第31話 アルカディアへ
「アルマは住むとこ確保できてるんでしょ。良いなぁ〜俺ら宿無しだよ。また公園デビュー考えないとだ」
白峰号のふかふかの床に寝転がり、足をぱたぱたさせていたアルマ。熱心に読んでいた大学の案内から顔を上げ、こちらへ向き直る。
「ねぇー。マサトくんもタクナくんも、本当やめてよね。都市でそんなことしたら騒ぎになるからね。噴水で水浴びとか普通に逮捕だから」
「だってさ、お前のことだぞ」
御者台に座るタクナへ声をかける。
「心配するなマサト。社長から古いテントや焚火台やら一式もらってある。公園で暮らすには十分すぎる装備だ」
心配いらないようだ。
「あなたたち、本当やめなさいよ。白峰と違うんだからね。ガルバンから紹介状もらってるんでしょ。さっさと仕事に就きなさい。そうすれば社員寮に入れてもらえるから」
クロさんが呆れたように言う。そりゃスムーズに採用試験に通ればの話です。
「いや、クロさん。不測の事態に備えるのが一流の探査員です。万が一の時はやはり公園に」
「公園で暮らすなって言ってるのよ」
言い切る前に言葉が被さる。にっこり笑って指先に魔法を浮かべるクロさん。
「当然ですよ、クローディアさん。タクナわかったな」
タクナに押し付けておこう。
雪景色の中、白峰号はティオとエルに引かれて進む。後ろには家財道具を積んだアルマの荷車が、フィルに引かれて続いていた。
「だんじょん!」
シマはご機嫌だ。広大な都市の領域に広がるモグラやネズミの巣穴。まだ見ぬダンジョンに想いを馳せているらしい。お前って本当にメンタル強いよな。俺なんか少し不安になっているぞ。
ひとことで言うと圧巻の風景。
こんな大きさのものを初めて見た。都市はあのアズール・ホエムを空に浮かぶ背景へ変える。
こんな大きな街でこれから暮らす?いや、不安もあるが、タクナとアルマが一緒だ。きっと、なんとかなるだろう。
なんともならなかった。
アルカディアの入出都管理所で足どめを食らった。
入出管理をしているアルカディアの警察官たちに囲まれている。険悪な雰囲気ではないから耐えられているが、そうでなければまわれ右だ。
「申し訳ありませんが、正体不明の魔獣が都市に入るとか前例がないもので、少し待って下さい」
申し訳なさそうにする若い警察官。
タクナとクロさん、エルたちは先に入ってもらった。現在、シロを持って待ちぼうけだ。アルマはリディを頭に乗せて隣にいる。
心配しているらしい。面倒になった俺が白峰に帰りそうだという心配。お前、よくわかっているな。
そう。検疫でシロだけ引っかかったのである。
若い女性警察官が、シロをチラチラ見ている。触りたいんだろうな。片手で胴体を雑に持たれ、四肢だけでなく頭と尻尾をだらんと下げているシロ。死体持ってる気分だ。
この死んだふりをする魔獣のどこらへんに脅威が?それでも警察官は任務に忠実。
「とりあえず寒いですし、中で休んで下さい」
警察の詰め所に入るのはちょっと……けっこう嫌。
「なぁアルマ。俺帰っていい?」
「ダメに決まってるでしょ。馬鹿なこと言わないでよ」
「いや!入都を拒否するつもりはないんです。ただ、魔獣登録書に種別を記載する必要がありまして」
警察官の兄さんも慌てている。すいません、シロが謎魔獣で。
結局、詰め所に入れられてしまった。ソファーに座らされてお茶が出てきた。アルマは普通にお茶菓子食べている。お前もメンタル強いな。
「はい、はい。わかりました。なるべく急いでもらえると。はい。はい。了解です」
通信している警察官、どこかに連絡がついたらしく、ホッとしている。
「お待たせしてすいません。ようやく連絡が取れました。監査庁が人を手配すると。あと少し待って下さいね」
にこやかな警察官。
監査庁?
立ち上がろうとするが、誰かが腕をがっつり掴んでいる。
「アルマ、俺は急用が出来た。セルヴァンさんと春からの公園の植樹計画を詰めないといけない」
「もう少しまともな急用を思いついて」
一歩も引かないアルマ。いやおまえ、ことの重大さをわかっているのか?監査庁だぞ。警察のほうが100倍マシだ。
そんなやり取りをしていると、奥の扉からお役人風の人が入ってきた。アルドヴァーン事件の時と似た雰囲気。あの人、監査官だね。
「申し訳ありません。お時間を取ってもらって。規則でして。融通が効かなくて困ります。その白い可愛らしいトカゲさんが問題の魔獣ですか?」
物腰の柔らかい監査官。観念してシロを机の上に乗せた。
「シロです。多少、気性の荒さはありますが、基本的に無害です。飼い主の私以外に危害を加えたことはありません」
シロを軽くディスっておく。
「ほうほう。飼い主さんだけに牙を剥くとは、甘えん坊なんですね」
監査官はまったく動じない。手を伸ばしかけ、こちらを窺う。
「触っても?」
「逃げるから無理です。ひっくり返しますから好きなだけ観察して下さい」
そう言ってシロを裏返す。大人しく裏返されたままのシロ。なんか今日は妙に素直だな。もしかすると死んでるのか?
そんなことをしていると、監査官と一緒に詰め所にきた探査員らしき男性が、監査官に声をかけた。
「監査官OKです。入都許可が出ました」
探査員が身をひるがえしたとき、腕の徽章が目に入る。固まった。ELC契約者だ。なぜここに……。
「お手数を取らせてしまって申し訳ありません。許可が下りたようです。魔獣種別は空欄で結構です。後の手続きは、お連れのかたの魔獣同様になさって下さい」
監査官は来たときと同様に笑顔で伝えてきた。
「あぁ、そういえばご挨拶していませんでしたね。私は監査官のテルクと申します。アルカディアへようこそマサトさん」
監査官の挨拶はあまり頭に入らなかった。
何故、ELC契約者があの場に。一種討伐の可否を即断できる、魔獣災害の要となる探査員だ。人口100万の都市アルカディアに二人しかいないと聞いた。
手にしたシロを見る。だらりとしている。心配になり目線の高さに持ち上げて見てみると、死んだ魚みたいな瞳をしている。
「シロ?大丈夫か?」
声をかけると、ようやくこちらを見て瞼をぱちぱちする。
「シロちゃん大丈夫?なんか元気なさそう」
アルマも心配しているようだ。確かにいつものシロなら、ダッシュでどっかいく状況だった。
「うーん。なんか疲れ切ってるみたい」
「そっかぁ。知らない人に囲まれちゃったし魔獣登録印を押されたからびっくりしてるのかも」
アルマの言葉にシロをひっくり返し見る。お腹に100円玉くらいの青く光る印がある。登録印だ。
「これ大丈夫なの?シロに悪影響与えない?」
心配になってアルマに訊ねる。
「う〜ん。普通は大丈夫。ただの識別用のスタンプだから、魔獣に影響なんかないよ。あと四年経ったら更新する必要あるからね。ちゃんと聞いてなかったでしょ」
うん。全然聞いてなかった。ELC契約者のことで頭がいっぱいになっていた。瞳をしぱしぱさせるシロを丸めて腰袋へしまう。袋もだいぶ大きなものになってきた。そのうち背負うようになるかもな。
おっきくなれよ〜。フィルみたいにタクナを吹っ飛ばせるようになるんだぞ。腰袋に入れたシロを軽く叩いてアルマを追った。




