第13話 護衛のお仕事うさぎの嵐
街道は平和そのもの、白峰を出てすぐの灰牙犬襲撃以降何もない。白峰周辺の方が危険ってどういうことよ。そんな風に少し緩んでいた。
突如、背後から空気に押された。少し遅れて音が近づく。何か来る。
「タクナくん、馬車左に寄せて〜」
クロさんが御者席に声を掛ける。即座に馬車が左へ。
「何が来るんですか!」
白炎を片手に後方を睨む。小さな丘を越えた直後の下り坂、後ろは空しか見えない。
空気からは圧力を感じ、近づく音は鋭さを増していた。次の瞬間、坂の頂から何かが飛び出す。
2輪車だ。空中に現れたその車体に、ヘルメットを着けた人が乗っているのが見えた。
真っ黒なバイザーと目が合う。追い越される瞬間、こちらへ軽く片手を上げ、馬車の遥か先に着地した。
続いてもう一台、こちらは先ほどより高く飛んでいった。
空気は元に戻り、低くなる音を見送った。
「なんですかアレ?」
知らずに白炎を構えていた。
「魔素駆動車ね。都市の探査員よ。翠風でなんかあったのかもー」
砂埃を上げ去って行く2台。
「えぇー翠風大丈夫かな。それに卵リセット出来ないと困る」
「大丈夫よ。慌ててる感じしなかったし、大ごとじゃないわよ」
慌ててないだって?気がついたら一瞬で追い抜かれて今は姿も見えない。
「ねぇマサトさん、翠風大丈夫かなー」
アルマの声に引き戻される。
「ん、あぁ、大丈夫だよ。慌ててなかったし、たぶん大ごとじゃないよ」
アルマが不満そうに見てくる。
「だめだめししょう」
「じゅうごてん」
黙れ!お前今度は灰牙犬の口に放り込むぞ。それに15点とはなんだ。30点くらいは取ったわ。
「すげぇな初めて見た。マサト見たかよ。すげぇなアレ。かっけぇー」
見ろよシマ、あれが15点だ。いや0点だな。
「タクナさん見るの初めてなんだ。私は時々見るよー」
「翠風は都市外流通の要だからね。タクナくん達にそれを言うのは酷よ」
笑いながらクロさんが言う。
「え、違うよ、そういう意味じゃなくて〜」
慌てて言い訳するアルマの声は明るさを含んでいた。ごめんシマ、俺が0点でいいわ。
その後はまた何もない街道をゆっくり進む。
御者席からアルマの呑気な声がしている。
「大体、60万円くらいかな〜。強い子だと80万くらいになるかも。あと翠風で買う方が安いよ」
「へぇーなんで?」
「翠風の近くの丘陵地で取れるの。マサトさん達、探しにいけば?拾ったらタダだよ」
「強い子ってなによ。卵なのにそんなのわかるのか?エルはどの程度なんだよ」
タクナと3人、荷運び蜥蜴の話をしている。
「エルガディア!ちゃんと憶えてって言ってるのに。エルは標準個体かな。ティオは高いよ。最高級の卵を納めたからね」
「品質まであるのかよ……」
「そりゃそうだよ。マサトさんの卵も見てもらおうよ、なんか凄い物かもだし」
お宝だからね。
その夜もアルマ達が、食事を用意してくれた。
道すがら、クロさんが止めろと騒ぎ、草むらへ入っては笑顔で戻る。そんな事を繰り返して作られた野草煮込み。絶品であった。婆さんまじ半端ねぇ。
「クロさん、マジ美味いです。伊達に歳食ってないすよねー」
なぜ、お前は口にするんだ。
にっこり笑ったクロさんが、タクナの椀に、刻んだ白茎を大量に放り込む。とても辛い薬味草だ。
「あーー。そんなに沢山入れたら」
「今のはタクナさんが悪いよ」
「くそっ。からっ、うまっ。辛くても美味い」
アルマとクロさんが、声を上げて笑っている。任務2日目の夜は騒がしく過ぎていった。
その夜、番をしていると、ティオが近づいてブフンッと鼻息をひとつ。アルマ言うとこの高級荷運び蜥蜴が、ゆっくりと丸くなる。
エルと違い、身体の各所に装飾の入った鎧を着けている。鼻先まで覆う兜を軽く叩くと、大きな目をこちらに向ける。不思議そうにこちらを見ていたが、やがて寝息を立て始めた。
平原を翠に輝かせる大きな月が浮かんでいた。
馬車にあつらえた長椅子。眠っていたら、アルマの笑い声で起こされた。
「やめてタクナさん。本当にお腹痛いから!苦しいっ」
「いや、これ笑う話じゃなくて、マジでさ〜」
「ひゃふふ、やめてほんとに……。あ、ましゃとさんおはよう。ぐふぅ」
お腹を抱えるアルマに、挨拶を返す。
「おはよう。クロさん前か、代わるわ」
声を掛けようとする前に返ってきた。
「大丈夫よ、少し休んでなさい」
「では少しだけ。何時頃着きそうですか」
「そうねー。陽が落ちる前に着きたいところね」
そっか、初めて白峰以外の街に到着だ。走り去る駆動車が頭に浮かぶ、大事じゃなければ良いが。
陽が少し影を伸ばし始める頃。
伸びた影の分だけ気を引き締める。
道の中央に何かが飛び出してきた。突然の出来事にエルとティオが驚き足を停める。
「タクナ風裂兎だ!馬車閉めろ。お前は右側面と後方だ。俺はエル達を守る」
翠風が近づき、馬車の外を歩き警戒していたタクナへ伝える。
「クロさんは中でアルマ守って。余裕があれば撃ち漏らしを頼む」
「マサト馬車閉じた。数で押してくるぞ、とどめより、捌く事優先だぞ」
「わかった」
タクナへの返答が合図になったのか、最初の風裂兎が攻撃を放ってきた。
放たれた空気の刃をかわす。飛び掛かる風裂兎を白炎で切り落とす。続く2頭目の風の刃は、腕に痛みを走らせる。構わずにそちらも白炎で二つにした。
「タクナ!どんどん増えるぞ防衛戦だ」
いつも余裕を忘れるな。無かったら作れ。オニゾウさんの言葉が浮かんだ。
「おう。馬車の事は忘れろ。シルフィーナさんに怒られたが、大剣でも傷ひとつ付かないからな」
軽口に口元が笑う。実に頼もしい話だ。
笑いが気に障ったのか。今度は左右から空気を切り裂く風が襲い掛かる。回避せずに貰い、左右に白銀の光を走らせる。
後ろに視線をやる。身を縮めるエルに、ティオが覆い被さっている。優しいやつだな、鎧の隙間に流れ弾の赤い痕が見える。
「少し辛抱しとけよ、絶対に近づかせないからな」
昨夜のティオを思い出した。傍らで丸くなったその信頼に応えないとな。
街道脇の草むらが、次々と切り裂かれた。飛び掛かってくる風裂兎、それをひたすら斬り落とす。
切傷が増えるにつれ、周囲には風裂兎が積み上がる。死体が魔素を散らして光る中、白炎を走らせ続けた。
タクナの方に大きな光が放たれたのを感じ取った。続いて、空気が悲鳴を上げたように響き渡る。あっちも大変そうだ。
「タクナ大丈夫かー」
斜め前方左右より襲い掛かる二つの影。白炎で四つにしてやる。低い位置に影が走ったと同時に、脚に痛みが走る。そこに視線をやることなく、無事な足で踏み潰してやる。
「全然へーき。だけど捌き切れねー」
大丈夫そうだな。また、ひとつ草むらが切り裂かれた。2つの影が飛び掛かってくる。風裂を避けて白炎を横薙ぎに振るう。
斬り損なった一頭が左肩に鋭い痛みを走らせた。クソが、刺さりやがった。刺さった風裂兎を引き抜く。手にした風裂兎を、右から来る影に投げ付けてやる。
衝突したそれらが落ちる前、まとめて切り裂いた。
「マサトくんお待たせ、行くわよ」
詠唱を終えた魔法が放たれる。周囲に光の矢が降りそそぐ、同時に炸裂音が耳を貫く。
放たれた魔法が、風裂兎の襲撃終了を告げた。
「風裂兎って、なんでここまで俺ら襲ってくるの?別に捕食目的じゃないよね」
傷の応急処置をしながらタクナに問う。タクナめ、ほぼ無傷とか身体能力高すぎだろ。
「そりゃⅠ類だからだろ」
「マジか。丙種だろ、Ⅰ類ってだけでここまで苦戦するのかよ。おっかねぇ」
「だよなぁ、正直俺も甘く見積もってた」
積み上がった風裂兎の毛皮と真核の山。二人で呆然とそれを見ていた。アルマとエルが拾い集めてくれた。
「あの、二人ともありがとう。私ひとりだったら確実に死んでた」
「あぁ、それは別に良いよ。そうならない為の俺らだから、この場にいられて良かったよ」
「そうそう。それに怪我しなかったのは白峰号の最新素材のお陰だ」
「ほんとそれな。数が半端ないってどうにもならない。ティオも少し怪我させちったしな」
「エルを無傷で守ったのは大したもんよ。俺らより立派に護衛してる」
「でも……」
まだ何かを言い淀むアルマ。
「はいはい!辛気臭い反省会は翠風に着いてからにしなさーい」
ティオの様子を見ていたクロさんがアルマを止める。
「ティオはどんな感じ?怪我しちゃったかな」
「全然平気よ。鎧のお陰で擦り傷程度ね。もうお腹を満たしに行ったわよ。元気ね」
「今回、一番重症なのはマサトくんよ。致命傷にならんから貰っとけみたいな戦い方やめなさーい。早死にするわよ」
少し呆れ顔でクロさんが言う。
「そうだぞマサト。お前の戦い方は見てられん」
「タクナくんは、その強く殴った方が勝つ!みたいな大剣に頼った戦い方を改めなさい。風裂兎ごときに翻弄されて、見ちゃいられなかったわよ」
「はい。すいません……」
怒られてやんの。兎に翻弄される様を見たかったぜ。
「二人ともちゃんとしなさい。前衛でしょ!抜かれたら私達後衛はイチコロよ。護衛対象者もいるわ。今回は」
「クロさ〜ん。反省会は翠風に着いてからじゃないんでしたっけ?」
「いや、ちがうのよ?私のは探査員としての〜」
アルマ有能。
御者席にはタクナが座った。アルマが買って出たのだけど、クロさんが止めた。
落ち着いたら痛みが出て来た。怪我の治療は街に着くまでお預けとなる。気を紛らわせる為、クロさんに魔法の事を聞いていた。
「クロさん、さっきの魔法って詠唱していましたよね。同じ事、無詠唱でも出来ます?」
「出来るけど時間掛かるからやんない」
「どれくらい違うんですか」
「ん〜100倍くらいかな?実用にはならないわね」
マジかー。無詠唱ってそんな違いが出るのか。
「なにマサトくん、魔術士目指したくなったの」
「いや、使えたら良いなとは思いますね。シマも使いますし」
スプラッタなシマを思い出したのか嫌な顔する。一応ですが、アレは俺もドン引きですからね。
「マサトくんは、今の魔術を極めた方が向いてそうだけどね」
ん?俺、魔術なんか使ってたかな。不思議に思いクロさんを見る。
「あのね、風裂をアレだけ好き勝手受けて、その程度で済んでるのは魔術使ってるからでしょ」
呆れ顔で言われた。アルマを見ると困り顔している。
「わたしが風裂を受けたら、2〜3回で立ってられなくなると思うよ」
「そういう事よ。私は元探査会社員ですから、もう少しだけ行けるけど」
「まぁマサトくんみたいな真似は流石にね」
そうなのか。あいつ結構ヤバめな魔獣だったのか。数は凄かったけど。
「魔法魔術は人それぞれって事よ。アルマちゃんの魔法だって私には真似できないわ」
ん、アルマの魔法ってどんな奴なの?興味深げな視線を送る。
「えっと、魔獣の卵の事、人よりわかるかな」
「え、なにそれ。天職かよ、凄いじゃん」
アルマは胸に付けた光羽鳥の卵袋を握りしめていた。
タクナと一緒に御者席に居たシマの声がする。
「みえた!」
「すいふう」
陽は傾き辺りが赤く染まっている。アズール・ホエムは赤い陽光を浴びて紫に姿を変えていた。けど夜になる前に着けそうだ。




