第16話 ちゃんと私だけにしか当てはまらないこと言って
「ねっむ・・・」
彼女は小さくあくびした。
それにつられてあくびをする。
「今、君もあくびした?」
「したよ」
流石に眠くなってきたね、と付け加える。
今、彼女と電話をしていた。
そろそろ終わっても良い頃合いだと思う。
「電話越しでもあくびってうつるんだ」
「たまたまタイミングが被っただけじゃない?」
それにしてはタイミングよすぎない? と彼女。
「ほら、あくびってうつるって言うじゃん」
「言うね」
その理由は良く分からないけど。
「あと親しい相手のあくびほどうつりやすいって言うじゃん」
「それは初めて聞いたかも」
そうらしいよ、と彼女は応える。
「別に普通のことなんだろうけどさ、なんか嬉しいかも」
あくびしただけで喜ばれるってことある?
「そういえば今日は寝落ち通話するの?」
「・・・なんか別のニュアンス感じるんだけど」
「そんなことないよ?」
以前、寝落ち通話を彼女が提案したときに女性向けASMRの話が出ると、彼女はすぐに電話を切ったことがあった。
そういえば彼女にその話をすることを忘れていたので、そのことを匂わせる。
「それで、今日はどうする?」
「寝落ち通話するかってこと?」
「そうそう」
今日は褒めようかなって思ってるけど、と付け加える。
「・・・やっぱりそのことじゃん」
マジでやめて、と彼女は呟いた。
そんなに恥ずかしいことじゃないと思うけどね。
コンテンツの一つだし。
「今日のために寝落ち通話のこと調べてきたんだけどな」
「・・・そんなにしたいの?」
「興味はあるね」
「ふーん・・・」
彼女はそういってしばらく黙った。
何か考えているみたい。
こちらは余裕そうな雰囲気を出しているが、正直焦っている。
ASMRのあのセリフを自然に読み上げる自信はない。
実際、それを求められたら本当に困る。
「じゃあ、しよっか」
前回できなかったし、と彼女は呟く。
寝落ち通話をするちょっとした準備を済ませてからベッドに入る。
「今、ベッドの中に入ってる?」
「入ってるよ」
心穏やかではないけれど。
「それじゃあ・・・」
何話してもらおうかな、と彼女は考える。
しばらくしてから話始めた。
「そういえば君の高校生時代の話とかあまり聞いたことなかったね」
それについて話してもらおうかな、と言われた。
良かった。
高校生の頃の話なら何とかなる。
「彼女いた?」
「いきなり聞くね」
そういうものでしょ、と彼女。
「いなかったよ」
「でも君、運動部だったんでしょ?」
「運動部ってだけでモテるわけじゃないし」
私の記憶では運動部モテてたけど、と呟いた。
それならもっと華やかな高校生活を送れていたはず。
現実は残酷だね。
「友だちは?」
「友達っていうか、部活動のメンバーとたまにファミレスに行ったくらいかな」
遊んだことはほとんどなかった。
「なんか楽しそうだね」
マジで、と彼女は応えた。
いきなり僻みを出されても困る。
「でも高校生活エンジョイしてたって言ってたじゃん」
「してたよ?」
してたけどさぁ・・・と言って彼女は続ける。
「独り相撲してる感じはずっとあったからね」
「独り相撲ってことは戦わずして勝ったってことじゃないの?」
不戦勝でも勝ちは勝ち。
「・・・面白いこと言うね」
そういう考え方もあるのか、と小さな声で口にした。
「・・・そろそろあったまってきたし、私の良いところでも言ってもらおうかな?」
強引に話を変えてきた。
このまま逃げ切れると思ったんだけど。
現実は残酷だね。
「ASMRみたいに言えば良い?」
冗談っぽく言って彼女の動向を伺う。
「・・・いや、それだと意味ないでしょ」
ちゃんと私だけにしか当てはまらないこと言って、と彼女。
「・・・やっぱり優しいところかな」
「一番誰にでも当てはまる言葉でしょ」
ほとんどお世辞と変わらないから、と言われてしまった。
「いや、あれはお世辞の優しさじゃなかったじゃん」
「あのときの話してる?」
「うん」
彼女と初めて出会ったときの話だった。
「まぁ、そうせざるを得なかったっていうのもあるけど」
マンションの入り口で号泣してる人初めて見たし、と付け加える。
「でも何人かすれ違ったあとに来たよ?」
「私が来る前に気まずい感じで君の横を通った人が何人もいると」
そこまで言われると、その人たちに申し訳ない気がしてきた。
「私も『入り口で泣いてる人いるんだけど・・・気まず』とは思ったね」
「初めて知った事実なんだけど」
そんなこと思われてたの?
「普通だったら絶対無視するんだけど、私もちょっと嫌なことあったから」
「なんだったっけ、バイト先で女性正社員にガチ説教されたって言ってたっけ?」
「そう」
まだあの人のこと許してないから、と彼女。
怖いことを言うね。
「だから、なんとなく君に声をかけたって感じ」
私が優しいっていうのは長所としてノーカン、と言った。
「でも、本当に助かったし」
「話を聞いてあげただけでしょ」
彼女が二股かけてて、向こうの彼氏もそれを知らなかったって、と付け加える。
今だから平常心で聞けるけど、少し前だったらまた傷心していたかも。
時間は問題を解決してくれるね。
「で、他には?」
彼女はさらにいいところを言うように求めてきた。
そうだなぁ、と呟きながら彼女の良いところを考えた。
特別なあなたへ。
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夏野恵




