第18話 翠風魔獣商
「あーーーっ!シマお前何してんだよっ!」
タクナの叫び声がする。昨日、俺に生物兵器を投げ込んだお返しだ。起きなかったら、尻尾に穴開けていいぞ。そう許可を出して放り込んでおいた。
主眼をキラキラとさせながら、頑張って起こすと言っていた。おざなりに突いて、後はレーザーをかましたのだろう。シマはそういう奴だ。
俺は優雅に朝食だ。今朝のアルマはご機嫌なのか、笑いながらクロさんのお手伝いをしている。朝昼晩と黙っていても食事が出て来るとは、護衛の仕事は実に素晴らしい。
「んだよ、シマよー。穴開けることねぇーだろ。普通に痛いんだからな」
タクナがぶつぶつ言いながら降りてきた。
「たいへんだった」
「しゅつりょくたりない」
「もっとがんばる」
やめろ。お前が本気になったら、産業用レーザーくらい出しそうだ。大変危ないから後で止めておこう。
「おはよっす!どうしたシマと揉めてるのか」
「いや、マサトよーシマが尻尾に」
「はいはい。二人ともご飯よ。今日はみんな仕事あるんだから、ちゃんとしなさいね」
クロさんとアルマが食事を運んできてくれる。今朝は昨日に増して豪華だ。もう翠風で卵拾って生きても良いかもしれない。
「じゃあ行ってきまーす!」
「はい。行ってらっしゃい。お昼用意しておくから、一度帰ってきてね」
クロさんに見送られ、まずは翠風探査だ。卵集めの報告をしないと。
翠風探査では兎のお姉さんが出迎えてくれた。奥に通され卵を並べる。ひとつひとつ、手に取り不思議そうな顔で訊ねてきた。
「査定済みに見えますけど。昨日、魔獣商へ?」
「あ、わたしがやりました!白峰で魔獣商をやってるアルマです」
「あぁ、そうだったんですね。確かに10個以上。それもとても良い品ばかりのようです。助かります」
兎人のお姉さんが、頭を下げる。美人なだけでなく、迫力ある人なんだよな。社長をしおしおにしたのを除いても。
「いや、こちらこそ案件回してもらったありがたかったです」
「それで、この中からひとつ貰いたいと思ってます。なので納品は14個になりますけど、大丈夫ですよね」
「ええ、お好きなものを選んで下さい。こちらでお預かりもできますけど、直接持っていかれますよね」
事務的な手続きは滞りなく終わる。少し元気を取り戻した社長さんにも挨拶し、魔獣商へ向かった。
「でか、卵屋、でか。」
【翠風魔獣商】大きな看板の掛かる店は、小さな卵を扱っているとは思えない規模だ。店先には、ワゴンに乗った卵が山積みされて、セールの文字と共にごちゃ混ぜ状態。
「翠風は流通の要って言ったでしょ。あちこちから商品が集まるんだよ」
「ふぁ〜凄いな。これは翠風じゃないと見れないな」
「ここにアルマの知り合いの魔獣商さんいるの?」
「うん。ベンさんね。子供の頃からお世話になってきた人だよ。ささ、行こう!」
そう言って、アルマは気後れすることなく大型店舗に入っていく。昨日の精彩を欠いた姿はなんだったのか。
「すいません。白峰のアルマと申します。ベン商会長をお願いしたいのですが」
受付嬢がいるぞ、マジか。しかもエルフ美人だ。もっとも纏う雰囲気がシルフィーナさんめいてるので、ご高齢なのだろう。
「はい、アルマちゃんこんにちは。ちょっと待ってね」
てか、商会長と知り合いなのか。周りを見渡すと、忙しく働く従業員らしき人たちの姿がある。大手感が凄い。
少し待っていると先ほどの、受付エルフさんが奥から手招きしている。
「よし、二人とも行くわよ!」
戦闘開始、言ってるみたいです。つよつよアルマだ。
「いやー参ったなぁ。アルマちゃんすっかりやり手の魔獣商になっちゃったみたい」
参った言いつつ、何か嬉しそうな商会長ベンさん。テーブルの上には採ってきた14個の卵が並べられていた。
商会長のベンさんは、笑いながら報酬をテーブルの上の革皿に置く。
「翠風探査さんへの手数料は引いておいたから、支払いはないよ」
「幾らあるんですか……これ」
「208万円だよ」
マジか。120万円の報酬が200万かよ。しかも翠風探査さんへの手数料も引いてあるだと。
「その中から、アルマちゃんに査定料金支払ってくれると嬉しいかな。手間が省けたから」
「え!良いよ、そんなの要らないよー!勝手に査定しただけだもん」
なにその話、詳しく聞かせて下さい。騒ぐアルマを無視してベンさんに教えてもらった。
「もうベンさんたら、別にそんなの要らなかったのに」
「ははは、ごめんごめん。アルマちゃんが見違える程に立派な魔獣商になっていたからついね」
困り顔のアルマであるが、俺たちは大切なことを教えてもらえて良かった。後で精算しよう。
「それで、アルマちゃんはリセットする卵持ってきたんだよね。ちゃちゃっとやろうか。この箱中身で良いんだね」
テーブルの上の荷運び蜥蜴の卵達は、エルフ美人さんが回収していった。今はアルマの卵箱が乗っている。
「タクナさんの卵も出して。一緒にやってもらうから」
「お、おう。頼みます」
タクナが優しい荷運び蜥蜴の卵を積む。
「これ、君らが採ってきた卵だよね。荷運び蜥蜴欲しかったの?」
「はい。道中ですっかり気に入ったので」
「へぇ〜。これアルマちゃんに選んでもらったの?」
何か言いかけて口をつぐむアルマ。安い卵を選んで押し付けたと思われたくないのかな?
選んだのは俺ら、そう思って口を開きかけた。
「とても良い卵だね。街の仲間のためにコレを選べるのは大した目利きだ」
ベンさんは先ほどと違い、本当に嬉しそうにそう言った。
「え?それB級品ですよね。わたし別に」
「そうだね。でもとても良い卵だ。アルマちゃんもそう思ったんじゃない?」
ベンさんは、確信を込めた目でアルマを見つめる。昨夜の事を思い出す。この卵の事を気にしていたアルマ。
「これ、やっぱ良い卵なんですか。アルマが良い子だって言ってました。いやーラッキーだなぁ。マサト聞いたか。極上らしいぜ。楽しみだよな!」
「査定したら単なるB級だし、生まれてくる子も普通の子だよ。ただとても良い」
アルマは黙ってベンさんを見ている。俺たちにはわからない、大切なことを聞かされているみたいだった。
「わたしはただ、お客さんの要望通りに」
「それは一人前の魔獣商の証じゃないかな」
そして続けて言った。
「まぁ一流の魔獣商なら、お客様の選ぶ卵がレアなものになるんだけどね」
笑いながら、差をつけるひと言。アルマもこれはしてやられたかと。しかし悪戯めいた顔でベンさんを見返していた。
「なら、わたしはもう一流ですね」
「ほら!」
笑顔でそう言って胸の光羽鳥の卵を取り出した。
魔獣商に必要な卵を見る目のない俺らにもわかるくらい。それは光を放っていた。
目を細めるアルマ。ベンさんは手までかざす。
「そっか……ついに決めたんだね……」
「はい。決めちゃいました!」
「先を越されちゃったな……」
ベンさんの眩しいものを見たかのような声は、たぶん卵のせいではないと感じた。
研究室のような部屋、何に使うのかさっぱりわからない器具が、綺麗に並んでいる。
「これで最後かな」
アルマの卵箱は空になる。最後のひとつが、将来性豊かなB級荷運び蜥蜴だった。
「あのーなんで採ってきた卵はリセットするんですか?」
いいぞ、タクナ。俺も聞きたかった。
「野生の魔素が多く入りすぎてるからだよ。人の手で育てた方が懐くんだ。それに初期化すれば、どの程度で孵化するのかもわかる」
「買った卵が翌日孵化したらビックリするだろ?」
「あ、マサトさん。お宝見てもらおうよ!今ならタダで見てくれるはずだよ」
なるほど!納品した卵の査定はアルマが全て終わらせていた。その分をベンさんにやってもらうつもりか。アルマさん強い。
「本当、敵わないなぁ。手強くなったもんだ」
ベンさんは、肩をすくめる。しかし、断るつもりもないようで、出してごらんと俺に視線を送ってきた。
腰袋の卵を取り出し机の上に。
「これなんだけど、ベンさんわかる?ウチは機材もないし、全然わかんない」
アルマがベンさんに話をしてくれる。プロ同士の方が間違いない。何か訊かれたら答えれば良い。そう思ってアルマに任せる。
「はい、これで完了。伝票は受付に回ってるから帰る前に頼むね。卵はタクナくん?君で良いかな」
そう言って最後の卵をタクナへ。
「気の良い子だから、よほど乱暴に扱わない限り、優しい子が生まれるよ。大事にね」
「はい、ありがとうございます!」
なんか気になることを言って、タクナへ手渡す。
「あ、あの商会長さん。その卵を乱暴にという件について少し詳しく……」
「ベンでいいよ」
「卵は育てられている間の扱いの善し悪しで、生まれる子の性質が変わる」
「と、いう説がある」
まぁ、統計を取ったわけでもないから、本当かどうかはわかってないんだけどね。笑いながら、アルマを手招きした。
「アルマちゃん、一緒に見ようか。少しは調べたんでしょ。このお宝?」
このお宝にしてきた所業が頭をよぎる。まぁ大丈夫だろう。ほとんどアルマに預けていた。落としたり、蹴っ飛ばしたりしてるが許容範囲だろう。そもそも、拾った時に蹴り飛ばして浅瀬まで運んだ。
「さっぱりわからないんですよー。魔素測定値も見たし、真核反応も試しました」
「ふーん。わからないんだ。計測値は?いや、それより先に孵化温度測定にかけようか」
二人は研究室の奥へと消えていった。俺の卵、乱暴に扱わないでね?
入口に作られた応接コーナーでタクナが何か読んでいる。
【魔獣卵博物誌】
分厚い図鑑の荷運び蜥蜴について開き、集中している。オールカラーで挿絵や写真などにキャプションが添えられている。細かい解説文もあるようだ。
なるほど。ひとつ頷き、書棚を見る。
・魔獣商卵鑑定指南
・魔獣卵鑑定実務書
・魔獣卵等級鑑定録
中から【魔獣卵鑑定実務書】を抜き出し、タクナの前に腰を下ろす。
ページを開くと、真核反応と魔素測定値の相関図と書かれた何かが書いてある。
そっと閉じて、別の本を手に取る。
データシートが延々と、白い紙を黒くしているだけだ。
顔を上げずにタクナが言う。
「なんかわかったか?」
「俺もそっち見たい」
「だろ?何が書いてあるかもわからんよな」
タクナの読む卵図鑑の背表紙には、監査庁監修とある。愛読書の動物図鑑の発行者だ。
「なぁタクナ、監査庁って何よ」
「監査庁ってのは、俺ら探査員を監督する省庁のことだな」
「ふーん、強いの?」
「つよつよだ。探査会社なんか一撃で倒す」
「そっかー。おっかねぇな」
「おう、怖いんだよ」
「そっち貸してくんね?」
「データシート眺めとけよ。何か見えてくるかもしれん」
タクナから卵図鑑を取り上げよう。立ち上がりかけたところで声が掛かった。
「マサトさん、何読んでるの。そんなもの見て楽しい?」
楽しくないです。荷運び蜥蜴の卵について、勉強しているタクナが羨ましくてやりました。
「アルマ、魔素測定値と真核反応はどうだったかな。俺の卵について何かわかったかい?」
見栄を張ってみた。
「お、マサトくん。勉強熱心だね。じゃあ、君の卵の測定値と孵化温度の妥当性のなさ。そこに着目して、わかったことを一から説明するよ!」
商会長の何かに火をつけてしまったらしい。目を輝かせ、測定結果シートを広げ始めてしまった。アルマの冷たい視線が痛い。




