第100話 親父
「お前、本当にそれで行くのか」
「んあ、山道だって言いたいんだろ。いけるわ。山岳地だから適した魔素駆動車がないと行けません。そんなこと口にする奴なんかウチじゃみたことない」
「……。そ、そうなのか。一流の探査会社はやはり違うな」
すまん親父、少し盛った。本当は割とみんな遠慮なく文句言う。ただ、それが認められる事がほぼないだけだ。操縦士はさておき、探査員の申立てなど愚痴扱いでまともに聴いてもらえない。
もっともマサトの奴は違う理由で毎回文句を言っている。この間も、新型車両が納品されているのを知って、それがいいと屁理屈を捏ねていた。ただ新型に乗りたいだけだ。
フロラに鼻で笑われて却下されていた。しつこく食い下がったあげく、その子で任務に支障あるなら操縦徽章を返納する?とか言われてて笑った。
親父がどこからか引っ張り出してきた魔素駆動二輪車は、少し古い型のHR250だった。オフロード寄りのマシンで、山間部を走ることの多い碧淵に適したとても良いマシンだ。
「それ本当に乗れるのか?ちゃんと制御器起きるんだろうな」
「大丈夫なはずだぞ。定期的にメンテナンスはしていた」
そんな事までやれるのか。俺も覚えた方が良いのだろうか。整備部に弟子入りするか。
「本当かよ。メンテどころか、そんな物を持ってるのも知らなかったぞ」
「隠してたんだよ。知ったら乗りたがるだろ。遊びに使うものじゃない。万が一の事があったら、街に魔獣が押し寄せるんだ」
確かに知ったらタダじゃ済まなかっただろうな……。そしてガキに扱えるものではない。それに碧淵は魔獣災害がほとんど起きない平和な街だ。小さな災害で済んだとしても、何が起こるかわからない。隠していた親父が正しい。
親父が魔素駆動機を動かし、制御器を起こす。薄い黄色に輝く制御リングが回転する。
「ほらな、大丈夫だろ。乗るのは俺も久しぶりだけどな」
珍しく歯を見せる親父の起こしたリングは、疎い俺にもわかる見事なものだった。
話は朝まで遡る。母ちゃんの家で目が覚めた俺を親父が訪ねてきた。
「おう、おはよう。タクナいるよな。頼みたい事があってな」
玄関からそんな声が聞こえた。俺の知る母ちゃんは親父と顔を合わせりゃ罵っていたが、不思議とその時は何も言わなかった。朝飯を食ってた俺のところに戻ってきて。
「タクナ、お父さん来たよ。なんか頼みあるんだって。会社で待ってるらしいから、早く行ってあげなさい」
すぐに準備して会社に向かった。
「漁師のソコランさんがな、ひと月くらい前に街道沿いで仕事してたんだ。その時、魔獣が山間を飛んでいるのを見たらしくてな。一瞬だったから、なんだかわからなかったが、放置して良さそうな物でもないって報告してきてな」
碧淵から蒼霧へと向かう小街道。険しい道の上、古い街道なので整備もされておらず、今はほとんど使われていない。少し前に、地図から消そうなんて話もあったらしい。地元の漁師でもなきゃ足を踏み入れることもない。
「ふーん。で、なんでほっといたんだ?」
「いや、気にはなっていたんだ。ただベナガさん居なくて、手が回らなくてな。目撃したのが少し遠かったのと、下手に突いて気を引く危険を考えるとな」
そういえばベナガさんの姿がない。
「ベナガさん、どうしたんだ?」
ヒューマンの老人。親父より経験豊富だけど、社長なんてやりたくないと言って、いつも現場に出る探査員だった。
「ああ、心配するな。都市に行ってるだけだ。お孫さんに子供が産まれるらしくて、のんびりしてもらおうと思ってな。お前が戻ってもまだ居るだろうから挨拶しておけ」
「わかった。後で連絡先教えてくれ」
「ああ、とりあえず一仕事してからだな」
そして今に至る。
「ほら、使い方わかるよな?」
そう言ってインカムを投げて寄越す。
「なにこれ、現行型じゃん。こんなものまで持ってるのかよ。田舎の探査会社らしからぬ装備だな。白峰じゃ三世代前の骨董品だったぞ」
「それは別に隠してたわけじゃないぞ。最近入植してきた人が元組合探査員でな。碧淵に行くって言ったら、餞別にもらったらしい。で、うちに納めてくれたんだ」
「他に何か欲しいものあったら言えよ。監査庁に言っとくから」
ちゃんと仕事もしないとな。息子の手前格好つけて痩せ我慢しかねない。
「ああ。思い出したらちゃんと言うよ」
「んじゃ行くか。俺が前走るぞ」
返事を待たずに、紫のリングが光るV-REXのギアを入れた。
街から北北東へ蒼霧へと続く道。白玲峰の山頂は早くも冠雪している。子供の頃は、街のどこから見てもこの独立峰が目に入り、アズール・ホエムの真ん中に山が刺さっていると思っていた。
「タクナ、V-REXは派手でいいなー。俺は都市にいた頃、そいつに憧れてたんだ。いつか乗りたいと思っていた」
後ろを走る親父の声がインカムから聞こえる。妙に機嫌が良いな。
「なんだ、こいつ好きなのか。なら乗ってみるか?」
マサトみたいな事を言う。俺もV-REXは気に入っているが、乗りたがる気持ちはいまひとつ理解出来ていない。
「いや、良いんだ。こうして走る姿を後ろから見ていたら満足できた」
「こいつ、同期の中じゃ唯一俺だけ騎乗が許されてるんだぞ」
「同期ってKTSの同期ってことか?エリートばっかだろ。お前だけ騎乗許可が降りていたのか。すげぇな……」
親父が驚いている。少し気分が良い。
「まぁ、最近、ひとり乗る奴が出たけどな」
マサトが駄々を捏ねまくり、ついにラド課長が根負けしてしまった。フロラに窓口を任せておけば良かったのに。鼻で笑って終わりだ。
「そうか、もうひとりそいつに騎乗する奴がいるのか。お前のライバルか?」
からかい混じりで親父が言う。ライバル?マサトが?んな馬鹿な。
「そんなんじゃねぇよ。お調子者で目を離すと無茶苦茶やりやがる。俺は奴のお目付け役ってとこだな」
だよな?もしかすると、ラナさんとルナさんみたいな扱いってことないよな?二人揃って要注意人物的な……。
「そうか。同期が無茶をやらないか見張ってるのか。大したもんだ」
改めて言われると、なんか偉そうに聞こえるな。
「白峰で会った相棒みたいな奴だ。正直言うと、そいつが俺をKTSまで引っ張っていってくれた」
「そうか。相棒か、そりゃ大事にせんとな」
親父が、そうかしか言わない。まさかもうボケたのだろうか?薄気味悪くなって、後ろを振り返る。バイザーが降りてて表情はわからんが、ニコニコしているのが伝わってきた。
やべえ、超怖ぇ……なんだよアレ。なんであんなに機嫌良いんだ。わからなすぎて怖い。
「たくなっ!」
ハンドルにくっ付けていたシマが鋭く叫ぶ。
「わかってるよっ!」
急ブレーキを掛けて親父の後ろに位置を取る。V-REXから飛び降りると同時に抜刀。予想外の大物だった。影が落ちない位置から襲い掛かるグリフォンに向けて大剣を構えた。
奇襲が失敗したのがわかったグリフォンは悠々と旋回している。まるでどう料理するのか、考えているようだった。
「タクナ逃げろ。俺がこいつの相手をする」
慌ててこちらへ戻った親父はHRに跨ったままで、言ってきた。なにを馬鹿なことを。
「すっこんでろ親父。こいつは俺の獲物だ。邪魔だから街に帰れ」
「お前、アイツがなんだか分かってんのか!?」
わからんわけないだろうが。俺はずっと参謀役だったんだぞ。最近、優秀すぎる監査官がその役を代わってくれたが。おかげで頭空っぽで、魔獣の相手が出来る。ありがたい。
グリフォンが地上に降りて来た。舐められたものだな。とは言えない。夜爪豹の様なその柔らかい筋肉の塊が地上で見せる動き。空中のものよりもやっかいだ。
「なあ親父。単騎の天征章を見たことあるか?」
「こんな時に突然なに言ってんだ」
油断なく、こちらを窺うグリフォン。ちょっとは慢心してくれてもいいんだがな。さすがは名高い甲種だ。
「見たことあるかって聞いてんだよ」
「ねぇよ。俺の周りにそんなイカれた奴は居なかった」
だよな。親父を驚かせてやろう。
「さっき言った俺の相棒な。つけてるぜ。天征単騎章」
「……。朱路の蒼白竜か」
「白峰からずっと二人でやってきた。そんなイカれた相棒を持つ俺が、グリフォン如きにやられると思ってんのか?」
グリフォンが狙いを定めているのがわかる。そうだ、俺がお前の相手だ。盾をゆっくり取って備える。
「なるほど。なら俺は街に知らせに行く。あと任せて良いか?」
親父が今日一楽しそうだ。
「こういう時のために、俺らが街を回っているんだ」
グリフォンは俺を値踏みしている。余裕を持って観察されている。恐ぇな、強い奴はみんなそうだ。焦っていきなり襲い掛かってこない。
でもな、自分が強いことを知ってるのは、お前だけじゃないぞ。口元が緩むのがわかる。俺も強いんだ、しかもお前よりもだ。これから教えてやるよ。
「いけ親父っ。街でお仕事しておいてくれ。骨折り損にするけどな」
吐き出される超高出力のレーザーを盾で受けながら、グリフォンに飛びかかった。




