Interlude 21.5
「クソがっ!」
アルダは監査庁からの通告書を叩きつけた。
広々とした空間。中央には意匠豊かなローテーブル。それを囲う柔らかなソファー。壁には、これもまた素晴らしい書棚が配置されている。
大企業の部長に相応しい部屋である。
しかし、その部屋の主であるアルダは、重厚な椅子に片膝を立てて座って悪態をついている。台無しである。
通告書
━━━━━━━━━━━━━━━━
監査庁アルカディア支局
公文書第023-114号
境界トータルサービス株式会社
アルカディア支社長 殿
先般の報告書に基づき、貴社探査部門における
複数の規定違反について厳重に申し入れる。
詳細は別紙を参照されたい。
上記違反への対応措置として、監査官を派遣する。
派遣期間中は監査官の業務遂行に全面的に協力すること。
━━━━━━━━━━━━━━━━
通告書は、いつものやらかしを咎める監査庁のお叱言が冒頭に。
そこはまぁ良い、今さらだ。脳筋馬鹿どものKTS集団をまとめるアルダにとって痛くもない。問題は派遣される監査官の経歴欄だ。
派遣監査官 経歴
━━━━━━━━━━━━━━━━
氏名 フレイア・カナリス
種族 FFタイプ ハイヒューマン
年齢 (記載省略)
入庁年度 023年度
出身 カナルディア
現住所 アルカディア支局管轄内
家族構成 父(都市外在住)母(カナルディア在住)
学歴
カナルディア神学校 首席卒業
卒業論文:偏向干渉能力の実用的運用について
(最優秀論文賞受賞)
入庁後経歴
023年 監査庁入庁
新人研修修了 主席
実地研修へ移行(今回)
戦闘適性
細剣 → 優秀(実戦経験なし)
魔法 → 優秀(実戦経験なし)
総評 → 学術的習熟度は極めて高い
実地における判断力は未知数
特記事項
偏向干渉能力保持者
監査庁における斎女候補筆頭
生物への攻撃に心理的抵抗を持つ傾向あり
本人も自覚しており監査官の道を選択している
実地においては過度な危険を避ける配慮を求める
職務態度
極めて真面目、報告書の精度は新人離れしている
感情の起伏が少なく冷静な判断ができる
一方で実地経験の不足は否めない
━━━━━━━━━━━━━━━━
これだ。よりによって可愛い姪っ子が派遣されるという。ウチじゃなくてソラに派遣しろ!そう言いたい。
しかし定期監査でなく通告書付きの監査官派遣だ。口出しできるわけもない。
何しろ、通告書の端には支局長の手書きの文字がある。
[アルダくん、わかっているね?万が一の事があったら、ウチは今後KTSの案件に必ず監査官を派遣する事も考えてる]
「クソがっ!」
もう一度通告書を机に叩きつける。
そもそも通告書は支社長宛だ。なのに何故封も切られず自分のデスクにあるんだ。うっかり開封してしまった。
デスクの端にある内線ボタンに触れる。
「ガレルを呼べ、あとエイナルもだ。任務?知らん。後回しにさせろ。とにかく俺のとこに来させろ」
ガレルだ。困った時のガレルとエイナル。奴らに任せればなんとかなる。
アルダは、愛する姪っ子から「叔父さんのところ酷いですね……」など、白い視線を向けられるのは耐えられない。
KTSアルカディア支社休憩室。80名程度がゆったりと過ごせる。福利厚生が手厚いKTS自慢の空間である。
その素敵空間に不穏な空気が漂っていた。
「ガレルさん、エイナルさん、アルダ部長がお呼びです」
「よし、俺は既に任務へ出たと伝えろ。いや、待てよ、大怪我で病院へ運ばれたと言え」
「元気じゃないですか……それにガレルさん怪我とかするんですか?」
この子、今年の新入社員だったかな。そうか……。少し教えておかないとダメかもしれん。
「いいかい、お嬢さん良くお聞きなさい」
名札を確認。サルディとある。知らん名前だ。今年入社の新入社員確定。やはり、ここでしっかりと教育しておかないとだ。
「アルダ部長の呼出しに、探査員を差し出したりするのはウチのやり方じゃない。全力で現場を守るのが事務方の〜」
「ほら、行くよ!何言い訳したって、呼び出されたからには行かない訳にいかないんだから」
エイナルに尻尾を掴まれる。
「まてエイナル!絶対にろくでもない話だ」
「行ってらっしゃい〜」
なんだ、この子。ついこないだまで学生だったはず、なのに笑顔で見送るとは。俺は14等級のベテランだぞ!売り払っておいて、全く動じてない。誰の後輩だ、既に教育済みとは恐れ入る。
部長の部屋だ。
結局エイナルに引きずられ来てしまった。
「と言う訳だ。アホで馬鹿なうちのメンバーは排除して、まともそうな奴らだけでパーティを作れ」
部長はデカい机の上に胡座をかいてる。鋭い眼光でこちらを睨むが、見た目はとても可愛らしい人間の女の子なので迫力に欠ける。
中身はただのおっさん。いやむしろ骨太な親父だ。
「部長、残念ですがうちにまともな探査員はいません!」
遠慮なく答えてやる。
「わかっている。だからまともそうな奴と言った」
一歩も引く気はないようだ。
「へぇー。部長の姪っ子さんですか。ドン引きするほどエリートじゃないですか。こんな子、カナルディアで監査庁のトップ目指すレースにエントリーするのが普通では?なんだってアルカディアに?」
監査官の経歴書を捲りながら眺めるエイナル。お前も少し抵抗しろよ。いつも部長に振り回されて悔しくないのか。
「それは知らん。本人の希望だそうだ。俺も訊いたが、答えてくれなかった」
「いや、いつもみたいに監査庁に言いがかりを付けて変更してもらえば」
言いかけたところで、エイナルは書類の表紙を見た。通告書と書いてあるのに気がついたらしい。顔を歪めている。
「わかったな。俺は可愛い姪っ子に、叔父さんって馬鹿の元締めだったんですね、なんて言われたくない」
元締めだろ。これからは、お馬鹿集団の総大将と呼んでやるか。
「にしても、まともな奴なんてベテランにはいませんよ。中堅より下くらいなら、まだまともな奴もいますが。怪我させたらアウトなんでしょ?」
そうだ、エイナル頑張れ!今からでもソラに押し付けるんだ。
「あぁ、怪我とかは別に気にすんな。最悪死んでもかまわん。その程度の覚悟がない奴に監査官なんか務まらん。お前らの安全と任務を優先しろ」
「でも、ここに支局長の手書きがありますよ。怪我なんかさせたらめっちゃヤバそうです」
「それこそ、俺がなんとかするから心配するな」
大した覚悟だよ、この美少女オヤジが……。
まぁ部長がそこまで覚悟しているなら、応えるのが部下の仕事か。
「わかりました。人選を始めます。案件もそれに合わせるので良いですね」
「ああ、任せた。頼んだぞ」
「あ、でも、出来れば生かして返して欲しいかな。可愛い姪っ子なの。個人的なお願い」
可愛くお願いしないで欲しい。普通に気持ち悪いから。




