第34話 ばるーにんぐ
結界外は雪景色なのに結界内はさほど寒くない。陽光がほのかな暖かみを与えてくれている気さえする。
カナン様すごいな。季節感はあれど、暮らしに不自由を感じるほどではないとか神対応だな。
サリアたちとは再会の約束をして別れた。
そして、現在タクナと言い争いの最中である。
「ホントおまえ頼むわー。大恥かくところだったんだぞ」
「知らねぇよ。よくもまぁそんな馬鹿なこと考えていたって今呆れてるわ」
要するにサリアに見惚れていた件だ。
「いや、危険な兆候があったら指摘せんと。役目でしょ」
「兎人の女性がニンジンスティックをぽりぽりしてたら可愛いかもだと?そんなことあの場で妄想する度胸の前に、危険なんてあるかっ!」
まぁ、俺も振り返ればいい度胸してるとは思ったが。
「大体、あの二人の階級章見ただろ。二人とも13等級だぞ。呑気に可愛いなぁとか、ホントおまえ馬鹿っ」
タクナに馬鹿言われた。凹む。それはさておき。
「なにその13等級って?」
「探査員の等級だ。1から始まって14が最強だよ。なんか16まであるって話も聞いたことあるけど」
「へぇー俺らは?」
「さっきの登録証みてみ」
そう言って監査庁で済ませた探査員登録証を見せてきた。タクナの名前と顔写真がある。所属会社が空欄なのが寂しい。野良の探査員だ。
自分の探査員証を出してみる。数字なんかどこにも。ん、待てよ。名刺サイズの硬質なカード。角度を変えると何か光る。
「このくらいの角度だ」
そう言ってタクナはカードを45度くらいにする。真似して角度をつける。
「おお!タクナ、数字が見えるぞ!なんだこれすげー」
「なんて書いてある」
「0だな」
「そういうことだ」
つまらないカードはすぐにしまった。
「で、13等級ってすげぇの?」
「親父が12等級だった。うちの主戦力だった人は11等級だ。すげぇ強い人だ」
タクナの親父さんは碧淵探査の社長だ。
「やべぇじゃん」
「やべぇんだよ。なのにおまえときたら、何がニンジンだよ……」
ラディッシュも考えてたよ?可愛いと思う。
「それにシマに散々言われてたろ?げきやばつよすぎだぞ。そこまでシマが言うんだから少しは警戒とか」
「ししょー!」
シマの声がする。なんだアイツ、ホテルに置いてきたのに、もう脱走してるのか?
「ししょーたくなー!」
どこだ?
いつもなら割とすぐに出てくるのだが、姿が見えない。タクナと周囲を警戒する。挨拶代わりにレーザー照射してくる危険生物だ。
「ここー!」
なんか上の方から声がする。空は青く晴れ渡り雲ひとつない。いや、蜘蛛ひとつあった。シマが飛んでいる。
タクナと二人口を開けて空を見ていた。
シマが再び声をあげる。
「ゆびー」
「ちゃくち!」
シマがふわりふわりと小刻みに揺れながら降りてくる。人差し指を突き出し待つ。
どうやら指先に着地をするらしい。息を呑んで見守るタクナと俺。
指先まであと5cmというところで。
「あ」
ひとこと発してシマは落ちて行った。
拾い上げ、手のひらに乗せた。
「しっぱい」
「りりーすはやかった」
となにやら反省している。よし、まったくわからん。説明しなさい。シマを持って近くの公園に向かった。
熱く語るシマ。
新規防衛拠点となる本都市の有する広大な総面積を鑑みるに、緊急事態発生時の即応体制を維持するためには、当方単独における三次元的な機動直協能力の獲得が急務である。地形の起伏や地表の障害物に依存する従来の跳躍移動モデルは、エネルギー変換効率および到達時間の観点から著しく非合理的であり、空間的阻害要因の皆無な空中軌道の確保こそが最適解と定義される。また本機動の確立は、上空からの俯瞰的索敵および局地的な制空権の完全掌握をも同時企図するものである。以上の論理的帰結に基づき当機は自律的な空中航行技術の導入を決定し、現在は実環境下における概念実証フェーズに移行している。当面の懸案事項として環境風への依存による巡航速度の変動が挙げられるものの、これに関しては気象条件のリアルタイム解析および流体力学的最適化、すなわちセーリング理論におけるタッキングとジャイブを組み合わせた自律的軌道計算を逐次実行することにより、完全無風状態を除くあらゆる環境下での任意の三次元座標への到達が理論上担保〜
「よし!そこまで!十分だ。」
シマにストップをかける。
余計わからなくなった。
ここからが本編。都市制圧に向けた作戦行動の〜など物騒なこと言ってるがスルーしよう。
要約すると、自身の尻の糸をヨットの帆に見立て、風を切って空を飛ぶと。
子蜘蛛の頃は飛べたのになぁー、とホテルの窓から都市の空を見ていて思いついたらしい。バルーニングに進行方向を加えたと。
こいつ本当にスペック高すぎ。発想力とそれを実現するための知識教養。そしてすぐに実行する決断力。英雄かな?
「シマ、おまえすげぇーな」
空飛ぶ理屈は意味はわかってないだろうが、タクナが称賛している。まぁ俺もわかってないけどな。歩脚からレーザーを出すことに比べたらまだ現実的なのかな。
「シマ、あまり危険なことはするなよ」
師匠、弟子の成長速度が心配になるよ。一緒に日本の土を踏むんだろ。俺もシマがハーレム作るの楽しみにしてるよ。そんな蜘蛛見たことないし。
「だいじょぶ!」
「きたえてもらった!」
「せいかみせる!」
うん。鍛えてないけどね。これからも成果は楽しみにするよ。
ほんと最強だな、シマって。
ホテルに一緒に戻るか聞いたら、実証試験中なので先に戻ると言う。指先に移動して糸を出す。少しすると、ふわっと浮かび上がった。
おお、凄い。
「まってるー!」
シマは青い空に消えていった。上空の風を捉えれば200km/hくらいは余裕だとか言ってた。マジだとしたらやばすぎ蜘蛛だ。
甲種Ⅲ類一種:シマ。
甲種Ⅲ類なんて聞いたことないけど。
そしてホテルに帰ってきたが、シマは居なかった。どこ飛んで行ったのか。
「鳥にでも食われたんじゃね?」
たぶんそれだな。あいつ馬鹿だな。ちゃんと帰ってこれるのだろうか……。
アルマとクロさんはまだ戻ってなかった。テーブルの書き置きに戻り時間が書いてあった。タクナはそれを見て、少し寝ると部屋に入っていった。
ひとりになった。
アルカディア初日はあっという間に過ぎた。少し陽が傾いてきたか、窓際の観葉植物が影を長くしている。
バルコニーに出てみた。そこには屋上へ上がる階段があった。何となく階段を登る。
アルカディアの巨大さがわかる。ホテルより高い建物がないので遥か先まで見渡せる。外縁部の放牧地は緑一色。その先は結界外。真っ白に雪が積もっているはずだが、緑の地平線の彼方だ。遠くに山が見える。アズール・ホエムは景色を群青色に染めている。
だいぶ慣れてきたが、あの惑星がここは異世界だと教えてくれる。
慌ただしい日だったけど、こうしてひとりになるとアルカディアは驚くほど静かな都市というのがわかる。自動車やバイクが走っているが無音に近い。白峰でみた猛獣のような二輪車とは、動力が異なるのだろうか。
何かが足を叩く。目をやるとシロがいた。コイツも大きくなった。手のひらサイズだったが、今は40cmくらいになった。相変わらず座ってこちらを見上げている。変なトカゲ。
シロを持ち上げて、頭に乗せる。
今日の昼、レストランでの会話が頭をよぎる。ティーナの胸にあった徽章だ。金色に縁取られた白地に赤の刺しゅう。偏向干渉能力を元にデザインされているらしい。
「リグドさんが入出都管理所に?」
「リグドさんかどうかわかりません。けど、ティーナさんと同じ徽章が腕にありました。その徽章はELC契約者が着けるものなんですよね?」
手にしたカップを置くティーナ。そして何故かそれを端に避けた。
「そうですね。リグドさんは、身長がマサトくんくらいで、赤髪の優しげに見える男性です。あと、長い細剣を持っていたかしら」
「あ、そうです。そんな感じの人でした。喋ってませんけど。あ、監査官の方は名前わかりますよ。テルクって人でした」
二人が揃って息を呑む。
「えらい大物監査官が出たのね……」
「ご存知なんですか?」
「あー、うん。そんな親しくはないけどね」
「サリア、もって回った言い方は感心しませんよ。親しくないどろではないでしょう。親しげにできる方でないし」
なにそれ。気になる。
「いや、そういうわけでは。ただ、今日アルカディアに来たばかりの探査員に伝えるべきなのか」
なおも言い淀むサリアに、小さくため息をつくティーナ。
「サリアは本当にそういうところはダメですね……」
「マサトくん、あなたが会った監査官テルクとは監査庁アルカディア支局長テルク・アルガン様です。このアルカディアで最も力を持つかたですね」
つよつよで探査会社なんか一撃で倒す監査庁。そのトップがなぜ?
ずいぶんと長いこと、アルカディアを眺めていたらしい。陽は傾き夕焼けが美しい。なのにアズール・ホエムはいつもと変わらず群青色のまま。
シロは頭の上でジッとしていた。同じ風景を観ているのだろうか。頭に手をやりシロを降ろす。沈む陽光を浴びてもなお白いトカゲ。デカい黒目でこちらをジッと見ている。
昔は片手で済んだ。今は両手が必要になった。合わせた手のひらに座っているシロ。その姿に語りかけておく。
「シロ、心配するなよ?何があっても一緒だからな。シマも一緒だ。不安なんかないからな!」
言ってから気がつく。あいつ帰ってこられるのかな?
「あーなんだ。シマはあれだ。お兄さんだから、ちょっと外出が長くなることもある。でも俺はずっと一緒だからな!」
シロは興味なさそうに、手のひらで丸くなった。




