第8話 初めての乙種
「今日これ行ってこい」
オニゾウさんが案件書類を投げ出す。
【依頼内容】
白峰西方森林地帯における鋼糸蜘蛛の駆除および生息状況の確認
【対象魔獣】
鋼糸蜘蛛
分類:乙種 II類 三種
【発生地点】
白峰西方 約5km 森林地帯
街道には未侵出
「街道の丙種が増えている、コイツが原因だ。この時期の風物詩って奴だ。3〜4匹倒したら帰ってきて良いぞ」
「乙種ですね……」
「ビビるこたぁねえよ。お前らも丙種は飽きてきただろ。ここらで乙種をやって来い」
「わかりました。注意点は鋼糸ですよね。他に何かありますか」
「勉強してるようだな感心感心。タクナは糸に傷つけられる心配はいらない。マサトは気をつけろ」
「はい。鋼糸は放射状に10m程度飛ばすと書いてありました。個体差で大きく変化しますか」
「昔、3mくらいの巨大な奴とやった時は倍ぐらい飛ばしてきた。標準個体でなかったら、そこも注意しろ」
「それとな、糸は見えないと思っておけ」
黙って頷く。
案件書類を見ていたタクナが顔を上げた。
「達成条件に確認個体数の半分討伐ってあるけど、6頭くらいの巣は確認した方が良いですか」
「いや、そこは無視していい。4頭以上討伐する必要があるなら、街道の丙種はこの程度じゃすまん」
「わかりました」
「ひとつ大切な事を言うぞ」
「一人で倒せると思っても必ず二人で倒せ」
真剣なオニゾウさんに、二人で黙って頷く。
突然、社長が割り込んできた。
「昔、森の中を散歩してたらオニゾウ君がさ〜。木に縛りつけられてるの見て笑ったよ〜」
「社長……何十年前の話ですか。もう勘弁して下さい」
必ず二人でやれか。
「わかりました。必ず二人で仕留めます」
初の乙種だ。気負うな、いけると信じる。
街道を歩く。1時間半ほどの場所に乙種が出るとか、冷静に考える怖い話だ。
「タクナ、乙種見た事あるか」
「いや、ない。森の中だ相応の丙種も出るはず、そこも注意だな」
「おう、こないだみたいに野生の荷運び蜥蜴にビビって腰抜かすとか笑い者だ」
「俺がやらかしたみたいに言うな。お前だろ」
「正直ドラゴン出たかと思った」
「竜種だったら、生きてなかったな」
軽口を叩きながらも警戒は忘れない。オニゾウさんに散々叩き込まれた。ガチガチに緊張してるようではダメだと。
「マサト、アレ試そうぜ」
「アレって?」
胡乱げにタクナを見やる。
「尻尾で跳ね上げる奴だよ。今回の案件にピッタリだろ」
「おぉ、尻尾カタパルトかっ!」
「それよ。やってみようぜ」
オニゾウさんに扱かれた時に言われた。互いの長所を利用した連携を考えろって。帰宅後、二人で話し合って庭で練習した。翌日、オニゾウさん相手に試した。呆れていたが、悪い考えじゃないと褒めてくれた。
あっさり迎撃されたけど。鋼糸蜘蛛があの鬼軍曹より強いわけない。なるほど、無理してでも軽口を叩けとは、こういうことか。
「マサトここいら辺からだ、どうする街道沿いに行くか?」
「いや、森に入って進もう。1〜2km奥から街道沿いに進む」
「了解。俺が先行する」
大剣を肩に乗せ、腰まである下草を押し固め進むタクナ。一息で詰められる距離を置いて後ろに続く。
森の中を進む。
陽光を受け、何かが一瞬きらめいた。白炎を翻し切り払う。
「タクナいるぞ!」
「あぁ、見つけた」
何もない空間、その中央に森に溶け込む何かが浮いている。
「いけるなタクナ」
「任せとけ、突っ込むぞ」
言い終わると同時、タクナが駆ける。瞬間を置き背中に続く。
光の束がタクナを包むようにきらめく。作戦通りだ。尻尾を踏み台に跳ぶ、跳ね上げられた勢いのまま、白炎は浮かぶ蜘蛛を捉え両断した。
「どんな感じだった」
「一発二発ならなんともないな。お前は多分ヤバい」
「一発でダメか」
「死にはしないけど、動くのはキツいと思う」
「総評は?」
「上手くいきすぎたな。実際はかなりギリだった」
「了解」
巣の下には丙種のものと思われる真核が散乱している。それなりの数なので二人で拾い集める。
「次もこの手でいけるかな」
「状況によるけど、同じで良いだろう」
主人の居なくなった巣を見上げる。
「こいつの巣って自分を置くだけなのな」
「んー、でも理にかなってるだろ。高い所に身を置いて、通り掛かる獲物を拘束」
「後はゆっくりお食事か。怖いな」
それから1時間ほど森の中を進む。森は深く光が届かないせいか、下草は少なく歩き易くなった。次の巣を見つけられたのは偶然。
「あれそうだよな、灰牙犬って浮かべないもん」
「そうだな、間違いない。捕えられた奴だろう」
「しかし、巣がわかっても姿が見えないって怖いよな」
「あぁ、でも先に見つけられれば先手取って行ける。あれどうする?」
巣は切り立つ崖の下にあった。降りられない事はないが、手間が掛かりそうだ。
「放置で良いだろ、生息調査も依頼の内だ。必要数見つけられなかったら取りに行こう」
「そうだな、街道に影響しそうな巣を優先するか」
次の巣もすぐに見つけられた。さっきの手順で取り掛かろうとするが何か変だ……
微かな違和感。
「どうしたマサト、何を見つけた」
「いや、なんか変だ」
出掛けに社長が言っていた。
「森の散歩を楽しむコツはね〜違和感を見つけたら、それが何か考えた方が良いよー。そのお陰で、僕はオニゾウ君を一生笑い飛ばせるネタを手に入れられたからねー」
「タクナ……あの巣おかしくね」
そう言って巣を見つめる。タクナも雰囲気の違いを感じ取ったのか、真剣に観察をする。
「確かに変だ。落ちてる真核が妙に少ない」
暗い森にさらに黒い影が映る。
「タクナ!避けろ!」
光る爪が真上から降ってきた。
転がり避けたタクナが回転の勢いのまま立ち上がり大剣を構える。
タクナを襲った巨体が起き上がる。
「嘘だろ……」
「冗談みたいだな」
昼ごはんを終えた白峰探査。
お茶を前に社長が目を細め、遠く山を眺めている。
「オニゾウ君、二人どうかなー。何匹くらい討伐してくると思う?」
「さぁ、6頭ぐらいですかね。社長が去年面倒くさがって雑にやりましたからね」
顔も上げずに答える。明日以降のマサト達の案件を選んでいた。
「そんなにサボったかなー。まぁでも毎年湧くから面倒臭がったのはそうかもー」
「今年は二人が社長の尻拭いしてくれますよ」
机に並べた案件書類を眺める。今日の結果次第だが、次は少し歯応えのある案件をやらせたい。
そう思っていると、社長の手が伸びて一つの書類を手に取る。
「あの二人は優秀かな。オニゾウ君の見立てではどうなりそう?」
「優秀かどうかはさておき、マサトは仕事に対して真面目ですね。感も良い。タクナはそれに引っ張られ能力を伸ばしている。頭が良い。いいコンビだと思います」
「なるほどね〜」
気の抜けた返答をする社長は抜き取った案件を暫く眺め、こちらへ見せてきた。
「甲殻熊ですか、少し荷が勝つ気もしますが、やらせてみますか?二人で倒せたら大したものです」
「もう戦ってるかもよ?」
面白そうに笑ってこちらを見る。
案件を眺めるが、目撃情報は北の森だ。西へ向かった二人が出くわす事も……
「社長何か知っているんですか?」
嫌な予感がしてくる。この人は昔からそうだ。想像もしない事態を読み取ってきた。
「なにも知らないよー。ただ鋼糸蜘蛛がそこいら中に巣を張る森の中で、甲殻熊と戦うのは大変だろうなって思ってね。どうかな?あの二人甲殻熊いけそう?」
いや、流石に無理だろう。単独ならいける。大怪我くらいはするかもしれんが、なんとかするだろう。しかし、社長の言う状況では。
「ちょっと様子を見に行ってきます」
「良いよ〜心配性だなぁーオニゾウ君は」
社長は笑っている。
「いや、流石に鋼糸蜘蛛の森で甲殻熊と戦っ」
「オニゾウは無理だと思うのか。俺はやれると思うぜ。それに、もし無理だったとしても」
軽口は消え、一拍を飲み込む。
「しょせんその程度の奴らだったって事だよ」
かつて憧れた豹頭の戦士の言葉に、何も言い返せなかった。
大型の獣の呼吸音が辺りを支配していた。
「マサト……甲殻熊だ」
「ああ」
前門の甲殻熊、後門の鋼糸蜘蛛。逃走路はない。
明日から毎日18:00に投下予定です。よければまたどうぞ。




