第26話 魔獣災害
おいおい待てよ。
俺を無視するかのように走り抜ける灰牙犬。前脚から腹にかけて斬りあげてやる。血と臓物を振り撒く。灰牙犬は勢いのまま後ろに飛んで行く。
無視はよくねーよ。
そういえばマサトの奴も最近無視する。年寄りの相手が面倒臭いらしい。帰ったら説教しよう。
正面から飛び掛かってくる奴。背を低くしてかわし、掲げたクレイモアで迎えてやる。二つになって後ろへ飛んでいく。
いいね。そうこなくちゃだ。
シロミネの起動が完了したみたいだな。避難を促す警報が聞こえてきて、つい笑ってしまう。悪癖ってのは治せないもんだ。
右手を駆け抜けようとする灰色の影。顎に剣を引っ掛け、切り裂いてやる。
ちまちま一頭ずつ来るなよ。まとめて来い。
左、右と剣を振るう。飛ばした斬撃が二頭の頭を落とす。
剣先で大きく弧を描く。襲い掛かる三頭の頭を上下に分けてやる。真ん中の奴は失敗した。目の位置で横割りにしてやるつもりだったが、鼻先からになってしまった。
腕が落ちたかな。このところ若い奴らに任せきりだったからな。
右手に下げた切先を左上に、頂点で小さく弧を描き左下に切り下げる。四頭の首を落とす。今のは綺麗に決まったかな。どれも鼻先を中心に、斜めに二つに出来た。
「社長インカム使って下さい!」
後ろからオニゾウが何か言ってる。小煩い奴だ。左手で腰袋を探る。剣は真横に振るっておく。切先が描く直線の先にあった灰牙犬、三頭ほどが血飛沫を上げ、オニゾウに飛んで行く。
インカム、インカムと探りながら剣を左右に振った。だから無視はよくねぇって。二頭を切り裂く。
あぁ、あった。装着しながら、走り抜けようとする影に向け剣を光らせる。いや、ここは通さないって。インカムを起動する。
「ガルバン!聞こえてる!」
シルフィーナか。叫ぶなよ。耳痛くなるだろ。あと、俺はリハビリ中なんだ。なんか今ひとつキレが悪くて困ってるんだ。
「どうした?そんな慌てて。甲種でも出たか」
返答しながら、今度は波を描くよう剣を走らせた。灰牙犬どもが魔素へ戻り光に包まれる。
「良かった繋がった。甲種は出てないけど、甲殻熊が来るわよ」
「熊がどうした。マサト達も配置に着いた頃だろ。奴らに任せても大丈夫だ」
「一種の可能性があるってシロミネが」
ほう。そりゃ面白い。随分とお早い登場だ。
「どこに出る?」
場所によっては、利用できるか。
シルフィーナの返答を待とうとしたが不要になった。
「いや、目視できた。正面にいるわ。教えてくれてありがとな。通信切り替えるぞ」
森の木々をへし折りながら、巨大な甲殻熊が姿を現した。梢より上に頭がある。なるほど一種だな、見たことない大きさだ。
シルフィーナが何か言ってたが、通信を切る。こっちは忙しくなりそうだ。愚痴はマサト達にでも頼むわ。
「タクナ〜インカム持ってきたよー」
灰牙犬と跳刃兎の死体がタクナを囲むように積み上がっている。魔素変換される間もなく、この有様とは恐れ入る。声を掛けなきゃ、大剣で俺も仲間入りだ。
「おー。ありがと〜」
間延びした声が返ってきた。だいぶ緊張しているらしい。クロさんに続き、こいつもからかっておくか。口を開きかけたところでインカムが鳴る。
「マサト、タクナ聞こえているな!予定変更だ」
オニゾウさんからだ。
「マサトです!現在、タクナの配置場所に居ます。指示をお願いします」
タクナに視線をやる。インカムは装着済みだ。頷きながら、灰牙犬を大剣で跳ね上げている。
「よし、二人とも聞け。北からの魔獣をこっちに集める。タクナは魔獣どもをこちらに押し込むように合流しろ」
「了解」
返事をするタクナの足元に飛び掛かる跳刃兎。白炎で弾き飛ばしておいた。
「マサトは先ずは持ち場へ向かえ。その後はタクナと同じだ。俺らのところに魔獣を押し込んでこい」
「了解しました」
右手を見る。社長達の戦場の先、そこが俺の持ち場だ。
「マサト。横切るときに甲殻熊の一種がいる。社長が相手してるが気をつけろ。デカいから間違っても近づくな」
「わかりました」
「よし、二人とも行動開始しろ」
通信が切れる。タクナを見ると跳刃兎をまとめて叩き切っていた。
「んじゃ、俺行くわ。甲殻熊の一種だってさ」
飛び掛かってきた灰牙犬を刺し貫きながら口にした。
「お前の好きな奴じゃん」
「馬鹿言えよ。好きなのはお前だろ、ほら来てるぞ」
笑顔で外縁部を指さしてやる。森の中から甲殻熊が突進してきている。社長の奴に比べたら子熊みたいなものだろう。
「行けよ。熊好きなのがどっちかは後で話し合おうぜ」
笑いながらそう言った。
死ぬなよ。どっちが熊好きかハッキリさせるからな。とりあえず甲殻熊の方は、お前が大好きみたいだけどな。一直線に来る甲殻熊を迎え撃つタクナ。その姿を置いて駆け出した。
教会の時計塔から見る白峰、北の山脈は冠雪しているようだ。まだ夏なのに気が早い。
「ふぁわぁ〜」
大欠伸してしまった。シルフィが一番怒る奴だ。
「ねぇ、クローディア。真面目にやってる?」
「やってるー。けど、あんまりやることないー」
農耕地に一頭の灰牙犬が見えた。周りに気がついてる人は居ないみたい。
よっと。あらかじめ組み上げておいた雷を放つ。光を放ち灰牙犬が弾け飛ぶ。一拍置いて空気を切り裂く音が届いた。
「シルフィー、一匹抜けてきたよー」
「わかってる。それより北の状況はどうなってるの?」
「んーガルバン達がうまいこと、農地の避難通路の間に誘導したみたいだよ。住宅地の境界で街防隊が討ち漏らしを捌いてる」
実際大したものだ。専門職でない街防隊でも対処できている。複数人で囲み落ち着いて戦えている。
「そうじゃなくて甲殻熊!一種なんでしょ。見えてるか聞いてるの!」
現役時代を思い出してげっそりした。シルフィーナ監査官はいつもそうだった。知りたいことはハッキリ聞け。察してちゃんか。
脳内で愚痴って視線に力を込める。
「うわぁーでっか!なにアレ。甲殻熊ってあんなんなるの。ダメよシルフィ、ガルバン達が死んじゃうわ。私行ってくる!」
「貴女はそこにいなさい。後で嫌になるまで戦わせてあげるから」
なによ。つまらないわ。東西の街道を眺める。嵐の前の静けさか。不気味に鎮まり返っている。まだ大丈夫。けど、時間の問題だ。
避難口に走る街人の姿は少なくなってきている。全員間に合いそうか?シロミネはどう見ているのだろう。
災害時の役割は遊撃と言われていた。なるほど、戦場のあちこちを飛び回る役目だ。静かな中央と違い、こうなるのか。
飛び掛かる灰牙犬を白炎で切り裂く。背後からの跳刃兎はかわして、刺し貫いてやる。なんとか戦えている。
社長達の戦場を横切る際、視界に入った。巨大な甲殻熊。赤黒い甲殻は吸った血が固まって出来ているように見えた。視界に入った瞬間、全身が逆立った。正直、逃げ出しそうになった。
今こうしてなんとか戦えているのは、あの化け物のもとには社長とオニゾウさんが居る。それを知っていたから。
「ようマサト。熊、どれだけ出たよ。俺んとこは、こいつで四頭だ」
インカムからタクナの声がする。いつもの軽口だ。
「熊は少ないな、まだ二頭しか出てない。やっぱ熊ちゃん大好きはお前じゃね」
タクナもアレを見たんだな。社長達の計画通り、北西と北東の避難通路の間に魔獣たちを誘導出来ている。
「馬鹿言ってんな。俺はモテるだけで熊好きじゃねぇ」
ビビっているのが、俺だけじゃないと思うと安心する。
「お前がモテるわけねぇだろ。こないだアルマにゴミ屑みるような目で見られてたろ」
「あれなー。アルマ酷くね?マジで傷ついたわ」
灰牙犬の頭を削ぎ取り、跳刃兎を二つにしてやる。視界に甲殻熊が入った。子熊みたいな奴だな。アレを見た後なら、なんてことない相手だ。
「タクナ、もう少し中に行くぞ。社長達の雑魚を引きつけよう」
それはあの化け物に近づくことになる。自分の正気を疑う。けれど社長達はあの化け物相手にしながら、雑魚達も止めている。
いったいどうすれば。それが知りたくなった。
「おう。化け物相手の立ち振る舞いってのを特等席で見せてもらおうぜ」
強がりやがって、ちょっと声が震えてるぞ。きっと俺も同じだろうけど。
やっとご到着したただの甲殻熊の攻撃をかわして、がら空きの腹から背中に白炎を通してやった。
化け物だと思っていた赤黒い甲殻熊。遠くから見ただけで、ビビって逃げ出しそうになった。それが今、すぐそばで丸太のような腕をめちゃくちゃに振り回している。
しかし、もう怖くはなかった。その化け物以上の化け物を見ているからだ。
「お前ら遅えよ。年寄りを働かせてすぎだって」
視界に収まらないほど巨大な甲殻熊。社長はそれを相手に、笑いながら戦っている。触れただけで死にそうな攻撃を笑いながらかわす。ついでにクレイモアを走らせる。甲殻熊の脇を通り抜けようと走る灰牙犬がバラバラになる。
散歩をしているかのように回避する。俺のように飛んで跳ねてなんてしない。攻撃の来ない場所を選んで歩くだけ。
緩やかな歩みに反し、口元が獰猛に歪み凶悪な笑みを作っていた。駆け抜けようとする魔獣を見つけると剣を走らせる。振った回数の倍もの魔獣が真っ赤に弾け飛ぶ。
じゃれつくフィルをあやすように赤黒い甲殻熊を扱っていた。
「おい、二人ともサボるな。社長は放っておいていいから、俺を休ませろ。忙しいんだよ」
オニゾウさんの言葉に我に返る。
「す、すいません」
タクナと二人謝る。
「タクナは社長の左斜め後方な、マサトは逆サイドだ。抜かれるんじゃねぇぞ。社長が熊連れてゆっくり後退するから、それに合わせて下がれ」
「は、はいっ」
返事をするのがやっとだ。タクナなど声も出さず、コクコクとうなずいている。
「オニゾウくーん。代わってくれてもいいんだよ〜。もうリハビリ終了したかも〜」
口調とは裏腹に、目が凶悪な光を放っている。
「お断りします。そのまま狂戦士ぶりを発揮してて下さい」
そう言ってオニゾウさんはこちらに向かって旋風を投げてくる。すぐ脇で何かがバラける。振り返ると、跳刃兎が二頭ほどが魔素散乱していた。
「ほら、ボサッとすんな!仕事しろ仕事!給料減らすぞ」
「す、すいません」
謝ってばかりだ、しっかりしろ。社長の脇を抜かせないのが俺らの仕事だ。
「いや、ちょっと待て」
オニゾウさんのインカムが光っている。中央と通信している。横目に見ながら走り抜けようとする灰牙犬を斬っておく。
「東西からもお客さんが到着したらしい。西側は放っておけ。避難完了している。マサトは東を迎撃しろ」
「アルマがまだ避難民を誘導している。救助に向かえ」
「え?」
なんて事ないように、とんでもない事を言った。




