第101話 甲種Ⅰ類二種:グリフォン
好戦的なⅠ類で甲種、しかもグリフォン。下位の竜種を遥かに凌ぐと言われる高い戦闘能力。それに加えて、高エネルギーの塊であるブレスは空気をプラズマ化させ岩石を溶かす。
周囲には焼け焦げた物質と、電離再結合させられた空気の臭いが漂っていた。鼻をつく臭いに辟易しつつも、視線は相手を捉え続ける。
まあ、辟易してるのは相手も同じか。致命傷は互いにないが、それが逆に苛立たせているようだ。
「そんな顔するな。お前が仕掛けてきたんだ」
グリフォンの目に感情が浮かんだのをみて、なんとなく言ってやる。まったく面倒な相手だ。大人しく首を差し出せ。苦しまないように一太刀で斬り落としてやる。
グリフォンは嘴を大きく開けるが、ブレスは吐かず鳴き声を上げた。振動した空気が耳障りな高い音を運んでくる。同時に翼を広げて大きく後退した。
なにをする気だ。待ってやる義理はないので間合いを詰めた。たとえ何をしてきても対応できる。
不人気で廃番されたKTS印の大剣。しかし、開発部長の好意で新造してもらった。蒼白竜の素材を使用し、頑丈さと斬れ味を両立した逸品。
首を斬り落としてやろうと振るった。わずかに届かなかったが、派手に血飛沫を吹き出させた。初めて驚きの表情を浮かべるグリフォン。散々、好き勝手にブレスを吐きまくりやがって。大剣の錆にしてやる。飛び立つ隙など与えないよう、手数を増やして攻める。
鷲の前脚の付け根を深く捉えた。身体を支えられず、右に首を垂れるグリフォン。お別れだな、鷲と獅子の身体の付け根、正確にそこに向けて大剣を振り落とす。
いや落とそうとした。
しかし、振り上げた剣の平を咄嗟に右へ向けた。同時に剣が熱せられる。数秒にも満たない時間だったが、蒼白竜大剣でなければ溶け落ちたかもだ。
上空には新たなグリフォンが浮かんでいた。
「おかわりなんて注文してないんだがな……お前が頼んでくれたのか?」
満身創痍、ヨロヨロと体勢を整えるグリフォンに問いかけた。憎々しげに俺を睨みつけてくる。
「おーいシマー。どっちかお前がやってくんねぇ」
泣き言の代わりに救援を求めた。
「……」
「みっかかかる」
「だいじょぶ?」
少しの間のあと、シマが答えてくれる。
大丈夫なわけあるか。
だが大丈夫かと訊いてくる呑気さに思わず笑ってしまう。
まあしゃーない。シマは確かに最強なんだけど質量差がありすぎる。むしろ三日あれば倒せるってすげぇな。俺なら逃げの一手だ。
「いけるいける」
「がんばって!」
どっから見てるのかもわからん。6mmの最強蜘蛛の応援に小さく息を吐く。いけるらしい。なら頑張るか。
にしても、マサトのやつどうやって蒼白竜を倒したんだ。記憶にないとか、役立たず過ぎるな。帰ったら弄ってやろう。
第二ラウンド開始だ。
ミスるなよ。まずは制空権を握って好き放題する移動砲台を、なんとか引き摺り落とさねば。
上空のグリフォンが、細かく短くブレスを放つ。長々と吐かないのは、燃料切れを考えているのだろう。それに、一瞬でも直撃すれば勝負が決まると思ってやがるな。
本当にそうかな?朱路で見た周囲を青白く輝かせるほどの蒼白竜の極大ブレス。あれを喰らったら一撃でアウトだ。しかし、グリフォンのものなら、少しくらい貰っても耐えられる気がする。
「あぶない」
「かわすっ」
外野がうるせぇ。
連動しているかのように、地上の奴も鷲爪を振るってくる。
こっちもうるせぇ。
「そこだ!」
「くぅー」
「おしぃ〜」
シマの奴、高みの見物で好き勝手言いやがる。もはや観戦じゃなく、ただの野次馬だ。しかし、どうしても笑ってしまう。シマ、師匠そっくりだぞ。
うるさい方のグリフォンの爪が俺の足を捉えた。ちょうど良いので盾代わりに身体を入れ替える。足に食い込む爪が肉を引き裂く前に、右脚を断ち切った。その瞬間に上空が光る。だが、倒れ込むグリフォンの陰に入った俺にブレスは届かない。
まともにブレスを喰らったグリフォンだったが、致命的な傷は負っていなかった。
すげぇぞマサト。
生態調査記録にあった通りだ。グリフォンのブレスはグリフォンで防げる。頭が悪いとしか思えない記載だったが、役立つ日がくるとは思わなかった。
いったい誰が何のために、そんな馬鹿な真似をしたのかと思って読んでいた。なるほど、こんな状況だったのか。馬鹿で偉大な先輩に感謝する。
そして、盾代わりにされたグリフォンも多少のダメージは入ったようだ。痛みなのか一瞬固まる。腰のナイフを抜いて腹を大きく開いてやった。
腹圧で中身が溢れる。苦しませる趣味はない。大剣を思い切り振り抜いた。
「おお〜」
シマの歓声の中、赤く魔素散乱するグリフォン。上空の一頭が俺を睨んでいるのがわかる。心配するな、お前もすぐに後を追うんだ。
跳躍のために助走をつける。両足と尻尾も利用して跳ね上がり大剣を振り上げた。グリフォンの嘴が開き、口内が輝きを増すのはわかった。無視して斬りかかった。
「たくなっ!」
シマの悲鳴が聞こえるが、心配するな。たぶん一回ならまともに喰らっても大丈夫だ。リザードマン舐めんなよ。頑丈さが売りなんだ。
生態調査記録に新しいページを追加してやる。
赤い魔素を散乱させてグリフォンが散っていくのを確認していた。流石に疲れた。結局、倒すまでに三回もブレスを喰らう。きっと全身焼け爛れて酷い有様だろう。
「……」
「たくな?」
「だいじょぶ?」
崩れ落ちて立ち上がれないでいると、シマが声をかけてきた。
大丈夫に決まっとる。
お前が三日で倒す相手なんだ。俺が一時間ならまぁまぁだろ。いや、質量比を考えると3分くらいで倒さないとダメなのか?まあ俺は最強ではないからな、そこらへんは今後の課題だ。
なんとか立ち上がり辺りを見回す。こちらも酷い有様だ。周辺は焼け野原と言うべき様相。まともな物がどれだけあるだろうか。
アホほど強い相手だった。しかし倒した。もう二度と単独で相手はしたくない。甲種を単独討伐って馬鹿のすることだ。そう考えると竜種を単独討伐したマサトは……大馬鹿?
「ぶふぉっ」
「たくなっ!?」
思わず噴き出してしまった。
碧淵に帰ろう。相棒が大馬鹿野郎だったと親父に教えてやらねばならん。
「さてと、V-REXはどこにあるのかな」
シマに尋ねがてら、辺りを見回す。
「それ!」
シマが言った先には、魔素駆動機に真核制御器がくっ付いた何かの塊が落ちていた。
「マジかよ…………」
壊すのはマサトの方に決まってる。そう思っていたのに……。
「どんまい」
いつの間にかシマは俺の肩に留まっていた。
夕陽を見ながらの帰り道。
「おまえさー、V-REX守っておいてくれよ〜」
「ほらっ!」
シマはいつも留まっていた出力モニターの破片を持っていた。傷ひとつない。
「いや、そうじゃなくてさ〜。全部よ全体まるっと。なんつーか、バリア的なモノで包み込むとかないの?」
「ぜんぜんむり」
「でかすぎ」
いやわかるけどさ〜。帰ったら怒られる……。ラドさんは崩れ落ちるだろう。そしてフロラに冷笑されるんだ。
「だいじょぶ」
「ふろら」
「やさしい」
「フロラが優しいってどういうことよ。右足ターンッされると新人たちなんか、音だけで背筋がビシッてなる。関係ないのにだ。鬼教官だろ〜」
走って帰る気力などなくしてダラダラと街道を歩いていた。夕陽が丘の向こうに姿を消す頃、街道の向こうに、HRを走らせる親父の姿が見えた。
役場にグリフォンは討伐したと報告した。人々がシェルターから出て、帰宅するのをぼんやり眺めている。
リイナさんから治療を受けていた。会社の前を通りかかる人が、俺を見て手を挙げてくれる。良かった。避難が無駄足になってくれて。
俺も手を挙げ返そうとするが、すごい勢いでリイナさんに止められる。それを見たみんなは苦笑いで、後ろに続く人たちに声を掛けていた。以降、みんな笑顔だけ見せて帰宅するようになる。
「いや、タクナ。無事で良かったぞ。お前に何かあったら死体がひとつ増えていたぞ」
リクさんはリイナさんを手伝っていた。
「なにそれ?イテテッ……。リイナさんもっと優しくしてよ」
黙り込んで、治癒魔法をかけるリイナさん。
「いや、お前を置いて戻ったガルディオにミイナちゃんがエラい剣幕で噛み付いてなぁー。息子を置いてくるとは、それでも父親かっ!ってな。殺すんじゃないかと思って必死で止めたんだ」
母ちゃん何やってんだよ……。親父も災難だったな。
「でも、ガルディオの奴。いつもならオロオロとするのにひと言で黙らせてたぞ」
「息子?都市の優秀な探査員に後を任せただけだ。お前が口出しすることじゃない」
「だってよ。ミイナちゃんがガルディオとの喧嘩で負けるところなんか初めてみたぞ」
笑いながらコップを差し出してくる。中は子供の頃に良く飲んでいた、街の名産茶だ。甘味が強く怪我人には定番だ。
今日は親父のとこに泊まるか。俺の部屋はまだあるのだろうか。
「リクさん、頼み事してもいい?」
「なんだ?街を救った英雄の頼みだ。なんでも聞くぞ」
会社に帰ったら、めっちゃ怒られる英雄だ。
「親父が好きな酒買ってきてよ。たまには親父も飲みたいだろうからさ」
リクさんは返事もしないで俺を見る。そして肩を強く叩いてきた。
痛えよ。俺は怪我人だぞ。文句を言おうとした。
リイナさんにぶっ飛ばされていた。腰の入った良いフックだ。現役時代に神官だったのは本当だろうか。




