第32話 KTSの大企業感とは
霞がかかっているかのような神カナンの防護結界。白く輝く結界内へ足を一歩踏み出す。
雪化粧された平原が色彩を取り戻す。
都市の外縁部は、白峰と同じく緑ゆたかな放牧地になっていた。
結界の外の雪景色と放牧地の緑が、美しいコントラストを作る。半径2kmにも満たない白峰や翠風。アルカディアの描く円は、視界のはるか先で、ようやく緩やかな弧を描き水平線へと消えて行く。桁違いの規模だ。
アルマも言葉を失い、立ち尽くして遠くを見ていた。中心地は住宅地が延々と続き、終わりが見えない。
「凄いなアルマ……。」
声をかける。
「うん、凄いね……。」
二人でしばらく立ち尽くした。
どのくらい景色を眺めていただろう、放牧地の奥から荷運び蜥蜴が向かってくるのが見えた。体長4m体重4トンにも及ぶ巨体が、全速力でこちらへ。
「いや、あれフィルじゃん」
にっこ、にっこ。そんな擬音が相応しい表情でこちらへ駆けてくる。
「これ駄目なやつじゃん」
今から逃げても、後ろからドーンだ。躱すことは可能だが、フィルが軌道を変えたらアルマが巻き込まれる危険も僅かにある。
一瞬、ほんの一瞬だけ、白炎を抜こうかと思った。それくらい喰らいたくない。けれど疑うことを知らないフィルは、気にしないで突っ込んでくるに違いない。
諦めて都市の住宅地を見た。魔法文明の高さを考えると不思議なほど、高層建築物が見当たらない。妙に冷静に観察した。次の瞬間、空高く舞い住宅地が回転する。
クソっ、タクナめ。足に残しておくならエルかティオにしろと言いたい。
なんとか生きている。草まみれにされたけど。
「フィルー!それやめろっただろー。おまえもうガキじゃないんだ。普通に死ぬからな!」
怒っておく。躾け大切。
「フィルは良い子だねー。ちゃんと跳ね上げる寸前で減速できたね。加減できて偉いね〜」
駄目だアルマはフィルの頭を抱えて褒めまくり。暴走暴れ蜥蜴にしたのは、おまえとタクナだ。
アルマからたくさん褒めてもらったフィルが、こちらへ向かってくる。俺は褒めないぞ、むしろ怒っている。
デカい頭をゴシゴシと擦りつけてくる。諦めて叩いてやると、フィルは中心地へ続く道を見る。視線を追うと、舗装された道の待避所にアルマの荷車が停められていた。
ふぅ……フィルを連れて荷車まで向かう。荷車にフィルを繋ぎ、住宅地を目指す。リディを飛ばし、クロさん達を探させる。実に便利な一種である。
役に立たないのはうちの子だけだ。可愛い担当だから別に良いけど。死んだトカゲの真似をついさっきマスターしたし。死に真似トカゲは、復活したのか腰袋から顔を出している。
放牧地を抜け今は農耕地を進む。遠くで巨大な農機が動いている。ハーベスターという奴だろうか。畑を手入れしている人が、こちらに気がつき手を振ってくる。荷物の上に座ったアルマが手を振り返していた。
「おい、アルマ。気をつけろ。田舎者だとバレたら虐められるぞ。毅然とした態度でだな」
「毅然とした態度で手を振るってなによ?どうすれば良いの」
呆れ顔でこちらを見てくる。
地球の皇室や王族、各国首脳のご婦人、お姫様の姿を思い描いた。アルマを見る。
「ふっ……」
鼻で笑っておいた。無理だなと。
「馬鹿にされた事は伝わったよ。ていうかマサトくんこそ、その謎な卑屈さなんとかならない?都市外生まれだからって馬鹿にするとか意味わかんないよー」
「そうなの?」
思わず聞き返す。
「ねぇー。マサトくん白峰に何年いた?そんな人ひとりでもいた?」
白峰の人たちを思い出す。異世界からきた俺の無知を笑うことなく、みんな親切に色々教えてくれた。確かにいなかった。
「ほら。みんな都市で暮らしてた人たちだよ。そんな理由で人を馬鹿にするようなことなかったよね?」
いかん。負けそうだ。考えるんだ俺。なんか人をいつも小馬鹿に……
「クロさんと社長がいるじゃないか!」
そう告げてやる。あの二人はデフォルトで俺たちを馬鹿にする癖がある。
「クロさんは、マサトくん達が馬鹿なことばっかしてるからでしょっ!ガルバンさんは……」
言葉に詰まるアルマ。
「ほら見ろ!いるだろ意地悪爺さんが」
勝ったな。そう思いアルマを見たら、なんか微妙な表情で俺を見ている。
「マサトくんから謎の卑屈さを取ったら、きっとああなるんだね。なんかわかっちゃった。マサトくんはその卑屈を大切にしてね」
「どういう意味だよ」
わからないが、馬鹿にされたのはわかった。
「よく似てるって話。あーそれにしてもアルカディアってほんと大きいねー。まだ農耕地だよ〜。白峰なら端から端まで往復できるくらいだね」
それは確かにそう。そして右も左も農耕地で終わりが見えない。都市大きいなぁ~。
こちらへ手を振る別なおじさんに、俺も手を振り返しておいた。
ホテルでチェックインを済ませる。中心地に建てられた機能的なホテル。まるでビジネスホテルのよう。それでいて快適に暮らせるように広々と作られている。四部屋プラス、ダイニング、キッチン、リビングまでついたスイートルーム。恐ろしく高そうな部屋だったが、拍子抜けする価格だった。この部屋がひとり3000円だと?
唖然としていると、クロさんに追い出された。とっとと仕事先を探してこいと。公園で暮らすような事は、白峰の名にかけてゆるさん言われた。
そして、現在タクナと二人で公園のベンチに座っている。都市の公園も街と変わらないんだな。違うのは子供たちがたくさん遊んでいることと、この規模の公園なんか山程あることだ。
親御さんたちの視線が痛い気がしないでもない。昼間から若い男二人、公園のベンチで暇そうにしている。まぁ嫌ねニートかしら。そう言われてる気がするけど、これがアルマのいう謎の卑屈さなんだろう。その証拠にタクナは堂々としている。実に立派な態度だ。見習おう。
「で、マサトどうするよ?」
そういうタクナの手には二つの封書がある。一通は宛名に『採用担当者様』とだけ書かれている。問題のもう一通は『KTSアルダ・カナリス殿』と。朱書きの親展付きだ。
オニゾウさんを思い出す。災害後、しばらくした事務所で、退院したオニゾウさんに声をかけられた。
「おう、お前ら二人、明日からこなくて良いぞ。クビな」
あっさりクビ宣告された。
その後の騒動たるや、筆舌に尽くし難し。
とにかくアルカディア行ってこい。アルマの護衛なと、聞く耳を持たない。白峰探査はどーするんですかと切り札を使うが、それは蒼穹探査が人を出してくれるから問題ない。むしろ、お前らより腕利きで助かる言われた。
おのれ蒼穹探査め!あの美人な兎の差し金か?そう思っていると、封書を二つ出して言った。
「お前らが一人前の探査員目指すならこっち使え」
そういって採用担当宛名を渡してきた。
「もし、てっぺん目指すならこっちだな」
それがKTSの宛名の方だ。続けてこう言った。
「KTS行くなら覚悟はしておけ。社長やクローディアがいた会社だ。死ぬのが怖いならやめておけ。俺は怖いからソラを選んだ。笑ったりしない」
そう言って俺ら二人の顔を見ていた。いつもの茶化す感じでなく、俺らの身を案じる雰囲気だった。
しばらくタクナの両手を眺める。
「決まってるだろ!あの狂った豹頭と、すぐ魔法をぶっぱなしてくる頭のおかしい魔術士にひと泡吹かせてやる」
奪うようにKTSを掴む。
タクナは口元を歪め、黙って立ち上がる。背中の大剣を抜き放ち構える。
「そうだな。やってやろうぜ」
二人で大声で笑う。気分爽快だった。
通報されたらしく警察がすっとんできた。
違うんです!違います!話を聞いて下さい!必死に言い訳したが、警察署に連れていかれた。
めっちゃ怒られた。
タクナ、おまえマジで頼むよ。
警察官のお説教が終わったタイミングで、KTSの場所を訊ねた。警察車両で送ってもらえた。車から降りて警官にお礼を言う。そして最初に思ったのは。
でかっ!KTSでかい。
めっちゃ広い敷地。低い柵で囲われた開放的な敷地に、三階建ての社屋。他にもヘリの格納庫や戦闘車輌などが並んでいる。謎建物がいくつも建てられている。それでいて圧迫感がない。どれだけ広いのか。
躊躇するが、負けてられない。デカいゲートを通り、受付がありそうな社屋の正面へ向かった。
エントランスホール?吹き抜けの広い空間の正面には受付けがある。ビビらずに受付けまでいき、声をかけようとした。
美しい女性二人が同時に立ち上がり頭を下げる。
「いらっしゃいませ、KTSへようこそ。どのようなご用件かお伺いしてもよろしいでしょうか」
微笑みながらそう言われた。
あとのことはあまり憶えていない。受付けの後ろの壁には、大きなKTSのオブジェが配置されていた。間接照明でそれを浮かび上がらせる技術が凄いなぁとか、記憶にあるくらいだ。
とりあえず十日後に、大規模な採用試験があるので、それを受けろゴミ虫が!と教えてもらった。いや、ゴミ虫とは言われてないかもしれない。あと辛うじて紹介状は渡せたはず。
打ちひしがれながらKTSをあとにした。
「なにあれ?社長とクロさんあんなとこで働いてたの?白峰探査、何個分だよ」
「いや、それをいうなら、敷地に白峰公園がいくつも入る。あとあの社屋、白峰の公園に入らないだろ」
うなだれながら、あてもなく歩いていた。都市の探査会社半端ねぇ。
「なあタクナ、採用される気がしないんだけど」
「俺もまったく同じこと考えてた」
紹介状なんか良く出せたもんだ。なんだよ、あの大企業感。地方の有限会社の紹介状なんか、受付けのゴミ箱に直行だろ。
「マサト!このままじゃ不味いぞ!監査庁いくぞ。探査員登録だけでも先に済ませよう。警察でもそれがなくて苦労した。やれる事はやっておくぞ」
「お、おう!それだな。とりあえず、都市の身分証明書がないと怖くて歩けない。もう連行されたくない。行こう」
監査庁は中央だ。タクナが道を訊ねている。
「マサト、こっちだって。最寄り駅あるってさ」
頼りになるなぁ〜。一緒に説明聞いてたけど第三環状線から東西線に乗り換えて〜とか呪文かと思ったよ。
そして、今は監査庁の食堂にいる。お腹が空いたのである。道を教えてくれた綺麗なお姉さん。監査庁の食堂美味しいわよ、一度食べてごらんなさい。とニコニコしながら教えてくれた。
おすすめされた定食を頼んで食事待ちだ。
「いやーなんか俺まだハルモニア舐めてたのかな〜。こんなに凄いとは思ってなかったよ」
「ん?地下鉄か?マサトの世界にはないのか?」
なんだと!?世界一と言われる鉄道大国だぞ。
「ざけんな、あるわ。地下鉄じゃないけど300km/hで走る高速鉄道もある」
「おぉーすげぇな。それ乗ってみたいな」
なんか、負けた気がする。いや、地球もわりと頑張ってるよ?でも、都市計画の洗練さは比較にならないという……
その時、女性に話しかけられた。
「あら、二人とも珍しいところで会ったわね。お仕事かしら?」
振り返ると、そこには美人な兎人。
とっても美人なELC探査員ティーナを連れたサリアだった。




