バラの香り
数日後。
「ちょっと用ができたので……失礼するよ」
と言い残して、ブラヴァートさんが出かけた。バラの香りを残して。
「いい匂い。何か、聞いてる?」
「ううん、特には。ホントいい匂い~」
そっか、メルさんも知らないか。
ただ、街を歩きまわっていたらすぐに分かった。異様な人だかりができていたから。
マーケットのほぼ中心部。列を作っているのはあどけなさの残る少女、年頃の女性、主婦。小柄で上品なおばあ様方までいらっしゃる。
こんな声が聞こえてきた。
「貴女、さっきもいらしたわよね」
「えっ。私、まだ3回目ですけど?」
「ちょっと、私が先よ。横入りしないで」
「騒々しいわね!ああ、でも……かっこよすぎる!」
列ができているのは、木枠に麻布の天幕を張った出店のようだ。
天幕は、青と白のカラーでおしゃれ。
そして、ブラヴァートさんがいた。洗練されたデザインの制服を着こなし、やわらかい笑顔を振りまいている。
3人いる店員さんのうちの1人として働いているようだ。
制服、よくみたら袖口にフリル……!?
丈の長いチュニックに、ベルトは長くてリボンにも見える。コーヒー色のストッキングを付けているから程よく肉のついた、すらりとした美脚が分かる。
揃いもそろってクールでかっこいいけど、群を抜いて魅力的に見えるのは、やっぱりブラヴァートさんかな。
彼が微笑むたびに、キャー!という黄色い声があちこちから聞こえる。
売り物は……メイクブラシにコンパクトな鏡といった細々とした美容雑貨に香水、化粧水。バラのような香しい花の香りがただよってくる。
「ん、あの香り……」
私も列に並んだ。アイリーやメイドさんたちに買っておきたいし。
ブラヴァートさんと目が合うと、笑顔で返されたけど。
もしかして、ちょっと気まずかったかな?
宿に戻った私はインクペンを借り、手紙を書いた。
お屋敷にいるアイリーと、ミルヴァンさん宛て。
さっき、ザリウスさんに話しかけられた。
「その小鳥、ナガメさんの使い魔になってるね」
「え、この子が……?」
「うん、いいんじゃない?その鳥種は、とても速く安定して飛ぶよ。しかもその色、林や森では保護色になるね。天敵からも身を守りやすい。おかげですっかり元気みたいだし、ここは1つ。手紙を届けさせてみたら」
驚きだった。使い魔って契約の儀式とか色々あるものかと思ってた。
……とってもとっても歓迎だけど。
柔らかい緑色の小さな身体。
穀物をしきりについばんだかと思えば、羽を震わせ気持ちよさそうにしている。
何をしていても可愛らしい。見ているだけで癒される。
「本当にいいの?ムリしないでね、モリー」
私は小鳥にモリーと名付けていた。
大きな瞳に話しかけると、モリーは少し膨らんで羽ばたく。
もう大丈夫。元気ピ!って聞こえた気がする。
細長く折りたたんだ手紙をモリーの足に注意深く結び付け、そっと窓を開けた。
モリーは飛び立ち、すぐに見えなくなった。
心の中で、お屋敷への方向や目印をイメージする。こうすることで、成功率がより上がるそうだ。……心配だけど、信じて待とう。
その夜、戻ってきたブラヴァートさんは香水と化粧水をメルさんと私にくれた。
「気が利かなくて、すまない」
ほえー、キュンなんですが。
相部屋のメルさんと、香りにうっとりしながら過ごした。
ブラヴァートさんの説明では、あのお店はマグナさんの経営らしい。
店員が足りず、急きょ代打を頼まれたのだとか。
ちなみに、売り上げは過去最高。
店番の給料は、初回にしては破格。商品もオマケで大量に頂いたらしい。
_____________
「お疲れでしょう。帰路も商品を仕入れて売ることが多いですが、今回は……」
ブラヴァートさんの粋な計らいで、馬をマグナさんの商会に預け、馬車をアイテムボックスに仕舞い込み、時空魔法でショートカットした。つくづく思うけど、超便利だ。
先刻、言われていた通りに冒険ギルドに寄り、『報奨金』をまとめて頂く。
「えー、盗賊団を大小6つ、総勢42名を捕虜に……お、お疲れさまでしたぁ!!」
ギルド受付の女の子が、大口案件だからか2人がかりで対応してくれた。
わー、そんなに捕まえてた?マンモス校のたっぷりひとクラス分じゃん……。
思わずつぶやいていたらしく、側にいたメルさんから
「あのー まんもす?って何ですか?」
と聞かれてアセッた。
ちなみに報奨金の総額は、金のコインでざっと180枚分。
盗賊1人当たり2~5コイン。リーダー格は個別に設定されている。
一帯の治安が良くなるし、捕虜からは情報を聞き出せるので、けっこう高く設定されているらしい。
にわかに気になってきて、聞いてみることにした。
「ところで~。捕虜にした盗賊さん達は、どうなるんですか?」
「あ、気になりますかぁ?それはですねぇ、罪の重さにもよりますが大半は、へき地や孤島にある監獄送りで、元気な方は労役ですね」
『更生』できるのか気になるところだけど……。受け皿があることだけは分かった。
お屋敷に戻ると、アイリーが一目散に走って飛びついてきた。
「久しぶりだなぁあ!元気にしてたか?!」
どーん、という効果音が、聞こえた気がする。
例えるなら野生のヤマネコにタックルされた感じ?
勢いでおでこがぶつかり、火花が見えたと思うくらい痛かった。でも気持ちは……嬉しい。
カイ様もいらっしゃっていて、目があった。
「お疲れさま、ナガメさん。護衛として活躍してくれたうえに、無事に帰ってきてくれたね。本当に、お疲れさま」
と言いに来てくれた。わー、急速充電されてる気分……。
アイリーが、お土産のなかでダントツ喜んでくれたのは、手紙。
行商先から帰る前、モリーに託した手紙は、ばっちり届いていた。
余白が寂しいからと少しイラストを入れておいたのが良かったみたい。
バラ風の香りがする香水は、多分まあまあ。
化粧水は毎日こうやって使うよと実演してみせたのが逆効果。面倒がってポイしようとしたので、私が貰っておいた。
リボンに至っては……興味なし。こっそりと普段着る服の首か腰のあたりに縫い付けようかな、と思っている。何なら、キラキラのガラスビーズも一緒に。
メイドさんたちは、素直にお土産を喜んでくれた。
相変わらず部屋をきちんと整えてくれているし、毎日同じことの繰り返しでよく飽きないと思う。
まとめ髪にセンスよくリボンをつけ、すました顔で歩くメイドさん達。早速、活用してくれてるみたい。
「……何だか、お屋敷中が華やかで、爽やかなお花の香りになりましたねぇ」
とリネンさんが笑顔でコメントしていた。
知らなかったけど、ブラヴァートさんはご自分のアイテムボックス一杯に、数種類の交易品を持ち帰っていた。香料にお酒、雑貨など。
商人ギルドやフォーン・マーケットの市場、そしてマグナさんのグリーントロ商会で仕入れをしていたらしい。さすが、抜け目ない。
今回の行商の純利益は、通行税などを差し引いても、おおよそ元手の金貨30枚の2倍以上らしい。それに、盗賊を捕獲した報奨金が加わるので、大幅にプラス。
道中の経費はもちろん、護衛の報酬も弾んでくれた。
ブラヴァートさんは早くも再び、行商へ出発するという。
何だか、以前と比べ物にならないほどイキイキして見える。
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