第63話 やっぱさ、今日はもう寝ない?
「君の親、めっちゃ良い人だったねー」
ティッシュで口元を拭きながら、彼女はおもむろに口にした。
そういえば今日、彼女を実家に連れて行ったんだっけ。
「まあ、そういう風に見えたんなら良かったかな」
ティッシュで指を拭きながら応える。
自分の指には、彼女の歯型がくっきり残っている。
まあ、しばらくすれば消えるだろう。
「いつもああいう感じなの?」
「そうだね」
少し身なりはしっかりしてたけど、家にいるときの親とほとんど変わらなかった。
それに少しだけ安心した。
他人行儀だとやりにくいし。
「妹ちゃんも可愛かったね」
「うん」
ティッシュをゴミ箱に捨てて、元の位置に戻る。
自分が座ると、彼女は座り直して少し近くに来た。
「とりあえず、今日は上手くいって良かったよ」
「上手くいかないってどういうこと?」
彼女に視線を向けて尋ねる。
「『うちの息子と付き合うのに相応しくない!』って言われるとかかな」
「そんなこと考えてたの?」
ちょっとだけね、と呟き、こちらに重心を傾けてきた。
電車に乗ってるときとかめっちゃ緊張してたし、そういう考えもあったのだろう。
あの時の自分は、服装のことしか頭になかったけど。
少しだけ沈黙が生まれた。
ゆったりとした、落ち着いた沈黙。
カチ、カチ、と秒針の動く音が部屋に響く。
「何か見る?」
「んー、良いのがあれば見ようかな」
「なんか知ってる?」と尋ねられたので、スマホを取り出そうとすると—
「やっぱさ、今日はもう寝ない?」
裾を掴みながら、彼女は呟いた。
「まだ21時だけど」
「そうだけどさ……」
「いいじゃん、別に」と呟いて、彼女は寝室に向かう。
スマホをテーブルの上に置いてから、彼女の後をついて行った。




