屋敷の隠し事、恐ろしき影
色づいたイティの実は、綺麗に収穫されてしまった。
農地担当の管理下に置かれたみたいだ。
まあ、麗しのカイ様の食卓を彩ってくれるなら、いいか。
「はあぁあ~、せっかくのイティの実が~!少しくらい、残してくれたっていいのに」
と、盛大にため息をつくアイリー。
私も正直、同じ気持ちだ。
ストレス発散をかねて、私はパン生地を叩きつける。
「ん?さっきから、何やってんの」
アイリーが、覗き込んでくる。
「パンをね、つくろうとしてる」
「ふ~~~ん。粉もけっこう貴重だからな。気をつけろよ!」
「そっか、分かった」
ただ、料理長ルーヴァンの権限なのか、私はわりと自由に『試作』をさせてもらえている。
いや、むしろ『やって!』と言われていた。それも、圧強めに。
地味にプレッシャーだけど、前向きにとらえようと思う。
転生前も、休日はたまにパンを焼いていた。
レシピがない今、上手くいくかは、分からないけど……。
ちなみに、イースト菌の代用は、ブドウに似た果物を干したものを、水・砂糖と一緒にビンに入れ、ふきんをかけ、自然に発酵させたもの。
温かい厨房では、数日でもグングン発酵してくれた。
果実酒が作られていたから、もしかしてと思い、聞いたところ、あると教えてもらった。
干したものは人気がないらしく、残っていてラッキーだった。
繰り返し、こねる作業を繰り返していると。
ラーメン店の店主……じゃなく、ブルノさんがチラチラとこちらを見てくることに気づく。
何だろう。でも、悪意は全然、感じない。マスクで隠れない目が、純粋に『気になる』と言っているから。
それか、スープをコトコト煮込むようになってから、ちょっとヒマなだけかも。
石窯から焼けたパンを取り出すと、待ち構えていたらしいアイリーが、パッ!と1つ取っていった。そして、ひと口。
「な、何だふぉれ!旨すぎる……」
「良かった、美味しい?やけどしないでね」
よほど気に入ったのか、アイリーはまた、口いっぱいに頬張っている。
私も食べてみたけれど、まあまあの出来だ。
やはり、元の世界のパンのふわもちの食感はすごいんだな、と思う。
それでも、これまでの『ほぼ石♡パン』よりはだいぶいい。
「そうだ、こんなのも作ってみたの」
「ん?めっちゃいい匂いがすると思ってたんだよ」
頼み込んで少し分けてもらった、イティの実を煮詰めて、ジャム風にしたのだ。
アイリーは、早くもパンと合うことに気づいたようで、たっぷりとジャムを塗って、食べている。
「ナ~ガ~メ~さ~~~~ん」
振り向くと、そこには目を光らせた料理長ルーヴァンが、仁王立ちしている。
「何ですかその美味しそうなものはー!私にも食べさせるのです」
と言うやいなや、両手でパンを1つずつつかみ、交互に食べだした。
さらに、イティのジャムも塗って……。
「うぐっ…………」
「だ、大丈夫です?つまりました?」
丸くて広い背中を叩こうか、迷っていると
「うっ……まぁ~~い!美味いです!!」
カッ、と目が見開かれている。うん、だいぶ怖い。
「レシピ!レ・シ・ピを提出しなさい。絶対ですよ?いいですね!?」
7回くらい、念を押された。
このやり取りに食欲をそそられたのか、他の料理人たちもパンに手を伸ばした。
ブルノさんまで、もぐもぐと食べている。
試作のパンは、あっという間に完売した。
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その日の夜遅く。
屋敷に戻ったカイを、メイド長のリネンが出迎えていた。
「今日も遅くまで、本当にお疲れさまです」
「……ああ。すまないね、起きていてもらって」
「わたくしの務めですから、気にしないでください。お部屋は温まっていますよ」
どこかゆっくりとした足取りで、カイは部屋へと向かう。
そして、自室のドアを閉めた瞬間、ゴホゴホッ……、と激しくせき込んだ。
とてつもなく、苦しそうだ。
駆けつけてきた執事のリッドが、すかさずカイの身体を支え、ベッドに腰掛けさせる。
「……もう、大丈夫。……薬、薬を」
「はい、すぐに」
メイド長のリネンが呼ばれ、湯気のたつカップが載ったトレイが運ばれた。
服を着替えて、薬湯を口にしたカイは、少しだけ落ち着いた様子だ。
顔が青白いのは変わらないけれど。
不安げに見守るリネン。
「ごムリをなさっていたのですね。すぐに言ってくだされば……」
「このくらい、平気だよ。慣れてい……」
言いかけて、またゴホッ……。とせき込む。
「あの・・こんな時にすみませんが、こちらをよければ召し上がってください。
空腹では、お身体によくありませんので」
と、リネンがお皿に盛られたパンを勧めた。
ルビーみたいにつやつやで真っ赤な、イティのジャムも添えてある。
「……? うん、あとで頂くよ」
「新メニューだとか。私も少し頂いたのですが、大変美味しかったので。おすすめです」
リネンの目が、食べた時のことを思い出しているのか、少し輝いた。
「そうか。……しばらく、休む。2人とも、今日はもういいよ。ありがとう」
リッドは何かいいたげだったが、一礼をして、部屋の扉を閉めた。
「屋敷内の者に、見られていませんよね?」
長い廊下を歩きながら、リッドが小声で尋ねる。
「ええ、薬湯は表向き、私のために用意させていますし、ほとんどの者は休んでいます。
気づかれないでしょう。
……それはそうと、やはり王国任務がご負担なのでしょうか」
「はい。優秀なうえに、頼みを断れない方ですから。
それに、お身体が思わしくないのは、生まれきのものかと思います」
「ああ……何か、いい方法はないのでしょうか。……困ったものです」
月明りの照らす廊下を通り過ぎていく2人を、窓の外からジッと窺うものがいた。
気配を察したリッドが視線を向ける前に、謎の影はサッとかき消すようにいなくなった。
リッドはしばらく疑うような視線を投げかけていたが、きびすを返した。
「どうかなさいましたか?」
「いえ……コホン、あのパン、もう1個だけ食べてしまおうかと思います」
と、リッド。
「私もそうします、イティのジャム、たっぷりで。うふふ」
2人の姿は見えなくなったが、謎の影はいまだに近くにいた。
周囲には、まがまがしいくらいに濃いギフォが立ち込めている。
謎の影は、イラだっているようだ。
「おかしい……何かが違う!イヤな予感がするぞ」
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一方。深夜まで、お皿洗いをさせられたようで、疲れ果てた様子のナガメは、ベッドに滑りこんだ。
瞬きをする間もなく、眠りにつく。
「んんー、いちごちゃー、……むにゃ……」
なかなかにシアワセな夢を見ていそうだ。
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