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第21話 甲種Ⅰ類一種:アルドヴァーン

「携帯糧食何本持ってきてる」


「40本ちょい。オニゾウさんが全部食べて良いってさ。消費期限切れみたい」


「豪勢な話だな。飯の心配はいらないな」


北の森に続く街道、木々は色づき気の早いものは枝だけになっている。


「もっかいインカムとアイモニターのチェックしとくか。使えないとかなり予定変わるからな」


「了解。記録始めてくれ」


タクナが機器の調整をする。D案件のためだけに購入した探査員装備らしい。


ものぐさな社長が、D案件が辛いとオニゾウさんに泣きついた。相手するのが面倒になったオニゾウさんは、シルフィーナさんに相談。見事に白峰役場の予算が下りて、購入したらしい。

三世代前のモノだが、俺らの給料の三年分だそうだ。


絶対に壊すなよ。そう言って貴重品棚から専用ケースを取り出してくれた。


専用グラスを片目へ装着、瞳孔に映る視覚情報を読み取り記録。データを〜


理屈はわからん。


とにかく見たものをそのまま記録する。同時に対となるタクナの専用グラスにも映像が表示される。それでいて視覚は確保される。インカムも通信だけでなく、映像と同期し〜


まったくわからん。


しかし、脳筋な前衛探査員の心を守る革命的装備なのは説明を聞いて理解した。


境界領域調査、通称D案件は探査中の魔獣との戦闘を禁じている。ただ見て記録して帰ってくる。


「大昔は記録のために、監査官が同行したらしいぜ。それが原因の事故も多かったらしい」


「マジかー。監査官って怖そうだよな」


「怖くはねぇよ。ただカナン様の使い的存在だからな、雑に扱っていい人たちではないな」


カナン様ね〜。なんだってこんな仕事させるのかわからん。


とは言え本来、探査員の仕事とはこのD案件を行う事で、魔獣討伐は派生したものに過ぎないらしい。


「マサト、そろそろ探査範囲に入るぞ。区画管理忘れるなよ」


「了解。魔獣の気配に注意だ、距離感間違うなよ」


「おう」


初めてのお使い開始だ。転んだら怒られるぞ。



記録、観察はタクナが行う。俺は魔獣との距離管理だ。戦闘してはいけない、つまり遭遇してはならない。気配を最大限に集中して拾い、タクナを誘導している。


いまタクナは灰牙犬の群れを記録中。


「動くな。滑翼蜥だ」


小声だが鋭く伝える。滑空する小型のトカゲ、丙種だがⅠ類だ。木々の枝から枝へ移動している。見つかったら即襲い掛かってくるはずだ。


息を潜め通り過ぎるのを待つ。


「クリア」


どうやら逃げ回る必要はなくなった。飛び回る滑翼蜥相手に森を走り回るなんて想像するだけで嫌になる。


想像よりずっと大変な案件だ。タクナの視線が灰牙犬に戻ったのを確認して、大きく息を吐いた。


その後も針に糸を通すような調査が続いた。夕刻になり、一区画を潰した辺りで調査区画外に退避した。


「マサト!キツい!D案件、思ってた以上にキツいぞ」


携帯糧食を齧りながら、タクナが泣き言を言う。珍しいな仕事中にタクナが弱音を吐くとは。


「わかってる。俺もキツい。こんな仕事を装備なしでどうやってたんだあの二人」


「そら紙とペンで記録しながらやってたんだろ。正気かと疑うよな」


「前にシルフィーナさんから聞いたんだけど、社長が若い頃、D案件中に飛来した裂羽鳥を反射的に斬り落としたんだって」


「マジかよ……どうなったの?」


「監査庁に呼び出されて、偉い人にめっちゃ怒られたらしいよ」


タクナの顔が歪む。俺もきっと似たような顔をしているだろう。


「普段、社長を呼び出して叱りまくってたシルフィーナさんが、可哀想で見てられなかったってさ」


「ヘコむわー。なんでそんな話すんだよ〜」


「いや、滑翼蜥が真上通過したじゃん?あの時、思い出したから情報共有しとこうかなって」


「いらねー。そもそもやりそうなのは警戒してるお前の方じゃん。俺は観察してるから間違わないだろ」


焚き火が爆ぜる音に合わせ、タクナが抗議する。いや、だって俺だけ緊張感に包まれまくってるの可哀想だろ。


「まぁ俺らは大丈夫だろ。都市の探査員じゃねぇし」


「んなわけねぇだろ。ちゃんと監査庁から監査官が何人もくるよ。社長含め全員正座だよ」


「マジか、言うなよー。知りたくなかった。D案件半端ねぇな」


焚べた生木が大きな音を立て裂ける。明日も緊張感に包まれそうだ。


「止まれ。3時方向に跳刃兎だ」


茂みに擬態している擬葉獣の群れの規模を記録するタクナへ声をかける。跳刃兎に見つかったら逃げなければならない。気づくなよ。


二日目もなんとか、崩れず調査を行えている。途中、刃鎌蟷螂の鎌をかわし損なって頬に傷を負ったが、ゆっくり距離を取り戦闘回避できた。


調査を続けるうちに、感覚が研ぎ澄まされていくのがわかる。微かな違和感、木々の枝や草が空気を揺らす。それが森の魔獣や生き物の情報を伝えてくれる。


そのはずだった。


「ッ!」


声が上げられない、いきなり心臓を鷲掴みにされた。身体が動かない。目の前の木々の向こうだ。


操られるように視線だけで捉えた。


白銀に輝く何かが在る。


喉が空気を求め乾いた音を鳴らす。


ゆっくりとソレが動く。樹梢から飛び込む姿は、逃れることのない死の形をしていた。


白銀の竜がそこに居た。


竜の翼がゆっくり広がる。


羽ばたくことなく空に浮かび、視界から消えて

いった。



音の消えた森、五感をひとつずつ確かめていく。

空気を求める激しい呼吸音が聴こえてきた。


邂逅はほんの僅かな時間。しかし、生を取り戻すのにどれくらいかかっただろう。


黙って死ねか……

冗談でないのはもちろん、比喩でもなかったんだな。


「マサト、どうする。調査継続するか?」


大したものだ。第一声が、仕事の相談とはな。


「いや一度戻ろう。報告した後、判断を仰ぐ。必要なら戻って調査再開する」


俺も意地を張って応えておいた。



「ただいまー」


会社に戻って報告したら家に帰された。ぼんやり庭を眺めていたら、シマが帰ってきた。


つい、じっくり見てしまう。

大きな主眼とその側面の副眼。四つの目と合う。


「なに」


何も言わず見つめられて不思議だったのか。


「いや、お帰り。今日はどうだったんだ」


「おおもの」


自分にシマのチートがあったとして、果たして白銀に輝いたあの竜に立ち向かえたかな。


無理だろうなぁ。


アルマの言葉を思い出す。英雄じゃない、か。

なら英雄譚をゆっくり聴かせてもらうとするか。


「よし、シマ。聴かせてくれよ。お前がその大物とどうやって戦ったのかをさ」


あれが甲種Ⅰ類 一種か。


最強の存在は死を目視させるものだった。


強い敵対性を見せるⅠ類、なのに何故去っていったのか。絶対にこちらに気が付いていた。


神カナンの許しなく触れることは禁忌とされる一種、アレと戦うなんて誰が考えるのだろう。


初めてのD案件は、白銀の竜との邂逅で終わった。


「おはようございます」


翌朝、出勤すると社長が新刊の『領域境界探査』を読んでいた。


「おーおはよー。昨日、大変だったな。お疲れさん。オニゾウは役場行ってるわ。お前らは今日はゆっくりしとけ」


「なんか割とのんびりですね?あの竜ヤバくないんですか」


業界誌を机に放って、こちらを見る。


「お前らどう思った?」


「どうもこうもないですよ」


「だろ。俺らも同じよ。どうにもならん。中央のシェルターに籠ったところで、奴の手間が省けるだけよ」


なるほどね。確かにそりゃそうか。


「あぁ、たぶん監査官がくる。奴らは色々知りたがるだろうから、相手してやってくれ」


「わかりましたー」


そう言って二人で二階の倉庫に向かう。朝、今日は仕事ないだろうから、互いに違う武器を使って訓練しよう誘われたのだ。


「おまえらなにしとんの?」


社長に呼び止められた。


「いや、暇なんで訓練を」


凄く嫌そうな顔する社長。


「ゆっくりしとけって言ったよな。いいから遊びに行ってこい。アルマでも連れてフィルと遊んでこい。なんかあったら呼び戻す」


タクナと顔を見合わせる。脳筋野郎め、そう思っているのが伝わってくる。お前が誘ったんだろうが。


まぁ、でも、それも良いか。アルマがいればフィルを取り合って喧嘩する事もない。なんせフィルはアルマとリディが大好きだ。実に腹立たしい。


アルマを放牧場に連行してフィルと遊んでいた。もっさり動く荷運び蜥蜴も、子供の頃はよく走る。追いかけ、捕まえ、放り投げる。タクナがキャッチしてまた離してやる。フィルはこれが大好きなのである。


アルマには、これが不評。女の子なんだから!と言うのもそうだが、奴はフィルをキャッチできないのだ。


「おーいお前らー、一旦戻ってきてくれ」


社長が呼びに来た。


監査官が到着したらしい。竜について所見が欲しいとのことだった。数時間話して、納得したらしく、来たときとは異なる柔らかい笑顔を見せた。


「いや助かりました。ご協力感謝します」


そう言って帰り間際、思い出したように付け加える。


「あぁ、そうだ。遭遇した竜はアルドヴァーンです。神話の時代から生きる古の竜です。お知らせしておきますね」



監査官達の後ろ姿を見送る。


「アルドヴァーンだって、知っとる?」


陽が落ちるのが早くなった。帰り道は真っ暗になるだろう。役人も大変なんだなと思った。


「しらね。けど、なんか納得したよ」


「おまえ凄かったな。開口一番に、仕事どうするって言った時は、正気かコイツって思ったよ」


「馬鹿言うな。口にしなかったら、おまえに運ばれて白峰に帰ってたわ。お前こそ、一旦戻って報告とか頭おかしいって思ったぜ」


どうやらお互い似たようなものだったみたい。

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