ。
クロさんは大笑いしている。悪口を言うにも実力は必要なんだ。抑止力を伴わない攻撃など、反撃されて終わりということを教えてやれ。
幸い、タクナはアルマを許してやったようだ。しばらくバルコニーから吊るされていたけど。
アルマは身支度しにバスルームへ。
「それで二人の今日の予定は?アルマの新居に荷物運びして欲しいんだけど」
タクナと顔を見合わせる。サリアたちと約束がある。するとアルマがバスルームから、声を上げた。
「用事あるなら大丈夫だよー。私ひとりで頑張れるー」
タクナが目配せしてくるので頷いた。
「アルマ、俺が暇だから手伝えるぞ。マサトの分も働いてやる。なんせひ弱担当だからな」
社長のセリフが飛び出すあたり、根に持ってるな。俺もウスノロ言われたのは忘れてない。
「ありがとー。助かるー!」
これで、今日はひとり行動だ。
タクナたちが出かけたあと。騒がしかったリビングが静寂を取り戻す。シロが何かしているのか、部屋から微かにゴソゴソ音がする。
何してるんだ?
ベッドの脇に色々と積み上がっている。主にホテルの備品で作られたかまくら状のそれ。中にはお気に入りのタオルが敷かれ、外側はホテルのタオルで化粧されている。悪くない外観。というか巣作りしとる。
そっか、シロのうちも用意しないとだ。
「ごめんなシロ。住むとこ決まるまで我慢してな。決まったら干し草もってくるからな」
放牧地のフィルの様子も気になるし、なんとかKTSに潜り込んで住居決めないとだ。考えていると、シロが手を止めてこちらを見ている。
「ん?どうした?」
シロは口を開きかけ閉じた。代わりに大きく頷いてから、仮巣の中に入っていった。
喋りだすのかと思った。喋るペットはシマで間に合っている。あいつ今回こそ帰ってこれるのだろうか。
サリアたちと会うのはお昼。シロに一緒に行くか訊いたら、少しこちらを見つめ、プイッと。まぁそうだとは思った。人見知りだもんなお前って。
ホテルを出て監査庁までの道のり。綺麗な道路は白峰も同じ。街路樹の葉がちらほら落ちている程度だ。毎日、掃除されているのだろう。
監査庁の前は公園になっている。白峰と同様に中央部に噴水が。そこまでは同じだけど、噴水の真ん中に柱が建っている。高さ20m程度だろうか、先端に行くにつれ細くなっている。
そう言えば、都市内のいたるところで、これの小型バージョンを見たな。なんだろう。
「お待たせしてごめんなさいマサトくん」
ティーナの声に振り返る。言葉を失う。そこには見慣れた戦闘服でなく、私服のティーナが。
「ごめんなさいね、出かけにサリアから連絡あったの。あの子、仕事入ったみたいで来れないって。マサトくんに謝ってたわ。無理やり約束したのに、本当にごめんなさい」
なんか破壊力が凄くて、ただティーナを見つめてしまった。噴水の立てる音がうるさい。
「マサトくん?」
「あ、いや。し、私服なんですね」
ティーナの表情が演技めいたものに変わる。
「若くて素敵な男の子とデートですもの。私も少しはお洒落しようかなって思いました。どうですか?」
微笑みながら、スカートを少し広げこちらをうかがうティーナ。
「と、とてもお似合いです。き、綺麗ですね」
13等級ってこんなに強いのかよ。シマとタクナがビビるのが理解できた。
「そう?なら良かったわ」
ギリ及第点なのか。笑われた。
通常モードに戻ってくれたティーナ。自分の格好を見る。
「あ、俺いつもの格好ですいません!」
「あら、戦闘服とっても似合ってるわよ。素敵な探査員とデートしてる女の子に見えると思うわ。同性からの嫉妬の視線を楽しめそう」
本当に楽しそうに笑うティーナに、いや上官に連行される、やらかし新兵にしか見えないと思います。と言わないだけの分別はあった。
「いきましょう」
そう言って手を取られた。
え、本当にデートなのこれ?
歩き出そうとしたティーナ。急に立ち止まり、時計を確認。こちらへ向き直る。
「いいもの、見せてあげますね。時刻は11時58分、何が見られるか知ってますか?」
「なんの話ですか?」
「知らないなら良かった。そこのベンチが特等席だと思います。付き合って下さい」
そう言って手を引かれる。噴水を見る位置にあるベンチ。素材のわからないベンチだが、綺麗に清掃されている。
「ほら、座って下さいな。あそこ見てて下さい」
ベンチに腰を下ろして、噴水中央の謎の柱を指差す。言われるがままに、座って噴水を眺める。
「普段、誰も気に留めないけど、実はけっこう好きな人多いんですよ。私もそのひとりです」
人に噴水見ろ言っておいて、ティーナは時計を見ている。
「5秒前〜、4、3、2、1、はいっ!」
音はしていない。しかし、何かが滑るような音がした気がする。都市中からこちらに向かい何かがくる。
次の瞬間、空が青く輝く。目に見えないカナンの防御結界、その構造が目に飛び込んでくる。
青い光が六角形の網目を浮かびあがらせた。都市全域から結界に向け、光が放たれる。受け止められた薄い光は、中央で合流し結界を群青に染め上げる。陽光がさらにそれを輝かせる。そして光の柱となり噴水に落ちた。
周囲がサファイアブルーに輝く。昼間だというのに。
「蒼の刻って呼んだりしてます。都市の名物みたいなものです。どうですか、綺麗でしょ?」
この13等級の綺麗な女性に、またも目を奪われるなんて。
ただ美しく輝く空を見ていた。
光っていた時間は30秒足らず。だと思う。
「毎日、正午になるタイミングで見られますよ。気に入りましたか?」
クスクスと笑う。
「はい……。今の何ですか?」
ティーナの解説はよく耳に入ってこなかった。理解したのは、それが都市の大切な機能の一部であること。中央で見るのが一番綺麗だということ。それくらいだ。
「さ、行きましょう。ちょっと一人じゃ入りにくいお店を予約したんです」
そう言って立ち上がるティーナ。手を差し出されたが、さすがにそれは恥ずかしいので辞退した。いや待て。ティーナが一人で入りにくいお店だと?
「え、俺こんな格好ですよ。大丈夫なんですか?」
「戦闘服は探査員の証ですよ?こんな格好というような物ではありません」
にこにこ笑って後ろ歩きする。危ないからちゃんと歩きましょう。並んで歩けるように足を速めた。
お洒落なレストランにいる。
中央公園から少し離れた商用施設にあるレストラン。日本出身の俺から見ても、敷居の高い小洒落たお店である。
どう見ても戦闘服で入るような店ではない。しかし、ティーナは全く気にしないで入って行く。躊躇する俺に気がつくと怪訝そうな表情を浮かべる。ここは異世界、そして俺は連行された新兵。黙ってついていけばよい。
ティーナの言った通り、ドレスコードなんてものはなかった。一流と思われるスタッフさんたちは見事な接客態度。食事も超一流感でとても美味しかった。
今は食後のお茶を飲んでいる。
「ふーん。マサトくんの連れた魔獣が正体不明。それで支局長とリグドさんですか。それは気になりますね」
「ティーナさんたちELC契約者が、魔獣の検疫とかするんですか?
「やったことありませんね」
きょとんとした表情。まったく管轄外らしい。
「昨日は朝から監査庁が慌ただしかったですけど、マサトくんのペット、シロさんが原因だったんですね」
「二時間近く、足止めされました」
「正体不明の謎魔獣を持ち込もうとしてる探査員がいる。魔獣けっこう可愛い、とも言われてました。可愛いんですか?」
足止めしてまで、騒いでたくせに、そんなしょうもない情報まで出回ってるのか。
「可愛いですよ。凶暴ですけど。あと今回、死んだ真似というスキルを得ました。シロって名前です」
「なんですかそれ。すでに可愛いんですけど。ん?凶暴なんですか?」
「飼い主には遠慮なく噛みつきますね」
シロは気に入らないと、すぐに噛む。噛み癖のあるトカゲだ。
「飼い主さんがそれじゃ、私たちなら」
少し引いてるので、安心させてあげよう。
「ああ、心配要らないです。基本、人は触らせてくれません。触れるのは数名です」
「それって懐かないタイプなんじゃ……」
「そんなことありませんよ。部屋にいる時はうるさく付きまとってきますし、出かける時は腰袋見せるだけで入ってきます。今日は連れてませんが」
シロの入ってない腰袋を叩いて見せる。
「懐いていそうですね」
「もちろん懐いてます。あと、おいて出かける時は、出かけにコレを渡してくれます」
そういってポケットから、毎朝シロに渡される物を出して机の上に。
「なんですか?これ」
親指くらいの大きさ。薄く白い破片。ティーナはそれを手にとりひっくり返したりしている。
「シロの卵の殻ですね」
「卵の殻?ですか……」
破片をじっくり眺める視線は真剣味を帯びる。穴があくほど殻を見つめ、視線をこちらに戻してきた。
「マサトさん、この殻お預かりできませんか?もちろんちゃんとお返ししますし、預かり証も書きます」
なんて言ってきた。しかし、それは無理。多分、指の一本くらい無くなるまでシロに齧られる。
「すいません、それ帰宅したら毎回シロに返却するんですよ。前に会社に忘れて帰ったら、とんでもない目に合わされました。取りに戻ったんですよ」
「えっと……可愛いのか怖いのか反応に困る話ですね」
当然の反応だ。しかし、シロはとても可愛い。なんと言っても、ちびトカゲの頃から育ててきたんだ。
「可愛くて凶暴なんです。大丈夫です。人に危害を加えたことはありません。頭も良いですよ」
「他の殻はないんですか?」
そういえば、何故かこれだけ残していたな。
「ん、ないですね。孵化した時に他はすべて食べました。あと何でも食べます。水晶とか食べてました」
ティーナは指を丸め唇に当てて熟考している。
「マサトさん、シロさんに会わせてくれませんか?ちょっと興味出てきました」
「かまいませんけど、シロは凶暴ですけど、本当に悪いトカゲじゃありませんよ?」
「あぁ、それは私も心配してませんよ。カナン様の結界は有史以来、邪悪な存在を中に入れたことがありません」
まじかよ。カナン様、半端ないな。ハルモニアの有史って三万年って聞いてるぞ。




