第27話 避難支援隊アルマ
自分は避難支援隊に向いてなかったのではないだろうか。どうしてこうなったんだろう。
足の悪いお婆さんを家から連れ出すと、私の事はいいからアルマちゃんだけでお逃げなさい、とか。先日、ミルド先生に激しい運動はするなと怒られたお爺さんを背負おうとすると、アルマちゃん、爺いは放っておいて一人で逃げるんだ!とか。
ちっとも素直に救助されてくれない。
そして、この体たらくだ。
灰牙犬三頭に囲まれてしまった。
「アルマちゃん…私はもう十分生きたわ。貴女は」
あーもう!黙らっしゃい!
そう思いながらも口に出す言葉を選ぶ。
「なに言ってるの。まだまだ長生きさせるからね」
剣を持つ手が震えている。
避難訓練の役割分担。街防隊に立候補した時を思い出す。元気良く「はいっ!わたし出来ます!」そう言って手を挙げた。
ガルバンさんのあんな顔初めて見た。それにマサトくん達も酷い。なんか痛い子を見るような憐れみの視線だった。
足もカクカクしてきた。ものすごく怖い。お婆さんが居るから、かろうじて立っていられた。
どうすれば良いんだっけ。剣先が大きく揺れている。まず最初の一撃を……
そう考えて灰牙犬を睨みつける。気持ちだけは負けちゃダメだって。でも、それも一瞬の決意だった。大きな獣の息遣い。ゆっくりと建物の陰から現れた。心を挫いたのは大きな牙猪だった。
灰牙犬が飛び掛かってきた。剣を捨ててお婆さんに覆い被さる。何しているんだろうわたしは。こんな事しても誰も助からない。
バキッ、足から凄い音が聞こえた。同時に激痛が走る。わたし咬まれてる。
お父さんお母さん。ダメみたいだよ。
何かが私たちを飛び越える。シュって音が何度か聴こえた。大きな音がして地面が揺れる。何が来たんだろう。怖いけどゆっくり振り返る。
「おはよーアルマ。今日はリディどうした?」
「え、えっと……家に居るよ」
「おぉ、じゃあ俺と同じだな。シロは家に置いてきた」
魔素の光に包まれながら、マサトくんが微笑んでいた。
マサトくんが私の足を見て痛そうな顔している。私が悲鳴をあげるような大怪我を、しょっちゅうして平気な顔してる癖に。
「あちゃー痛いよな。ごめんな、少し早く来られれば怪我なんかさせなかったのに」
いや、少し早ければではない。少し遅かったら死んでいた。
「ん〜ん、全然痛くないよ」
首を振った。他に言うことがある筈なのに、何故か出てこない。
「よしよし、強い子だな」
頭を撫でられた。私はヨシヨシされるほど子供ではない。このままだと、痛いの痛いの飛んでいけ言い出しかねない。
「あのね、マサトくん手貸して。立てないかも」
「あー立たなくて良いから。婆ちゃんおぶるから掴まってられる?」
お婆さんは、年寄り扱いするな走れるわよ。そう息巻いて避難口に走っていく。マサトくんは苦笑いでお婆さんを見送る。
「よし、アルマ。足、少し動くから痛いぞ。ちょっと頑張れよ。すぐミルド先生に診てもらおうな」
そう言って私の膝と肩に手を回す。簡単に抱えられた。
「よし、婆ちゃんを追うぞ。倒れられたらアルマ困るだろ」
笑いながら、滑るように街を進む。
「ふたりを回収した。アルマが怪我しているからシェルターまで搬送中。その後、東の防衛に入ります」
聞いたことない真剣な声色。誰かな。そう思って顔を見上げた。
こちらに気づき笑う。いつものマサトくんだ。締まりのない顔で、タクナくんと馬鹿なことばっかりしてる。いつもの顔だ。
東の防衛って何するの?あんなのと戦うの?
急に震えてきた。わたしさっき死ぬところだったんだ。泣き顔を見られたくなくてマサトくんの胸に顔をつけた。
気がつくと清浄な空気に包まれていた。悩み事があるとここに来ていた。カナン様は応えてくれないけど教会は好き。
「あんたねーなに泣かせてんのよっ!」
「それでも探査員なの!?女の子を泣かせるような育て方した覚えはありません!」
マサトくん、めっちゃ怒られてる。
クロさんは指に雷浮かべてるし。シルフィーナさんなんか、こめかみに青筋立ってる。こんなカンカンに怒るの初めて見た。
「アルマちゃん、ちょっと足動かすよ〜」
苦笑いを浮かべ治療してくれるミルド先生。
「いや、泣かせてないです!灰牙犬がですね」
「なに言い訳してんのよ!男でしょ!」
「あと10秒早ければ泣いたりしなかったわよね。それでも自分のせいじゃないって言い張るの!」
あ、これ、ダメなやつだ。何か言ったら100倍になるパターン。ごめんなさいマサトくん。
「あーそれくらいにしてだな、マサトを東に〜」
オニゾウさんの声がスピーカーからしてきた。
「ほ、ほらっ!俺もう行かないと!」
逃げ出す口実を得たのか嬉しいのか、さっさと出て行こうとしている。ちゃんと言わなきゃ。
「あ、あのマサトくん」
振り返ってこちらを見ている。助けてくれてありがとうって。
「無事に帰ってきてね」
何故かそう言っていた。
なんか懐かしい笑顔を浮かべるマサトくん。
「いいか、アルマ。お前のご両親が亡くなったのはとても良い人達だったからだ。それに引き換え俺らを見ろ。素行の悪さじゃ白峰イチだ!」
「だから俺らは死なないよ。ちゃんと帰ってくる」
涙が溢れてきた。
今回のはマサトくんが悪い。クロさんとシルフィーナさんに叱られればいい。そう思ったのに。
何故だろう、みんな笑っていた。
東の街道が見えている。翠風の旅路を思い出す。あの頃のアルマは、マサトさん言ってたのに、いつの間にか君に格下げだ。
魔獣共の群れが街道を埋め尽くしこちらへ向かってくる。雑魚ばっかだな。もうちっと歯応えのある奴はいないのかね。
強烈に焼き付いた、社長の笑顔を真似てみた。
あの凶悪な口元を再現する。
少し強くなった気がする。さぁ来いよ。
イメージした未来は現実になる。
あとは豹頭の戦士にどこまで迫れるかだ。
囲まれてどれくらい経ったか。
「マサト生きてるか。少し下がれ。南からも第一波が来そうだ」
生きてるよ!わかってて聞くな!そう思いつつもそうは言えない。
「はい。後退します。住宅地まで下げて良いですか」
答えながら、白炎を上下左右に光らせる。魔獣が切り刻まれる。
「んー、そこいらへんは任せる。もう終盤に入ってるから、ざっくりでいいぞ」
簡単に言う。全方位魔獣だらけだ。切る相手を選ばなくて良いから助かるけど。
「了解です。住宅地まで下がります。多分、抜けていく数が激増します。よろしくお願いします」
足に喰らい付いた鎧殻甲虫を振り払い踏みつぶしておく。数の暴力だ。気を抜くと簡単に魔獣団子になりそう。
「いいよー。こっちも忙しくなってきた。まとまった数の方が楽まであるわ」
のんきな社長のいつもの声だ。
牙猪の突進を抱え込んで受け止め、身体に白炎を差し込んでやる。巨体を切り分けるついでに後方へ投げておく。退路確保しないと。
血塗れだ。クロさんが見たら顔を顰められるかな。時計塔の上で魔法を放っているだろうクロさん。巻き込むのは勘弁して下さいね。
音と影を頼りに白炎を走らせる。
上空からの夜爪豹を、何度目かでようやく切り落とした。
住宅地に入って遮蔽物ができると思ってた。甘かった。平面でなく立体的に襲ってくるようになった。家や木々から、乙種Ⅰ類が散発的とは言え飛び込んでくる。甲殻熊の方が分かり易やすい分、なんぼかマシまである。
後半戦は白峰魔獣博覧会になるぞ。社長が悪い笑顔で言ってたのを思い出す。あの巨大熊相手に余裕ありすぎだろ化け物め。
どれくらいの時間、白炎を振り回していたかな。そんな事をぼんやり考え、何かを切り刻む。
「マサト、タクナ!予定通り中央公園まで撤退しろ。結界を張る。社長の熊に気を付けろよ」
撤退?どこに?見渡す限りの魔獣達だ。どっちが中央だったか。魔獣に包まれないため、必死で白炎を振るっていた。
「り、了解」
応答するのも必死だったが、急にヴェルナの言葉を思い出した。
「ハルモニアで生き抜く力を授けるわ」
そう言っていた。だから切り抜けられるはず。
とにかく押し潰されないよう、無我夢中で白炎を振り回して公園を目指した。
公園内は澄んだ空気に満たされていた。
誰かの声がする。返事をしようとするが声が出ない。なので片手を挙げて無事を知らせようとした。倒れかけて誰かに支えられる。街長だ。名前なんだっけ。街長も傷だらけですね。大丈夫ですか?
「先生!ミルド先生!」
うるさいなぁ。シルフィーナさんに叱られますよ。そこで意識を失ったみたいだ。
頬を何かで突かれてる。ガサガサと耳障りな音も一緒だ。やめろ疲れてるんだよ……
違う、街はどうなった!
跳ね起きた。
「お、生きてるじゃん。死んでるのかなって思ったぜ」
携帯糧食を手に、笑いながら社長が見ていた。それで頬を突いていたのか。
「社長、状況はどうですか」
手にしていた携帯糧食を押し付けられ受け取る。ここは……。見渡した。教会内だ、身体もちゃんと動く。
「全員無事だよ。タクナがさっき戻った。ミルド先生の診察待ちだ」
社長が外に視線をやる。列にタクナが並んでいるのが見えた。
「シルフィーナの結界が効いてる。あと30分は持つだろう。その後、乙種は入ってくるから迎撃しろ」
頭がクリアになってくる。そうだ。公園に張られた結界までなんとか辿り着いたんだ。そこでセルヴァンさんに助けられた。
「熊はオニゾウに代わってもらった。今は結界の外で抑え込んでる。けど、周り中魔獣だらけだからな、流石に中に入れてやらんとオニゾウもキツい」
あの魔獣だらけの中で、甲殻熊の一種相手にしてるだって?マジか。思わず社長を見上げた。
「しょぼい面すんな。ちっとはいっぱしの探査員めいた顔してたくせに」
「す、すいません」
「おいおい、あの魔獣の群れに団子にされなかった探査員が、すいませんとか笑わせるな。良いから、それ食ってタクナとこ行ってこい。笑える事になってるから」
そう言うと社長は持っていた携帯糧食を齧りながら立ち去った。
「タクナが笑える事になってる?見に行かなきゃ」
呟きながら、携帯糧食の封を切る。口にしながらタクナの元へ。やっぱ美味いなコレ。
「なにそれ、おまえ大丈夫なの?ウケる」
「ざけんな!さっきまで死人だったお前に言われたくねぇよ」
タクナの左腕は肘の辺りでほぼ切断状態だった。右手で千切れないように押さえている。その右手は肩口から背中にかけ、骨が見えるほどの大きな切傷が入っている。こいつ何と戦ってたんだよ……
「はい、お待たせタクナくん。ごめんねー。痛かったよね。すぐ楽にするからね」
「安楽死ですか?楽にしてやるとか先生も言いますね」
「マサトくん!僕は神職だよ、ほんとに君らはカナン様に顔向けできないような事ばっか言って……」
怒られた。だって、タクナ見て下さいよ。全身ヤバい傷ばっかで、楽にするとか言うから……なんでタクナは嬉しそうなんだよ。お前のせいで怒られたんだからな。
「だいたいマサトくんなんか、半分死んでたんだからね!」
「マジすか……結構頑張ったつもりだったんですけどね。なんかショック」
「いや、頑張りすぎ。マサトくんのいる所に光の柱が出来てたよ。こっから見ても見事な魔素散乱だった。クロさん呆れてたよ」
お、マジか。結構やったつもりだったからな。社長を降ろしたのは正解だったな。
「何度も戻れ言ったのに返事もしないし。街防隊の人達を止めるの大変だったんだからね」
やっぱショック受けておいた方が良いらしい。ションボリする。
「でも、本当にお疲れさん。シルフィーナが結界張る時間をだいぶ遅らせられたよ。セルヴァンも感謝していた」
苦笑しながらそう言ってくれた。
治療を受けるタクナの視線が一点に向いていた。
「おい、マサト。あれ見ろよ」
視線を追うと、オニゾウさんの戦う姿が見えた。巨大甲殻熊をあしらいながら、魔獣の海を渡っている。魔素散乱の光の柱の中にいる。
「なにあれ……海の上って歩けるんだ……」
ミルド先生の治療が済むまでずっとその光景を見ていた。




