行商の第一歩
しばらくお屋敷で平穏な日々を満喫していたら、『護衛』を募っているという情報が。
依頼主は、ブラヴァートさん。
行商の手はずが整ったらしいんだけど、人手が集まらなくて困っているらしい。
人間と手を組んだことを伏せるため、もと行商メンバーの魔人たちには声をかけなかったみたい。
「うーーん……でもなぁ」
レシピ開発が思うほど進んでないのが悩ましい。
それに、ブラヴァートさんは魔人だし、正直まだ壁を感じる……とぐるぐる考えていたら、アイリーが背中を押してくれた。
「まあ、やってみたら?ナガメもこの世界をもっと知りたいの~、とか言ってたじゃん。色んな土地を見て回るのには、好都合だろう」
「そうかな?言われてみたらそうかも……」
「それに、アタシもたまには1人部屋を楽しみたいし!」
「あ、それが本音でしょ?いいけど!」
今回、アイリーはお留守番。料理長ルーヴァンが、私たち2人のうちどちらかは厨房を回すために残ることを条件にしてきたから。
「ナガメなら心配ないだろうけどさ、……気をつけて、行って来いよ?」
「うん、ありがとう」
アイリーの温かさが嬉しい。
______________
当日。夜更かしして荷物を厳選したカバンを持って指定の場所に行くと、けっこう大きな荷馬車が用意されていた。よく走りそうな2頭の馬。雨をしのぎ、日陰を作ってくれる幌つきだ。
綺麗に包装されたジャムクッキーなどの焼き菓子、日持ちするポテ(ジャガイモ似の作物)、オラン(大きなミカンっぽい果物)がブラヴァートさんの指示でつぎつぎに木箱へと積み込まれているところだった。
ブラヴァートさんは、いつぞやを思い出す姿になっていた。
ただし、貴族風の服装ではなく、ゆったりとした丈夫そうなチュニックをベルトマークしていてフェルトの四角い帽子、折り返しつき履き口の短い革ブーツ。いかにも商人な感じ。
さらに、目や髪の色といった容姿を変えている。変装か変身か分からないけど魔人って便利!と、つい思いかけた。
見覚えのない若い男性が、ブラヴァートさんに付き従っている。話しかけたら、
「前に、カイ様付きの従者に擬態していた魔人ですよ。その節はどうも!」
「ああ、なるほど……!」
「今回は、御者役を務めますので護衛のほう、どうぞ宜しくお願いしますね」
「こちらこそ」
今回は美形路線を封印したのか、ソバカスのある赤毛になっている。
積み込みを手伝っていたら、ブラヴァートさんがお礼を言って笑顔を向けてくれる。感じが良くって驚いた。あの笑顔。大抵の女性は落ち……じゃなくて商売!商売が、すっごくうまくいきそう。
私が馬車に乗り込んで待機していると、ザリウスさんとそのお仲間の……確か、斥候役?の女性が隣に座った。
「俺達も、行くことになって。宜しくお願いします」
「ナガメさん、だよね、宜しくね!」
「わ、心強いです。こちらこそ、ご迷惑にならないようにします」
ザリウスさん、しばらく顔を見ていなかったけど、すっかり元気そう。
ただ、どうしても気になることが。
「あの……気まずかったり、しませんか?」
先日の襲撃の際は、ザリウスさんの活躍でブラヴァート達に対抗できたいきさつがある。
「ああ、大丈夫。カイ様が、和解の機会を作ってくれたんです。何度もね」
知らなかった。さすがはカイ様。
「なるほど……それならよかったです」
「ナガメさんは、大丈夫?」
「私ももう気にしてません」
「うん、それがいい」
斥候役の、黒髪ポニーテールの女性はメルと名乗り、私も軽く自己紹介した。
荷馬車は走り出した。行商の目的地、フォーンマーケットを目指して。
カイ様とは、王都へ行って以来あまり話していない。
相変わらずお忙しいんだろうな。と思っていたら……突然、馬車が止まった。
「どう、どう」
外で、何やら声がする。え、まさかもう事件?!
「……大丈夫。カイ様だ」
ザリウスさんが教えてくれた。窓から外を見ると、そこにいたのは馬に乗ったカイ様だった。
「引き止めてしまったな。だが、これを渡さないと__」
カイ様が、ブラヴァートさんに何かを手渡す。
手のひらにおさまる位の大きさの、クリスタルのようなもの。あれは、守護の魔石だ。
「取り寄せてはいたのだが、調整に思いのほか時間がかかってね」
「なるほど、話には聞いていたが。久しぶりの行商とあって気がはやり、うっかりと出発してしまい、申し訳ない」
「いや、いいんだ」
守護の魔石。いつもお屋敷を守ってくれる、大事な存在。
じつは私もすでに正式な説明を受け、魔力を持つものとしていくらかの協力もしている。
パワーを補う方法は、片手を自分の胸にあてた状態でもう片方の手をかざし、心の中で魔力の流れを巡らせ、魔石に伝えるようイメージする。
リネンさんが特に上手いらしいと聞いて、何度か習いに行った。
ちなみに今回の魔石は、守護が発動するタイミングを選べるよう、調整されている。
魔人のブラヴァートさんがいるからだ。よほどの緊急時にしか使われないだろう。
さらに『目くらまし』の効果。
魔物や魔人から、荷馬車の存在そのものを隠すのに役立つ。
積み荷はもちろん、馬車そのものにも価値があって盗賊からは狙われやすいけれど、そっちにだけ集中していればいいならわりと気楽だ。
カイ様……従者任せにしないで、わざわざ持ってきてくれたんだ。
「それでは頼んだよ。……気を付けて、ね」
一瞬、カイ様と目が合う。どこか心配そうな笑顔。
緊張が強まったから?少し、心臓の鼓動が速くなった気がする。
行商の道中は、思うよりも楽しいものだった。
「ねえねえナガメさん、ミルグラードには行ったことある?」
「いいえ、初めて聞きました」
「交易都市の1つだよ。食料が豊富で、冒険者が長居してしまう隠れた魅力がある。じつはね、地下に迷路があって__」
メルさんが、冒険の出来事を話してくれた。
馬車の座席がけっこう広く、揺れが少ないから乗り心地もいい。
メイドさんが作ってくれたこのクッションも、ふわふわだし。
……フリルとリボンつきすぎだけど。
どこまでもつづく白い花畑の近くを通ると、ユリみたいないい香りが鼻をくすぐってくる。
「こういうのも、悪くないね」
少しでも面白いと思って頂けたら、ぜひブックマークお願いします。
⇩にある『☆』タップで評価をもらうと励みになります。




