第30話 他人事みたいな言い方しないで
「友だちがやってて気づいたんだけどさ」
「何かやってたの?」
頷く彼女。
「君、コレできる?」
彼女は口元を指した。
口の中に唇を巻き込んで弾く。
何度か試しているが、いっこうに音は出ない。
上唇と下唇がこすれているだけ。
「・・・やっぱりできないんだよねー」
「これ?」
『ポンッ』と音を鳴らす。
「それそれ」
全然できなくってさ、最近練習してるんだよね、と彼女は呟いた。
練習するものじゃないと思うけど。
でも彼女は真剣っぽい表情。
本気で練習しているみたいだ。
「それってどうやってるの?」
「唇離すだけだよ」
それ、友だちにも言われたんだよね、と彼女。
友だちにも教えてもらっているらしい。
良い友だちだね。
でも何度やっても音を立てることができないらしい。
「ほら、音が鳴るってことは空気が振動してるってことじゃん」
「そうだね」
彼女は頷く。
「だから口の中に空気を溜めて、それを一気に出すってイメージかな」
頬を膨らませて「こう?」と確認してきた。
可愛いことしてるじゃん、という言葉は飲み込んで頷く。
「パッ」
「それはただ声出してるだけだね」
口の中の息を吐きだしたときに出た声でしかない。
「え、マジでできないんだけど」
君、子どもの頃に練習してた? と尋ねられた。
練習なんていらなかったけどな。
しばらく彼女の様子を眺めてから口を開いた。
「多分だけど、唇が薄いと音が出しにくいんじゃないかな」
少なくとも、唇の厚い人の方がやりやすそうなイメージはある。
彼女の唇はかなり薄いほう。
だから難しいのではないか。
「じゃあ私、一生できないの?」
なんでそんな悲しそうな表情できるの?
「まあ頑張ればできるんじゃない?」
「他人事みたいな言い方しないで」
私、真剣なんだけど、と彼女。
そうはいってもねぇ・・・
ネットで調べても、テクニックを紹介する記事は見当たらない。
それもそうだ。
これができないからって悩む人はほとんどいないだろう。
目の前の彼女を除いて。
「ちゃんと観察するから、もう一回してくれない?」
「オッケー」
唇を弾く。
普通に音が鳴る。
「唇だけじゃなくって、もっと巻き込んでるイメージ?」
「あー言われてみればそうかもね」
上唇と下唇の反発力で音が響いているというのもあるのかも。
彼女も挑戦してみるがやっぱり音はならなかった。
「唇が乾燥してたら出しにくいかもね」
「私、別に乾燥してないんだけど」
なんでできないわけ? とこちらに視線を向ける。
専門家ではないから、その理由はよくわからない。
「そもそもなんだけどさ」
「うん」
なに、と彼女が話を促す。
「唇で『ポンッ』ってできるようになってどうするつもりなの?」
正直、できるからって別に得することなんてほとんどない。
「まずは友だちに自慢するよね」
すでにできる友だちに自慢しても「へぇ」くらいのリアクションしかしてもらえなさそうだけど。
「で、スマホ触ってる暇なときに音を鳴らして遊びたい」
「なるほどね」
なるほどじゃないけど、一応なるほど。
しばらくの間、彼女の挑戦している様子を眺めていた。
彼女の可愛らしい一面を知った今日だった。




