第15話 白峰のクローディア
耳が痛い!
何かに咬まれたか、バシッと手で耳を叩く。
「いたい!」
シマの声がした。
枕元にシマが落ちていて、歩脚を振り上げ猛抗議を始める。
「いや、おまえ何かしたろ。耳痛ぇぞ」
「おこしにきた」
「おきない」
「みみこうげき」
耳たぶを触りながら、鏡の前に行く。どうやら起きない俺の耳を、攻撃したらしい。
「おまえ、攻撃とかやめろよなー。普通に痛かったぞ」
鏡に映る左耳を見ると、耳たぶに針で刺したような赤い痕がある。血が出ている。気になって裏返すと同じ位置にも血がある。
「おまえ何してんだよ。レーザー使ったろ!」
「かんつうさせた」
誇らしげに言うシマ。
「貫通させんな!もっと他に方法あんだろ、普通に痛ぇーよ!」
「せつだん?」
もっとダメだろ。こいつ説教だな。
バスルームに入り顔洗って歯磨きしながらシマを叱る。
「わかった」
「もうしない」
「つぎはみみはいる」
ゴクリ。
口を濯ぐ水を、飲み込んでしまった。耳に入る?見上げるシマと目が合う。
「シマ、良いかい。人の耳や鼻、口とかに入ったらダメだよ。そんな事は絶対にしてはいけないよ」
優しく語りかける。シマは不思議そうにこちらをみている。
「おきる?」
「もちろんだよシマ!耳たぶ攻撃は良かったぞ。でも貫通はやり過ぎだったな。もう少し出力を絞って、いやレーザーはダメだ。自慢の脚でプスりくらいにしておこう」
「わかった」
「眼球とかダメだよ。他の場所もNGだ、耳たぶだけね」
「そうする」
シマやべぇな。小さくて硬いってそれだけで危険だな。耳の中で自慢のレーザー使われたら普通に死ぬわ。
あとビジュアルが最悪。悲鳴あがるぞ。
肩にシマを乗せ階段を降りると、タクナがリビングで朝食中だ。
「おう、おはよー。遅いからシマを放り込んだぞ」
お前が犯人か。生物兵器投げ込むな。違和感が残る耳たぶを触り、肩のシマを掴んでタクナへ投げた。
「んーおはよー。アルマとクロさんは?」
「クロさんは起きてて、飯作ってくれてた。アルマはまだ寝てる」
テーブルの上には朝食が整えられている。席に着くと、鍋の蓋を開けた。湯気が立ち上り良い香りがする。
「ふーん、アルマ具合でも悪いの?」
「いや、ただの疲労だってクロさん言ってた。今は朝食持っていってる」
よそったスープをひと口。うまっ、なにこれ。凄いなクロさん。琥珀色の暖かい液体に、野菜が泳いでいる。
「さっさと飯食って翠風探査行ってこいってさ。きっと待ってる言われた」
「早くね?」
そう言うと、無言でテーブルの上に視線をやるタクナ。
カゴに入ったパンが中央に。暖かいスープの入った鍋。取り分けられたサラダ。大きな皿に目玉焼きと、白茎にまぶされ焼かれた肉。囲む様に、小鉢が3つならんでいる。それぞれに煮物や炒め物が、綺麗に盛り付けられていた。
クロさん、いただきます。手を合わせておく。
待ち惚けしてる探査会社の老人達が目に浮かぶ。確かに、さっさと行く方が良さそうだ。
玄関を出ると、朝の冷たい緑の風が引き締めてくれた。
「よっしゃ!行くか。初めての探査会社訪問だ」
「待ちぼうけ食らわせてるらしいからな、気合い入れて行こう」
笑いを含ませタクナが答えた。社長とオニゾウさんが、待ちくたびれている光景が浮かんだ。怒鳴られたりしないよね。
結論から言えば、ものすごく暖かく迎えられている。白峰の倍以上ある広い事務所だ。
「いや〜ごめんね。気を遣ってもらったみたいで。役場から聞いたよ。時間なんか気にしないで良かったのに」
翠風探査の社長さんは、ごく普通の人の良さそうなお年寄りだった。
「いえ、こちらこそ。遅い時刻の到着を言い訳に、訪問を後回しにしてすいませんでした」
2人揃って頭を下げておく。
「いや、良いんだよ良いんだよ。疲れているところ無理して来ると、情報も抜けがでるからね。しっかり休むのも大切だ。ささ、入りなさい。お茶用意するから」
事務所内には5名ほどの探査員らしき人達がいる。それぞれデスクからコチラをみて、軽く手を上げたり笑顔で挨拶をしてくれた。
ぺこぺこと頭を下げて、社長さんの後を着いていった。
応接間に通され、白峰から翠風の道中に関して報告する。途中なんどか質問されたが、タクナが記憶していて、滞りなく情報を伝えられた。
「いや、ガルバンさんの所に若い探査員が入ったって聞いて、良かったと思っていたけど羨ましいくらいだ」
「いえ、まだまだ勉強不足で迷惑ばかり掛けています」
「謙遜しすぎるのも良くないよ。風裂兎の処理は大したものだよ。でも、謙虚なのは悪い事じゃないね。オニゾウさんの教えかな?」
社長さんは面白そうに聞いてきた。
謙虚と言われ、一瞬固まった。知っている探査員は目の前の社長さん含め、老人しか居ない。危険な仕事を、老いてもまだ続ける人達だ。派手な立回りをしてきただろう。なのに、人柄はとても穏やかで人を安心させる。背負った歴史が、自然と俺達の背筋を正させるのだろう。
応えようと口を開き掛けた所で、社長さんが問うてきた。
「そういえば2人は前衛職ぽいけど、魔法も使えるんだね。凄いね。マサトくんが魔剣士なのかな?」
「あ、いや。すいません、魔術士が同行してます。探査員は引退したとの話だったので、報告を忘れました。申し訳ありません」
慌てて答えたが、聞いた社長の変化は目を見張るものだった。
「まさかクロ連れて来たの?」
先ほどまでの優しいお爺さんはどこへ。凄く嫌そうな顔している。
「はい。クローディアさんが同行してました」
「マジかよ……あいつ翠風にまだいるの?」
雲行きが怪しいぞ。タクナと視線を交わす。
「はい。C区画の空家を借りてます」
「えぇ〜いつまで滞在する予定だっけ」
「えっと、1週間程度かと……」
なんだ?クロさんの評判が気になるぞ。タクナも同じだったのか口を挟む。
「えっと、社長。クロさんの事良くご存知なんですか?」
「白峰のクローディアを知らない奴なんかいねぇーよ。逆におまえらなんで知らんのよ」
「社長!良くないですよ。そう言うの」
突然事務所の方から声が掛かった。見ると兎人のお姉さんが、こちらを見ている。
「いや、そうは言っても、知らないなら教えといてやらんと、コイツらも可哀想…」
「社長っ、クローディアさんは優しくて尊敬できる方です。私たち女探査員の憧れの存在です。なのに、何かあるんですか?」
にっこりと笑うお姉さん。
「いえ、何もないです……」
社長!?クロさんの話は?
その後、しおしおになった社長に変わり、兎の姐さんが翠風の現状について丁寧に教えてくれた。気になったのは美人で可愛いくせに、強者感を放っていた事だ。タクナも感じているらしく、少し緊張していた。ちょっと勝てそうにない。
そんな兎の姐さんだけど、今、会社が抱えている案件の概要や、それに関わる街外での活動の注意点。滞在中に余裕があるなら、幾つか仕事をお願いしたい。等々、至れり尽くせりの対応をしてくれた。
傍らでしょぼくれてる社長が気にはなった。しかし情報交換が終わり、兎の姐さんに笑顔で送り出されたらもう帰るしかない。
緑のトンネルを二人で歩く。
「なにあれ。ヤバくない?」
「おう、社長が3段階変身してたわ。まだ変化が残ってるかもしれん」
いや、そういう意味ではないのだが、あの豹変ぶりには確かに驚かされた。
切っ掛けになったクロさんを思い浮かべてみる。破天荒な面がないわけではないが、人の良いお婆さんだ。作る飯がマジで美味い。道中で見た魔法も見事のひと言だ。
「ただいま戻りました!」
何か引っ掛かるが、それはそれ。クロさん達に聞こえるよう大きな声で帰宅を告げた。
「はい。お帰りなさい」
クロさんはリビングでお茶を飲んでいた。
「アルマはどうですか?」
「んー。別に心配要らないわよ。具合悪いわけじゃないから。ただ、少しひとりにしておいてあげようかなってね」
「なんすか?それ」
「いいの!いいの!それより、あなた達アルマちゃんにお金まだ返してないのね」
「はい。まだ少し残っています……すいません」
「申し訳ないです」
タクナも頭を下げる。
「別に怒ってないわよ。アルマちゃんとの正式な契約なんだし、破ってる訳でもないでしょ」
クロさんは笑いながら手を振る。
「いや、そうですが。なんか歳下の女の子にお金借りてるって響きが」
「良くないですよね」
タクナが後に続く。
「それはそう」
笑顔のクロさんは少し考え口を開いた。
「あなた達、ひと仕事してきたらどう?少し滞在するんだから、翠風の案件を手伝ってきなさいよ」
タクナと顔を見合わせる。
良いね。せっかく翠風に来たわけだし、白峰では見られない魔獣も多い。翠風も案件が処理されて助かる。俺らはアルマにお金を返せる。
「良いんですか」
「別に良いわよ。アルマとシマちゃんは私が面倒みておくわ」
いや、アルマはともかく、シマは放ったらかしで良いですよ。むしろ構うと耳に穴あけられます。そんな事を考えつつ、タクナと視線を交わす。互いに頷いた。
「あ、やる仕事決まったら教えなさい。私がわかる事は教えてあげるから。一度戻ってくるのよ」
クロさんの声を背中に、翠風探査にとんぼ返りだ。しおしお社長が元気になっているかもしれないし。




