度重なる失策と代償
一方、ドーヴァの貴族の邸宅の一室にて。
「今しがた、知らせがあった。残念だがティフェン、貴方はまた命令を執行できなかった。これで2度目。あの方はかつてないほどにお怒りでいらっしゃる。……今すぐ逃げてはどうだ?」
「何だとっ!イヤだ、俺は絶対にここを出ないぞ。それに、またというのは何だ!?とんだ言いがかりだ!」
予想通りの反応。魔人の女は、内心で呆れたと思いながら目を伏せた。
「覚えてもいない……私の話を聞いてもいなかったか」
「違う!オレは……オレはついてなかっただけだ!お前がどうにかしろ」
「これ以上は難しい」
「な……」
部屋は荒れ果てている。ティーポットや花瓶が倒れ粉々に割れているし、壁には無数の大きなシミ。カーテンも裂けて、ボロボロ。日差しが入り込んできている。
どうやら、ティフという魔人が憂さを晴らそうと暴れまわった後のようだ。
___さて、ここで話はナガメが転生してきた初日にさかのぼる。
冒険者の町、エルデンベイル。夕刻。
「あの女か、それともあっちか?」
「……見た目だけでは分からない。話をしてみないと」
ティフェンと魔人の女は、そろって裕福な商人風のいで立ちだ。
何も知らない者からすれば、人間に見えるだろう___小高い開けた場所から、街を見下ろしていた。
とはいっても、グレーの霧が濃くて視界はすこぶる悪い。
「ああ~~面倒だ!……オレ、酒場。あとはやっとけ」
「ちょ……待っ」
取り残された魔人の女は、目に怒りをたたえる。
「この命令の重みをまるで分かってない……でも」
女性は思わず考えた。あのお方の召喚の仕方も問題だ。何もかもが何ていうか……そう、雑すぎる。
一応は客人として招いておきながら、自らは出迎えない。1度たりとしてなかった、と聞く。
それはまだいいとして、今回は場所や時間も大体の指定しかなかった。
すでに召喚から数時間経っている可能性も高い。
イラだった様子の魔人の女は、暗い裏路地を力なくフラついていた女性に目を付けた。
「若すぎる……17歳ってところか?女だし、背格好だけはまあ一致か。疲れてそうだし、連れ去りは容易いな。もう、コイツでいい。バレても知るか!あの、大馬鹿のせいだ」
ティフに劣らず、というかその影響を受けたのか。そろって不真面目で短気。
満面に自信ありげな笑顔を作ると、哀れな女の肩に手を置きに行くようだ。
___一方。比較的、明るい路地をスタスタとまっすぐに歩いていく女性。
転生してきたばかりの、ナガメだった。
普段から、なるべく暗い場所は避けるようにしている。
ましてやここでは土地勘もなく……明らかに治安が超悪そう!
好奇心もいいけど、警戒して!!と経験や本能が訴えてくる。
「ふう……」
最初は正直途方に暮れたけれど、こうして身体を動かすと気分がよくなる。
それに、ハッキリとは思い出せないんだけどついさっきまで、すごく大好きな誰かの桃色のキラキラとした姿や声に勇気を貰っていたから。
さすがに歩きづめで疲れた。でも、安心できそうな人通りの多い場所を見つけるまでは。自分を元気づけようと、軽く歌を口ずさむ。
路地から、少し大きな通りへでた時。
先刻の魔人の女が、哀れな人間に話しかけている場面に偶然、行き当たる。
____一瞬のことで、魔人の女のほうはまったく気づいていない。
そんなナガメを少し遠くから、リネンさんが目に留めていた。
「あんなに姿勢のいい人は珍しいわね。身なりはかわいそうに、粗末だけれど。
まあまあ、それにしても足の速い……!まるで、森の若鹿ね」
気になったのか、少し離れてついていくことにしたようだ。
______________
追い詰められて、ようやくプライドを捨てたティフは女性に今回の処分の原因を聞き、ようやくそれっぽいことを思い出したらしい。
「ああ~、あのときの……!」
「そうだ。客人を捕らえ、連れていく命令だった。失敗したときどんな罰がついて回るかも話したじゃないか」
「き、聞いてない!オレは……知らない」
女は盛大にため息をつく。
「絶対に話した。聞いても理解できなかった、の間違いだろ」
「は!?何だとっ!」
掴みかかりそうな勢い。けれど、目の前の女性がいつもと違って毅然としているからか、疲れているからか、すぐにやる気を失う。
そして、今度は傲慢な態度で愚痴りだす。
「……あーあ!昨日は散々だったぜ。闇落ちしたての人間をいくらでも手に入れられる。信頼も取り戻せるとオマエがしつこく言うから、わざわざ行ってやったのに」
「木の陰から見ているだけだっただろ。近隣の街を回り、闇を抱える人間をそそのかして回ったのは私だよ」
「つ、付け入るスキがなさすぎたんだよ!」
女は少しの間、考え込んだ。
___ティフの主張、癪だけれど少しは理解できる。
これまでは、人間だからというだけで軽く見ていた。
しかし、昨夜の人間たちの連携や魔物狩り、完全に想定外だ。
あの、いまいましい浄化!数えきれないほどジャマをされた。
武器として使うのが、フライパン?見たことも、聞いたこともない。
何より、リオネル王子。指揮の取り方が……悔しいが見事だった。
光魔法の威力もあなどれない。……あれで全力か?
彼は王位継承者だ。ウカツに手を出せない。
もし見境なく攻撃をすれば、恐らくは……。
だいたい、あのお方のお考えが私には理解できない。
なぜ、さっさと人間を滅ぼそうとしないのか。
人間で、遊べなくなるから?それとも、いつでもできることだから?
「じつは……幾人かは手中におさめた。だから、いま一度だけ交渉はする。でも今回限りだ」
それを聞いた魔人ティフェンの目に、輝きが戻る。何か言いかけたが___
「ウゴ、ギ……?!」
ゴシャアッ……!
ビリビリに破れた部屋のカーテンに、黒いしぶきが派手に飛ぶ。
さっきまでティフだった者の姿は、完全に消え失せていた。
「…………!!!」
(言動はどうしようもないが、魔力量の膨大な怠惰の魔人・ティフェンを、紙箱のように一瞬で。ああ、やはりあのお方は恐ろしい)
「ウゥ……お許しください!」
残された魔人の女は許しを請うように、床に這いつくばった。
こめかみに大量の汗がにじみ、呼吸もあがっている。
……しばらく経っても、何かが起きる様子はない。
(私は、見逃してもらえるようだ。それにしても……正直かなり面倒なヤツが消えたうえに、交渉の手間が省けた。うーん、解放感)
それに、この感じ。ティフェンは、おそらく消されてはいない。
瞬時に魔力を吸い上げられ、自由を奪われ空間移動させられたのだ。
契約に違反した罰が下された。
今頃は、身を縮ませられ鋼鉄の鳥かごにでも入っているだろう。
カーテンに飛んだ黒い飛沫を見る。
これはティフェンが乗っ取っていた、屋敷の若い主人の肉体が消滅したことを示す残滓だ。
日々、怠惰にふけっていたティフェンのせいで、肉体も相当な老化が進んでいた。
わずかに残っていた人間の意識もすでになかっただろう。
何も知らない者がここに居合わせたら、単に消されたと認識するだろうけれど。
蔑むような、憐れむようなどちらともとれない目つきで、魔族の女は囁く。
「かわいそうに」
(ティフェンのやつ、今や奴隷だ。だが中身があれでは……。どんなに締め付けても脅しても、大して変わり映えしないのに)
邸宅の窓から、闇に紛れるようにコウモリが飛び出した。
女がコウモリに扮し、移動していく。
月明りに照らされた、朽ちかけの大木のシルエットが地を伝う。
ガー、ガーー。ギャギャッ。
ボロボロの羽の黒い大きな鳥が、数羽。
赤く血走った眼でその小さな姿をしっかりととらえている。
女のほうでも、監視されていると気づいているようだ。
「……魔族に自由など、ないようなものか」
女がいま何を思うのか、真実は分からない。
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