第24話 避難訓練
甲殻熊の右爪を、身を逸らしかわす。目の前を通り過ぎる爪が光を放つかのようだ。二年前はかわしきれず、掠った左顔面をごっそり削られた。今はなんとか避けられている。
「タクナ、そっちどうよ!」
緊張に負けないよう軽口を叩く。
「力比べだな。今、押してるとこだ。熊が盾持ってたら勝てないかも」
夏の恒例行事、西の森の鋼糸蜘蛛の間引き。今回で三回目になった。白峰の鋼糸蜘蛛と甲殻熊は連携する。去年提出した報告書は、監査庁を少なからず驚かせたと聞いた。
今年は連携ありきで間引きに臨んだが、甲殻熊が複数頭いて割とピンチである。鋼糸蜘蛛の巣を背に甲殻熊が三頭。一頭は倒したが、その後二頭に襲われた。
「鋼糸だ!避けろ!」
背にした蜘蛛が、タクナを拘束しようと糸の束を投げてきた。甲殻熊を押し返し、転がるようにかわす。
息の合った攻撃だ。邪魔すぎるから先に退場してもらおう。目の前の甲殻熊が突進するのを飛び越える。熊の背中ががら空きだが、今は蜘蛛だ。腰のナイフを抜いて、巣の中央に投げる。吸い込まれるように蜘蛛を貫いた。巣は僅かに振動し沈黙する。
「蜘蛛はやったぞ!」
声をかけると同時に、熊が腕を振り上げてきた。避けて逆からの振り下ろしに白炎を合わせた。左腕を斬り飛ばす。傾いた巨体を地面に押し付けるように右から袈裟斬り。甲殻を残し、首を刎ねた。
タクナを見ると熊を押し戻し、大剣を振り下ろすところだった。大剣が地面を叩く轟音がした。熊は頭から二つになった。
「解説のタクナさん。昨年に続き、3度目の対戦となった蜘蛛熊戦ですが、今年はどうでしたかね」
「そうですね、二頭目の出現を予測し迎撃が乱れなかったのは評価できるでしょう。しかし、三頭目が突撃してきた時に慌てたのはいただけません。蜘蛛の鋼糸のタイミングが悪かったのに救われました。相手の練度によってはやられていたと思いますよ」
「だな。正直焦ったよ」
「俺もだ」
周囲を警戒しつつ反省する。いつものやり取りだ。会社に戻り報告する前、戦闘直後に悪かったところは洗い出しておく。オニゾウさんに叩き込まれた習慣だ。
鋼糸蜘蛛は、今年七頭倒した。十分だろう。魔素を散らし光を放つ熊。置き土産の甲殻を拾い街道へ戻った。
「フィル!」
荷車の残る街道から大声で呼ぶ。
少し待つと、草むらから小走りでフィルが現れた。体長4m近くまで成長したフィルだ。大きくなっても甘えん坊な所は変わらず、タクナに突進してる。
俺は前にやられて肋骨が折れた。以来、タクナにしかやらなくなった。折れた骨が肺を傷つけたらしく血を吐きながら、やるようになったな、フィル……と言ったのがよくなかったらしい。いや、放牧場でなかったらヤバかったという説もある。ミルド先生いつもありがとうございます。
荷車にフィルを繋ぎ、戦利品を載せていると商隊がこちらへやってくるのが見えてきた。少し待つと朱路探査のゼクさんが手を挙げた。
「お疲れさまです」
「ご苦労さん。おー、今年は三頭か。見事なもんだね」
荷車に載せた甲殻を見て言われた。
「まだまだです。三頭目は焦りました」
「血塗れにならず乙種を三頭は見事だって話だよ」
笑顔で言われてしまった。血塗れで馬車に乗せてもらったのを今でもイジられる。朱路の商隊とは、そのくらい顔馴染みになった。白峰まで案内を務めるとしよう。
「いや、ありがとうね。助かったよ」
「何もしてませんよ」
白峰の入口付近で止まり言葉を交わす。お礼を言われても、ただ先導してきただけだ。
「何もしなくていい街道を作ってきたんだろ。最近、白峰に近づいたらもう安心。みんなそう言っているよ」
思わぬ声に言葉が出ないでいた。
「ガルバンさんに明日行くって伝えておいてくれるかな。今日は役場で終わりそうだ」
「は、はい。お疲れ様でした」
タクナを見ると、思ったことは同じだったのか、拳を握っていた。
フィルを放牧場に連れていくと、リディが頭に留まる。こいつがいると言う事は……。
「帰ってきたー。ねぇ、フィル連れてくならエルに顔出してって言ったでしょ。フィルが居なくなったって一日中ソワソワしてたんだからね!」
こいつが居ると言うわけだ。フィル担当はタクナだ。俺は悪くない。アルマにキャンキャンと吠えたてられるタクナ。困っているようなので助けてやろう。
「おい、タクナ。俺先に行ってるからな」
「え、おい。ちょっと待てよ」
こう言って振り返らず歩き出すとタクナは解放されるシステム。アルマは基本的に甘ちゃんなのだ。詰めが甘い。俺らは違う。
トドメを刺すタイミングが分からないようでは探査員は務まらない。落ち度のあるアルマが居たら徹底的に叩きのめしている。そんな機会に恵まれたい、心の底からそう思う。
「もー!話は終わってませんからね。後で再開するからね!」
はいはいわかってますよ。再開なんて見た事ないけどね。これで小一時間経つと、忘れてしまうのがアルマだ。リディより鳥頭。いや、むしろリディアルナの方が執念深いまである。前に悪さしたら一日中頭を突かれた。禿げたらどうするんだ馬鹿鳥め。
「ただいま帰りました」
「おー帰ってきたか。待ってたぞ」
事務所に戻ると社長達の他に三名。
街長のセルヴァンさん、シルフィーナさん、ミルド先生だ。
「あれ?すいません。今日でしたっけ打ち合せ」
タクナを見るが、首を振っている。
「いや、違う違う。セルヴァンが久しぶりの大規模訓練だから、流れを再確認したいってな」
オニゾウさんが答えてくれた。
「いやぁ〜ごめんね。手間掛けて。訓練資料配布して、街人から細かい質問されているんだよ。答えられないケースもあってさ」
街長には噴水事件で正座させられしこたま怒られた。おっかない雷爺さんと思っていたが、付き合いが深まるとわかった。実に優しい人だ。
少なくとも今ここに居るメンバーでは一番穏やかだ。一番怖いのはシルフィーナさん。あと街で一番ヤバいのはクロさん。
シルフィーナさんを怒らせると、街人は早く出頭しなさい言う。人によっては役場に突き出す。
クローディアさんを怒らせると、街人は匿ってくれる。でも誰も間に入って取りなしてはくれない。ヤバい婆さんだ。
そして二人を怒らせる側のメンバーは、悲しい事にすべて白峰探査に集結している。社長と俺とタクナだ。何故なんだろう。
七人でテーブルを囲み話し合いの最中。各員の前には冊子がある。
【025年度・白峰街大規模避難訓練要綱】
「とまぁ、こんな流れになる。質問は」
オニゾウさんにセルヴァンさんが声を上げる。
「負傷者役の数が多い。搬送に担架が足りなくなる想定なのは何故だい」
「死人が出ないよう普段から防災について考えてくれてるか確認したい」
ミルド先生が答える。
「赤のベストを着ている人は丙種三頭以上に囲まれた人だけど、直近の街防隊の方で対応。この直近の距離感は?」
タクナが社長を見る。
「それを判断するのも俺たちの仕事だ。街防隊メンバーの戦闘力については一覧表を頭に叩き込んでおけ」
社長に言われ冊子の後ろの名簿を見る。100名程が街防隊を示すベストを着用することになっており、各員の経歴が書かれている。
「シェルターの入口を閉鎖するタイミングは、探査の方で大丈夫よね。内部モニターからの遠隔は使わないからね」
シルフィーナさんが俺らに視線を送る。
「はい。こちらで閉鎖します」
軽い確認として始まった避難訓練の打合せだが、次第に熱を帯び細かいことの確認が続く。
12年前にあった魔獣災害では68名の死者が出たとの事だ。アルマの両親も含まれている。次に災害があった時、少しでも人の被害が出ないように。真剣な話し合いは遅くまで続けられた。
でかい月が昇り切った夜道を歩く。
「なぁタクナ、魔獣災害って魔素の増加で起こるんだろ。原因ハッキリしてるんだから、なんとかならないの?」
「ならないみたいだな。ずっと研究してる。けど、どうしても予測が難しいみたいだ」
「ふーん。魔獣の大量駆除とかしちゃダメってそこいらへんなんでしょ。カナン様ならわかる気がするけど」
「そりゃカナン様はわかるかもしれない。けど、基本的に都市外にはあまり干渉しないからな〜」
ハルモニアに来て二年半。だいぶわかってきた事がある。カナン様は都市は手厚く守る。防御結界を自ら張っている程だ。しかし、都市外の人々の暮らしを守ることに対してはあまり熱心ではない。とは言え、都市の人が都市外を守る事に対して否定はしない。
「翠風憶えてるだろ。あそこは人口は白峰より少ないけど、人の出入りが多い。だから魔獣災害は割と頻発してるぞ」
「そうなんだ……翠風探査さん人多かったよね。都市から派遣までされてた」
兎人の美人さんサリアを思い出した。あの時は、どのくらいの高さに居るのかわからなかった。今なら少しはわかるだろうか。
「シロー帰るぞー」
白峰魔獣商の扉を開ける。
ソフトボールほどの大きさの白いモノが飛び付いてくる。
「あぁシロちゃん。お姉さんとあんなに楽しそうに遊んでくれていたのに〜」
シロを片手でキャッチして腰袋にしまう。アルマが泣き崩れるのはいつもの事だ。託児所なんだから、預かった子供にそこまで感情移入するのはどうかと思うぞ。
というか、庭でひとり遊んでるシロを持って帰るのはやめろ。普通に略取だぞ。
二年の努力が実りシロはアルマに捕まることは許容したらしく、諦めモードで連れ回されている。今日も放牧場で文句言ってたアルマだが、シロがエルと遊んでいるのを見たぞ。
「しかし、ちっとも育たないなシロ。フィルはあんなにデカくなったのに」
「良いんだよ。それにリディを見ろ。生まれた時から大きさ変わってない。シロは少し大きくなっている」
「ねぇ〜。その大きい方が偉いみたいのなんとかならないの?」
「馬鹿言うな。基本、デカい方が強いんだ」
それはそう。
「フィルを見てみろ。俺の教育方針が良かった。卵の頃はひ弱なC級品言われたのに今じゃ放牧場の暴れ蜥蜴だ」
暴れてないよ。元気いっぱいなだけだよ。飼い主に似たのかな。まぁフィルは強くて優しい。タクナは強いけど馬鹿だからな。似なくて良かった。
「まぁ丈夫な子にはなったよね……あ、シマちゃんさっき来たよ。ハマナさんの畑でトラブルだって、今夜は帰れないって」
「あぁそう……大変そうね」
シマは白峰のダンジョンを全て管理しているらしい。時々、緊急案件が訪れ昼夜問わず出動している。現場がなかなか育たないとか嘆いている。
まぁ悪い事じゃない。畑や庭を荒らすネズミやモグラの巣が管理されているのは。お礼に野菜とかもらえるしな。
帰り道、シロは腰袋から頭を出している。
青い夜にもすっかり慣れた。毎朝の日蝕は街中から見る分には、結界のおかげで美しい気象現象になった。早起きするのが楽しい。
シマがハーレム作る言うから、帰る方法探さないとだけど。
「タクナ〜、俺はいつかアズール・ホエムの下まで行きたいんだ」
青黒くぼんやり光る巨大な天体を指差す。最初は空に穴が開いているようで怖かった。でも今は絵のように張り付いてる姿が当たり前になった。水平線まで行けば、きっとあの下に宇宙が見えるんだ。
初めて見た時の事を思い出して口にしていた。
「あー。カナルディアに行きたいのか?なんでまた。8000kmくらいあるぞ。あと蝕の嵐はこっちより酷いから、そこは気をつけろよ」
「え?」
「ん?だから下に行きたいんだろ。聖都カナルディアは真下になる。まぁ俺も一度くらい見てみたいかもな」
カラカラと笑いながらそう言う。
「へ?どゆこと?」
白峰の道はいつものように、淡く白い光を放つ。
「いや、お前こそなんだよ。下に行きたい言ったのはお前だぞ」
怪訝そうにこちらを見る。
「いや、行けんのかよ!」
ハルモニアに慣れたなんてとんでもない思い上がりだったようだ。
その夜、耐えていた魔素が北の森深くで、大きく跳ね返された。




