Interlude 10.5
「KTSのアルダくんを呼んでくれるかな。理由?理由が必要かな。私はアルカディア監査庁のトップだよ。いち探査会社の探査部長を呼び出すのに理由など不要だと思うが」
…………。
「うん。うん。そうかな?いや、それはその通りだけど。はい。はい。そうですね。えっと、美味しいお菓子が入ったからお茶でもどうかな、と言うのはどうだろう!なに?センスの欠片もない?そ、そうだね。じゃあ君が何か適当な理由をだね。はい。はい。それで。はい、よろしくお願い致します」
内線を切る。
ふう……部下の顔を立てるというのも、中々気を使うものだな。
とにかくアルダを呼び出すのは、上手く行きそうだ。あの有能すぎる秘書官に任せておけば大抵の事はなんとかなる。
これからアルダに相談する事以外はだ。
前回は失敗したが、今回は逃がさん。事は彼が思う以上の速度で推移している。失敗は死を招く。なぜ、死と隣り合わせの仕事を生業としている彼がそれを理解できないのか。
そして呼び出されたアルダはこの態度だ。
「で、なんの呼び出しなんですか?支局長」
上手い事、理由作って呼び出したんじゃないの?
席を勧めたわけでもないのに、ソファーにどっかり腰を下ろしている。
普通、監査庁に呼び出されたりしたら、震え上がるものだ。なんなら菓子折りを持ってくる会社まである。当然、気持ちだけを受取り、会社の皆さんで食べなさいと返すが。
「支局長、まぁ突っ立ってないで座って下さいよ。そんなんじゃこっちも話しにくいです」
それは私のセリフだ!まぁいい。とりあえず今回は着席させる事に成功した。
変化球は不要だ。ストレートで行こう。
正面に腰を降ろし、ソファーに深く身を任せる。
「アルダくん、君はセレイナ・カナリスという女性を知っているかな?」
「はぁ……そりゃ知ってますよ。実の姉ですから」
「そうだったね。では、その君の姉上がどんな仕事をしているかについては?」
「監査庁のお偉いさんですね」
「ふむ。KTSの敏腕探査部長とは言え、世情に疎い面もあるようだね。お偉いさんではない。とても偉い方だ」
お偉いさんとはわたし程度を指す。
監査庁にセレイナ先輩より偉い奴はいない。
「なんなんですか支局長〜。監査庁の事なんか知りませんよ」
「まぁ落ち着きたまえアルダくん。とにかくそのとても偉いセレイナさんだけど、娘さんがいる事は知ってるかな?」
「知らないわけないでしょ!フレイアは姪っ子です!」
「なるほど。流石はKTSの敏腕探査部長だ。そこまで掴んでいるとは」
「支局長〜。本当なんなんですか?もう帰って良いですか?」
何を言う。探査員はこれだから困る。そんな短絡的でどうする!これは高度に政治的な話だ。
「帰って良い訳ないだろ。むしろ話はこれからだ!」
「じゃあ謎質問はやめて、本題に入って下さいよ〜」
「わかった!じゃあ言ってやろう。君の姉上が指一つ鳴らしただけで、この支局の私を含めた官僚達は総入れ替えされた挙句、どっかの小さな探査会社に出向させられ一生支局には帰れない。ここまではわかるな?」
「いや、わかりますけど、姉ちゃんそんな事しませんよ?」
「それは私もわかっている。君の姉上は大変聡明な方だ。指なんか鳴らしたりしない」
問題なのはその娘さんだ。
「じゃあなんなんすか、フレイアの事ですよね?知りませんよ。なんでこんな田舎の支局なんか希望したのか、訊いたけどダンマリです」
「田舎いうな!アルカディアは人口100万の都市だぞ」
自分の管理する都市を田舎扱いされ、つい反論してしまう。大変なんだぞ。特に君と君の部下のせいで。
「カナルディアに比べたら吹けば飛ぶような地方都市でしょ。あそこは本庁管轄です」
「それだ!なんでフレイア監査官は本庁配属を蹴ってこんな田舎支局に来たんだ。扱いを間違えると、支局全員の首が飛ぶような新人どうすれば良いのかわからん!なんとかしてくれ!」
「知りませんよ〜。そもそも俺ら探査会社を監査するのが支局長達のお仕事でしょ。いち探査会社のしがない探査員の俺に、監査庁のお役人をなんとかなんて出来る訳ないでしょ」
「姪っ子だろ!叔父さん権限使ってなんとかしてみせたまえ」
チッ。
「良いでしょう。普段、少し迷惑もかけています。お付き合いしましょう」
お前、今舌打ちしなかったか?聴こえたぞ。あと少しってなんだ。君の会社がぶっちぎりだ。営業成績なら君たちの数字だけで会社がやっていけるレベルだ。
「ひとつずつ片しましょう。フレイア監査官が何か問題起こしたとか?」
「問題などない。アルカディア支局開局以来の優秀な監査官だ」
「なるほどなるほど、叔父として誇らしいです」
アルダは大きく頷いている。
「では、何か周りとの軋轢でも?エリート風を吹かせ先輩に失礼な態度でも取ってますか」
「それこそ杞憂だよアルダくん。彼女は古臭い慣習や、不合理な手順に気がつきながらも、周りを気遣いそれを受け入れる器量がある。素晴らしい人物だ」
アルダは何度も大きく頷く。
「それを姉に伝えてあげて下さい。叔父である私の言葉などより遥かに心に響くでしょう」
「なるほど。しかし、そんなお追従めいた行為、姉上はお嫌いだと記憶している。大丈夫だろうか?」
アルダのこめかみがピクっとした。
「し、支局長。フ、フレイアは業務を如才なくこなしているという事でよろしいですか?」
おっ、凄いぞアルダくん。よく我慢した。流石は凄腕と呼ばれただけの事はある。忍耐力が半端ない。
「うむ。大したものだ。上がってくる彼女の業務評価は大絶賛だ。研修で各所回っているが、どの部署も、ウチに寄越せと要望が上がってきている」
「ふむふむ。そうですか、姉も鼻が高いでしょう。では、プライベートな部分での人間関係で問題でも起こしましたか?」
む、話が核心に入ってきている気がする。流石はアルダくんだ。セレイナ先輩の弟さんなだけの事はある。
「そうだね、実は少し問題がある……」
辛い事実を身内に告げるのは、いつでもやりたく無い仕事だ。
「なんですって、それは聞き捨てなりません。フレイアを幼い頃から見て来ました。あの子がそんな悪さをするとは、叔父として協力できる事があるなら、力を貸しますよ」
実に頼りになる!やはりKTSだな。少々アレな面はあるが実力はピカイチだ。信じて任せて良かった。
「いや、実はだね。周りの一部職員が仕事をしないと言う話がある。いや、彼女が何か邪魔をしているわけではないよ。ただ、若い連中がだね。女子職員は、手を取り合って頬を染めて彼女の姿を追い続けている。男子職員は、クソっクソっ!なんで俺は!と呟いて仕事をしないらしい」
「なるほど。意味がいまひとつわかりません」
前のめりに話をしていたアルダは膝に肘をつき、テーブルの上のお茶に手を伸ばす。
冷めてしまっているかもしれない、替わりのお茶を秘書官へ指示しておく。
「いや、だから。フレイア探査官に見惚れてしまって、働かないんだよ。それに彼女を指導する先輩職員は重症だ。口元に僅かな微笑みを浮かべお礼を言われただけで、倒れた女性職員もいると報告があった。他にも、涙を浮かべ彼女の指導がしっかり出来ないと、自分を責める子もいると聞く」
新しいお茶を持って、秘書官が入室してきた。ひと口だけ口をつけたお茶を回収する秘書官。恐縮するアルダ。
すがるような秘書官の視線に気が付いているだろうか。彼女もまたこの問題を憂慮している1人だ。
沈黙が続く。
「えっと、もう帰っても良いですか?」
「阿保言うな!帰って良い訳無かろう。何を聞いてきたんだ!」
「全部聞いたから帰りたくなったんです!知りませんよそんな事。とっとと斎女課にでも放り込んで、監禁でもなんでもして下さい」
言うに事欠いて監禁だと!バレたら支局が吹き飛ぶわ!
「なんてこと言うんだ。君は彼女の叔父だろ!それに彼女はとても優秀だ。契約者も居ないのに斎女課に閉じ込めるなんて損失だぞ」
「もうめちゃくちゃだよ、支局長!この問題に関して俺にフレイアをどうこう出来る力なんかありません。あの姉の娘です。しかも姉より優秀ときている。はっきり言えば名家カナリスの歴史の中でもとびっきり言われてます。ドロップアウトした俺に出来ることなんか、小遣いやって頭撫でるくらいです。それだって、最近は白い目で見てくるんです。諦めて下さい。なんともなりません」
「アルダく〜ん。助けてくれよ〜。規定違反の一つや二つくらいなら見逃してあげるからさ〜」
「無理なものは無理です。それに規定違反の隠蔽とか、それこそフレイアに知られたら本当に全員の首が飛びますよ?必要とあらば俺の首くらい簡単に跳ねかねない子です。比喩的な意味じゃありません。物理的にです」
「そこをなんとか!なんとかしてくれ。お茶もお菓子も最高級を用意したんだ」
立ち上がりかけるアルダを必死に押し留める。君がクレイモアを武器に生き抜いてきたように、言葉が私の武器だ。そう簡単に逃がさん。
「あ〜。なんと言いますかね支局長」
お、効果はあったぞ。泣き落としが効くとはな。浮かせた腰を下ろしてくれた。
「叔父の俺が言える事はひとつだけです。あの子は虫も殺せない優しい心を持っています。探査員でなく監査官の道を進んだのもそれが理由です」
なるほどなるほど。確かにフレイア監査官が怒ったり取り乱して、誰かを傷つけたなど聞いた事はない。
うんうんと頷き、アルダの言葉を待つ。
「だから、支局長たちが全員飛ばされても。出向先に顔を見に来てくれると思いますよ」
そう言って、お茶菓子をポケットにしまう。お茶をひと息であおる。そのまま立ち上がり、執務室の窓を開けて飛び降りた。
クソっ!扉の外に職員が詰め掛けている事に気が付いていたか。今度は窓の無い部屋に呼び出そう。




