第30話 世界が壊れた日
時計塔を見上げたまま、ヘリが上空でホバリングしているのを眺めていた。目の前の夜爪豹を忘れて。
「マサトくん!」
インカムから耳を刺すような悲鳴。
こんな時になって夜爪豹の動きが捉えられるようになるなんて、これに白炎を合わせれば良いんだ。しかし、腕がなぜか動かない。いや、動いてるけど遅いんだ。
社長がウスノロ言うのもわかる。これじゃあ間に合わない。覚悟を決めて夜爪豹の瞳を睨み付けた。
お前の勝ちだったな、でも白峰は守ってやったぞ。
振るわれる夜爪豹の攻撃を横目に眺めた時に、視線を何かが横切った。くるはずの衝撃が来ない。白炎はゆっくりだけど、迎え撃つ位置に辿り着いた。
「また会ったわね。私の言った通りでしょ」
声が時間をいつもの流れにした。
目をやった。蒼穹探査会社の派手な徽章が入ってくる。そのまま視線を上げると、美人な兎人が夜爪豹の前脚を抑えている姿が見えた。
翠風探査で会ったサリアが微笑んでいた。
戦闘服に身を包んだ探査員が、次々と降下してくる。それなりの高度のヘリなのに、簡単に飛び降りてくる。そのまま武器を抜いて、魔獣を片付けていく。
何人くらい来てくれたんだろうか。あっという間に結界内を掃除したようで、次の行動準備をしている。どこから持ち出したのだろう、いつかの魔素駆動二輪車を何台も並べている。
少しすると結界が新たに張り直されたのがわかった。おそらく都市の探査員が持ってきた簡易結界だろう。範囲こそシロミネのものより小さいが、性能は少し上だと言う。
結界の張り替えと同時に、インカムが機能を失う。
「死んだと思ったわよ。ちゃんとこちらの探査員のかたにお礼言ったの?」
クロさんが時計塔から降りてきた。
「とんでもないです。サリアと申します。クローディア様にお会い出来て光栄です」
瞳をキラキラとさせながら、クロさんと話すサリア。なんとなく翠風探査のシオシオ社長を思い出した。
「あら、嬉しい事言うのね。でもダメよ。ちゃんとお礼言えないのは〜」
いや、お礼は言ったよ。立たせてもらった時の手が柔らかくてドキドキした。結果、吃ったけど。
「いえいえ、少し前から状況を確認してましたけど、見事な立ち振る舞いでしたよ。ウチのメンバーに欲しいくらいです」
「冗談やめなさい。こんなの雇ったらソラの看板に傷がつくわよー」
言いたい放題だ。雷婆め……
振り返って睨まれた。怖っ。後ろに目ついてんのかよ。やべぇな。
「あのータクナはどうなってますか?甲殻熊抑え込んでいる奴なんですけど」
「甲殻熊と夢幻竜は白峰さんにまだお任せしていますね。じき、討伐可否が出ますから心配なら行きますか」
そう言って手を差し出してくる。いやいや、お姫様を助けた騎士様かよ。流石に手を繋いで社長たちのところへ行けない。
「あら、連れて行ってもらいなさいよ。怖い魔獣が出るかもしれないわよ」
クロさんがニヤニヤしてる。くそっ!ぶっ飛ばしてぇ。この婆あをぶっ飛ばして、逃げ切る事が出来ない無力な自分に腹が立つ。
「あぁ、これは大変失礼しました。マサトさん」
サリアまで笑っている。チキショウ……。
「まぁ、エスコートは不要よ。ちゃんと歩いて行きましょう。結果を見にね」
クロさんの後に二人で続いた。
なんとか間に合ったか。ヘリから次々と降下してくる探査員の姿が見える。流石にもうヘトヘトだ。
どれくらいこの巨大熊相手にしているんだろう。同じ甲殻熊って言っても一種って別物なんだな……。
腕が軋む。さっき治してもらったとこ大丈夫かな。また盾忘れてる。大剣で支えると俺も傷つくんだよ。もう飽きてきた。でも、攻撃喰らったら死ぬしとにかく抑え込むしかない。
それにしても疲れた。マサトの奴大丈夫かな。社長がちょっと焦ってたけど、相当ヤバい相手なのか。
どっちが熊好きとか話してたけど、少なくとも熊に好かれてるのは俺かもしれない。全然言うこと聞かないけど。
「タクナさん。蒼穹探査のサリアです。ELC探査員ティーナの許可判定が完了しました。交戦中の一種甲殻熊は討伐して下さい」
あぁ、助かる。ほんと嫌になっていたんだ。
熊を押し戻し後ろに飛ぶ。大剣を大きく振りかぶる。突進してくる奴に向け真っ直ぐ振り下ろしてやった。
長いこと苦労させやがって。流石にもう付き合ってられん。
振り返るとマサトたちが集まっていた。
「おぉ、二人とも無事だったか。俺ももうダメかと思ったぜ」
二人の元へ足を進めた。背後で熊が倒れる大きな音が二度した。
一刀両断。
マジかよ。すげぇなタクナ。あの巨大熊を簡単に……。
「ん、どうしたマサト。変な顔だ」
「誰か変な顔だ!失礼な。てか凄いなおまえ」
「んあ?あぁ、熊か。なんかさ、社長がひ弱言うのがわかったわ。俺はひ弱だ」
コイツも、なんか感じ取ったのかな。まぁでも見事に倒したわけだし。
「いや、でも倒したじゃん。俺は逃げ惑ってたよ」
「お前さー。熊公は社長とオニゾウさんにフルボッコされ続けてたんだぞ。アルマでもなんとかするわ」
いや、流石にアルマじゃなんともならんと思う。
「あら、マサトさん。ウチの探査員が四人掛かりで相手してる夜爪豹を、ひとりで相手していた立ち回りは見事でしたよ」
いかん。なんか慰められモードに入った。そんなつもりはない。生き残れただけで大したものだ。あいつ嫌い。
「それとも夜爪豹倒したかったんですか?でもダメですよ。夜爪豹と夢幻竜の討伐許可は出ませんでした」
何故か嬉しそうにくすくすと笑いながらサリアが言う。討伐許可が出ない?
「おー。お前らお疲れ〜。ソラさんもありがとうな。助かったわ。コイツら虚弱体質だからほんと気使ったわ。目離すとすぐ死にそうになりやがる」
確かに死ぬ寸前でしたけど、言い方。
「お目に掛かれて光栄ですガルバン様。蒼穹探査のサリアと申します。今回、災害派遣隊の責任者を任されております」
姿勢を正し社長に、深く真っ直ぐ頭を下げるサリア。え、なにそれ。クロさんの時とだいぶ違くない?
「やめろやめろ。爺い相手に頭なんか下げんな。お前らが後少し遅かったら地上の奴らは何人か死んでたんだ。本当に助かったよ」
そして俺らに向き直る。
「それはともかくだ。俺はしばらく留守にするからな、あとはオニゾウ……いやオニゾウはしばらくポンコツだから、サリアさんの指揮下に入れ。通常業務もやらなくて良い。ソラさんが滞在してくれるから、全て任せろ」
「社長どこ行くんですか?」
しばらくって何よ。
「ん?アレ放置出来ないだろ。それとも公園で飼うか。いや、案外アリかもしれないな……」
後ろに親指を向ける。社長の指の先には、ソラの探査員が10名程で夢幻竜を相手していた。
「アリなわけないでしょ。ちゃんと元の場所に返してきなさい!」
クロさんがピシャリと言った。
夜爪豹はソラの探査員たちが引っ張っていくらしい。社長の夢幻竜は、もう社長を倒すことに夢中で、ソラの探査員ではどうにもならないと。
「あの蜥蜴ちゃんと追いかけっこだ〜。一週間くらいは掛かると思う。あと頼むな」
携帯糧食を齧りながら屈伸している。
サポートするために、ソラの探査員が魔素駆動二輪車を準備している。全台数を夢幻竜に使うらしい。
ソラの探査員が社長に戦闘服を渡している。
社長はそれを着ながら、魔素駆動二輪車に目を向ける。静かな唸りをあげ光を放つそれは、獰猛な魔獣のように見えた。
「これ、最新型かい?俺に扱えるかな〜。長いこと乗ってないからなー。というか流石はソラさんだ。最新型をこれだけ用意できるなんてKTSじゃこうは行かないよ」
「あんたたちがすぐに壊すからでしょ。本当バカばっか」
クロさんが何か言ってる。というか、社長これに乗るのか……ちょっと格好良いんですけど。
ソラの探査員が社長にいくつか説明している。うんうんと頷く社長。
「しゃ、社長?それ乗れるんですか、俺も乗ってみたい……」
「お前みたいな三下に乗れるわけなかろ。俺は偉いから乗れるんだよ」
戦闘服を着終わった社長を、ソラの美人探査員があちこちチェックしている。そのそばにはヘルメットを持って待機している探査員。続いてグローブ係。最後に社長のクレイモアを宝剣のように掲げている探査員もいる。
なにあれ。介護されてるの?それとも、本当に偉い人なの?後者なんだろうけど、普段の社長を知る俺らには信じられない。
準備が整ったようだ。二輪車に跨る社長へ、宝剣を捧げるソラの探査員。受け取った社長は無造作に、車体に取り付けられたホルダーに挿し込む。
準備を手伝っていたソラの探査員は、社長の前に整列して指示待ちだ。
「んじゃ、面倒かけて悪いけどサポート頼むわ」
「はいっ!」
全員一糸乱れぬ返事をする。マジかよ。
「全員、騎乗しろ」
社長が言うと、素早くそれぞれの駆動車に跨る。
社長がヘルメットの耳の後ろあたりに触れる。するとバイザーが下がる。全員がそれに倣いバイザーを下げた。なにアレ、生成されたの?
右手でアクセルを軽く呷る社長。同じ動作をするソラ探査員たち。
社長は軽く頭を回し、左手を挙げて前に振る。3台が合図を受けて発進。少し置いて社長が出る。続いて残りの4台が。
先を行く3台の1台が夢幻竜に近づき、抑えている探査員たちに合図する。
そこにフロントを上げて社長が突っ込んで行った。夢幻竜が咆哮をあげる。襲われる寸前で車体を傾け回避する社長。そのまま、轟音を上げて夢幻竜を連れ南へ進んでいった。
見えなくなるまでその後ろ姿を見ていた。
なにアレ……。超絶格好良いんですけど……
タクナの顔を盗み見ると、社長が去った方角を見てた。
「タクナ、なにアレ。格好良くね?」
「あぁ格好良いな……」
俺と同じく呆けていたタクナ。
「いや、しゃ、社長って蒼穹探査の社員だったんですか!?」
サリアを問い詰める。
「いいえ、違いますよ?」
サリアは意外なことを聞かれているみたいな顔してる。
「え?それじゃなんであんなふうに」
そう。それだ!なんだよあの統率感溢れる有能な部下たち。
「?ガルバンさんは元KTSのお方です」
「けぇーてぃーえすぅ〜!?」
良いぞタクナ。面白い顔してる。で、そのKTSってなんだ?
「??クローディア様も元KTSの探査員ですけど、それもご存知ない?」
ふーんクロさんもか……で、KTSって何よ。
信じられないものを見るような目でクロさんを見ているタクナ。
「やめて。私はあんな連中と一緒にされたくないの」
クロさんはなんか不機嫌。俺が言ったとしたら間違いなく光の矢が飛んでくる奴。
で、KTSって何よ!
「失礼しました。とりあえず教会に戻りましょう。これからのこともありますし、オニゾウさんにもお会いしないといけません」
ダメだ。この人たちは俺にKTSが何か教える気はないらしい。
「おい、タクナ!さっきからそのKTSって何よ!」
「おまえ、そりゃKTSったら……」
サリアを見て、何か言い淀む。
「構いませんよ、ウチがKTSさんの後塵を拝してるのは事実ですから。でも、ELC契約者を擁しているのはアルカディア管内では、私たちのほうです。Class5以上の魔獣災害に対応できるのはウチですからね」
にっこりと笑って、そう言った。
もう何がなんやら、わからないことだらけだ。
教会に戻る道すがら、探査員たちに指示を飛ばすサリア。余計な言葉を発しない。武器をひょいひょいと振って手足のごとく、探査員を動かす。アレでよくわかるな……。
教会内は蒼穹探査の白峰支社状態になっていた。テーブルが並べられ、モニターやら端末が設置。どうみても最新式のアイモニターやインカムが無造作に机の上に積み上がっている。全て新品だ。
それらの機械を繋ぐケーブルが束になっている。壁際には多種多様な武器がずらりと並んでいる。
都市の探査会社ってすげぇー。なにこの最新装備群。
白峰探査なんて貴重品棚に3世代前のアイモニターひとつ。他は高級なお茶が入ってるよ。あと倉庫には雪掻き用のスコップと、畑仕事をお手伝いする時の鍬とか鋤が並んでる。
都市が憎い!
くだらないことを考えていたら、サリアがとってもとっても綺麗な女性を連れてきた。
「紹介しておきますね、ELC契約者のティーナです」
ELC契約者ってなに?
タクナ、お前はもう少し俺に色々教えておかねばならないと思うぞ。
あと、アルマたちはソラの探査員の方々になんか接待されていた。
今日、俺らは白峰を救ったはず。
なのに何故、俺の世界だけ崩壊したのだろうか。
ここまで第一章『白峰編』となります。
次回より第二章『都市編』が始まります。
引き続きお付き合いいただければ幸いです。




