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第104話 精算

今日からひと月くらい戦闘訓練にKTSの探査員の方がみえると聞いている。前衛職の方らしい。


みんなマサトさんだと言っている。確かにそれが自然だとは思う。けれど、マサトさんは学校にきて座学を受ける合間に、割と訓練に参加して下さる。いまさら改めて学校が告知する理由が無さそうな気もする。


「おいレオス。早く行こうぜ。早い者順とかなったら悔しいぞ」


ソルファスが急かす。たしかにそれはそうだ。授業なので早い者順とか意味が分からない。しかし、何があるかわからないのが現場だと教えられている。不測の事態に備えてないようでは、KTS探査員など夢のまた夢だ。


幸い、俺らが最初の生徒だった。人影のないグラウンド。校舎側にあるベンチに荷物を下ろし、準備をしていた。


「おー、レオスー。ソルファスー。元気でやってるか〜」


「おはようございますっ!タクナさん!今日はよろしくお願いしますっ!」


予想外なのか、予想を少しずらしたのか。定刻よりかなり早い時間にいらっしゃったのはタクナさんだった。


「まだ時間あるよな。ちょっと走るから待っててくれ〜」


そう言ってタクナさんは身体を軽くほぐしている。相変わらずというか、なんというか立ち振る舞いに凄みがありすぎて緊張する。いやそれより胸に威征章がもうひとつ付いている。単騎章だ……マジかよ。この人、甲種をひとりで倒したのか。聞きたいけど、失礼になってしまうだろうか。


「あの、俺らもご一緒しても良いですか?」


ソルファスが一緒に走りたいと言い出す。良く言った。断られたら諦めよう。しかし、せっかくの貴重な機会、時間前から一緒に訓練したい。あわよくば威征章の件を聞きたい。


「え、別に良いけど。なんでだ?走るだけだぞ?」


「僕らも走りたいだけです!」


めちゃくちゃだよソルファス。だが、それで良い。タクナさんはでっかい男だ。つまらない小細工や口先だけの人間など、相手にしてくれないだろう。


マサトさんの場合は、屁理屈を捏ねると嬉しそうにしてくれるけど。予想通り、タクナさんは意味がわからないという顔をしていたが、俺たちに顎をしゃくって、グラウンドを走り出した。


「タクナさん、聞いても良いですか」


走りながら声をかけてみる。


「んあ、なんだ。なんでも聞いて良いぞ〜」


軽くジャブから入る。


「なんで今回タクナさんがいらして下さる事になったのですか?」


タクナさんといえばマサトさんと並んで、飛ぶ鳥を落とす勢いで階級を上げるKTSの若きエース。俺らの相手をしている暇などないはず。


「それを訊くかレオス……」


珍しく口籠るタクナさん。


「す、すいません。訊いてしまって!忘れて下さい!」


「いや、訊いてはならない質問など、育成校の生徒にはない」


「答えてはならない回答は、俺らにはあるけどな……」


なんか小さい声でタクナさんが言ってる。


「そのアレだ。お前らが俺の見てない間にどれくらい強くなったか知りたくてな。会社に頼んで、今回の運びになったわけだよ」


「マジですか……やばいなレオス。俺は緊張して吐きそうだ」


俺もソルファスと同じだ。タクナさんが来なかった間、真面目にやってきたつもりだ。しかし、こんな風に改まって言われると緊張する。


喉が妙に渇くのは、走っているのが理由では無さそうだ。


軽く汗を流すと、他の生徒たちも集まっていた。徽章については訊けなかった。ヘタレすぎるな俺。


「よし、始めるか!」


整列した俺らを前にタクナさんが声を張る。


「よろしくお願いしますっ!」


一斉に挨拶して訓練開始だ。


「レオス、ソルファス、ラルゴ。それと……タロンもだな、外れろ。神官も全員だな。後は全員で魔術士ひとり入れた三人組を作れ」


「俺と模擬戦するぞ」


「神官は今回治療班になってもらう。俺が死にかけたら治療を頼むな」


俺らはどうするんですか?質問を口にしようとしたが、タロンに先を越された。


「教官どの!質問を宜しいでしょうかっ」


「教官はやめろ。質問はなんだ?」


「タクナさんの戦闘服に新たな徽章が追加されております。威征単騎章と思われます。いったい何を単独討伐されたのでしょうか!」


タロンっ!おまえはやる男だと常日頃思っていた。最高かよ。


「…………。あぁそのなんだ……グリフォンが出てな……」


全員言葉を失った。マジか、この人……。


「いや、俺は悪くないんだぞ。仕事中に遭遇してどうしようもなかったんだ」


なんで、こんなに歯切れが悪いのだろう。グリフォンを単独討伐しただけでなく、予定外だったって……。


「いや、言い訳はするまい。男らしくなかった。とにかく、俺はグリフォンを倒した。その結果、おまえらとこうして訓練を共にしているわけだ。わかったな。もうこの話は無しだ。俺を責めるのはなしだからなっ!」


まったく意味がわからない。威征単騎章なんて普通、付いてない。なのに、なんでそんなに凹んでいるのだろうか。


名前を呼ばれた俺ら四人は、タクナさんと一対一で戦った。むちゃくちゃだ。もう何がなんやらわからないくらいケチョンケチョンにされた。



ヤバいかもしれない。夕方の休憩室でノートを広げていた。サルディから教わった事を必死でメモった。それをちゃんと理解できるように清書している。


初日から、なんか思っていたのと違う。そう感じてはいた。いや、総務の女子たちは想像以上に歓迎してくれた。二日目もマサトさん、マサトさんとチヤホヤしてくれた。


お昼は経理課の子たちと一緒した。


なんとなくだけど、状況が良くない方へ進んでいる気がしていた。


なんというか、期待されている。いや期待され過ぎている。経理の女子たちもお昼休みを利用して、一生懸命俺に仕事を教えてくれた。手作りのお弁当のオカズまで分けてくれた。


どう考えても先行投資だと思う。大型戦力が投入されたと思われている。そんな予感がビンビンしていた。


ヤバい。真面目にやらんと、あの子達に迷惑をかけるぞ俺。


慣れない仕事を必死で理解しようと頑張っている。ご褒美なのか?これ。


「おー、マサトー。お疲れさんっ!どうよ、天国の住み心地は?」


タクナが育成校から戻ってきた。なんか昨日の不満そうな顔と違う。


「お前はどうなんだよ。子供たちの相手で、普段使わない精神削られたろ」


「いや、それはそうなんだけどレオスだ。レオスっ!」


レオスくんがどうした?彼は真っ直ぐで、とても良い性格だ。人格者とさえ言える。少なくとも高校生とは思えん。


「いや、今日よー。レオスとサシで戦ったんだけど、あいつすげぇぞ。何度か本気でヤバかったわ。めっちゃ強くなってる!」


「マジかっ。どんな感じに育っとるの?詳しく話せ、今後の方針を決めようぜ!」


タクナもそれが話したかったのだろう。ニヤリと笑う。自販機で、携帯糧食を落とす。俺はコーヒーを二本用意した。


しかし、戦闘訓練の話で盛り上がるって、俺ら脳筋なのかもしれない。


「おっけーおっけー。大体、そんな方向性だな。強くなるとは思ったけど、想定を超える速度で成長しているな。実に頼もしい奴だ」


「そう言えば、おまえのお使いはどうだったんだ。夜爪豹に追われたって聞いたけど」


「それは報告書読め。話したくない。フレイアの添削付きだから、とても分かりやすい報告書が出来ている。作った俺は地獄のダメ出しを食らったが」


あそこまでダメ出しするなら、いっそ作って欲しかった。


「なるほど、わかった。読んでおくわ。特にV-REXのくだり」


うるせぇ、お前も全損させただろ。


「お前こそどうだったのか話せ。白峰は?ベルセンさんとリエラさん元気だったか?翠風の連中はなにしていた?」


思えば初めてだったんだな。こいつと別々で仕事するのは。


「なるほどな。遊んでただけにしか聞こえん」


机の上には携帯糧食の空袋の山と、コーヒー缶が並べられていた。ゴミの山を運んでいたらタクナに言われた。


遊んでないわ。


「お前だってシマと遊んでただけじゃねぇかよ。それでV-REXが溶けちゃいましたとか笑えねぇよ」


小馬鹿にしてやるが、なぜかタクナは言い返してこなかった。俺の顔をつまらなそうに眺めている。なんだその反応。



「おい、マサト。一回しか言わねぇから。よく聞いておいてくれ」


タクナの奴が俺を真っ直ぐ見てきた。こんな真面目な顔できるのかコイツ。そう思ったけど、茶化してはいけない雰囲気。


「なんだよ。言ってみ」


「白峰で、俺を探査会社に誘ってくれて感謝している」


深く頭を下げてきやがった。なんてことしやがる!


「なんだよ!気持ち悪ぃな!どうしたんだ、変なもの食ったのか?」


それでも黙って俺を見てくる。


「とりあえずわかった。良く分からないけど感謝を受け取ろう」


一回だけみたいなので、素直に受け取っておく。二度とやるなよ。なんか調子が狂う。


「いや待てよ。思い出したぞ。携帯糧食の恩を一生着る気になったのか?」


「毎日、着替えるって言ったろ。その恩は着古して処分済みだ」


それを捨てるなんてとんでもない。いつかのシマの台詞を思い出した。なにか言い返してやろうと考えていると。


「まて、マサト。ここらで精算しておこう。携帯糧食を恵んで貰った程度で、一生言われたら堪らん」


「ほう。飢え死にしかけた時の一本の携帯糧食。あの貴重さに匹敵する何をお前は提供できるのだ?」


いいね。やはり俺らはこうで無いと。


「おまえアズール・ホエムの日蝕が大好きだろ?一度、碧淵に観に行けよ。街の西の外れから見ると良い。白玲峰が冠雪している時期に行け」


「なにそれ?」


「さあな。どう受け取るかはおまえが決めればいいさ。釣りはいらねぇよ」


それだけ言うとタクナは笑いながら立ち去った。碧淵っておまえの生まれ故郷だろ。いったいなんなんだよ。


意味が分からないまま、タクナの背中を見送った。

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