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第29話 シャトルラン

ピッ。電子音が鳴る。


誰だよシャトルランなんて言ったのは。インカムからクロさんの声がする度に、電子音の幻聴がするようになった。


「南東、夜爪豹2。甲殻熊1」


目の前の尾刃蜥蜴の尾の付け根に、大きく切れ込みを入れて南東へ向かう。熊は良いが、夜爪豹はダメだ。アイツは立面で動きやがる。


見えた、こちらへ向かってくれている。飛び掛かる2頭の間に身を入れるように。そのまま白炎を水平にし開きにしてやる。逆の夜爪豹の爪が頬を抉り取っていった。

おかしいな指一本でかわしたはずなのに。出来ないじゃねぇか。社長にいっぱい食わされたか。


着地と同時にこちらへ飛び掛かってくれる。ありがたい、追う手間がないのは助かる。

倒れ込むように姿勢を低くする。縦に構えた刃は夜爪豹の腹を裂いた。


教会へまっしぐらの熊は、クロさんの炎に焼かれる。


「マサトくんお替わりがきた。銀牙狼1、ヤバい。吸魔蛾がたくさんだわ。あれなんとかして!」


結界を破って吸魔蛾の団体だ。ランがないのが嬉しくて笑う。


よしよし、鱗粉塗れになって倒すか。クロさんには天敵だけど俺にとってはボーナスステージだ。


群がる40cm程の蛾は、斬撃を無造作に飛ばして払い落とす。飛行能力さえ奪えば後はクロさんに焼却して貰えば良い。鱗粉のせいで身体能力が落ちるけど、一時的なものだ。

銀牙狼も倒しておこう。そう思ったが、インカムが鳴る。


「北西から連尾2、甲殻熊2」


了解ですよー。命拾いしたな狼ちゃん。生きてたら相手してやるから頑張れよ。ヤバい大型狼を相手に余裕で背を向ける。構ってる暇などない。

連尾は幻影魔法を使う。ほったらかしにすると、幻の巨大甲殻熊など登場して面白い事になる。その幻影をリアル熊に被せたりする知恵もある。


連尾に向かう途中に落ちている、デカい霧幻竜の死体。いや、死に掛けを飛び越える。邪魔。回り道する余裕はシャトルランにはないんだぞ。早く魔素散乱しろ。動いてる時も大変だったけど、倒れても邪魔するのか。


「南西に角突猪4」


新手の方が早く会敵するな。方向を変えて猪4頭から行こう。


突然、進路に強い影が出来た。背中に強烈な光を感じた。ほぼ同時に破裂音が影を追いかける。後ろでデカい魔法が放たれたみたいだ。たぶん結界の外。


白炎に加え月白も抜く。突進してきた角突猪 4頭の間を縫う様に進み、刃を猪達に通してやる。


今のは中々良かったんじゃね?そう思ったが、腹が切り裂かれている。クソっ!かわし損なってるじゃねーか。


痛みはないので、腹の傷に指を這わせる。大丈夫みたいだ。内臓までは達してない。


散々かわし損なってる内、腹の傷は別に良いってわかった。手足がヤバい。戦えなくなる。流石はオニゾウさんだ。腹は半分吹き飛んでいたけど、両手両足は無事だった。


さて甲殻熊2頭はどこ行ったかな。あとウザい連尾も2匹いるはず。


結界の外は、雷がそこいら中に落ちている。終わったらクロさんを雷婆さん呼んでやろうと思う。


いた。教会を優先したのか、賢いのは面倒だな。追いかけるのも大変。今ならやれそうだな。連尾に向けて月白を2回振る。ダメ元で甲殻熊にも振っておく。教会に届きそうな距離で4匹は八つになった。


やれば出来るもんだなぁ〜。タクナ達はどうしているんだろう。


「おいタクナー。生きてるか〜」


シャトルラン休憩みたいなので聞いてみた。


「おう、タクナは今ちょっと忙しい。熊を止めている最中だ」


社長が代わりに応えてきた。マジか。あの熊相手にしてるのかよ、すげぇな。


「社長は何してんすか?」


何があってあの化け物をタクナに任せている。嫌な予感がする。


「それが夢幻竜の一種が出てな。なに竜言っても末端も末端、ただのデカい蜥蜴だ」


さっき邪魔扱いした夢幻竜が魔素を散らして消えていくのが見えた。アイツの一種だって?デカい蜥蜴言ってるけど、腐っても竜の名を冠していた。倒せないかと思った。


「社長すぐそっちに!」


「いや、来るな。それよりそろそろ丙種が入ってくるぞ。俺の言ったこと忘れてないよな?」


アルマを連れて逃げろ。忘れてない。けど、いま逃げたら全員……。オニゾウさん達だって、それにシルフィーナさんは結界を維持していて。


思考が停止する。西から来る、視線が離せない。


「マサト、嫌な役回りで悪いと思ってる。こっちは任せておけ、2匹くらい俺ひとりでなんとかなる」


いや、一種じゃなきゃそうだろう。何故倒してはダメなんだ。社長なら楽勝だろう。思考がまわり始めた。


「タクナは頃合い見てそっちに向かわせる。お前はアルマを」


なんなんだよ一種って。ちょっと強いだけの魔獣だろ。人の命より大切な魔獣って。そんな物なきゃこんなに苦労してない。


「マサト、聞いてるのか、返事しろ!」


「すいません社長。アルマを連れて逃げるのは無理そうです」


西の道路を悠々とこちらへ進んで来る。散々苦しめられた奴だ。巨大な黒い魔獣は俺を見て笑ったように見えた。乙種Ⅰ類一種:夜爪豹だ。


俺をターゲットに選んだらしい。



インカムからマサトの息遣いが聞こえている。

少し焦る。夜爪豹の一種が出ただと。


「クロ、返事出来るか?マサトが見てるのはなんだ」


インカムをクロに切り替えて確認する。


「聞いたでしょ。デカい夜爪豹一種が歩いてきてるわね。あんたみたいに余裕綽々、敵なんか存在しない風に歩いて来るわ。普通にイラッとする」


「俺そんな風なの?」


クロの言葉になんか情けない気持ちになり、関係ない事を聞いてしまう。


「うん。昔からイライラしてる。それよりどうするの?私はアイツ苦手すぎて無理よ」


チラっとタクナに視線を送る。大した物だ、文字通り振り回されて、泣き言いってた癖にもうなんとかし始めてやがる。大剣で攻撃を受けて、尻尾であの巨体を弾き飛ばしてる。


夢幻竜の尻尾が鞭のような速度で襲い掛かるのを避ける。お返しに、少しだけ尾の真ん中に切れ込みを入れてやる。お前は大人しくしてろ。


俺はいま、考えるという難敵に挑んでいる最中だ。


「マサトはどうだ?成長してるか」


「びっくりね。乙種を丙種みたいにサクサク切り裂いてたわ。でも、アイツは無理だと思う。相性が良すぎね。2〜3年、いや1年後ならイケると思うけど」


尻尾に入った切れ込みを気にしたのか、尾は振ってこなくなった。代わりに突進か。いなして鼻先を切り飛ばしてやる。行儀悪いぞ。少し待っとけ。


考えろ。どうすればマサトは生き残れる。オニゾウ〜考えるのはお前の仕事だろー。クロなんかイチミリも役に立たない。KTSの奴はみんなそうだ。


目の前の夢幻竜と目が合う。やる気満々だな、俺に勝てるとか思ってるのか。勘違いしてると殺すぞ。殺意を視線に込めてやる。


閃いた。

ビビりながらも向かってこようとする夢幻竜を叩いてやる。お前ナイスだな。

良い事思いついた。殺すのは勘弁してやる。たぶん俺はいまニコニコしてると思う。



30mは離れていたはずだ。なのに気がついたら跳ね飛ばされていた。白炎で受け止められたのは偶然だ。防御できたわけじゃない。たまたま攻撃がそこに当たっただけ。


肋骨が折れたかな。血反吐を吐く。


「マサト、大丈夫かー。まだ生きてるよな」


社長ののんびりした声が入ってくる。焦る事とかないのかあの人。


「はい。い、一撃貰いました。肋骨を何本かやりました。恐怖で膝が笑ってます」


立ち上がるのを笑いながら見てやがる。クソがっ!嬲り殺すつもりかよ。


「おー。若い頃はよくやるんだよ。肺に刺さってる?アレ血吐いてキツいんだよな」


こっちもクソだな。解説するな。血を止めないと。意識を肺に集中する。

よし、なんとか止まった。込み上げた血を吐き出し、深く呼吸をする。


「どう対処すれば良いですか。動きが視認出来ません」


化け物め。今までの夜爪豹が仔猫ちゃんに思えた。


「そいつ倒して良いぞ」


「俺が許すから、やっちまえよ」


こっちの化け物が簡単に言ってきた。



倒すって。剣先が微かに揺れている。震えているらしい。


アホか!さっきまで俺は何を考えていた。一種を倒したらダメなんて、理不尽だと思っていただろ。いざ、許可が出たらビビって震えだすのか。格好良すぎて涙が出そうだ。


目の前で笑う魔獣と、視線を合わせる。小さく息を吐く。社長がやれって言ったんだ。俺はやれるって事だ。


次の瞬間、弾き飛ばされていた。消えた事しかわからなかった。


「マサトくん!そんな戦い方したら死ぬわよ!頭使いなさいよ」


いや、クロさん。避けるどころか姿を見ることも出来ないんです。消えたと思ったら吹き飛ばされて。


白炎を杖に立ちあがる。待ってくれるのか。ありがたいね。


立ち上がり、構える。また吹き飛ばされた。何かにぶつかる。強烈な衝撃で胃液が吐き出される。


何にぶつかった。探ると樹木の感覚が伝わってきた。そうか、忘れていた。公園には木立ちがたくさんある。これを利用すれば少しは。


また消えた。けど、今度は吹き飛ばされない。薙ぎ倒される木々が回避する猶予を作ってくれた。倒木が目に入った。この木か、秋にはどんぐりの様な実を、たくさん落とす木だったけどな。


タクナとどんぐり拾い集めたっけ。あいつ会社から70リットルのバケツ持ってきやがってアホかと思った。いっぱいにしてやったけど。


夜爪豹の表情に苛立ちが混ざる。そんな顔されても、貰い続けたらすぐ終わってしまうんだ。消える姿に今度は白炎を合わせてみる。よし傷をつけたぞ。爪をひとつ切り取ってやった。


爪を拾いあげて、夜爪豹に投げてやる。返してやるよ、くっ付けな。怒ってる怒ってる。


次の木立ちに移動だ。視線を送るまでもなく駆け出す。進路を黒い影が遮る。それは流石に予想していた、そのまま白炎を振り抜いて、俺を弾こうとする腕を切り付けてやる。


吹き飛ばされながらも、なんとか前脚を深く切ってやった。怒ってるけど、俺だって不本意だよ。切り落としてやる気だった。夜爪豹が唸りをあげる、少し可笑しく感じた。守るべき教会は、夜爪豹のはるか後方に見えていたからだ。うまくやれている。アルマはちゃんとやれてるかな。


アルマに山盛りのどんぐりを見せて言った。これ食おうって。それ食べられるの?だと。頼りにならん奴。いや、俺らも知らなかったけど。


追撃は寝そべるようにかわす。打ち下ろしするのは予想通り。反撃には失敗した。


次の木立ちに移動する。今度は先回りされなかった。背後からの攻撃を転がって回避する。また木々が薙ぎ払われた。インカムからクロさんの指示が聴こえる。無茶言うなよ。出来ないんですよ。


三人でどんぐり持って、お向かいのクロさんの所に行った。アルマが食べたい言ったら凄く嫌な顔をされた。普段はアルマに甘々なくせにって面白かった。


木立ちは次々に駄目になるが、なんとか戦闘継続出来ている。今度は飛び掛かって来た。かわせない。ならせめてと白炎を突き出す、どっかに当たった。けれど押し倒されてしまう。舐めるなよ、頭に牙が突き立つ前に、ナイフを腹に突き刺してやった。


流石に効いたのか、解放された。すぐに跳ね起きた。もう少しだ、頑張れよ俺。次の木立ちに向かって駆け出した。


公園の木々達は無惨な姿になってしまった。けれど生きてココに辿り着けた。


あの時、クロさんを含め4人になった俺らはここに来た。シルフィーナさんが務める役場だ。


この建物は木々のようには行かないぞ。お前らの攻撃に耐えられるよう作られた特別仕様だ。突進してくるなら、コイツで差し違えてやる。腰からゆっくりと月白を抜いた。


シルフィーナさんは笑って言った。自分たちでやってみなさい、やり方は教えてあげるから。ひと月くらい掛かるって。クロさんは途中で逃げた。


役場を盾に、夜爪豹の攻撃を捌く。こちらも傷を負うが、奴も刻んでやっている。とにかくここでコイツを引きつけて置くんだ。


仕事終わりに役場で処理し続けた。2度とやらん。


盾として使い続けた役場も、結構ボロボロになってきた。そろそろ次の手を考えないと。でも、何も思い付かない。木立ちの向こうに教会が見える。そっちは当然ダメだ。辺りを見渡す、噴水が見えた。


そういえば噴水でどんぐり団子鍋を食べたっけ。味は微妙すぎ。街人も参加してたな。また食べたいもんだ。


ここまでかな、覚悟を決めて月白を構える。俺はここで死ぬけど、お前も必ず道連れにしてやる。


「マサトくん!逃げなさい、それで勝てるから!」


クロさんの声がした。なんでですか?時計塔を見上げる。


なぜ気が付かなかったのだろう。空には喧しく空気を震わせヘリが何機も飛来していた。

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