第10話 監査庁高官なシルフィーナ
公園のベンチ。柔らかい陽射しを浴びてのんびりしていると、役場から呼ぶ声がする。なんだ?と思い目を向けると、シルフィーナさんが両手を振っている。なのでこちらも大きく手を振る。
「いや、あれ呼んでんだろ。行くぞ」
タクナが立ち上がり、肩を叩かれる。
「呼ばれたらすぐ来る!なにぼけ〜としてるの」
いつもの応接コーナーでお茶をご馳走になっている。
「いや、シルフィーナさん。俺らも暇じゃないんすよ。会社に居ると年寄り猫のダル絡みが酷いんすよ」
「そうそう。ここで突然の白峰クイーズ!とか言って、隣のご主人に説教された愚痴とか言ってくるんすよ。そりゃ公園で黄昏れもしますって」
「なにそれ、ガルバンさんそんな事してるの。良いわ、後で叱っといてあげる」
おぉ!すげぇ。あの猫みたいな豹人を叱る事が出来るとは、流石はシルフィーナさんだ。
「ガルバンさんの事は任せておきなさい。それより依頼よ。二人に頼みたい事があるの」
そう言って語る内容は、要するに薬草採取イベントだ。なんでも北の森深くに、この時期にしか採れない草があってとても美味しいらしい。
「あーわかりました。会社に聞いて大丈夫なら行ってきます」
「そうして。今日行ってくるのよ、陽が傾く前には帰って来ること」
行くのは確定なのか、しかも時間制限もついた。緊急依頼案件かな?
会社に戻り、事の顛末を話す。
「シルフィーナさん?何してんだ早く行ってこいよ」
えぇ〜まだ内容も話してないのに、行けって。普段、案件内容から読み取る情報は〜とか言ってる癖に。
「オニゾウさん。俺盾が欲しいんですけど、上の倉庫から適当なの持っていっても良いですか?」
タクナが思い出したかのように言う。確かに!甲殻熊の時は大変だった。
「ん?盾か別に良いぞ。好きなの持っていけ」
おおー太っ腹だ。
「マサト行くぞ!」
目を輝かせるタクナはもう階段へ向かっている。倉庫楽しいんだよな。武器や防具が雑に積まれているだけなんだけど。
二人で倉庫を引っ掻き回す。武器かと思って引っ張り出したら、鍬とか鋤だったりするけど。なんか派手な色をした盾らしきモノを見つけた。
「おいタクナ良いのあったか?これどうよ」
タクナはデカい板みたいな物を持って首を傾げていた。やめろ、そんなデカい盾。圧迫感半端ないわ。
「お、マサトなにそれ。良さげじゃん」
タクナが板を放り投げこちらへ。見つけた盾を渡してやる。サーフボードを小さくしたような形。目が痛くなるような鮮やかな蛍光イエローと緑の太い斜め線。真っ赤な縁取り。
傷だらけのソレは上に山積みの荷物があったくせに、全く形を歪めたりしていない。恐ろしく軽くて薄いくせに。
「これ、良いなー。よし!これにするわ」
「マジで?趣味悪くね?」
「そうか?格好良いだろ。俺は好きだな」
気に入ったらしい。
下に降りて、一応オニゾウさんに聞いてみる。
「オニゾウさん、これ良いですか」
興味なさそうに、こちらを見たオニゾウさんは一言。
「おう。良いぞ、趣味は疑うけどな」
やっぱそう思いますよね。タクナを見るが、全然気にしないらしく嬉しそうだ。まぁ命を預ける大切な装備だ。タクナが気に入ったならそれで良いか。
「あ、社長。シルフィーナさんが後で怒るらしいですよ。大人しく叱られて下さいね」
シルフィーナさんの名前を聞いて、嫌そうにする社長。
「ざけんな!なんで俺がアイツに叱られるんだよ。なんもやってねぇだろ!」
「いいから行ってこい。社長の事は任せておけ。即やれ」
二人してオニゾウさんに追い出された。
農耕地を抜けて北の森へ。道すがら農家の方々に声を掛けられる。軽く挨拶を交わしながら、放牧地へ向かう。荷運び蜥蜴がゆったり草を食んでいる。
「なぁ、シルフィーナさん美人だよな」
前を歩くタクナに話しかける。大剣を背負い、左手に派手な盾を持って、ご機嫌で構えたりしている。
「そうだな、綺麗な人だ」
「なんでお使い頼まれてイマイチ気分が乗らんのかな」
「マサトの世界では、近所の世話になってる婆ちゃんに、お使い頼まれるとノリノリになるのか?」
「婆ちゃん?シルフィーナさんお年寄りなの?流石エルフ半端ねぇな」
地球なら若者向け雑誌の表紙を飾るようなシルフィーナがお年寄りとは。
「いや、お前そこからか。白峰に若者なんか居ないぞ。アルマくらいだ、俺らと同世代」
アルマか、確かにあの子は可愛いと思った。それより、気になる。年寄りしかいないってなんでだ。そのまま口にする。
「え?そうなの?なんで?」
「俺もそうだけど都市外の街、白峰の事な、街で子供が産まれる事が少ないのよ。基本、都市から出された年寄りが暮らす街なの」
都市から出される?なにそれ怖い。
「だから子供いないの。見た事ないだろ?」
その後、都市とは〜、都市外街とは〜色々な事をタクナは教えてくれた。いちいち興味深くて話を聞いていたら、あっという間に目的地に着いた。
「この辺にあるはずだな、ひとつ見つかれば後は簡単に集まる。手分けして探そうぜ」
「了解、色々教えてくれてありがとなー」
「いいって事よ。今度はマサトの世界の事教えてくれよな」
「おー任せとけ。語ってやるぜ」
「いや、質疑応答形式にしよう。お前の語りは社長と同じ匂いがする」
なんでだよ。あんな怠い絡みしないよ。
「長い花柄に白い花ー、ないぞータク」
言い終わる前に、白炎を翻す。襲い掛かる刃鎌蟷螂の鎌ごと首を断ち切る。久しぶりだな、少しは成長してるだろ。
「あったぞ!カゴ持ってこい大量だ」
タクナの呼ぶ声に足を運んだ。
二人で白柄草を刈り取る。手に入れたばかりの刃鎌蟷螂の鎌をタクナにも渡すと作業が捗った。
「これくらいでいいかな」
「おう、上等だな。売ったら結構な額になるぞ」
「そうなんだ、そんなに美味しいのか」
辺り一面に一面の白い花が咲き誇る。群生した野草は見事に勢力範囲を誇示する。
帰り道、爆烈アリにも何回か襲われたが、二人で落ち着いて対処できた。白峰周辺の丙種限定だけど、だいぶ慣れてきた。
慣れた頃が危ない、忘れるなよ。
「タクナ、止まれ」
呼びかける。タクナは頷きながら、背中の盾をそっと外し構える。背丈を越える草むらから現れる巨体。
またお前かよ……
甲殻熊だ。
「マサトわかってるな、倒すなよ」
「あぁ、わかってる」
北の森の討伐案件はコイツか。
睨み合う、頼むから討伐させないでくれよ。
いつでも月白を抜き放てる。隣で黒い大剣の切先が天を向く、来たら両断する。
こちらの殺意が伝わったのか、それとも戦いを回避したい意思を理解したのか。甲殻熊は背を向けてくれた。
しばらく甲殻熊の襲撃を待ったが、本当に立ち去ったようだ。
「ふぅ、アイツ嫌い」
「俺は盾のテストしたかった」
何言ってやがる、お前もホッとしたろ。
シルフィーナさんに依頼品を届け会社に戻る。
陽が傾く前どころか、出かけて4時間だ。熊出たからダッシュで帰ってきた。
「戻りました」
「甲殻熊でたよ」
「どこだ」
オニゾウさんが地図を広げる。
「この辺りと思います」
「体高どれくらいだった?」
タクナが探査モードだ。仕事中、オニゾウさんと喋る時に何故か丁寧な口調になる。タクナ曰く俺もなっているらしい。
「その感じだと戦わずに済ませたみたいだな」
報告はタクナに任せ暇そうにしていたら、社長が話しかけてきた。
「よくやったな」
何故だろう、二人で死闘を繰り広げ倒した時より嬉しそうに見えた。
「いや、突然現れてチビるかと思いましたよ。俺あいつ嫌いです」
「そらそうだ、あんな目に合わされたんだ。で、どうやって巻いたんだ。足も速いだろあの熊」
「逃げれませんって、絶対に後ろからドーンやられますよ」
「んじゃどうしたのよ」
「いや、タクナと二人で剣を構えて睨み付けてやりました。そしたら引いてくれました。マジ死ぬかと思いましたよ」
社長は驚いている。オニゾウさんがこちらを見た。タクナの声だけが事務所に響く。
「そうか睨み付けてやったか!そりゃ良い」
笑いながら頭をぐちゃぐちゃにされる。何しやがるこの猫め、シルフィーナさんにチクるぞ。
「ごめん下さい、お邪魔しますね」
シルフィーナさん登場だ。まさか会社に乗り込んで社長にお説教とはやるな。
「白柄草炊いたから持ってきたわよ。二人が食べた事ないって言うからね」
そうではなかったようだ。
「ありがとうございます。タクナが美味い、らしいとか中途半端な事言うから気になってました」
「いや、食った事ないから仕方ねぇだろ」
「じゃあ二人とも今日食べて感想きかせてね。ほらオニゾウさんは机の上片して。ガルバンさんはお茶淹れて!」
「あ、いや俺らやります」
流石に二人にやらせるのは忍びなくて立ち上がろうとした。
「いーのいーの座ってなさい。二人は山の中まで、採りに行ってくれたんだから良いの」
すげぇなシルフィーナさん。社長がお茶の用意しに行ったぞ。オニゾウさんも机を片付け始めたし、何者?社長達を顎で使う美人エルフにタクナと二人で目を丸くした。
「美味いですねー。なんすかコレ。飯いくらでも食べられそうです」
「うん美味い。もっと採ってきても良かったな。これ今しか食べられないんですよね」
お茶を片手に箸が進む。これは美味い。危険を冒して採って来るだけの価値はある。
「そうでしょう。サッと熱湯に潜らせて皮を剥いたら蒸すのよ。後は塩かけるだけでも良いし、こうして味付けするのも良いの。簡単だから憶えておきなさい」
嬉しそうに目を細め説明してくれる。しかし、待てよ皮を剥く?こんなにたくさん。
「あの、ありがとうございます。本当に美味しいです」
タクナを突く。
「ん、美味いです。本当にご馳走様です」
「良かった口に合って。気に入ったみたいだし、コレ持って帰りなさい」
そう言って包みを出す。
「いや、流石にお土産まで頂くわけには」
「いいから持って帰りなさい。保存庫に入れておけば1週間くらい持つから、ご飯のお供にしなさい」
「それから、ひとつはアルマちゃんに届けてね。あの子も白柄草大好きなの。シマちゃん迎えに行くでしょ。ついでにお願い」
シルフィーナさんシマの事知ってるのか。あいつアルマに引っ付いて、そこいらじゅう出歩いてるから、俺らより顔広くなってそう。
「たぶんアルマちゃんお店に居ると思うから。いつもこの時間はカウンターに突っ伏してシマちゃんと遊んでるわよ」
「何してるんですか?」
なんとなく気になった。
「ん?なんか細い棒みたいのを振り回してシマちゃんがそれに飛びついて遊んでた」
やばいなアルマ。あいつ師匠呼ばれるぞ。
3人に挨拶をして会社を後にした。社長はやはりシルフィーナさんに説教されていた。
「いらっしゃいませ」
アルマが挨拶してくれた。客ではないのだが、この対応。とても気立ての良い娘さんである。
「ほら、シマちゃん。師匠迎えにきてくれたよ」
シマも懐いていることだし、男手一つで育ててきたがいっその事。
「あぶない!」
「たべられる」
「食べないよー。何言ってるのシマちゃん」
シマ懐いてなかったわ。お前、毎日散々遊んでもらっておいて、それ酷くね。
「はい、これ。シルフィーナさんから。白柄草だよ」
「えーー!嬉しいー。私これ大好きなの!」
白柄草を抱きしめ大変ご機嫌である。可愛いな。
「俺らが採ってきたんだぞ、感謝するように」
タクナが空気読まずに口を挟む。うるさいぞ、もう少しこの愛玩動物の愛らしい姿を見たいんだ。
「うん!ありがとう。危なくなかった?」
タクナの恩着せがましい態度など、無かったかのように振舞うアルマ。本当に良い子だね。
「熊でたぜ、甲殻熊」
「げっ、今回は大丈夫だったのね」
無自覚に傷を抉るなこの子。やはり危ないのかもしれない。
「ぜ、前回だって無事だったよ?」
「シルフィーナさんが頼んでくれたの。たくさん生えてる場所あったんだ?これ年によっては全然採れないんだよ。本当にありがとう」
無視された。負けてなるものか。
「あのさアルマ、シルフィーナさんって強いの?」
「シルフィーナさん?なんで?強くないと思う」
「いや、社長が借りてきた猫状態でさ」
事務所で見た光景を伝えてやる。
「あぁ、それはいつものことだよ。シルフィーナさん都市では、監査庁の偉い人だったみたい。ガルバンさんは呼び出し常習犯だったみたいで、怒られ癖があるみたいだよ」
「へぇー監査庁って動物図鑑出してる所だよね。なんで探査員呼び出したりするの?」
「白峰地区魔獣生態調査記録な」
「マサトさん、監査庁も知らないで探査員とか良くやってるね……」
すいません、教えてくれますか。師匠呼びますから。




