第20話 丙種Ⅲ類一種:リディアルナ
昼下がり。バルコニーでゆったりとお茶を飲んでいる。タクナとアルマはリビングで、光羽鳥の卵を囲み心待ちにしている。
クロさんはどっか行った。
翠風探査の社長さんの話をしたら、邪悪な笑みを浮かべ、わたしちょっと出掛けてくるわね。そう言って出て行った。多分だけど、タクナが悪いと思う。
シマは庭を探査中。なんでも巨大なダンジョンを発見したらしく攻略中らしい。誘われたが断っておいた。
「良い日だな〜。平和が一番だね」
テーブルの上に目をやる。光羽鳥の解説ページを開いた卵図鑑がある。
買い物ついでに、書店に立ち寄った際にアルマからプレゼントされたものだ。タクナと二人で、買って!買って!と暴れるさまは、後から考えると少しだけどうかと思わなくもないが結果オーライだ。
カップを置き、広い庭に目をやる。
「おい、マサト。卵よこせよ」
卵を放って渡してやる。
「なにすんの?」
「いや、いま聞いたんだけど。卵って孵化前に魔素を放出するじゃん。だから俺らの卵にそれを吸収させてだな」
なるほど。孵化が早まるわけか。
「あとこれも持ってくぞ」
図鑑を手に取り、返事も待たずリビングへ戻った。騒がしい奴だ。
シマはいったいどの辺に潜っているのやら。
玄関先が賑やか。クロさん帰ってきたのかな。
「商会長さん、お連れしたわよー」
「お邪魔します」
戻るとクロさんが山ほど荷物を抱え、タクナへ渡している所だった。アルマは商会長さんから菓子折りのような物を受け取り頭を下げあっている。
「今夜はご馳走よー。商会長さんの奢りでたくさん買い物してきたから」
クロさんはたいそうご機嫌である。出掛けの機嫌の悪さは、いったい何処に置いてきたのか。
「いや、済まないね。急にお邪魔しちゃって。アルマちゃんの卵が孵化するかと思うと、仕事なんかしてられなくて」
頭を掻いて恥ずかしそうなベンさん。
「街で突然声掛けられたのよ。あの、クローディアさんですか?って。ナンパかと思ったわ」
婆さんが何か言ってら。思った瞬間、何かをかわす。パシュっ!という音と共に壁に光が当たる。
発生源を見る。にっこりと笑って指先を向けていた。
危ねぇ!マジ危ない。翠風探査の社長さんの言葉を思い出す。そりゃ引き籠るわけだ。
あとタクナはなにニヤニヤしてんだ。本来お前の役目だろ。
「すぐに支度するからね、商会長さんはゆっくりなさってくださいね。アルマちゃんは手伝って、マサトくんは商会長にお茶、良いわね」
もちろんです。お茶を淹れるのは得意中の得意。大好きですから。
3つの卵を囲み5人で談笑中。
食事はこれまで以上の物だった。パトロンを手にしたクロさんに遠慮というものはなかったらしく、アルマが恐縮しまくりだった。
相当に良い食材だったようで、俺らも目を丸くしながら味わった。ベンさんも同様に目を丸くしていたのは、流石クロさんと言うところか。
「まだ少しかかるかな、魔素吸収は止まっているけど」
「そうですね、吸収から放出へ転じる時間に関して、二種と三種の相関図があった気がします。ですが、一種は少し異なるのでしょうか?」
「そうだね、僕もそこは気になっているよ。何せ一種はデータが極めて少ない。今回のサンプルは」
ベンさんと盛り上がっていた。タクナとクロさんが嫌そうな顔してる。けど、アルマまで同じ表情なのはどうなんだ。お前の卵だろ!あと会話に参加しろよ、プロなんだから。
「あっ……」
アルマが声を上げる。
「放出に転じたぞ!」
興奮し腰を浮かせるベンさん。つられて俺も立ち上がる。
小さな卵から光が放出されている。目視できるほどの濃密な魔素だ。三種を討伐した際に見る光景がリビングで。目の前で起こっている。
異なるのは、魔素は立ち消える事なく、タクナと俺の卵に吸収されている。
「凄い量だ……」
ベンさんも立ち上がり、卵を見ている。
「べ、ベンさん、で、データを……」
震える手で魔素測定器をセットする。よくわかってないけど。
「た、頼む……」
声を震わせベンさんが言う。
「み、見たこともない数値です」
それはそう。卵の孵化に立ち会うのは初めてだ。
「ま、マサト君。い、いったいどれくらいの値が」
「ま、待ってください。測定器が……」
慌てて触るが、どこをいじればレンジを変えられるのかさっぱりわからん。
「ねぇー。気持ちはわかるけど、盛り上がりすぎ」
アルマが測定器を俺から奪い調整する。なんて冷静なんだ。研究者とはこうあるべき。そんなアルマの姿にベンさんと二人で目を剥く。
「ただいまー」
シマの能天気な声がリビングに響いた。
魔素の放出はそれから一刻にも及んだ。ベンさんの助手役はアルマに取られてしまった。アルマめ、少しばかり知識があるからってお高くとまりやがって。
「しかし、綺麗なものだな」
「ああ、確かにこれは見ものだよな」
輝く黄色の魔素が立ち上がり、二つの卵に吸い込まれていく光景は美しい。
「お前の方、食べすぎじゃね?」
タクナが俺の卵を見つめ言う。
「確かに。小さいくせによく吸収するな」
滅多にお目にかかれない丙種Ⅲ類一種:光羽鳥の孵化シーン。雑談の中、それは終わりを告げた。
瞬きすらできない刹那、光を解放し卵は割れた。
卵は姿を消し、あとには美しい鳥が丸くなっていた。
光羽鳥だ。
ゆっくり瞼を開き、アルマを見つめる。アルマが手を差し伸べる。小さく羽ばたき手の中へ。
「初めまして、リディアルナ。わたしはアルマ」
「よろしくね」
そう言って優しく頭を撫でた。
ベンさんは感極まって大泣きだ。シマも何か感じたのか言葉少なだ。
「おたから……」
そう呟きアルマ達を見つめている。
俺ら二人も似たようなものだ。それぞれの卵を見つめ言葉が出ない。
魔獣の卵の孵化、それが何を意味するのか。
クロさんだけが、いつもどおりだった。アルマの頭を撫でている。
「可愛い子ね。それに名前もとても素敵だわ」
さっきまで冷静な助手役を務めていたアルマの瞳も光っていた。
いつもの夜のバルコニー。
だが、今日は3人だ。呆れ顔のクロさんに、あなた達少し頭を冷やしてきたら?そう言われ3人並んで月を見ている。
「ベンさん、一種ってどうでした」
「凄いのひと言だね」
言葉少なく答えてくれた。
「見た目はそこまで違わないみたいですね」
タクナが卵図鑑に目を落としながら言う。
だが、圧倒的な存在感。ただの魔獣とは異なる。
振り返りアルマ達を見る。
飛び回るリディアルナにキャッキャと騒ぐ二人。
あれが一種……
触れるにはカナンの許しが必要になるか。
そう思った夜だった、はず。
今は小鳥に突かれている。感動の一夜を過ごした翌朝。昼まで寝てやろうと思っていた。
ピィピィと飛び回るリディアルナ。うるさくてかなわん。
「んだよっ!お前のせいで睡眠不足なんだよ。大人しくしとけ」
たまらず起きて声を上げると、ヘッドボードに留まり首を傾げている。
静かになったのでまた布団に。そうすると飛び回りピィピィと騒ぐ。
くそっ、なんて厄介な。話が通じない分、シマよりたちが悪いかもしれん。
諦めて起きた。リビングに、同じくやられたのか、タクナもげんなりしていた。
逆にクロさんとアルマは嬉しそう。起きてきた起きてきたと笑っている。
「リディありがとね〜」
またやらかしてる。略して呼んだら、それが名前だと思ってしまうんだ。エルで学習してないのかあいつは。
それから三日間、翠風で過ごした。
翠風探査さんの仕事を手伝ったり。
のんびり、リディと遊んだ。シマのダンジョン攻略にアドバイスもした。適当に話を合わせただけだけど。いや、わからんよ。モグラの巣なんて。
今はお世話になった挨拶を終え、翠風探査の前だ。
後ろには、お前ら酷いぞ!よくもクロにチクりやがったな!と終始抗議している社長の姿がある。本当にすいません。ウチのクロが。たぶんリディアルナのせいだと思います。
「もう二度とくんな!この悪ガキどもめ!」
そう言う社長。
「すいませんでした、クロさんにもよく伝えておきます」
頭を深く下げ謝ると。
「いつでも歓迎するよ。是非、また遊びにきなさい。クローディアにもよろしく伝えておいてくれ」
ほんと、あの人何やったのかな。
サリアさんが笑いながらそれを見ていた。
「社長のことはさておき、またいらっしゃいな。社員一同歓迎するわよ」
社長を抑えに出てきた探査員の人たちは、笑いながら手を上げている。いい人達ばかりだな。短い間だったけど良い思い出ばかりだ。
「また会いましょうね」
どこか凄味を感じる笑顔でサリアさんが言う。俺たち二人掛かりでも敵わない力。胸の徽章にも、そう告げられた気がした。
翠風探査の人たちに手を挙げ、二人と三頭と一匹が待つ馬車へと向かった。
翠風からの帰路は穏やかで、白峰に戻ると季節が少し進んでいた。
翠風から持って帰った卵は孵化し、フィルと名付けられた。白峰に戻ればいつもの仕事が待っていた。農地開拓のお手伝い案件、白峰役場からの正式な依頼だ。
「お疲れさまー。休憩したらどうですか」
「お茶とご飯持ってきたよ〜」
シルフィーナさんとアルマだ。小うるさいリディアルナも一緒だ。二人して日差しから逃げるように木立ちの影に隠れている。
「マサト君、タクナ君。休憩しよう。残りはもうちょっとだ」
「うぃーす」
「よう、リディ!今日も小うるさいなお前は」
タクナがリディに話しかける。しかし、ノーリアクションだ。
「おい……リディ。無視すんな」
「お前の態度がアレだからシカトされてんだよ」
タクナを笑っておく。
「お前はどうなんだよ」
ふっ、お前とは違うところを見せてやるよ。
「リディアルナ、こっち来てください」
リディは飛んできて頭に留まる。
「リディ、私のところにも来て」
シルフィーナさんが呼ぶと、そちらへ飛んでいく。
こいつ人見て態度変えてるだろ。なんで俺らだけ塩対応なのよ。
「ダメじゃん」
呆れた表情のタクナ。お前はシカトされてただろ。俺の場合、一応呼んだら来る。というかリディ頭良いな。認めると悲しくなるけど。
「フィルは?いつも一緒なのにどこいるの?」
「あー。今日は危ないから放牧場に置いてきた。ティオが面倒見てくれているはず」
「そうなんだ。毎日見ないと不安だから、あとで見に行くね」
「頼むわー。俺も終わり次第迎えにいく」
「さてと、じゃあやるか!あと少しだ」
陽が傾くと昼間の暑さが嘘のように寒くなる。
放牧場では荷運び蜥蜴たちがゆったりと草を食む。各所で働く彼らだが、夕刻になればみんなここで一緒になる。
フィルを探し目をやるが、アルマを先に見つけた。傍に大型犬ほどの大きさの荷運び蜥蜴。アルマも気がついたらしく、こちらを指し示す。
振り返ったフィルは、こちらへ駆け出した。
しかし、すぐに停まりアルマを振り返る。アルマが笑いながら、良いから行けと。
結局、最後はアルマが走りだした。本当にフィルは賢くて可愛い奴だな。
「シマちゃん、最近見ないけど何してるの?」
まとわりつくフィルを適当にあやしながら帰宅中。
「冒険してる」
「なにそれ」
翠風で過ごした家の庭。ダンジョン攻略に夢中になっていたシマ。白峰の各家にあるモグラやネズミの穴を、見つけては攻略している。最近は畑にまで手を伸ばしている。
街を歩いていると突然声を掛けられる事がある。
「マサト君、助かったよ。うちの畑のモグラ退治。白峰探査さんも、マサト君たちが入ってから、仕事の幅が増えてるよね。ありがたいよ」
「はい……」
いや、シマは別に社員ではない。なんであいつ、うちの探査員扱いされてんだよ。そりゃ依頼があればモグラだって討伐するけど。
「それにしてもシマの奴、あの身体でネズミ退治とか普通に凄いよな」
確かにそれはそう思う。人間サイズなら、それこそ竜を撃破しているようなものだ。
「単身ダンジョンへ挑み、撃破しまくり。そして無報酬で次へと向かう。礼なら白峰探査へ、とか言ってるらしいよ」
「シマちゃん凄いね。もう英雄じゃない」
「本人もまんざらじゃないみたいだぞ」
「一応、現在地がわからないと困るから、各所で挨拶はするように言ってある」
だから訪ね歩くと、どこのお宅のダンジョン攻略しているかはわかる。
「それで事務所に野菜や果物が山のように積まれていってるのよ」
「それもう社員でしょ、しかも有能」
「そう。社長達も困惑してる。給料払ってないって頭抱えてた」
「気にするのそこなんだ……」
別れ際にアルマから恒例のひとこと。
「卵みせて」
ポケットから卵を出して渡してやる。
「ふーん。変わらないね。フィルはあっという間に孵化したのにね。リディに加え、フィルの魔素も吸収してるのになんでだろ……」
それをお前が言うのか?俺が言って、お前が答える。役目でしょーが。
帰宅して風呂に入る。シマはどっかを攻略中で帰ってこない。
「おはよーございまーす」
「おう、おはようさん」
吐く息が白くなってきた。事務所ではオニゾウさんが暖炉に薪を焚べている。
「今日も灰牙犬行っときますか?西の街道をもう少し先まで行こうと思ってますけど」
「いや、それは社長がもう行った」
え?社長が!?あの猫戦えるのかよ。
俺らの顔色で察したらしい。
「心配すんなよ。爺いなのは否めないが、俺も社長も灰牙犬程度なら遅れを取ったりしないから」
「あ、いや……。はい。すいません」
素直に謝った。
オニゾウさんは笑いながら案件を差し出した。
「お前らに行って欲しいのは、これよ」
案件番号 WHP-D-023-0001
発令日 023年10月21日
発注 監査庁アルカディア支局
案件種別 生息状況調査
対象区域 白峰北部森林地帯一帯
調査内容 生息種の確認、個体数の推定、領域変化の有無
備考 D案件につき報告書の精度を重視すること
D案件だ。神カナンの神託によって発せられる、だったか。初めて見た。唾を飲む音が隣からした。
「そんな顔するな、お前らでも出来る。北の森の散歩だよ。気張ることはない」
「ただ、ひとつ大切なことはなんだ」
「戦闘をしないこと。ですよね?」
「その通り。領域に変化を与えるな、空気になって観測しろ。できるな」
「はい。やってきます」
オニゾウさんは少し嬉しそうに見えた。悪戯心が芽生え、質問をする。
「甲種Ⅰ類の一種とか出たらどうすれば良いですか?」
今度は呆れ顔だ。表情豊かだなーオニゾウさん。
「お前なんの心配してんだよ。そんなもの出たら、俺も社長もお前らと変わらんよ」
呆れ顔が一変。
「黙って死んでこい。出来るのはそれくらいだ」




