第9話 ミルド先生でも治せない
タクナの身体が血飛沫をあげ吹き飛ぶ。かろうじて足爪が地面を捉え、大地に長い爪痕を刻み動きを止める。
しかし、少し足りなかった。背後から襲い掛かる銀色の束を、白炎で断ち切る。慌てて鋼糸の射程から逃げるよう熊に近づく。
「やり辛いな」
「共闘してんのかコイツら」
軽口が恐怖にすくむ身体を動かす。強敵と対峙した時ほど余裕を見せろ、大した敵じゃない。そう口にしろ。そう教えられた。
「よし、もっかい挑戦だ」
「おう、任せろ」
暴力に形があるなら、こんな姿になる。甲殻熊にタクナが突っ込んで行く。
光る爪が大剣を捉える。その隙に、白炎は甲殻の隙間を切り裂く。もう一撃そう思ったが、視界に影が走り、身を引かせた。轟音が通り過ぎる。かわした。しかし、爪先が視界を赤く染める。
「マサト!」
タクナの焦る声が聞こえた。
「大丈夫、掠っただけだ」
硬い甲殻に覆われた筋肉の塊。光の差し込まない森深くでも、光輝く強大な爪。いつしか恐怖は影を潜め、高揚感が身を包む。
「自慢のその腕、斬り落としてやるよ」
左前脚が空気を切り裂く、その度、血飛沫を増やす。白炎は丁寧にそれを切り裂いている。
一歩踏み込む気持ちが無かった昨日とは違う。振るわれる死を纏った暴力。臆する事なくギリギリでかわし、白炎を光らせる。甲殻に触れる度に金属音と火花が飛ぶ。
甲殻熊の右前脚を大剣で止め続けるタクナが見える。どうすればそんな無茶が可能なのか、少しだけ笑ってしまう。
次の振り下ろしを狙う。かわすだけで精一杯だったそれを狙って月白を抜いた。美しい青白い光は、死を纏った暴力を綺麗に斬り落とした。
辺りに獣の悲鳴が響き渡る。甲殻熊は巨体を傾ける、押し潰されないよう身を引いたとき、真っ黒な大剣が甲殻熊の首を切り上げ、断ち切るのが見えた。
荒い息をゆっくり整える。隣ではでかいトカゲが、血塗れで同じ事をしていた。
「お前って血塗れだと普通に怖ぇな」
「大剣って盾にならねぇわ、押し込まれる度に切り裂かれる」
「だな、帰ったら盾買いに行こうぜ」
「お前のその顔見せたら金物屋の婆ちゃん悲鳴あげるぞ。顔面の皮どこやったんだよ」
どうやらお互い酷い有様みたいだ。
「甲殻熊って二種だったよな。大丈夫かな、確か討伐案件あった気がするけど」
「大丈夫だ。オニゾウさんが持ってるの見た。こんなもん討伐させる気かよって思ってた」
圧倒的な力で死を撒き散らかしていた甲殻熊。その巨体をゆっくりと崩壊させていく。魔素が解けて行く様が戦いの終わりを告げているように見えた。
「乙種なのに魔素散乱少なくね?」
「ん?あぁマサトは二種初めてか。三種と違って残置物が多いから、魔素に還る量が少ないんだよ」
熊の残した装甲板のような甲殻を持ち上げる。
「へぇーじゃあ一種とか討伐したら全部残ったりすんの?」
「まぁな。ただ許可なく討伐なんかしたら、お前が残らないけどな」
一種怖っ。魔獣の死骸は残っても俺が消滅するのかよ。
「で、アレどうする?また尻尾で跳ね上げるか?」
甲殻熊の残した真核や素材を拾い集めながら、鋼糸蜘蛛に目をやった。
「いや、今ならなんか出来る気がするわ」
腰のナイフを抜き、狙いを定める。そのままナイフを放った。ナイフは音もなく蜘蛛の身体を貫いた。
「すげぇな、それ毎回頼むわ。鋼糸蜘蛛狩放題じゃん」
「むり」
シマを思い出して二人で笑う。
「タクナ、どうだ。まだ行けるか」
「おう、まだまだ行けるぜ」
「よし、なら帰ろう」
オニゾウさんが言ってた。まだ大丈夫な時に帰って来いと。不満気な俺たちを見て、笑いながら続けた。心配すんな、もう無理って状況で戦い続ける機会なんていくらでもあると。
街道に出る道すがらもうひとつ鋼糸蜘蛛の巣を見つけた。タクナがナイフ言うからやってみたけど、普通に弾かれた。な、むりって言ったろ。
蜘蛛は尻尾カタパルトで倒した。初手からコレでやれば、タクナも鋼糸まみれにならずに済んだのに。背負った熊の甲殻が固定されて丁度良いと喜んでいた。アホだなコイツ。
街道を歩いていると、朱路からの商隊に追いつかれた。街道を甲殻熊が歩いてると緊張したらしかったが、リザードマンの尻尾が見えて、なんだアレ?と困惑したらしい。
「それにしても満身創痍だな二人とも」
商隊の護衛を務める探査員が笑う。血塗れの俺たちを、気の毒に思ったのか乗せてくれている。
「そのおかげでこうして楽に帰還できます。ありがとうございます」
「割に合ってるとは思えないけどな」
苦笑いでそう言われた。そんなに酷い有様なのか?顔面が痛いけど触る気になれなかった。
そうしていると白峰が見えてきた。
帰ってこれた。あとタクナはそろそろ甲殻を脱げ、気に入ったのか?
到着後、商隊にお礼を言って会社に戻った。
「戻りましたー」
二人揃って声をあげると、オニゾウさんがギョッとしてコチラを見る。
「お前ら甲殻熊倒したのか……」
「逃げようと思ったんですけど、鋼糸蜘蛛の巣に追い込まれちゃって。すいません……」
「討伐の依頼ありましたよね」
「いや、そういう話では……」
社長が笑っている。何がおかしいんだ、労災になるとこだったぞ。生きて帰ってくれてありがとう言う場面だ。
「まぁまぁ二人ともとりあえず病院に行きな。酷い有様だよ」
「病院とか金ないです」
「これに全て注ぎ込んでますから」
タクナが大剣をパンパン叩いて言った。
社長は我慢出来ないのか遂に腹を抱え始めた。
「やめろお前ら、笑い死ぬ。とにかく病院いけ」
「業務中に負った探査員の怪我は街が持つ。金なんか掛からんから早く行って来い」
オニゾウさんに追い出された。病院ってどこだ。
タクナと二人で商店街を目指しとりあえず歩くと、アルマがいた。
「アルマ!ちょうど良いとこに、病院ってどこ?」
「ひぃぃ〜」
アルマが失礼な態度をとる。人の顔を見て悲鳴を上げるとは、そんなに酷いのかな俺ら。
「ししょう!」
「なんだよ、シマお前アルマに引っ付いてたのか。お宝大丈夫か?」
「だいじょぶ」
「シマ聞いてくれよー今日さー」
タクナがシマに愚痴を言い始める。
「二人とも着いてきなさい!無駄口叩かないで早く」
アルマは病院の場所を知っているらしい。ほんとこの子なんでも知ってるな、卵の正体はわからん癖に。
知っていて当然か、病院はアルマの店からすぐだった。
【白峰診療所】
街では大きめな部類に入る建物。看板は何故か小さい。
「せんせーい!ミルド先生ー!急患です」
アルマが声を張り上げる。それほど急いではいない。商隊の荷運び蜥蜴に揺られ帰ってきたのだ。むしろ牧歌的な雰囲気さえあった。
「はいはい、どうしましたか」
狼人の男性医師がこちらへ向かってきた。
俺らを見て一言。
「こりゃ酷い。よく歩いてきたね。アルマちゃんも良くこんな酷いの連れて来れたね。怖く無かったの?」
「悲鳴をあげました」
「だよね。とにかくこっちに来て、すぐに見るから」
奥に通され傷を見られる。何にやられた。状況はどんなだったか。プロらしくひとつひとつの傷について、細かな点を聞いてくる。タクナと二人で憶えてる限りを説明。
「それにしてもこりゃ凄いなぁ、よく眼球が無事だったもんだ」
「そんなにですか?必死だったので良くわかりません」
「うん酷いよ。額から頬にかけてガッツリ2本爪痕が残ってる。抉れてるし」
「隻眼になるところでしたかね?」
「そうだね、カッコ良くなれたかもね」
笑いながらミルド先生は言う。
「傷だけ残してあげようか?」
冗談めかして言ってきたが、それもありかと思った。隻眼でこそないが猫社長も目の上に酷い傷跡が1本走っている。アレは中々迫力があって良いものだ。猫みたいな豹のくせに強そうに見える。
俺は2本だ。さらに強そうに見えるはず。
「おいマサト、バカな事考えるなよ」
タクナに白い目で見られた。
まぁそうだな。怪我の治療に神の力が使える世界。社長の傷だって簡単に治るはず。なのにそれを残している。少なくとも俺のように格好つけやハッタリではないだろう。
「いや、ちゃんと男前に戻して下さい。でないと困ります」
そう言ったのに、ミルド先生ったら。
「いや完全に治すよ。でも男前は無理かな」
白峰探査社内でオニゾウは忙しく動いていた。鋼糸蜘蛛の討伐は良いが、甲殻熊は突発的討伐扱いになる。役場への届け出と監査庁への報告も必要だ。
ふと手を止めて入り口に投げ出された甲殻を見る。ついこないだ、働かせてくれと言ってきた新人探査員。鋼糸蜘蛛と甲殻熊を相手取り、二人で甲殻熊を倒した。
「どうした?俺の予想通りだったろ」
社長がニヤニヤしながら言ってきた。
「社長はあの二人、どこまでいけると思ってるんですか」
気になってつい口をついて出た。
「お?元ソラのトップ探査員オニゾウ様は奴らの未来が気になるのか」
「茶化さないで下さい。正直に驚いてるんですよ。俺が奴らみたいな新人だった頃と比べるとね」
自分では無理だったろう。初の乙種、しかも相性バッチリな組合せだ。蜘蛛で拘束、熊が攻撃。新人がなんとか出来る相手じゃない。
「ういーっす!戻りました」
噂の二人が帰ってきた。やられた直後の後遺症はないようだ。怪我は治っても心はそう簡単にいかない。それで探査員を辞めた奴は大勢見てきた。
「大丈夫そうだな。もう今日は帰れ」
「え、全然平気ですよ。報告書もあるし、反省会しないとダメです」
マサトは真面目だな。少しおかしく感じる。
「そうです。それに甲殻熊は監査庁に報告ありますよね。報告書作りますよ」
タクナも、か。
「良いから帰りな〜。大怪我した後は意外と疲れているもんだよー。全部、明日で大丈夫。今日は帰りな。お疲れさま〜」
「えー。本当ですか。帰っちゃいますよ」
「帰れって言ってるの」
「じゃあ帰ります。お先に失礼します」
帰りかける二人に自然と声をかけた。
「二人とも良くやった。ゆっくり休め」
「ハイっ!ありがとうございます」
元気良く挨拶して帰って行った。出て行った扉をしばらく眺めていた。
「さっきの質問だけどな、あいつら俺よりも上に行くぞ」
驚いて社長を見る。何を言ってるのかわかってるのかこの人は。
「なんだよー。言っても俺は1人、アイツらは二人だぞ。俺より強くなっても不思議じゃないだろ」
不満そうに言う。いや、そういう話では…
「それに、お前らみたいな半人前、二人一緒じゃなきゃ雇わん!って追い返したのはオニゾウ君じゃないか〜」
確かにそう言って雇った。でもそれは別にそういう意味ではなくて……
「オニゾウ君、これは君の現役時代の功績を超える偉業になるかもね」
黙って社長を見る。
豹頭の戦士。現役時代を思い出させる鋭い視線で、二人の出て行った扉を見ていた。




