第106話 ほうしゅうはえがお
端末に浮かぶ数字を見ていた。
チリも積もればなのか、とんでもない金額だ。
「し、シマちゃん。口座見たことある?」
「なにそれ」
「なにそれって、毎回、報酬はいつもの口座にって言ってるのシマちゃんでしょ!」
連絡は毎日のように端末に入っていた。その度にシマちゃんを送り出していた。その結果がこれか……。
シマちゃんがこっちに跳ねてきたので、手を出して迎える。指先のシマちゃんに端末が見えるようする。
「……。」
「たくさん?」
「沢山どころじゃないよ!どうするの!?こんなにお金貯めて!カナン様に叱られるよ!」
こんなの個人資産じゃない。ちょっとした大規模な事業者。いや大手法人レベルだ。
「だいじょぶ」
「あみかきょうとじゃない」
「何言ってるの!?そういう話じゃないよぉ〜」
どうしようこれー。困ったよぉ。
「あるまにあげる」
そんなわけに行かない。私は敬虔な、とは言わないがアミカ教徒だ。カナン様の教えは大切だ。こんなにお金を貯め込むなんて許されない。
「つ、使わなきゃダメだよ。な、なんか買おう。そうだ!探査会社なんだから武器とか防具を買おうよ。すっごく高価らしいよ」
「いらない」
「あるまいる?」
「要らないよっ」
要るわけないでしょ!
と、と、とりあえずマサトくんたちに連絡しよう。
発信者:アルマ・シロミネ
所属:南西大学[総合博学部]
発信地:SWU白黎女子学生寮
相対位置:北東方向1.1km
ステータス:正常[心拍値増]
「マサトー。端末鳴ってる。アルマからだ」
「んー。今忙しい。出といてくれ」
寮のトレーニングルーム。タクナのセッティングしたウェイトマシンと格闘中だ。これをクリアしたら、今週いっぱい休憩室で携帯糧食が食べ放題になる。アルマなんか相手にしてる場合ではない。
というか、アイツに関わると金が出る一方だ。疫病神みたいな女子に育ちやがった。
よし、やるぞ。イケる。自分を信じるんだ。
「あい〜きゃーんー。どぅぅぅ〜いっつ!」
よっしゃーー!上がったぁー!
「マサト〜、シマの貯金がもうすぐ10億円になる。どうすればいいの?だってさ」
ぶふぉっ!ガクンっ!
「ぐわっ!」
死ぬ!ちょっとヤバい。
「アルマ、まさかこんなことになるとはな、神罰でお前が死ぬなんて残念だ。白峰のみんなには折りを見て謝っておいてやる」
タクナっ!アルマなんか良いから俺を助けろ。アルマの前に俺が死ぬ!声が出ない……
「なんだとっ!?なに勝手なことしてるんだよ!俺らも巻き添えになるだろっ」
タクナ、マジでこっち見ろ。俺がヤバいことになってるから。
「マサトっ!ヤバいぞ。シマの作った法人の役員に俺ら二人の名前があるらしい。アルマの入れ知恵だ。どうする!?」
「というか、おまえ何やってるんだ。そんな遊び方したら危ないぞ?首が折れかけてるじゃないか」
タクナが歩いてきて、片手でひょいっとウェイトを退けてくれた。
…………。
「はぁはぁ。マジで死ぬかと思った……。」
「なんだ、遊んでるんじゃないなら、もっと早く言え」
うるさい。少し黙れ。二度とお前とは勝負してやらん。脳筋野郎め。
「で、なんの話だよ10億円って。とりあえず、二人を出頭させろ。今すぐだ」
平日午後の良い時間。寮の食堂に人気はない。微かなBGMが心地よい空間を作っている。
そして呼び出した二人を目の前に並べている。アルマは極上の紅茶を片手に、フルーツたっぷりのパンケーキを食べている。ニッコニコだ。
シマはコンポート塗れのアルマの皿の端に留まり、こっちを見ている。
「説明しろ。端的にだ」
歩脚を振り上げ、説明を開始しようとするシマ。片手を向けて制する。
「アルマ、お前に言ってるんだ。なにパンケーキなんか注文してんだよ」
「ここのフルーツパンケーキ本当に美味しいんだよ!コンポートとフレッシュフルーツの加減が絶妙。生クリームも甘さと舌触りが最高なの。あと紅茶もすごいんだよね。香りだけでもお金払いたくなるレベル」
金なんか払ったことないだろ。
「ちゃんと説明しろアルマ。なにがどうなってそんな大金を手にしているんだ」
組んだ腕をゆっくりとほどいて、タクナが訊ねる。
「えっとね、シマちゃんの端末が毎日鳴るんだよ。で、それに出て依頼人の居場所を聞いてシマちゃんに伝える。そうしたら口座がそんな感じになった」
こいつ本当に大学生か?育成校の一年生だってもっとまともな回答をする。いや、たぶん幼年学校だってもうちっとちゃんとしている。
「端末を寄越せ。お前のもだアルマ」
手を差し出して催促する。早くしろよ。しぶしぶ二つの端末を差し出すアルマ。
「タクナ、データリンクさせてくれ」
シマとアルマの端末をタクナに手渡す。それぞれを操作してから二人に返してやる。
タクナと手分けして詳細を調べる。目の前のやらかしコンビは好き勝手に振る舞っていた。アルマは紅茶のおかわりを頼んで、シマは次の仕事についてアルマと話をしている。その仕事の件で呼び出したんだ。自重しろよ。
「タクナ、8月3日のARC建設組合からの200万円だ」
「ん、たぶんこれだな、同じ日に緊急通信が入っている」
「シマ、仕事内容はなんだ」
「まいせつかん」
「ろうきゅうかちょうさ」
破裂した配管箇所の特定と、ついでに老朽化した区画調査。配管内部に潜って調べ回ったらしい。シマのおかげで即日復旧出来て大変感謝されたと。
「マサト、公奉庁からの通信がやたら多い。口座の方はどうなっている」
「ああ、50万前後が連日入金されている。多いな。いやちょっと待て。なんだこの1200万円って!7月21日振込みされている」
「いや、わからんなぁ〜公奉庁からやたら通信が入っているんだよ」
「あ、それ知ってるかもー。生産管理局の農業部の人から、緊急事態です!助けて下さいって大慌てで連絡あったよ」
貴様なんだその呑気さは。お前たちのやらかしを調べているんだぞ。なにパフェ頼むか悩んでるんだよ。もっと協力的な態度を見せろ。
「シマ、それなのか?農業部とはどんな仕事をした?」
「がいちゅうくじょ」
「おおしごとだった」
「ぶかそうどういん」
…………。
部下ってなんだろう。仕事の内容は聞くまい。おそらくお前にしか出来ない仕事だったのだろう。
「マサト!監査庁からの通信記録もあるぞっ。オフィシャルタグに指名依頼ってある。なんだこれ」
監査庁だと?端末を操作する。あった、これだ。1400万円も振り込まれている……。
「シマ、これは?」
「まじゅうとうばつ」
「ですすすぱいだー」
「へいしゅさんるいさんしゅ」
デススパイダーって手のひらサイズのデカい蜘蛛だ。タランチュラみたいな獰猛な感じの奴だ。
シマの話によると、そいつらが放牧地で散見されていたらしい。人間を積極的に襲う魔獣ではないので、たまに結界内に潜り込む。しかし、万が一の時には、危険なレベルの毒を持っている。監査庁はシマを適任者と判断して依頼したと。
「こてんぱん」
「ぐんもんにくだった」
「ゆうのうなてごま」
力で制圧して部下にしたと。それぞれをチームリーダーにして、専門チームを複数結成。以降、都市の害虫駆除作業を一手に引き受けている。ウィンウィンの仕事が複数受注できて助かると。やかましいわ。
しかし、なるほどだ。金額はそこまでではないが、公奉庁がらみからの、あり得ない数の振込みはこれか……
「よし、だいたいわかった。で、どうすんだよシマ。こんな金貯め込むのは良くないんだぞ」
「ししょうあげる!」
「いらんわ!弟子の金を巻き上げる師匠がいてたまるか」
「たくな……あげる」
「シマ、気持ちだけで十分だ。過ぎた金は身を滅ぼすんだ。またニートになりそうだ」
だよなー。にしても困ったな。ふと思った。
「アルマ、お前給料もらってないの?」
「なにそれ。そんなもの貰うわけないじゃん。なにもしてないんだから」
何もしていないはないだろう。これだけの件数の取次は大変だ。
「いや、受けた依頼の完了報告とかもしてるんだろ?」
「うん。だってシマちゃん通信できないもん。わたしが代わりにやらないと」
いや、それが仕事というものなのだが……。まぁアルマにそれを強要するのもな。シマの端末のパーソナルタグはシマ・シロミネとなっている。一緒に買いに行ってるから、名前もその時だろう。
「いや、ちょっと待て。案件の完了報告書はどうなってんだよ!あの面倒極まりない報告書を監査庁に提出する義務がある。探査会社運営法の二十二条第二項に記載されているはずだ」
最近得た知識を披露しておく。
「完了報告書ってなに?あ、なんか監査庁から定期的に書類が来るよ。ハンコを押す場所に付箋貼って、鉛筆で丸してくれてるから捺印して返送してる。あれがそうかな」
なんだと?監査庁がそんなことしてくれるだと?重箱の隅を突いて穴を穿つような連中だぞ。報告書の代筆などありえん!
「ほらっ、これ見てよっ」
ポーチをゴソゴソと漁り小さな棒を取り出して見せる。ハンコだ。
「作ったんだよ〜可愛いでしょー」
テーブルの上の紙ナプキンを手にしてそこに捺す。朱色でシマの顔がスタンプされている。デカい主眼にはハイライトまで入っていた。ハンコ職人の技術力高けぇな。
「お前、これを捺した書類を監査庁に提出してんの?」
小学生かな?
「うん!なんか言われたことないよ」
現在必死に事務仕事を教えてくれている彼女たちには黙っておこう。きっと違う監査庁がこの世界にはあるんだ。あとタクナは羨ましそうな顔してハンコ眺めるな。そんなものKTSで使えると思うなよ。少なくとも俺が許さん。
まぁハンコの意匠に関してはいい。それより書類に捺印するだけでもそれは仕事だ。
「アルマ、ちゃんと給料はもらえ。この感じなら月給としてもらっておかないとダメだ」
「そうなの?」
アルマはシマを見つめる。
「とうぜん」
なにが当然だ、ただ働きさせたのはお前だろ。あと従業員の報酬はどうしているんだ。日本、いや地球なら憧れの事業形態だ。金の要らない社員を多数抱えるって凄い話だ。
しかし、この金とこれからを考えると頭の痛い話ではある。どうしたものか。
「ほうしゅうさげる!」
「ん?向こうが決めてるんだろ?言い値で受けているんじゃないのか?」
「しろみねけいしき」
シマが言うに、報酬を金でもらうのが良くないと。なので白峰の時のように野菜や果物など物納で。
「食糧備蓄倉庫が必要になるな。数万人規模の備蓄になる。大型倉庫は近所にあったかな。いや大量備蓄だから流通に問題が生じるか?」
「やめろ、タクナ。お前はアホか?真に受けるな」
シマが考え込んでいる。歩脚を顎に当てて思案顔だ。こいつ、蜘蛛のくせにほんと人間臭い仕草をするな。
「むけいぶつ!」
「なんだそれ、何をもらうんだ?」
俺は報酬を金じゃ受け取らない。そうだな……女をひとり。誰でも良い。笑顔にしてやれ。それが俺がお前に送る請求書だ。
ドヤ顔で語るシマ。呆れてものが言えない。
「きゃーシマちゃんカッコいい!」
アルマは騒ぐな。お前が教え込んでるんじゃないだろうな。
とりあえず困った時はあの人だ。一番まともな先輩を頼ろう。
端末を操作する。
「あ、ティーナさん。ちょっと相談あるんですけど大丈夫ですか?」
偉い人だし、一番常識的だ。うちは絶対にダメだ。事務方もちゃんとKTSだからだ。それに蒼穹探査は最初にシマの仕事に依頼料を払ってくれた会社だ。事の次第を丁寧に説明する。
『それは大変ね……。監査庁に相談窓口あるわよ。探査員の悩みならなんでも解決してくれる部署よ。連絡しておいて、いや一緒に行きましょうか、KTSさん絡みじゃないなら不都合もないし』
「そんな便利部署があるんですか……今回の件も大丈夫ですかね?」
『とうぜんよ。むしろ最適任と言えるわ。でも、意外ねマサトくんたちがシマさんの活躍を知らないなんて』
「なんすかそれ?」
凄く嫌な感じだ。あまり聞きたくないぞ。
『監査庁の公表してる探査会社の受注完遂ランキング見てないの?個人事業者のランキングのトップはずっとシマさんよ』
タクナが素早く端末を操作する。浮かんだホログラムを監査庁へ繋ぎ該当ページへ。驚きの表情を浮かべ、それを俺にも見えるように。
「あ、はい。今みてます。知りませんでした……。と、とりあえずありがとうございます」
『ん、いいの。助けになったなら嬉しいわ。いつ行く?私が合わせるわ』
「えっと、大丈夫ですか?ティーナさん忙しいんじゃないですか?」
『わたし暇よ。やることないもの。ELC契約探査員ですもの』
俺の知ってるELC探査員とは違うようだ。
約束して通信を切断した。
「いや、マサト。すげぇなこれ、ぶっち切りの桁違いだ。こんなん誰も勝てないぞ」
そりゃそうだ。個人事業者じゃねぇからな。それよりも気になる事がある。
「アルマ、シマの端末寄越せ」
何か物言いたげな表情をするアルマだが、シマの端末を渡してきた。
ゆっくりと操作する。探査員登録証を開く。
シマ・シロミネ。5等級探査員……。
「なんでだよ!俺より上じゃねーか。いつの間に抜かれたんだよっ」
「あー、まぁこの実績だからな〜そりゃサクサク昇格するか。シマ知ってたか?」
「しらなかった」
「なんとうきゅう?」
「5等級だぞ。立派な一人前だ。流石だな」
シマが踊り出す。右へ左へとピョンピョンと飛び跳ね、チャッチャッと音を立てるように左右の歩脚を上げ下げ。
「やったー!」
大喜びだ。くそっ、探査員等級まで追い抜かれたのか……。シマの喜びの舞いを眺めていた。
「ねぇマサトくん。ティーナさんにもっと連絡してあげなよ。食事とかちゃんと誘ってる?」
なにが気に入らないのか不満そうな顔でアルマが言う。
やかましいっ!問題ばっか持込みやがって。アルマの頭を掴み、こめかみに拳をグリグリ押し付ける。
「痛いよー!なにすんの!やーめーてー!」
寮の食堂スタッフさんが笑っているが知ったことか。




