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第98話 帰郷

Class7魔獣災害は今でも朱路に大きな爪痕を残している。街を放棄することも検討されたと言う。しかし、生き残った街人が各々動き出したのを受け復興が決定した。


あの時の行動は間違っていたのではなかったか。マサトひとりに蒼白竜の相手をさせたから、ミルディさんたちを失ったのではないか。ずいぶんと部長や課長たちに絡んだ。


しつこく、こうすればどうなりましたか?俺がもう少し早く。何度だって話に付き合ってくれた。


ある時、ガレルさんに言われた。


「思い上がるなタクナ。お前の階級章が14だったなら、状況は変えられたかもしれん。それでも、かもしれないだ。強くなるしかないんだ。世界をひっくり返せるまでな」


マサトは、俺の顔を見て誰にダメ出しされてんだ。早く謝ってこいと言った。誰に謝れば良いんだろうな。アルダ部長は、俺の傷をつまらなそうに眺め口にした。


「タクナ、お前の傷は一生消えないかもな。マサトがELC契約をあっさり通したのと同じだ」


斎女との偏向感応契約は、望んだからといって簡単に締結されるようなものでないと聞いた。自身の思考と記憶の全て。見るもの聞くことを他人に明け渡す。


人間関係も変化する。目の前の喋ってる相手以外に、それを知る人間が他に存在する。会ったこともない監査庁の監査官。話すことも自然と制限する人が多いという。


それで、手に入るのは僅かなサポートと、カナンの意志確認だ。


みんな頭では理解してELC契約を受ける。しかし、本当に受け入れられる人は少ない。


「タクナ。俺は今でもあの時、お前たちを朱路に向かわせた判断が正しかったのか悩んでいるよ」


部長のその言葉を最後に、俺は朱路での自分の行動を誰かに聞くのをやめた。


まだ大きな傷跡の残る朱路を振り返り、思い出した。


「たくな?」


出力モニターに乗ったシマの声に引き戻された。


「ああ、大丈夫だ。少し思い出していただけだ」


「そう」


「はやくつぎ」


「くろせいこ!」


こいつ、なんで付いてきているんだろう。けれど、この任務にシマがいてくれて良かった。


「おう!黒瀬には俺が生涯を捧げようとしたサラちゃんが居るぞ。超美人だからな。上手いこと会えたらシマにも紹介してやるからなっ」


「きょうみないっ!」


いやわかるけどそこは、たのしみっ!で良くね?


黒瀬で一泊した。サラちゃんに久しぶりに会った。無事、彼氏と結婚して小さな男の子を連れていた。俺の人相に最初驚いていたが、探査員やっていると言ったら。似合ってるよ、少なくとも私のヒモになるよりはずっと。笑顔で揶揄われた。


「げきやばつよつよ」


「たくなあぶなかった」


「まるかじりされてた……」


マジかよ……シマのサラちゃんの評価は信じられないものだったが、専門家の言うことだ。フラれて良かったのかもしれん。サラちゃんの旦那は、とても知的な雰囲気の優男だった。笑顔で握手をして別れた。また会おうと。


「もうあわない……」


「さいごのすがた」


黒瀬を発ってから、シマが言う。いや、生きてりゃまた会うこともあるだろ。嫌なこと言うなよ。


「まぁいい。次はどこだか分かるか?」


V-REXを走らせシマに聞く。


「へきえん!」


「うまれたまち」


「たくなの」


その通りだが、なぜお前がそれを知っているのだろうか。


鼻歌でも歌うように身体を揺らし、ハンドル周りを飛び跳ねている。走行中の魔素駆動二輪車の上で器用なものだ。時々、飛ばされるがあらかじめ付けてあったのだろう、糸を辿って戻ってくる。


「しっぱいしっぱい」


「ゆだん」


油断言いながら再開するシマ。何が楽しいのかわからんが、なんか俺まで楽しくなる。それにしても、碧淵に仕事で帰ることになるとはな。


右手に聳える白玲峰。ガキの頃から見ていた山だ。いつか登ってやろうとか思っていたっけ。今なら楽勝だろうな。いや、無理か。白銀の竜が棲むと言われる霊峰。そして、白峰で見たアルドヴァーン。


まだ登れないな。でも、いつか登ってやろう。白銀の竜を刺激しないよう、紫のリングの制御に集中した。



碧淵の街についた。変わり映えしない陰気な街だ。白玲峰の西、緩い丘陵地に位置する街は山の陰に入る。毎朝、日の出から20分くらい、街は白玲峰の影の中だ。


東の空にいつもデカい山があって開放感がない。当たり前のことだったが、白峰やアルカディアで暮らすと、この街の陰鬱さが良くわかる。


さて、まずは嫌な事から片付けよう。親父はいるだろうか。街外れに停めたV-REXを降りて碧淵探査へ向かった。


「タクナじゃないか!お前、どうしてたんだ」


街を歩くだけで、こうして話しかけられる。昔なら、ウザいと一蹴しただろうけど、白峰での生活で、自分がどれだけこの街に愛されて育ったか思い知らされている。


「ああ、リクさん。久しぶりだね。元気そうでなによりだ。とりあえず親父のとこに行く。話は後でゆっくりしよう」


「おお!そうだ!早く行け。俺は街のみんなにお前が帰ったって伝えてくるっ」


そう言って走り出す狼人のリクさん。子供の頃はいつも揶揄われていた。今、何もしていないのに、リクさんを慌てさせている自分が少し面白い。昔は何をしても笑われていた。


【碧淵探査会社】


なんの捻りもない質素な看板だ。小さな事務所の引き戸を開ける。昔と変わらず建て付けが悪い。大きな音を立てて中に入った。


「こんにちは。KTSの者です。都市外探査会社現況巡察任務でお邪魔させてもらいました」


事務所内の空気が停まったのがわかる。


声もなく俺を見ているのがリイナさん。碧淵探査の僧侶兼、事務兼、給食係だ。母親以上に頭が上がらない婆さん。リクさんの奥さんだ。


「タクナか……。お使いか。ご苦労さんだな。まぁ、入れ」


親父の少ない言葉に助けられた。


勝手知ったる探査会社だ。案内されるまでもなく、奥の応接間に進む。ガキの頃はここに入ると摘み出された。ガキの遊ぶ場所ではないと言われゲンコツをもらうこともあった。


「リイナさん、お茶頼めますか」


固まるリイナさんに親父が声をかける。コクコクと頷く婆さん。変わってないようで良かった。珍しい薄茶色の毛並みは相変わらずモフモフしている。俺に甘々でよく親父に、甘やかさんで下さいと言われていた。


「特に問題はない。相変わらず平和な街だ。最近、甲殻熊が麓で見つかったが、被害はない」


親父が俺の前に腰を下ろして。街の近況を語っている。


「そうですか、都市の支援が必要な物資や人材などありませんか?」


「それも大きな問題はない。行商人に依頼するので十分だ」


歳を取ったわけじゃない。力が弱ってる風でもない。そもそも親父はアルダ部長と同じ歳くらいのはず。ガルバンさんやオニゾウさんと比べてたら若造も良いところだ。なのに、なぜか少し小さく見えた。


「おや、いや社長はお加減はどうですか?体調など崩されたり、怪我をなさったりはしていませんか?」


自分でも少し意外な言葉が自然と出ていた。しかし、親父の方は意外どころではなかったようだ。驚いて尻尾がピンっと張っていた。


「あ、ああ。それも変わりない。大きな仕事もないから怪我なぞするわけもない」


少しの沈黙の後、親父がぼそぼそと話しかけてきた。


「KTSに入社したのか……。大変だろ」


「いや、そうでもない。頭のおかしい先輩方と、エリートみたいな同期。あとお調子者の相方と上手いことやれてるわ」


「そうか……なら良い。碧淵探査は何も問題ない。帰ったらそう報告しろ」


「ああ。わかった。いや、了解しました。何か不都合が起こったら、都市に連絡をお願いします。人員の派遣などもご遠慮なく言ってください」


用事は済んだ。社長が問題ないと言う。ならば長居は不要。立ち上がり、帰ろうとした。


「タクナ。母さんに会っていけ。ずっと心配している」


「ああ。2〜3日、滞在する。現地の探査会社の運営に問題がないか。それを見極めるのも俺は求められている」


「生意気言うようになったな」


昔なら一緒にゲンコツが飛んできたような言葉だったが、少し笑っている気がした。


固唾を飲んで見守るとはこのことか。お茶を運んでくれた後も、すぐそばで固まるリイナさんに声を掛けた。


「リイナさん、俺は次に行くよ。今夜、リイナさんとこに泊めてよ。役場で家借りるのもなんか恥ずかしい」


ガキの頃はしょっちゅう転がり込んでいた。この親父に飯の支度など望むべきでない。毎晩のように世話になって、酔っ払ったリクさんと格闘。そのまま寝るという流れだった。


固まるリイナさんが俺の言葉に再起動。


「馬鹿なことをいうものじゃありません!今夜はミレナちゃんのところに行きなさい!社長の言葉をなんだと思っているのっ」


えぇ母ちゃんところかよ。リイナさんのシチュー食いたい。


「いや、母ちゃん仕事でしょ。俺、シチュー食いたいんだけど……」


「シチューなんかいくらでも作ってあげるわよ。なんなら持って行ってあげる。ミレナちゃんは今日は仕事はお休みよ。私が話をつけてくるわ」


相変わらずの強引さだ。この人は元々どこの探査員だったか。KTSではなかったはず。


「わかった。とりあえず役場に顔出してくる。その後、母ちゃんとこに顔出すよ」


「あ、あとリイナさんもリクさんも元気そうで良かった」


リイナさんは、俺の言葉に何を思ったのか。目尻を光らせて、言葉を詰まらせる。


「おかえりタクナくん。立派になったわね」


「たくなりっぱ?」


「なんかちがう」


「やかましいっ!昔はもっとダメだったんだ!相対的に立派に見えるんだ」


シマの言葉に反論したが、なんか言ってて情けなくなった。

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