第102話 知らない一面
目が覚めるがまだ暗い。
昨夜は初めて親父と飲んだ。酔っ払って暴れて都市を追い出された親父。酔うほどに飲むところを見たのは初めてだった。暴れたらぶちのめして、寝室に放り込むつもりだった。しかし、静かに俺の話を聴いているだけだった。
身体の調子は悪くない。リイナさんがじっくりと、時間を掛けて治癒魔法をかけてくれたおかげだ。
走りに行くか。
「シマ、俺は走ってくるわ」
窓辺を跳ね回っていたシマに外出を告げる。
「うん」
「いってらしゃい」
跳ねるのをやめ、こちらを向いた四つの目。いや八つか、小さすぎてわからん。最強蜘蛛が送り出してくれた。
碧淵の外縁部を走る。
「タクナ、走るぞ。とりあえず走っておかなきゃ、あの狂人たちには到底追い付けない」
入社試験で力の差を思い知らされた。反省会でマサトが言い出して始めた頭の悪い距離のランニング。いつしか習慣になっているのが笑える。碧淵じゃ、毎日寝ているだけだったのに。
息を乱さないよう走る。都市と違い一周10kmにも満たない。こんなに小さな街だったかな。小さな部屋に引き篭もっていた俺が思うことではないか。苦笑してしまった。
三周目に入ったところで、ふと思い立った。そうだ、寄っておこう。
西の外れ、木立に建てられた石。周りの落ち葉や小砂利を除ける。今でも誰かが掃除しているんだな。大して汚れていない。
「サイファトさん。俺、探査員になったよ。昨日はグリフォン倒したんだよ。凄くね?」
石に向かって話しかけた。
「姉ちゃんは、アルカディアに行ったってさ。サイファトさん、逃げ切れて良かったね」
姉ちゃんに付き纏われていつも困った顔してた。社長の娘だ、無碍にするわけにもいかない。かと言って受け入れるのも怖いってところだったのかな。まぁ単純にあの母ちゃんを見ていて、その娘を恐れていた線もあるか。想像して笑ってしまった。
死んだら西の外れに墓作ってくれ。サイファトさんは、そう言っていた。そして、その通り墓が建てられた。
なんでこんな辺鄙なところに。
気がつくと、日が昇っていたらしい。アズール・ホエムがサファイアのようなブルーの環になっている。
青いガス惑星の外縁を太陽が輝かせる。マサトの奴は妙にこれが好きなんだよな。しばらく眺めていると思い出した。碧淵は日蝕明けにちょっとアクセントが追加される。
時期も最高だ。白玲峰は冠雪していた。日蝕が明けるのを待つ。空は明かりを取り戻し青白くなっていく。
サファイアの輝きが弧を狭めていく。もうすぐ、いまだ。
サファイアの光の中、一点、ダイアモンドの白い輝きが作り出されすぐに消えた。
後は白く冠雪した白玲峰の山頂が見えている。
なるほどね。辺鄙な場所でもないか。少なくとも、マサトよりは強いかな。俺もあの瞬間はいつも目を奪われている。
マサトに教えてやるか。お前の大好きなアズール・ホエムの日蝕には、まだ知らない一面があるぞってな。
「サイファトさん、また来ます。相棒を揶揄う良いネタありがとうございます」
翠風へ向かう準備は整っている。碧淵を発とうとしているが、えらいことになっとる。街外れ、翠風へと続く街道で、街人総出で見送られていた。
「うるせぇな母ちゃん。ガキじゃねぇんだ。心配なんかいらんっ!」
「タクナ、本当にこれ乗っていかないのか?」
親父が心配そうにHRを持って立っている。
「いや、親父さー。お使いにきた探査員が、現地の会社から足を借りるなんて聞いたことあんのか?翠風なんか走っていける距離だ」
それに翠風まで行けば同期がいる。サイルかカインあたりを丸め込んで、魔素駆動車を借りれば良い。壊したV-REXのことは今は考えないようにしよう……。
「タクナ、これ持ってけ。好きだったろ」
「タクナくん……あのニートが立派になって……」
「タクナ、都市では悪さするなよ。あそこは─」
爺婆どもが鈴なりになっている。他にやることあるだろ。暇なのか?暇なんだろうなぁ〜。
「もう行くよ!また来るから、みんな元気でな!」
キリがないので、そう言って走り出す。付き合ってたら夕方になるわ。
「タクナ!帰ったらお姉ちゃんに会うのよ!困ったら助けてもらいなさいっ!姉弟、助け合って都市で頑張るのよー」
母ちゃんが叫んでいるが内容が酷い。助けてもらう?会ったら困りごとを押し付けられるだろうが。聞こえなかったことにしよう。
振り返らずにダッシュした。
翠風までの街道。白玲峰北の麓を回り込む街道だ。碧淵・翠風間を結ぶだけの街道なので、自ずと利用者は極めて少ない。
ときおり丙種の影があるので問題を起こしそうな奴は倒しておく。
「もうかえる」
走る俺の肩に留まっていたシマが言った。
「帰るって突然だな。いったいどうした?」
「いそがしい」
「しごと」
いや、仕事が忙しいなら、なんでついてきたんだ。
「じゃあね」
そう言って空に舞い上がって行くシマ。
「シマっ!鳥に気をつけて帰るんだぞっ」
「よゆうっ!」
いや、心配してるのはお前ではなく、食べた鳥の方なんだが……。
あっという間に青空に吸い込まれていった。いったい、何しに付いてきたんだ。わからん。
シマの消えた空を見ていた。一羽の鳥が飛んできた。鳥が不意に方向を変えるのが見えたが、見なかったことにしよう。三日でグリフォンを倒すんだ。あのサイズなら10分といったとこだろう。
私の端末が未登録者の着信を知らせたのは、お昼休みもだいぶ経ってから。
「アルマー、端末鳴ってるよ〜」
ミレィナに呼ばれた。
「先生、たいへん申し訳ありません。通信みたいです。お話はまた改めて聞かせて下さい」
「いや、こちらこそ。貴重な昼休みを割いて貰って悪かったね。改めて時間を取ってくれるのなら行幸だ。今日は失礼するよ。ありがとう」
時間を取るとは言ってないのだけど……。魔獣学科の教授は、お腹の前で拳を握り去っていった。入り口に溜まっていた先輩方が、教授の姿に歓声を挙げていた。
「アルマー、早くー。私がでちゃうよ〜」
「待って!いま出るからっ」
誰だろう。未登録着信音はあまり聴く機会がない。タグを確認する。
発信元:監査庁監査局 斎女監査課
対応者:フレイア・カナリス[斎女監査官]
案件区分:取次
監査庁のオフィシャルタグだー。すごーい。シマちゃんの端末にだって、あまり浮かぶことがない。探査員としてバリバリ働いてるシマちゃんでさえ、レアなタグ。一般人もいいとこの私になぜ?
「はい。アルマ・シロミネです」
ミレィナから渡された端末を受け取る。
『はじめまして、アルマ様。私は監査庁斎女監査官フレイア・カナリスと申します。突然のご連絡、申し訳ありません』
とても、綺麗な声……。斎女を名乗る女性の声はずっと聴いていたくなる、風鈴を鳴らしたような澄んだ美しい音だった。
通信をしても大丈夫か問われ、問題ないとなんとか返答した。
『ありがとうございます。では、要件をお話しします。最初に申し上げます。アルマ様のお兄様に関する取次ですが、悪い知らせではありませんので、ご心配なさらずに』
あ、そっか。マサトくんたちの関係者か。というより、フレイアさんってマサトくんのELC契約監査官だ!
『マサト探査員からの連絡です。要約したものをお伝えしますね。仕事でしばらく留守にする。ちゃんと連絡したからな。とのことです』
ちゃんと連絡とは、普通は出発前にするものだと思う。少なくとも都市を離れて4日も経ってからするのは、ちゃんととは言わない。しかし、今はそれは良い。
「ご連絡ありがとうございます、フレイア様。質問することをお許し頂けますか?」
『もちろんですアルマ様。時間は取っております。お兄様に対する憂いがなくなるまで質問して下さい』
決して憂いたりはしてないが、気になることを訊くのは大丈夫みたい。なら、聞いておこう。
「あの、マサトくんどこで何してるんですか。また魔獣災害でしょうか?」
『いいえ、今回は都市外探査会社現況巡察任務に出ております。危険はゼロではありませんが、街を回って何か異常がないかを確認するだけのお仕事ですよ。現場の方は、お使いなんて呼んでいます』
フレイア監査官は美しい声の持ち主というだけでなく、とてもお優しい方のよう。お使いのとこでクスッと笑ってくれる。
昼休みが終わるまで質問をさせてもらった。後半は斎女様の声を聴いていたい気持ちの方が大きかったけど。
「お時間を割いて下さって、本当にありがとうございました」
丁寧にお礼を伝える。あの馬鹿な二人の兄のせい、いやおかげと言うべきか。斎女様とたくさんお喋りできた。
『いいえ、アルマ様はたいへん優秀な学生さんだと聞いてましたが、本当ですね。楽しくお話しできて私も感謝していますよ。では、これで失礼いたします』
通信が切れた。
なんとなくだけど、またお話しする機会もあるかと思ってタグを登録しておく。あれば良いな。
それはさておき、話を聞くだけ聴いてわかった。ちょっと前にタクナくんが連絡してきたシマちゃんの件がそれだ。
シマちゃんから仕事のキャンセル連絡をするように指示された。突然のことで慌てたけど、たぶんアレはタクナくんに付いて行ったんだ。もう、なにしてるんだろうみんなして……。
「ねぇ、アルマ。いまの通信って斎女様なの?凄い綺麗な人だね」
ミレィナが恐る恐る聞いてきた。
「うん。そうみたい。初めてお話ししちゃった」
「ものすごい綺麗な声でしたね」
ファミーナもそう思ったのか。
それにしても、ELC契約監査官に私用の伝言とか許されるのかな?いや、たぶんだけど許されない。というか、私が許さない。帰ってきたら三人とも、いや二人並べてお説教しよう!




