黒い影の正体は
カタリーナさん、姿が見えなくなったと思ったら、すぐにとんがり帽子の男性を連れて戻ってきてくれた。この方が鑑定士だろう。
黒い影に近づいて、片手を触れる。男性の片目が魔法陣のような青い光に包まれ、フッと消える。
「何てことだ、大変だ。皆さん聞いてください。この黒い影は、人間です!いや、魔物になりかけている、人間だ」
……ああ、ウソみたい。本当に大変。
リオネル様の表情から、余裕が失われていく。
しばらく思案しているようだったけれど、すぐに
「皆さん、聞きましたか?黒い影は調査・保護対象です。絶対に攻撃をしないでください」
保護と聞いてホッとした。一瞬だけパニックになりかけた。
「でも、どうしたらいい……ですか?」
すかさずアイリーが質問する。
「そうですね……まずは、浄化を試みましょう!」
……なるほど。
ただ、問題の黒い影は続々と増えてきている。中央部分に到達しそうなものまでいる。
さらに、魔物も続々と行進してくる。
私は銀色のフライパンを握りしめ、考えを巡らせた。
次から次へとやってくる黒い影のところへ行き、フライパンをあてるのはかなりの手間と、時間がかかる。
場を観察していて、さっきからある案を思いついていた。
___これならいけるかも。試してみよう。
私はカタリーナさんにちょっと持ち場を離れると声をかけてから、円の中心部分へ向かった。
「ルミナ・クレンズ」
心の中でも唱えながら、フライパンをそっと地面……ではなく鏡面に置いた。
フライパンの円と、この空間の円。自然にイメージもしやすい。
間もなく、鏡面全体にシャンパンの泡のようなキラキラが立ち上った。
とたんに、絞り出すような声が聞こえてくる。
「少ない豆も食べつくした。この10日、雨水と草だけ。もう何もかもどうでもいい」
「ウチは貧乏なのに。大酒飲みで、怒鳴り散らす男の世話はもうこりごり!……でも、こんな恐ろしいところはもっとイヤだよ」
「まだ7つの妹が、重い病気でみるみる瘦せていく。俺にしてやれることは何だ?最後の望みに賭けるしかない。急げ、急ぐんだ」
これは__黒い影の声?必死に耳を傾けた。
悲痛な叫び、覚悟。耐え難い飢え、恐怖。そして嫌悪と憎しみ。
「酒飲み夫に来る日も来る日も出て行けと言われた。殴られもした。とうとう家を飛び出した。でも、行くアテなんてない。こんな不細工を雇ってくれるところなんて、どこにもなかった。私が魔物に消されたって、誰も気にしないだろうね」
「飢えを少しでも癒したい。それだけだったのに……喉がカラカラでもう歩けない。でも、こんな終わりは嫌!」
「今日ここへ来れば、病気で苦しむ妹を救えると教えられた。あの女、妙に説得力があった。なのに、なんなんだこの有り様は。俺は、また騙された!!大バカ野郎だ」
誰かに、そそのかされた?後悔や迷いも沢山沢山、感じ取れる。
「ケーコ、君にも聞こえたね?」
リオネル様の呼びかけで、ハッとした。
そして気づくと、黒い影は消えて人の姿になっていた。
皆、力なく座り込み虚ろな目をしている。倒れてしまう人もいた。
「いい働きをしてくれてありがとう。浄化は、上手くいったみたいだね」
「初めてやってみたので、確証はなかったのですが……よかったです」
リオネル様は少しだけ笑顔を見せてきたあと、すぐに指示を出しに回って行く。
子どもや女性からテントに連れていくよう呼びかけるみたい。
王国から派遣された白い鎧の騎士たちが中心になり、次々に弱った人々が移動していく。
なかには正気にかえった途端、暴れて抵抗する者がいて、ヒヤッとした。
でも、すぐにセラフィさんが対応してくれて安心した。
「ねえアイリー、さっきの広い空間、このためだったのかな」
「察しがいいな、メルさんが確認してきたってさ」
「そっか。……あっ、シチューまだあったかな?」
「いま気にすることか?ナガメらしいけど。……!まーた魔物だ。あとでたっぷり料理しよ」
「ん、お互い気を付けよう」
持ち場へ戻ってすぐ。マレオンさんが、どうやら限界みたいだった。
「マレオンさん、しばらくテントで休んでいてください」
とリオネル様。私が交代しようとしたら。
「僕が入るよ、ナガメさん」
「!カイ様。いらしてたんですか」
「うん、つい今しがた。転移魔法でね」
声をかけてきたのは、カイ様だった。
てっきりここへは来ないと思っていたから驚いた。
こうして二言三言、かわす間にも魔物は待ってくれない。
灯りが照らしてくれているとはいえ、外側の闇から突っ込んでくる個体もいる。
ただ、カイ様が宣言通りに氷・雷魔法や剣で対処をしてくれるので、気持ち的にもラクだ。
魔物の襲来が途切れたタイミングで、息をついた私はカイ様と目線を合わせた。
何だかホッとする。
「アイリーさん、後ろ!!」
この声、メルさん?
アイリーのほうを見ると、3メートルほどはありそうな個体が忍び寄ってきていた。
巨体なのに足音がしないから、見落としたらしい。
「え、わっ……!」
空気を切るニブい音がして、棍棒のような得物が鏡面に叩きつけられた。
アイリー、何とかかわしたようだ。
しかし、魔物はアイリーに狙いを定めているのか、執拗に攻撃を繰り返す。
ザリウスさんが、少し離れた場所から灰色魔法でガードしてくれているみたい。
でも、魔物の突進をかわそうとしたアイリーは円の外まであと1歩のところまで追い詰められた。
明かりも届かない円の外で闘うのは、とても不利だ。
私は、フライパンを投てきしようと身構える。
……魔物の数が多すぎて、よく見えない。誰かに当たったらと思うと恐い。
ビューーーーーン!
何だか懐かしい音が、耳に届く。それと同時に___
グオアアア!!
巨大な魔物が、足を射貫かれ膝をついていた。
動けないことに苛立っているのか、大きな手で鏡面をバンバンと殴っている。
しかし、腕や腹にも次々に矢が命中していく。
さらに、リオネル様の光魔法がトドメになった。
ズシィン、と重々しい音をたてて倒れると、ボロボロとくずれ、煙のようになって消えた。
「フリクトン!来てくれてたんだ」
アイリーが嬉しそうに声をあげた。
「さっきな。カイ様と一緒に到着した。……呼び捨てをするな」
「え~?じゃあ、フリおじ?」
「ウッ、それだけはやめてくれ」
弓を放ってくれたのはフリクトンさんだった。
……フリおじって初めて聞いたんだけど、2人だけだとそういう呼び方してたり?
あとで聞いてみようかな。
魔物の襲来は、幸いなことにだんだん勢いを無くしていく。
獲物になるはずだった、闇に落ちそうな弱った人間の匂いがしないからかも。
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