第23話 あにでしいもうとでし
浮遊クラゲの真核を捉える。僅かな抵抗があるが、そのままナイフを振り抜くと核は崩壊。魔素が光となりクラゲは姿を消す。
背後から攻撃されたのをかわし、そちらへ足を運び同じように処理した。
森の中はそこかしこに浮遊クラゲが淡く光っている。次の標的は目の前の木の影だ。触手から放たれる、毒性の高い粘液を避けた。同時にナイフを走らせる。真核を捉え魔素を散らし姿が消える。
タクナの姿を確認する。やや大ぶりのナイフで同じく処理をしていた。奴がまだ大剣を手にしてない頃を思い出した。俺のナイフを武器にするから、大剣は不要だって。デカいタクナがちんまりしたナイフを使う姿など、笑ってしまうからやめろと言った。
木々が密集する中での戦闘に大剣でなく、ナイフを持って戦うタクナ。笑う気など微塵も湧き上がらない。必要に応じて武器を変えるプロの探査員の姿だ。
戦闘中にも関わらず、そんな事を思い出した。経験を積み、無理して軽口を叩かずとも余裕を作れるようになっている。新たな毒粘液をかわす。一瞥し右手を振るい、浮遊クラゲを光の粒子に変えてやった。
「どれくらいやった」
浮遊クラゲの大量発生。街道を東に10キロ程の森の中だ。翠風からの商隊の報告を受け討伐案件を処理している。
「すまん。100くらいまでは数えていたけど、もうわからん。お前は」
「俺も似たようなもんだな。もう時間で換算しよう」
「了解。どっちから行く」
「右手の集団からにしよう、フォローできる距離保てよ」
頷く代わりに盾を掲げたのが合図。同時に右手に走る。こちらを警戒し密集しようとする前に叩く。淡い光の浮かぶ森が、静かになったのは1時間後だった。
街道の法面に座って、携帯糧食を齧り水を飲んでいる。
「いや、凄くね?街道で目撃したのは2頭って報告だったよな」
「ああ、浮遊クラゲの大量発生の割に、表に溢れ出たのがその程度で良かった。流石にこの数が街道にいたら死人が出たかもしれん」
毒液まみれになったタクナの盾を見る。本人は無傷だ。
「お前全部かわしたのかよ」
視線が盾にあるのに気がついたらしい。
「ああ、あの程度なら大丈夫。連携されたらヤバいけどな」
「ヤバいなお前」
甲殻熊の攻撃を受け止めるお前に言われるのは心外だな。頭おかしいのはお前だ。
「よし、ほとんど片付けた。異常発生に関しては報告して次の案件を待とう。帰るぞ」
「了解」
「あ、お帰りなさい。クラゲどうだった?」
農地の視察しているのか、シルフィーナさんだ。何人か見知った農家さんがいる。
「大漁だったよ」
拾い集めた真核の入った袋を掲げて見せる。
「え。そんなに」
周りの人も驚いている。
「後でオニゾウさんとタクナを役場に向かわせます。何時頃に戻りますか?」
監査庁のお偉いさんだったシルフィーナさんだ。後は上手くやってくれるだろう。タクナは、少し嫌そうな顔してるけど。そんな顔すんな。盾のメンテしといてやるから。
報告をタクナに押し付け今は卵屋にいる。シロを預けているのだ。そして勤務時間なのにシロを回収にきたのには訳がある。
「シロちゃん可愛いっ!これ食べる?」
「私の白柄草の方が美味しいわよー。こっちにしなさいな」
リディまでクチバシでシロに餌を運んでいる。雛鳥じゃないぞ。
この惨状になっていると知っていたからだ。アルマはわかる。託児所代わりに使っているのだ。少しくらい役得がないといかん。
しかしクロさんは何をしている?店の入口に、魔獣商にいます、とか貼り紙まで作って。アルマと一緒にシロを猫可愛がりだ。一日中入り浸っているらしい。
「あのーそれ俺のトカゲなんですけど……」
クロさんが怖くて遠慮がちに主張してみた。
「うるさいわねー。一日中一緒にいるんだから、少しくらい私にも世話させなさいよ。コレでも食べてなさい」
そう言ってどんぶりに入った白柄草の炊き込みを渡される。シルフィーナさんの炊き込みとは違い、白茎の辛味を加えられている。実に美味いが、なんか負けた気がする。もそもそと炊き込みを食べた。
「おいーすっ。もう帰って良いってさ」
タクナがフィルを連れて入ってきた。
「お疲れ、とりあえず保留なの?」
「ん〜。監査庁に報告するって。けどおそらく異常事態ではないってのが、オニゾウさんとシルフィーナさんの見解みたい」
役場に報告をすませたタクナが帰ってきた。白柄草どんぶりを渡してやり、代わりにシロを回収する。テーブルの上で餌を与えられていたシロを、無造作に掴みフィルの頭に乗せてやる。
「あぁ、シロちゃん。私には撫でさせてもくれないのになぜ〜」
そう。シロに触れるのは俺だけなのだ。いや、正確にはリディとフィルもか。いずれにせよ他の人は触らせてくれない。触ろうとするとスルッとかわしてしまう。1人が気を引いてる隙に、などあれこれやってるらしいが全敗中。
「シロは俺のペットだから。孵化させたし」
まぁ卵はシマからもらったんだけどね。というか、卵の発見者であるシマは何処に行ってるやら、帰って来やしない。
大型案件を抱えている、少しの間帰れない。そう言って出ていった。別に良いのだが、何やらゼネコンの現場責任者めいてきた。日本人か?アイツ。
フィルは頭の上に乗ったシロに夢中だ。タクナに引き摺られ店を出た。フィルもそうだが、みんなシロのこと好きすぎだろ。
「シロは可愛いねー、たくさん餌もらえて良かったねー」
リビングのローテーブルの上にシロを乗せ、団欒の最中である。そこいら辺で摘んだ草とか、携帯糧食などを与えている。こいつ本当に何でも食べるし、限界などないように見える。食べた直後はお腹が膨らむが、ものの数分で元に戻っている。
そして、餌だよーと何か与えると、両手で受け取り一生懸命食べている。
「シロにはお兄さんがいるんだよ。シマって言うんだ」
返事はないがこっちを見ているので、ちゃんと聞いてるらしい。
「シマはゼネコン勤務でね。今は大きな物件を担当しているみたいで、お家に帰れないみたいなんだ」
少々、盛っている気はするが、まぁ似たようなものなので、別に良いだろう。
「ただいまー!」
帰ってきた!
テーブルの上で大きな主眼と副眼。4つの瞳をこちらに向け真剣だ。
「いいか、シマ。シロはお前同様、俺の弟子にする」
当然だが、そんなつもりはない。そもそもお前の弟子入りも怪しい話ではある。
「つまり、お前の妹弟子にあたる」
「いもうとでし…」
「そうだ。お前は兄弟子としてシロの面倒を見る必要がある」
留守中シロはシマに面倒を見させよう。
「だが、まだシロは幼い。産まれたての赤ん坊だ。わかるな?」
「あかごよわよわ」
「そうだ。良くわかっている、流石はシマだ」
「さいきょう!」
よし、少し黙ろうか。話が進まない。
「そうだな、シマは最強だ。だから、よわよわのシロを兄弟子はどうする?」
「まもる!」
「そうだ!シマはよわよわのシロがつよつよになるまで優しく見守り、時には厳しく叱る事も必要だ」
「びしっ」
それは効果音だから口で言うものじゃないぞ。
「あと妹がお腹を空かせていたら、シマはどうする?」
「ごはん!」
「その通り!シロがひもじい思いをしないように心配するのも兄の仕事だ」
基本アルマに任せるつもりだが、万が一の保険は掛けておくに越した事はない。兄、大変だな。
「と言うわけなので、これからシロをよろしくな」
そう言って手の中で撫で回していたシロを、テーブルの上に乗せた。
「ほら、シロお兄ちゃんだぞ。ちゃんと挨拶しなさい」
「よわよわ」
「しつける」
シマはシロに近づき、歩脚で頭を撫でる。気持ちはわかるが届いてないぞ。後、よわよわ言うな赤ん坊だぞ。
「あっ」
シロがシマを食べやがった!
「あーーーーー!」
「シロ!ダメだ、ぺっして!ぺっ!そんなばっちいもの食べたらダメでしょ」
「ひどい」
シロを掴んで口を開けさせようとするが、シロはなんか意地になってる。中々口を開けない。
「のまれるー」
「シロ飲むな!それは食べ物じゃないの!」
「お前らなにしてんの?」
「タクナ!シロがシマを食べた。いまシマが飲まれるとこだ」
フィルと遊んでいたタクナがリビングに戻ってきた。
「そりゃ大変だなぁ。シロ、お腹壊すからそんなもの飲んだらダメだぞ」
「ひどい!」
「もう少し必死になれよ……シマ可哀想だろ」
「いや、シマが飲まれるなんていつもの事じゃん」
冷静だなお前。そりゃそうか。聞いた話によると、シマは大体三日に一回のペースで何かに飲まれているらしい。庭で。
「いつものレーザーで出てくれば良いじゃん」
「アホ、そんな事したらシロが死ぬだろ!」
「あぁそっか。そりゃダメだな」
「そんなことしない」
飲まれかけてるシマが言う。そうだ、流石はお兄ちゃんだ。
「おしりからでる」
シロはシマを吐き出した。
二匹並べてお説教する。
「シロはシマを食べないこと!シマはシロに食べられないこと!二人ともわかったか!」
「わかった」
「…….」
プイッ!
あ、コイツそっぽ向いたぞ!反抗的だな。
女の子ってムツカシイ。今度、アルマに相談してみよう。
シマとシロは何か話し合ってる風だった。時々、シマの声が聞こえてくる。
「いうこときく!」
「わがままだめ」
などと言っている。良い兄貴になれそうで実に頼もしい。最強は伊達じゃない。シロは嫌そうな顔をしていたが、とりあえずシマを食べたりはしなかった。
うんうん。何もかもこれからだ。俺に何かあった時は、兄妹で助けあっていけよ。いつの間にか雨音が響いていた。
「でかける」
妹の教育が終わったかと思えば、シマが突然外出すると言い出す。帰ってきたばかりなのに。
聞くと、現場を若いのに任せてきたが、天候もあって不安になってきたとの事だ。確認しに行くだけなので、朝には戻ると言う。
そうか、それなら仕方ない。責任者が居ないと、判断に迷う若手も多いからな。頷いてシマを雨の庭に放り投げておいた。
いや、本当におまえ何してるの?若いのってなんだろう。社長、知らないうちに社員増えてます。
寝室の柔らかい灯りの中、シロのケースからカサカサと音がしている。
見ると、シロが干し草で何か作っている。手を使い、器用に干し草を編んでいる。小鳥が巣を作っているようだ。異世界はトカゲが巣を作るんだな、そんな風に思いながらシロを眺めていた。
「シロ、もう寝るよ。灯り消していい?」
そう訊ねると、大きな眼でこちらを向いて瞬きをひとつ。
そう言えばと、思い出して外出着のポケットを探る。出掛けに渡されたシロの卵の殻。また飼育ケースに入れて、灯りを消した。
「おやすみ、シロ。また明日な」
雨音が静かに降っていた。




