第33話 サリアとティーナ
ティーナと二人、少し遅めの昼食を取るためここにきた。監査庁のレストランは一般人にも認知されているほど美味しいと評判。それでいて監査庁・探査会社という言葉の響きがもつ敷居の高さから、あまり混まないのが嬉しい。
時間を外せば今日のようにガラガラになっている。そんな中、見慣れぬヒューマンとリザードマンの男性二人組がいるのに気がついた。
そして見慣れぬ二人ではあるが、知らない二人ではない。面白い人たちを見つけた。
「ねぇ、ティーナ。あそこ見てよ」
視線で二人を指す。
「あら、意外。白峰探査の勇者くんたちね」
ティーナも憶えているようだ。ついこないだの白峰のclass6災害は犠牲者0だったからあまり話題にならないが、大惨事になっていても不思議ではなかった。
白峰にはKTSの伝説さんとクローディアさん、そしてウチの誇る英雄がいたというのはある。それでも三人でどうにかなる規模ではなかった。
救援に向かうヘリの中、シロミネとのリンクが可能になってからは、二人の動きに注視していた。
部下のひとりが口にした言葉を思い出す。
「この二人、経験が二年ちょっとって本当ですか?だとしたら、育成校はカリキュラムを変える必要がありますね」
「生徒が死んじゃうでしょ」
私も同感だったが、そう答えた。特殊なケースをモデルにするべきではない。ただでさえ卒業後の業界への就職率が問題になっている。
異常な速度で成長する二人に視線を戻す。にしても、なぜ監査庁に?もしかするとチャンス到来なのかな。
「サリア、行くんでしょ?誰かに取られる前にいきましょう」
おぉ、まさかのティーナが乗り気だ。これは、楽しい食事が出来そうだ。頬が緩むのを抑え込み、二人の元に向かう。
「あら、二人とも珍しいところで会ったわね。お仕事かしら?」
驚いてる。先制攻撃は決まったらしい。
「サリアさん、それにティーナさんも」
「こんにちはマサトくんタクナくん。アルカディアにいらしてたんですね」
珍しくティーナからも声をかける。
「その節は大変お世話になりました」
タクナくんが立ち上がり、深く頭を下げる。それに合わせてマサトくんも。
これは楽しい!無垢な男の子を教育する機会に恵まれるなんて。
「やめなさい。そんな風に頭を下げる必要ないわよ。一般人ならともかく探査員同士で貸し借りなんか無用よ。いつか私たちが貴方たちに助けられる日もくるわ」
ティーナが睨んでいるが知ったことか。私は綺麗で素敵なお姉さんキャラを演じたいのだ。
少しだけ媚びるような表情を作る。
「みたところこれからご飯?私たちも一緒していい?」
断れるわけない状況で、要求を突き付けるの楽しい!
上目遣いで窺うようなサリアの表情。こんな可愛らしい面もあるのか。そう思ったが、すぐに気持ちを切り替える。
シマ曰くサリアは、げきやば、つよすぎだ。そうでなくても、俺の命の恩人。すぐに椅子を引いて勧めた。
「もちろんです。どうぞ」
向かいに座ったティーナさんが、何故か隣のサリアを冷たい目で見ている。美人のそれは大変怖いのでやめて欲しい。
「お待たせしました」
注文していた定食が届く。サリアさんは、店員さんへ、私たちはいつものお願いねと常連感。監査庁慣れが実に様になっている。
タクナに目をやると、向こうも俺を見てた。これ、俺ら先に食べていいのかな。わからん。
「どうぞ、お気になさらず召し上がって下さい。それ、ここの看板メニューです。とても美味しいですから、冷めないうちに」
躊躇していたのがバレたのか、ティーナさんが微笑みながら勧めてくれる。
「そうよ、同席をお願いした私たちに気を使わないでください」
サリアも微笑んでいる。なんか逆に怖い。
白峰での事後処理を思い出す。部下たちを、剣先ひとつで動かしていた。ティーナさんは神官だから、剣こそ持ってないが同様に指示していた。
圧倒的隊長感の二人、俺らくらいの探査員は、はいと、わかりましたを繰り返すマシンと化していた。俺ら飯なんか食えるのか?この状況で。
「それでお二人はどうされたのですか?ご気分が少し沈んでらっしゃるように感じられました。何かお困りのことでもありましたか?」
ロボットみたいに飯を口に運んでいると、ティーナに聞かれた。
「アルカディアに来たのは、白峰を首になりまして。落ち込んでいたのは、訪ねたKTSの規模に圧倒されただけです」
「KTS?お二人はKTSさんに入社予定なんですか」
首を傾げ、なぜか不思議そうに聞かれた。いや、俺らがお払い箱になったのは、あなたたち蒼穹探査が白峰に社員を派遣したからで……とは流石に言えない。言葉に詰まっているとタクナが言った。
「紹介状を二通もらいました。宛名にKTSとあったので、ダメ元で顔出してきました。見たことない大きさの社屋と、敷地の広さに萎縮してました」
「二人は街生まれだっけ?都市に来たのは初めてなの?」
サラダに入っていたニンジンをつつきながらサリア。
「初めてですね。俺は碧淵です。マサトは〜」
兎人とニンジンか……なんか可愛いな。
「マサトは、異世界人です。地球の日本ってところから転移?させられてハルモニアに来たらしいです」
「なにその話。タクナくんサラッと凄い情報を入れてくるわね。どういうこと?」
野菜スティックってメニューにあったかな。ニンジンもっと食べさせたい。
「マサト」
「マサトくん?」
いや、待てよ!?真っ赤なラディッシュとかの方が合うか!両手で持って食べてもらいたい。
「おい、マサト!」
黙れタクナ、俺は今忙しい。美人さんの兎さんに似合う野菜が何か考える事に必死だ。見てみろ。お前が声をかけるから、サリアが食べるのやめてしまったじゃないか!そしてこちらをジッと見つめて……
「どうした、タクナ。食事中だ。女性もいるんだ。騒がしくするのはどうかと思うぞ」
いつもよりずっと丁寧に、転移話からの地球文明・文化を説明する羽目になった。
「へぇー。なんか凄いのね。超高層ビル?600mの高層建造物とか見てみたいわ。最上階に住んでみたいかも」
「私は、魔獣のいない平和な世界に憧れますね。山と森、水辺や海で一般人が気楽にレジャーとか素敵な世界ですね。行ってみたいです」
少し盛ったかもしれないが、まぁ嘘はついてない。
「そう言えば、アルカディアには高い建物ありませんね。作らないんですか?」
街と都市に共通するのは、極めて計画的に作られた構造と、開放的な建造物群だった。なぜ、こんな風に発展したのだろう。
「大昔はあったみたいよ。私は歴史興味ないから知らないけど、それこそ1000mとかの建物もあったみたいよ。地球?とは違って蝕が毎日あるでしょ。深刻な被害がでちゃうからやめたみたい」
くぅっ!ハルモニアめ、文明マウントすら取らせてくれないのか。日照権問題なんか歴史に埋もれるくらい前に解決してるのかよ。半端ねぇな。
マウントは取れなかった。しかし、サリアが可愛くて見惚れてた件は、有耶無耶にできた。ありがとう地球文明よ。
「だから、マサトくんはサリアに見惚れてたのですね。なんでヒューマンの男性が兎人のサリアに、そんな熱っぽい視線向けてるのか不思議でした。サリア美人ですもんね」
挑戦的に微笑む、とても美人なティーナ。
「あら、マサトくん。私に興味あるの?歳下で異種族の恋人なんて、少し盛りすぎで噂になっちゃうかもだけど良いわよ?」
恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見つめる。
ダメだ!まったく誤魔化せてねぇ。あと、サリアの口元の笑みが怖すぎる。シマの言う通りだ。強過ぎてげきやば。
ティーナがおかしそうに笑いながら、店員さんに、お茶のおかわりを頼んでくれた。視線だけで。
この二人には細心の注意が必要だ。答えは常に、『はい』か『イエス』だ。夜爪豹一種より好戦的。
店員さんが音もなく、新しいお茶に替える。一緒に空気も変えてくれるなんて、監査庁レストランのウェイターが一流すぎる。
カップからは花のような香りの湯気が立ち上がっている。
「それでKTSの受付け嬢から、トップ探査会社のうちに何しに来たの?この田舎探査員が。言われた気がしたと」
「はい、そんなとこです」
思い出してタクナと小さくなる。
「もう……そんな訳ないでしょ。万が一本当だとしたら、私たちが乗り込んで怒鳴りつけるわよ。ついでに、うちの部長からも正式に抗議入れさせるわ」
予想外の反応。てっきり笑われるかと思った。タクナも同じなのか顔を上げた。
「意外ですか?でも本当ですよ。最前線で戦う都市外の探査員にそんな対応なんて、後方支援が主となる我々の態度ではありません」
カップの温もりが心地よいらしく、両手で包み込みティーナも言った。
「そうよ。それに都市外の探査員のほとんどが元々都市探査会社にいた人たちよ。人口調整で居を替えた人たち。大先輩にそんな態度とるとかありえないわよ」
また、人口調整だ。なんだろ、それ。快適な都市から追い出されるのに、なんでみんな都市を恨んでないんだろう。
「でも俺たち若造だし、正直、あまりちゃんとした挨拶できなかったと思います」
そうだぞタクナ、お前は酷かった。俺もしどろもどろだったけど。
「それこそ関係ありませんよ。それに白峰探査を名乗って、紹介状もって行ったんですよね。私なら外門までお見送りするとか、戻りの交通手段の手配が必要か訊ねますよ」
「そうそう。今頃、対応が不味かったと思って、青くなってるのはその娘たちの方じゃないかしら。私が報告受けたら、怒らない自信ないわ。たぶんパニックになっていたんだと思うけど」
「そ、そんなにですか?」
あまりの温度の違いに困惑してきた。
「うん。そんなによ。それにガルバンさんも、オニゾウさんも調整志願者よ。聞いた話だけど、当時は大騒ぎになったらしいわよ」
「ガルバンさんは、本社からの再三の招聘に嫌気がさして脱走した、とか言われてるらしいですよ。あの方らしい素敵な噂話ですよね」
胸の前で手を組んで視線がどっかに行ってるティーナ。ヤバい、こっちの温度差も酷いぞ。あのダメな猫みたいな社長と、口うるさい爺さんの話か、これ。あと調整志願ってなんだ?
情報の流入に軽くパニックになっていると、サリアが両手を鳴らす。
「ねぇ!二人ともうちにこない?」
「ちょ、サリア!」
え?何を言ってるんだ。この人は。
「そんな無礼なKTSはやめて、蒼穹探査にいらっしゃいよ!無記名の紹介状もあるんでしょ?それに私の口添えがあれば完璧。ね、そうしましょ!」
とても良いアイデア。にこにこと笑う表情は今までと違い、純粋な笑顔に見えた。
「サリアっ!あなた、なに言ってるかわかってるの!カナン様に顔向けできる!?」
「なによ、ティーナは二人がウチに相応しくないって言うの!?」
「そんなわけないでしょ!私だって二人が入ってくれるなら、ありがたいわ。そういう話じゃないってわかっているでしょ!」
目の前で美人さんの兎さんと、とってもとっても綺麗なティーナさんが言い争いを始めた。
「紹介状の件なら、ガルバン社長は確かに元KTSの方よ。でもオニゾウさんは私たちの先輩よ。うちがもらっても問題ないでしょ!」
タクナと顔を見合わせる。蒼穹探査に入れる?まじで?
しかし、オニゾウさんの顔を思い出した。
入社して少ししてからの話だ。倉庫に山のように積まれた武器を見た。オニゾウさんに、こんなにあるならタクナに貸してやれば良かったのでは?と抗議したのだ。
オニゾウさんは、ん?欲しいのあるのか?好きなの持ってっていいぞ。そう言った。続けて、でも最初の武器は自分の意思で手にしないとダメだ、と。
今回も同じだな。俺とタクナはKTSの宛名が入った紹介状を選んだ。ダメだろうが、挑戦しないとだ。
タクナを見ると、同じことを考えているのか、視線で言葉を伝えてきた。アイコンタクトとは。ずいぶんと深い付き合いになったものだ。少しおかしくなった。
「サリアさん、俺たちKTSの入社試験受けます。全力で挑もうと思います」
そう言って反応を待った。レストラン内は人気がなくなり、静かな空気。スタッフさん達が働く音だけが微かに聞こえる。
「そう、わかった。頑張りなさい」
小さくため息をついてから返事をくれた。
落ちたらお願いします、とか言いたかったけど、さすがに恥ずかしいから我慢した。落ちること考えて挑むような探査員が、この二人の下で通用するわけないって気持ちもあった。
「応援してますよ」
なんか嬉しそうなティーナさんは微笑んでいた。蒼穹探査のベテラン二人が認めてくれたのは素直に嬉しかった。




