第95話 嘆願書
照明を暗くしたKTSの一室。男たちは一枚の書類を前に言葉を失っていた。
そこに記名された直筆をもう一度眺める。何度見ても変わらないが、確認せずにはいられなかった。
「ぶ、部長。み、見なかった事には出来ませんか……」
六課のラドが、うめくように口にする。気持ちはわかる。俺もそうしたい。なんて口にするか悩んでいるとガレルが声を上げた。
「いや、無理だろ。状況が悪すぎる。どう考えてもフレイア監査官が頼み込んで作られた物だ。無視なんかしたら即バレる」
嘆願書と書かれた紙にはアルカディア支局の斎女全員の名前と、テルクの名前が書かれていた。なんだ嘆願書とは、ウチにくる監査庁からの書類では見た事のないタイプだ。
勧告とか通告というのは良く見る。一番多いタイプの書類だ。時折、戒告(仮)というのが届くこともあるらしい。見たことはないが、すこしヤバいタイプの書類になる。それだって届くのは理解できる。
しかし、嘆願書とはなんだ?監査庁がウチの探査員のやらかしを、許してやってくれとは、これはいかに?
「こんなものが監査庁からきたんだから、もうしょうがないでしょ。諦めてお咎めなしにするしかありませんよ」
エイナルが軽く言う。そうは行くか!俺はついこの間、あいつがヘリをぶっ壊したせいで減給されているんだ。舌の根も乾かないうちに今度はV-REXを崖から落としただと!?ラドの悲しそうな顔を見ろ。
「まぁそうだよな。それに、状況を考えたら上手くやったと言わざるを得ない。しょうがないな」
ガレルもか!諦めが早すぎる。不可能を可能にするのがKTSの探査部ではないのか。
「だね。ラグナ、明るくして。次の議題に移るよ」
「ラグナ待て!まだだ、まだ諦めるには早い……なにか何かあるはずだ」
俺の願いは叶わず、無情にも部屋は明るくなった。
「いや、部長諦めましょうって。そもそも部長の姪っ子さんが、発案者ですよ。どう考えても」
「そうですよ。戒告仮通知でも来たなら全力で拒否しますけど、嘆願書です。普通に受け入れれば丸く収まります」
戒告(仮)なんかもらってたまるかっ!うちは馬鹿ばかりだけど、さすがにそこまでやらかして……。いや、過去にやらかしたことがあると聞いたな。ガルバンさんが探査部長だった頃に、仮通知が来たことがあると。
ガルバンさん、ガルバンさん……なんか引っかかるなその名前に。伝説となった豹頭の戦士の姿を頭に浮かべる。なんか言ってた気が……。
あっ!
「思い出したっ!良い案があるぞ。あの俺たちKTS探査員の誇り。生きる伝説となった豹頭の戦士が、以降、態度を改めたほどにきつい罰があったと言っていた。それをマサトにやらせよう!」
「いや、部長。だから罰を与えてはダメだって話をしているんじゃないですか……」
呆れ顔でガレルが言うが、心配は要らない。これは罰には見えないからだ。しかし、確実にあの阿呆を懲らしめられる。
「大丈夫だガレル。これなら、奴を地獄に陥れ、なおかつ監査庁の面子も保てる。今からその恐ろしい罰の全貌を教えてやる。あ、ラグナ、もっかい照明落とせ。雰囲気大事だからな」
普段わかりやすいラグナ。なのになぜか無表情で、調光スイッチを操作していた。
汐崎の海岸にいた。アズール・ホエムが海にぷかぷかと浮いているよう。でっかい惑星を眺めながら、浜辺でひとり海鮮バーベキューの最中である。
汐崎は海に近い小高い丘に作られた街。街から少し歩くだけで、こうして浜辺がある。そんな街で盛んなのは当然漁業である。街の商店には様々な魚や甲殻類、貝、海藻などなどあらゆる海産物が並んでいる。その中から焼いて食べると美味しい系の物を教えてもらい、焼いて食べていた。
海老の塩焼き美味しいです。いいなぁ汐崎。
巡察任務もここ汐崎で終わりか。初のお使いだったが、良くやったものだ。各地の探査会社、そして役場。街が抱える小さな問題から、深刻な状態まで。それらをまとめて、都市で解決策を考える。その第一歩が俺たち探査員のお使いだ。
それを如才なくこなせて実に誇らしい。まったく優秀すぎて困る。もう一周まわるか?もしかするとまた未記載ダンジョンを発見するかもしれないし。いや、行くべきだと思う。
「よし、フレイア。もう一周最初から」
〈マサトさん、KTSから連絡が入りました。迎えのヘリの準備が整ったので現在地で待機するようにとのことです〉
(マジで?歩いて帰るから心配要らないって返事してくれない?)
〈アルカディアまでどれくらいの距離があるか理解してますか?〉
「600ちょいでしょ。四日!いや三日もあれば大丈夫だから、迎えはいいかなって」
〈人間離れしてますね、探査員の方って。それはいいとして、優秀すぎるマサトさんをKTSは遊ばせておく気はないようです。連絡が入った段階で汐崎に出発していたようですよ〉
ああ、なんという悲劇。もうアルカディアに向かって出発したと言って欲しかった。
「ちなみに操縦士はどなたがいらっしゃるかわかりますか?セレナさんですよね」
〈もちろん訊ねておきましたよ。マサトさんが愛してやまない同期のフロラさんと、こちらも大好きなラドさんみたいです〉
…………終わった。フロラにプギャーされながらラドさんに殺されるんだ。
〈帰り道でV-REXの回収作業をするので手伝うようにとも言ってました〉
はい。仰せのままに。
海岸で黄昏ていると、ローターが激しく空気を震わせるのが聴こえてきた。お迎えが来たようだ。
街外れに着陸した輸送機。周りに後輩たちがうろついている。俺に気がついたひとりがヘリに声を掛けてから、走ってきた。
「お疲れさまです!」
「お疲れさんソディオ。悪いね迎えに来てもらって。ラドさんとフロラの他は誰来てる?」
ソディオの他に後輩がふたり居る。それぞれ、俺に向かって敬礼していた。軽く手を挙げて応える。
「俺だよマサト」
声の主はミルナスさんだ。引率お疲れさまです。ミルナスさんと話していたら、ラド課長が現れた。
緊張する。最初が肝心だ。まずは最大限に腰を折って謝罪の態度を見せよう。
「お疲れさまです!申し訳ありません!V-REXの件は──」
「ああ、マサト大変だったなぁ。夜爪豹の一種だって聞いたぞ。よく無事に躱せたものだ。怪我もないようだし、本当に良かった」
あれ?あれれ?
「ラド課長、V-REXの件は私の未熟な操縦ゆえに本当に──」
「ああ、それだ。若いの三人とミルナスも連れてきた。今から拾いに行くぞ。座標はフレイア監査官から既に頂いている。マサトも手を貸してくれ」
おやおやおや?いったいコレはどうしたことか。出会った瞬間にドロップキックされるくらいの覚悟でいたのだけど……。
〈ふふん。嘆願書が効いているみたいですね。カトエラ様だけでなく、オルフィア様と支局長にまで記名させました。効果抜群ですね。ね?大丈夫だって言ったでしょ〉
フレイアがいつになく得意気である。しかし、確かにそうでなければ、この態度はおかしい。
(ありがとうなフレイア。忘れなかったらお礼するわ)
「汐崎探査に届け物頼まれてるから、それ降ろしたらすぐに立つぞ」
ミルナスさんが、後輩たちにテキパキと指示しながら、言ってきた。
「それにしても、未記載ダンジョンの発見とかマサトもやるなぁ〜その話題で持ち切りだったぞ。アルダ部長も毎日機嫌良くて、物品購入申請とかハンコ押しまくりだった。よくやってくれた!」
ラドさんはそう言って俺の肩をバンバンと叩いてくる。なるほど、それもあってお咎めがないのかな。
〈きっとそうです。155年ぶりに管区で発見されたダンジョンです。これから色々と忙しくなります〉
なるほどなるほど。そこまで深刻になる必要はなかったのか。
大きな荷物をミルナスさんの指示で運ぶソディオたちを尻目に、ラドさんに連れられヘリのキャビンへ入る。
「マサトさん、お疲れさまです。お手柄でしたね〜。タクナさんもV-REXを壊してるんですよー。昨日、回収してきました」
なんだと!?
「ど、ど、どういうこと?どの程度壊れたのかな……」
「んー。全損一歩手前ですね。マサトさんが壊したのとニコイチして直せたら良いなってヴァイスが言ってました」
フロラがニコニコしながら伝えてくれる。
タクナも壊してるだと。その割にラドさんの機嫌はなんなんだ。
「いったいなんで壊したの?あいつも一種に襲われたりしたの?」
あのガサツな脳筋探査員は、認めたくないが俺よりはまともな勤務態度だったりする。何があったんだ。
「まぁ、そこいらへんは帰ったらラグナにでも詳しく教えてもらえば良いさ。なんでもグリフォンに襲われたとか言ってたぞ」
フロラに代わりラドさんが答える。操縦席についてヘルメットのバイザーを下げていた。
情報量が凄すぎて、混乱してきた。答えはわかってはいたが、それでも聞いておきたかった。
「あの、あいつ生きてるんですよね?」
甲種Ⅰ類二種:グリフォンとはそういう魔獣だ。
毎日の更新をご覧くださり、ありがとうございます。
ここまで毎日更新を目標に続けてきましたが、この先も納得のいく形で物語をお届けしたいため、明日からは書き上がり次第の更新とさせていただきます。
エンディングは既に書き上げていますので、最後までお付き合いいただけましたら嬉しいです。




