爪痕
……最初は正直怖かったけど、動き回っていた方がいくらかは気楽かも。
見習い料理人たちは、布団にもぐって眠りこけていた。きっと慣れない調理作業で疲れているのだろう。……うん、ちゃんと全員いる。
しかし、一方のメイドさんたちは大半が起きていて、外の物音を怖がっていた。しかも……。
「確認をしたら2人、いないんです。探してもらえませんか?」
と涙目で頼まれた。うわー、お屋敷のどこかにいるといいけど!
途中、リッドさんの呼びかけで追跡スキル持ちの従者さんも捜索に加わった。
1時間ほど後、新入りらしいメイドさん2人が、空き部屋の机の下にうずくまってガタガタと震えているのを見つけた。どうしてここへ来たのか聞いても覚えてない、を繰り返すばかり。
まだ起きていたメイドさん達にも、ミルダ乳入りの温かいスパイスティーを配る。
一緒にふうふうしながら飲んでいたら、ようやく空が白んできた。
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氷のような冷たい感触を踏みしめ、私は歩いた。
表層にパッと火花が散り、きらめいては消えていく。
ひたひた、と何者かが近づいてきて私の服の裾をグッとつかんだ。
驚いてすぐに目をやるが、そこにはもう誰もいない。
どこからともなく現れる『何者か』は、容赦なくぶつかってくる。または激しく罵り、私の精神を確実に削った。
一人、深い深い闇をさまよう。
方角も、ここがどこかもまるで分からない。
「だい・ょ・・か 」
遠くからふいに聞こえた、温かい響き。
辺りを見回して、扉のようなものを見つけた。水面のように怪しくゆっくりと波打っている。
行くしかない。勇気を出して、くぐり抜けた。
「うなされてたからさ、……大丈夫か?」
アイリーが心配そうな顔でそばにいた。
「ん、ありがとう」
___夢を、見ていた。それだけだった。でも、妙にリアルだった。
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2度目の新月の傷跡は、領内からの報告でもあがってきたらしい。
会議でリッドさんから伝えられた。
『失踪者:10名以上 / 魔物や魔族との交戦による死亡:判明している時点で6名』
屋敷の誰かやその友人・家族だったら、と思うと胸が痛い。
ギルドや有志による捜索は続けられるとのことで、すでにカイ様は任務にあたっているらしい。
そして今日、新たな王国任務が舞い込んできた。私とアイリーも指名されていて、相当に重要らしい。
新米の料理人さん達、覚えがよくってそれぞれ持ち場は担当できそうだし、何とかなるだろうか。今回は1泊するだけみたいだし。
「内容は?」
「ええと、3度目の新月の夜、指定の場所にて可能な限り調査を行い、魔物を討伐すること……え?!」
3度目があるなんて、初耳だ。アイリーが珍しく真顔で腕組みをする。
「ああー、新月が3回重なる異常現象。じゃ、こないだのが2度目か」
「2度目は3日前でその前は30日前らしいから、周期がすごく短くなってるね……」
そんなところにも異常さを感じる。考え込むようにしていたアイリーが、ぽつりと話す。
「……あれから、もう6年経ったか」
「もしかして、詳しい?」
「んー、あんま言いたくないんだけどさ、6年前の新月の日を境に友達を失くしてね。だから、忘れられない」
「そうだったの……」
アイリーの説明では、幼馴染らしい。
ただ、失くしたというのは永遠の別れではなく……。
「人が、変わった。すごく優しかったのが、残忍で冷淡になってね。受けとめきれずアタシから離れた。商人の傭兵になったとか聞いたけど」
「そうか……」
「それより、ナガメ。3度目はこれまでとワケが違う可能性が高い。今から準備と、覚悟をして行こう」
「うん、了解です……あっ、よく見たらこの通達だと出発が明日だ!急がなきゃ」
人を変え、失踪させ、死に至らしめる6年に1度の新月。一体、どんなものなんだろうか。
その夜。王国任務のメンバーが集められ、詳しい説明を受けた。
思っていたより参加する人数が多い。お屋敷から、総勢10名ほど。
部屋へ戻ろうとしていたら、リネンさんに呼び止められる。
「ナガメさん。これを」
「?これ、魔石……。いいんですか、お預かりして」
リネンさんがにっこりと笑顔になる。
「もちろんです。私と、魔法を使用できるメイド達でできるだけの守護の力を込めました。幸運を呼ぶお守りです」
リネンさんの手のぬくもりを受けてなのか、受け取った魔石が温かい。
魔石を入れるための小袋にも刺繍があって素敵だ。お守りにしては大層な品を頂いてしまった。
それに……。
「僕は今回、同行しませんが、その代わりありったけをお譲りします」
薬師ミルヴァンさんからの申し出も受けた。
飲みやすく味を改良したという強化薬。明らかに効果のありそうな光を放つ回復薬。
そして、完成したという万能薬まである。最近、カイ様の肌ツヤがいいのはこのせいかも。
しかも、私やアイリーだけでなく、戦闘に関わりそうなメンバー全員に行き渡っていた。
「屋敷の裏庭を一面の薬草畑に変えてたけど、こんなに良くしてくれるなら、もう何も言えないな」
とアイリー。うんうん、すっかり見直したよね。
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3度目の新月まで、あと1日。
湿地帯の街、ロヴェナク。先日、ミルヴァンさんの希望でカオススライムその他と交戦し、薬の素材を集めたから少しなじみがある。
そこからさらに、北西に進んだ先は、鬱蒼と木々の茂る森だ。木の幹は白っぽく、細い。
パンドゥールの領地にほど近い森とは違い、昼間でも光がほとんど差し込まず、細く鋭い植物が生い茂り倒木が目立つ。これまで、切り拓かれていないらしい。
街を出てさらに一日中走り、今晩は野営の予定だ。
「ホントに、この辺りなのかな?」
ゆらゆらと燃える炎を見ながら、アイリーにささやく。
「んー、王国が事前に調査した結果だろ、信じていいと思うけど。うー、それにしても寒っむ!」
「ああ、次の休憩時間で温かいお茶をいれるよ、皆で飲もう」
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