第25話 精霊はシロミネ
遅い!いったいあの二人は何をやっているのかしら。毎朝シロちゃんをウチに運ぶ係なのに、こんなことでは困る。店内を右へ左へ。リディは何をしているのか、朝早くから出掛けている。
シロちゃん宅配便を迎えに行こうと店を出た。そこにリディが飛び込んできた。
「あ、リディどこ行ってたの?マサトくん達がねー」
リディの姿に声が止まる。いつもなら頭か肩に留まるのに、目の前で羽ばたきピィピィと鳴き続ける。何を慌てているのだろう。
「リディ、どうしたの?何かあったの」
その時、けたたましい警報が鳴り響く。
「え?避難訓練は来月のはず……」
ぼんやりと呟いた。
続いて、スピーカーから無機質な声が告げる。
「避難警報、避難警報。速やかにシェルターへ避難して下さい」
また、警報が鳴る。街中で鳴り響いている。
12年前にも聴いた。
シェルターが起動している……。
魔獣達が来たんだ。
静寂に包まれる白峰の朝。毎朝うるさい光羽鳥達の囀りがない。
ガルバンは右眼の傷が疼くのを感じていた。
先ほどから宙を見つめるように考え込むオニゾウ。壁に掛けたクレイモアを手にし、オニゾウに声をかける。
「変だよな。見に行くから、お前も来い」
嫌な予感がする。
頷いて武器を取り、外へと向かうオニゾウ。あの二人も動いているだろうか。訓練は来月だったはずだが、皮肉なことになりそうな気がしている。
北の山脈を見つめるオニゾウに声をかける。
「北に何があるのよ」
オニゾウをからかう。
「伝説の竜ですかね」
「やめろよ……。街が消滅するわ」
からかうのは悪手だったか。やり返された。
「でも、社長も震源は北だと感じてますよね」
「とにかく行くぞ」
人気のない街を北へと駆け出した。
一気に街を駆け抜ける。農耕地を通過する際、農家の連中に、家に戻るよう声を張る。驚かせているが、進むにつれ確信めいてくる。
オニゾウを役場に向かわせるか。そう迷ったとき、オニゾウが言った。
「二人はどうしますか、動かした方が良いと思います」
お前もそう思うか。なら決まりだ。
「奴らは誰かに任せていい。役場に行け。シェルターを起動させろ」
「了解しました。指示後に戻ります」
一瞬迷った。戻らせず、二人のどちらかに付かせるかと。考えを消すために首を振り払う。格好付けて一人でやれる言ってられる歳じゃない。
いつも馬鹿な事ばかりやっている奴らの顔が浮かんだ。それで良い、死んでもらうこともある仕事だ。あの二人なら大丈夫。
「おう。早く戻れよ。竜とタイマンはごめんこうむる」
「そんなもの出るなら、シェルターに引きこもって死ぬ方を選びます」
口の減らない奴だ。昔と変わらん。
「もう行け」
踵を返したオニゾウを一瞥し、駆ける速度を上げる。血が沸騰するかのようだ。魔獣どもが群れをなしてやって来るぞ。
何かが変な朝。ざわつく気持ちを抱え、出勤の支度を終える。毎朝まとわりついて邪魔なシロがいない。
「おいタクナ、シロ知らね?」
リビングを見渡すとタクナとシロが、北の窓辺に立っている。何を見ている。静けさが妙に心を掻き立てる。
「マサト……何か変だ」
タクナは振り返りもせず窓の外を見ている。
近づいて外を見ると、農家の皆さんが街へ戻ってきている。おかしい、これから畑仕事だろ。
「すぐに出るぞ。シロはここに居ろ。家から出るなよ」
タクナと外に出て気がついた。いつもと違う空気、いや空気が止まっている。
「タクナ、お前は会社に報告だ。俺は北に行く」
「まて、俺も行く。戻って来る人達に話を聞いてからの方がいい」
確かに。なんかおかしいと言う報告は少し雑だ。
「そうだな、行くぞ」
みんなの所に着き話を聞こうとした。そこにオニゾウさんが走り込んできた。
「おう、お前らちょうど良かった。来月の避難訓練の前に本番やるぞ。配置に就け、俺は役場まで。いや、待てよ」
みんながざわめく。俺も声を上げかけ、なんとか飲み込んだ。俺が騒いでどうする。白峰の探査員なんだ、冷静に振る舞え。息をひとつ、吐き顔を上げる。オニゾウさんと目が合った。
「マサト、お前が役場に行け。誰でも良い。社長の名前を出して、シェルターを起動させろ。終わったら配置に就け」
口元だけで笑顔を作り、指示された。なんとかやれているみたいだ。
「みんなも聞こえたな、魔獣が来るぞ。わかっているよな、乙種が出たら戦うなよ、この噴水男二人が引き受ける」
黙って頷く人、参ったななど口にする者。笑う人達の方が多いか。どうすればこんな風に、人を安心させるように話せるのだろうか。
それぞれが覚悟を決める中、タクナと目が合った。
「マサト、ダッシュな」
笑いながら言いやがった。
「任せとけ。光を置き去りにしてやるよ」
言い切る前に駆け出した。上手く笑えたか不安だったから。
中央公園まで最短距離を取った。納屋を足場に家を駆け上がる。そのまま庭を飛び越え、一直線に役場を目指す。
ヴェルナの言葉を思い出した。
【イメージした未来は現実になる】
街を救うイメージは作れない。けれど、最短距離を駆ける自分の姿は描ける。ハルモニアの物理法則よ、今は俺に従え。
駆ける足を加速させ、大きな家を飛び越える。なるほど、やれば出来る。
道を隔てる木立ちを飛び越える時、視界に白峰魔獣商が入った。アルマ、無茶するなよ。俺らが必ず守るからな。
役場の扉を引き剥がす勢いで開く。
「白峰探査ガルバンの命令です、シェルターの起動をお願いします!」
道中で練っていたセリフを一息で告げる。
驚きの時間は一瞬で過ぎた。張り詰める空間。そんな空気を壊すように、シルフィーナさんが微笑みを浮かべる。
「命令を受領します。マサトくん、付き合ってくれますか。起動は久しぶりで、緊張しちゃうかもしれないから」
返事が合図になったのか、セルヴァンさんが剣を取り走り去る。
「何、変な顔して?探査員でしょ。ここから街は貴方の命令で動くわよ」
どんな顔をしていたのだろう。わからなかったけど後半は理解した。
「なら失礼します」
そう言ってシルフィーナさんを抱える。軽いな、これなら飛んで行けそうだ。おっとりムーブの彼女に合わせていられない。教会まで運ばせてもらいますよ。
教会の重厚な両開き扉は、蹴り飛ばして開けた。シルフィーナさんがカナン様に〜とか言ってるが、カナン様は偉大な方ですそんな事気にしませんよ。そう言っておく。
シェルターの起動装置が目の前にある。祭壇にあるカナン様の教えを刻んだ大きなレリーフの下。腰ほどの高さか、無機質な金属の柱が据えられている。
住民のすべてが教えられる起動の手順。
「き、起動完了と言われるまで、手は置いたままにするのよ」
100mを数秒で運ばれたシルフィーナさんが息を荒くしている。それでも柱の上部に手を置いて、俺にも促すのは流石だな。
「起動して下さい」
シルフィーナさんを支えながら手を置く。
「シロミネ、起きて。シルフィーナよ」
無機質なただの金属柱に無数の光が走り、複雑な模様を描き出した。柱に付けた手のひらが熱を帯びる。教会の空気が変わった。
重くのし掛かるような空気はわずかな時間で消え去る。その後、無機質だが、どこか鈴が鳴るような響きを持つ声が降りてきた。
〈シルフィーナ、久しぶりですね。マサトは初めましてね〉
これが白峰を守る精霊シロミネか……
「ええ、新しく入植して探査員をやってくれてるのよ。もう一人タクナくんという子もいるわ」
〈リザードマンの男の子ですね。マサト同様、素行に難のある、強くて優しい良い探査員です〉
素行に難って……いや、それより起動を。
〈緊急時なのはわかりますが、人様の家を飛び越えるのは、あまりお行儀良くありませんよ。家主のナキロさんが驚いてました〉
「え、いや。あの、す、すいません」
〈でも、見事な身体強化魔法でした。心を力に変える。良い探査員です〉
無機質な声なのに微笑みが混ざった気がした。
「そうでしょう!二人とも白峰には過ぎた子たちだわ」
シルフィーナさんが嬉しそうだ。いや、それより起動は……
〈大丈夫ですよマサト。私は白峰の人々を守る為にここにいます〉
気がつくと柱の光が描く模様は、教会の床一面に広がっていた。
〈白峰領域の精査完了。魔獣の第一波と総指揮官ガルバンが会敵しています〉
〈領域内の全保護対象のマーキング完了。前衛迎撃官タクナは北北西に待機中、40秒後に交戦に入ります〉
〈起動完了。これより避難シークエンスを開始します〉
同時に街を覆う警報が聴こえてきた。
街の四方、さらに八方に広がるシェルターの入口。それが開口する音がする。
シルフィーナさんがエマージェンシーボックスを開いて、インカムを3つ投げてよこす。
「ガルバンたちは持っているわ。ひとつは貴方のよ。残りはタクナくんとクローディアに渡して。クローディアは見掛けなかったら良いわ」
「わかりました。どれくらいで使用可能になりますか」
〈240秒後に通信環境の構築が完了します。クローディアは北北東の新規農耕地付近にいます。中央へ移動中です〉
シロミネさん有能。白茎草取りに行ったんだな。
「最短ルートはどうなる」
〈AB地区を北上して下さい。貴方の速度なら15秒でクローディアを目視できます。その後、北北西で交戦中の指揮官タクナの元へ。総指揮官ガルバンを左手に見るように北北東の担当位置へ。灰牙犬10体が侵入しています〉
「了解」
さて、行くか。とりあえずクロさんを冷やかそう、怒りの魔法が飛んでくる前に退散。次はタクナをからかいに行こう。
「マサトくん!アルマは南南東地区の避難支援隊」
言葉を遮り応える。
「わかってます。それよりアルマ周辺をモニターして」
「それこそわかってるわよ」
途中で言われた。
顔を見合わせ互いに笑う。緊張が解ける。
人の命を秤に載せるな。救護案件を受ける際の心構え、社長に教わったことだ。
でも、白峰の街人全てが言うと思う、自分は良いからアルマをって。
もう一度シルフィーナさんの目を見る。任せておきなさい。だから、任せるわよ。そう言っていた。言葉にしたくなかったので、ひとつ大きく頷く。
教会の床を踏み抜く勢いで外に。次は奴らを迎え討つお仕事だ。




