第11話 都市が見えたよ
荷運び蜥蜴が幌馬車を引く。
街道は晴れ渡り、雪化粧された山々が遠くに見える。
ガラガラと街道の石を弾く車輪の音。
そんな音などない。
代わりにクロさんがはしゃいでいる。
「それにしても凄いわよねー。白峰でコレ買うって言った時は、みんなで何に使うのよって笑ったけど買って良かったわ〜」
白峰役場所有の幌馬車は最新型の超高級機、音もなく進む。牧歌的雰囲気など皆無だ。街道を東へ、群青の惑星を見ながらの旅になる。
「アルマはこれ、乗ったことあったの?」
客室でゆったり手足を伸ばし、くつろいでいる。
「え?ないない。触ったこともないよ」
「その割に落ち着いてるな」
対照的な二人の態度。普通は逆じゃないかと可笑しくなった。目の前にはティオとエル。2頭の荷運び蜥蜴が馬車を引いている。御者台に座るが特にやる事もない。周りの風景を楽しむ程度。
「そうかな?そう言えばいつもより落ち着いてるかも……なんでだろ?」
「そりゃこの装備の上、二人も護衛探査員がいればね」
そう言って笑うクロさん。
御者台から振り返ると、キャビンのハッチから上半身を出して警戒中のタクナが見える。
キャビン内部には管制モニターをはじめ、各種センサーが取り付けられている。しかし、クロさんが、何と戦うのよ……無粋ね。と言って切ってしまった。
確かに。それはそう。電源を入れ、センサーを起動したときの性能には驚かされた。オーバースペックにも程がある。
白峰から3時間ほど進んだ街道は、平和そのもの。4人と2頭と1匹の旅は順調な滑り出し。シマは外装を飛び回っていた。
出勤前、いつものように卵屋に寄り、シマをアルマに向かって放り投げる。
「おはよーアルマ。今日もシマ頼むわ」
「んーシマちゃん、おはよー。卵見る?それともお姉さんと遊ぶ?」
「きょうみない」
興味ない言われダメージを受けるアルマ。興味ないのは卵の方だぞ。たぶん……
というやり取りが毎朝恒例だったのだが、今朝は違った。
「あ!マサトさん!おはよう。今日からしばらく留守にする。預かってる卵は持って帰って!」
何やら慌てて、店内をひっくり返している。
「しばらく出掛けるってどこによ。商隊なら出て行ったばかりだぞ」
「卵が孵っちゃうの!早くしないと」
「アルマ、どこに行くの?」
タクナに重ね同じ事を訊く。
「翠風!お世話になってる魔獣商さんが居てね」
「ひとりで翠風まで行くの?」
「うん。心配しないでエルも一緒だから」
心配しかないわ。タクナに目をやると、頷き返す。
「ちょっと会社に行ってくるから待っててね」
返事を待たずに店を出た。
会社まで全力疾走、挨拶もしないで猫爺いと鬼爺いに告げる。
「緊急案件だ!アルマがひとりで翠風に行くって旅支度してる。とりあえずタクナを置いてきた」
「よくやった。とりあえずお前らは付いて行け。護衛は初めてだが、教えた通りやれば大丈夫だ」
オニゾウさんが言いながら通信端末を起動し、どこかに連絡を始めた。
「ほら、コレとコレ、あとコレも持って行け」
猫爺いが戸棚からデカい背負袋を投げてよこす。
「とりあえず、うまいこと言って時間を引き延ばせ。後はこちらで手配する。出発のタイミングはクローディアを派遣するから、それに合わせろ」
背負袋を抱えながら、うんうんと頷く。
「よしお前は戻れ。もし道中でアルマが怪我した場合は、そのまま翠風に逃走しろ。必要なら他の街に行くのも良い」
「どういう意味ですか?」
「いや、アルマになんかあったら白峰に帰ってこれんだろ。袋叩きにされるぞ。あと、俺とオニゾウがお前らを獲りに行くから、逃走ルートも考えておけよ」
傷ひとつでも付けたら、死をもって償うらしい。ハード案件。
アルマの店に戻る。店先ではエルに荷車を繋ぐアルマと、落ち着けと声をかけるタクナの姿があった。
「戻ったよー。アルマ、俺ら二人が護衛に付くよ。ちゃんと翠風まで連れて行く。だから少し落ち着いて」
「え、二人が護衛って大袈裟だよ。いつも商隊と一緒に行くけど丙種がたまに出るくらいだよ。私でもなんとかなるよ」
そう言って腰の剣を叩く。勇ましいより愛らしい。全くなんとかなる気がしない。
そうしている内にシルフィーナさんが、役場所有の馬車に乗って登場。あれ馬車なの?クルーザーが来たのかと思った。
「アルマちゃん聞いたわよ〜。翠風に行くんですって。これ乗って行きなさい。たまには使わないと無駄遣いしたって、みんなに怒られちゃうわ」
「えぇー!白峰号じゃないですかー。こんなの3人で使ったら駄目でしょ。それこそ皆んなに怒られるよ」
白峰号言うのか、ダサい名前だけど物は凄い。タクナと二人で馬車を触りまくる。
「おい、これ最新の高級素材だぞ。探査員の装備にも使われる奴だ。しかも結界型で冷暖完備だ。これ一台で家が2、3軒建つぞ」
「マジかよ。軽くて丈夫って奴か?」
「馬鹿言え、丈夫なんてもんじゃない。コイツで思い切り殴っても傷ひとつ付かねぇよ」
「嘘だろ、傷ひとつは流石に言い過ぎだろ」
「嘘じゃねぇよ!見とけよ」
そう言って大剣を構えるタクナ。両手で振りかぶり、まさに叩きつけんとしたところで。
「あなた達は何をやっているのかしら?」
シルフィーナさんが微笑んでいた。二人でめっちゃ怒られていると、金物屋の婆ちゃんクローディアさんが現れた。
「アルマちゃんどっか行くの!?白峰号に乗って行くなんて羨ましいわ!私も行きたい」
これで準備完了、初めての護衛任務だ。
あとタクナはいつまで叱られてるんだ。なにこの素材なら俺の大剣如き、とか言い訳してんだ。素直に謝っとけよ。
翠風とやらに行く。俺もタクナも初めての街だ。俺は白峰しか知らんし、いったいどんな街なんだろう。
起動スイッチで車体が浮かぶ、車輪はあるが微かに接地してバランスを取るだけらしい。2頭の荷運び蜥蜴が俺の声で歩き出す。
「みんな大袈裟だよ〜」
出発の騒ぎで落ち着きを取り戻したアルマ。キャビン内で恥ずかしそうにしていた。
「わたしはコレに乗れて幸せだな〜アルマちゃんありがとうねー。お披露目会で抽選に漏れた時は役場に火炎投げるとこだったわ〜」
「クロさん昔、探査員やってたって聞きました。火使う魔法がメインなんですか?」
自分たちの戦力を確認するのは基本だ。オニゾウさんは護衛任務での、各員の能力把握は大切と言っていた。
「昔の話よ、だから実戦ではあまり期待しないで予備力だと思っててね」
「はい、でも心強いです。俺ら遠距離は本当に苦手なので」
「おいマサト。お客さんだ。停めて迎え撃つか?」
そちらを見ると、灰牙犬の群れが草原を駆けてくる。どこにでも居るなコイツら。
「そうだな、停めて待つか」
「私がやってみていい?長いこと、攻撃魔法なんて使ってないから試しておきたいかな」
ティオに停まるよう言いかけたら、クロさんがやりたいと言う。
「お願いします」
お手並み拝見しよう。
「じゃあ試してみるね。撃ち漏らしはお願いね」
外装を開放モードにし、目を瞑り両手を胸の前に軽く掲げる。何かを詠唱していた。十本の鋭い爪先それぞれに火炎が生まれる。目を開き一言。
「行け」
火炎球が吸い込まれるように灰牙犬へ。届く直前でひとつになり群れを飲み込む。燃え盛る炎が消える頃には何も残っていなかった。
「まぁまぁかしら?」
窺うような上目遣いのクロさん。
タクナと声を揃えて答えた。
「とても良いと思います」
脳筋ファイター二人、お化けみたいな魔術士がひとり。護衛対象は白峰街のお姫様、幌馬車は装甲車の様。俺ら必要なのかな。
「マサトくん、私運転したいー。代わって〜」
灰牙犬の襲撃から数刻、クロさんが声を掛ける。素直にお願いしますと、御者席を開け渡す。
「結構、無謀な事しようとしてましたね。みんなに迷惑かけちゃった」
「いや、そんな事よりさ、卵が孵化しちゃうって何?そこいらへん教えてよ。俺の卵も孵化する?」
「マサトさん、毎朝うちに顔出してたのに、そんな事も知らないの?」
呆れられてるが、お前の店はシマの託児所だよ。あと換金アイテムの事など知らん。
「卵はね、ほっとくと孵化しちゃうの。何年もかかるけどね。だから定期的に卵内に貯まった魔素を抜く作業しないとダメなんだ」
懐から小さな卵を取り出すアルマ。
「ほら見て。光ってるでしょ?」
ウズラの卵大のそれはとても綺麗な模様をしているが、別に光ってるようには見えない。
「お前わかる?」
タクナに聞く。
「んー。わからん」
「おいシマ!降りてこれ見てみろ」
屋根に登ってるシマに声をかける。
「めっちゃひかってる」
わかんのかよ、お前ほんと万能だな。
「これね、光羽鳥の卵なの。でも、ただの光羽鳥じゃないの」
手のひらで、大切そうに卵を包み込む。
「一種の卵だよ」
「一種!?そんなの流通してるのかよ。タクナ知ってた」
「いや、俺も聞いた事ない、魔獣商で一種とか扱うのか。すげぇな」
なんか卵が光り輝いて見えてくる。
「二人とも大袈裟だなぁ、一種言っても丙種だからね、それほど珍しくはないよ。ただ、この卵はお母さんが見つけてきた物なの」
「私の両親は人口調整に志願して、白峰に入植したんだけど来る途中の森で拾ったんだって」
「へぇー珍しいな。なんで都市を離れたのか知ってるの?」
「タクナさんの両親もそうなんじゃないの?街生まれでしょ、タクナさん」
「んー。そうだけど俺んちは親父がやらかして追い出された口だからなー」
恥ずかしそうにタクナが笑っていた。話に聞くタクナの親父さんらしい理由だ。アルマも納得したのか、笑って言った。
「お父さんそっくりだねタクナさん」
笑いながら卵を撫でる。
「うちは両親揃って魔獣好きだから、都市外で魔獣見たかったみたいだよ。好きが高じて魔獣商になったんだって」
クローディアさんが声を上げる。
「ほら噂の都市が見えるわよ!マサト君たちは見た事ないんでしょ。こっちいらっしゃい!」
「都市が見える…!」
タクナと顔を見合わせ、御者席に身を乗り出した。
緑の風景に、白い何かが浮かんでいる。
目を凝らす。
それは――夕日に照らされた、巨大な街だった。




